Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

厚労省案「医師の残業時間は年間2000時間までOK」の影響を考察する

 昨年より何回も、SNS上の医療スタッフの間で話題になっている厚労省主導の「医師の働き方改革」ですが、また物議を醸す案が出ています。

yomidr.yomiuri.co.jp

Huffington Postの記事をリンクとして引用していましたが、リンク切れが判明したので読売新聞の医療情報サイト'yomi Dr.'にリンクを変更しました。多少の表記の揺れをご容赦下さい。(2019/1/26)

 2024年度から勤務医向けに適用される罰則付きの残業時間上限が、一部の領域の勤務医については、年2,000時間にする案が出ているのだそうです。他方、他の勤務医については、一般企業と同じ年960時間が上限とされています。では、どの領域の医師が2000時間の対象になるのか?上記リンクから引用します。

「地域医療への影響が懸念され、救急・在宅医療など緊急性の高い医療に対応する全国の施設を想定。業務がやむなく長時間になる医師に限る。」

 救急科, 産科, 小児科, 外科といった診療科, または(医師数が少ない)地方の医療機関の医師は年間の残業時間が2000時間でも良いとされる一方、東京都心や大阪, 福岡等の大都市の医療機関ではちゃんと年960時間に制限されるという形になるのだと思われます。

 SNS上では、「研修医が大都市の病院や負担の少ない診療科(皮膚科, 放射線科など)を選ぶようになり、地方の病院や救急科・産科・外科等の負担の多い診療科に就職する人が少なくなる」という懸念を示す医療関係者も見られました。私も同意します。今でさえ激務に耐えている医療スタッフが相当数居るのは言うまでもありませんが、一度彼ら・彼女らが燃え尽きると、健康を害して離職するか, 医療事故のリスクが増えるかのいずれか(ないし両方)になるのは明白です(下記のリンクを参照)。しかも、これから少子高齢化が進行するとなると、(医療スタッフを含め)労働人口が減少する一方、医療の需要は増加します。何かしらの手を打たない限り、これにより医療スタッフの負担(と燃え尽き)は悪化するでしょう。

 

voiceofer.hatenablog.com

 しかし、これまで本ブログで何度も指摘してきましたが、厚労省日本医師会, 全国医学部長病院長会議といった政府機関・発言力のある団体は、目先の利権や旧来の慣習(特に医局制度)にとらわれるあまり、長期的展望を欠いた間に合わせの策しか講じていません。その結果として、医療スタッフの疲弊・医療事故・救急車たらい回しといった形で、医療現場(当然患者さんも含む)へのしわ寄せは深刻化するばかりです。そればかりか、医局を中心とする医師の人事制度は、大学の裏口入学や女子受験生への差別的な合否判定, 寄付講座といった不正行為すら生み出しています。

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 今後、冒頭の残業時間の上限がそのまま施行されるとなると、大都市部と地方の間で医師の待遇や人事制度等に格差が生まれると思われます

 超過勤務のリスクが高い地方の病院は、①「地域枠」や「医師修学資金」といった半強制的な手段, ②臨床実習の段階から医学生(将来の研修医)を各医局が囲い込もうとする伝統的な手段, の2つの手法で若手医師の確保を試みるでしょう。しかし、これらの手段はあくまで『間に合わせ』の策なので、若手がちゃんとした知識・技能を十分に習得できる態勢を保証する訳ではありません(下記4リンク参照)。また、地域医療が益々医局に依存することになり、寄付講座・入試における差別的な合否判定といった弊害が、撤廃されぬまま残りかねません。

 その一方で、大都市部の病院と, いわゆる「有名研修病院」は医局制度・地域枠等に頼らずとも若手が集まるので、独自の研修制度を作って研修医らの経験・知識・技能やモチベーションを伸ばす試みを次々と打ち出していくでしょう。

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 適切な対策が取られない限り、今後大都市部と地域の間で、患者が受けられる医療の質と量の格差が益々拡大していくでしょう。