Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

東日本の某県に勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

専門家と一般人の架け橋となり得る本

 今日は、昨年に読んだ本の中で、医療従事者以外の皆さんでも、医療への理解を深める一助になりそうな本を紹介します。何ヶ月も前に読んだ(下手したら1年は経っているかも?)本が多いので、非常に雑な紹介をします。何卒ご了承下さい(笑)

① がん ー4000年の歴史ー シッダールタ・ムカジー著, 早川書房

 まず、この本のあらすじを大雑把に紹介します。上巻は1.古代から人類は癌をどのように捉えてきたのか, 2.癌の治療法はどのように進化してきたのか, というのがメインテーマになっています。当然、これらは医学の発展とも密接に関係しているので、この本を通して医学の歴史も一部ながら触れることが出来ます。

 例えば、中世ヨーロッパでは長らくガレノス(西暦1世紀頃のローマ帝国時代の医学者)の教科書が解剖学の講義に用いられていました。しかし、時が下り16世紀になると、乱雑な大学の解剖実習に不満を抱いたヴェサリウスという医学者が正常な人体の解剖の研究を大々的に行い、体系的で精細な解剖図譜を出版します。18世紀末には、英国の解剖学者ベイリーが病気の人体の解剖を行い、病理解剖学の教科書を出版しました。彼らの解剖学の業績は、外科医にとって絶好のガイドブックとなったのです。その後、19世紀になってからは1. 麻酔(1846年、米国でエーテルを使った初の手術が成功), 2.消毒(1867年、英国で石炭酸を初めて臨床使用)が登場し、より外科医が手術をしやすくなったのです。

 他方、下巻では主に、癌の原因を追求する研究の歴史がテーマになっています。上巻で、ガレノスが「癌の原因は黒胆汁」と主張し、その後の解剖学の発展でそれは見つからなかったものの、原因究明よりは癌の治療法の追求が先行する時代が続いたようです。しかし最終的に、「癌の原因が分からないと治療もままならないだろう」というコンセンサスが形成され、遺伝子等の分子生物学を駆使した結果、癌に関与する遺伝子が特定されました。

 なおこの本の著者は、血液内科と腫瘍(癌)を専門とする医師でありながら、この本を執筆したことでピュリッツァー賞(米国で、報道や文学, 作曲で優れた業績を挙げた人に贈られる賞)を受賞しています。

② 遺伝子 親愛なる人類史 シッダールタ・ムカジー著, 早川書房

 これは、人類が遺伝とどう向き合ってきたかをまとめた本です。上記①と同じく、著者は医師で作家でもあるムカジー氏です。

 遺伝が科学者の注目を浴び始めたのは、19世紀〜20世紀でした。まず、ダーウィンが進化論を発表。その中で、「変化した環境に適応する変異体が自然選択される」・「環境に最も適応できるものが生存する(適者生存)」を提唱しました。その後、メンデルやド・フリースが植物を用いた交配実験で、遺伝法則を見出しました。自然選択された形質が後世に残される手段が遺伝だ、という結論に至ったのです。

 しかしその後、遺伝(と進化論)を取り巻く環境は暗転します。「人類のより良き未来のため、劣った遺伝形質が後世に残らないようにする」ことを志向した優生学が誕生したのです。この優生学は、不幸にも国家の政策に取り入れられてしまいました。1920年代の米国では、身体障害者, 知的障害者, 精神疾患患者といった人々が社会から隔離されたり、不妊手術を受けさせられたのです。そして、この優生学は1930年代のドイツで更に過激な展開を見せます。ヒトラー率いるナチス政権は、ユダヤ人のみならず障害者, 同性愛者, 精神疾患患者といった人々を大々的に虐殺し始めたのです。昨年強制不妊のことがニュースになったので、日本も例外でなかったことは皆さんもご存知でしょう。

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 この本は上巻の大半を割いて、上記のような科学の暗黒面がもたらした悲劇的な人権侵害に言及した後、上巻の後半と下巻で、遺伝物質であるDNAの発見→それを操作する技術の誕生→分子生物学の発展に伴う新たなる倫理的な懸念の浮上、という歴史の流れを描写しています。

③ CRISPR(クリスパー) 究極の遺伝子編集技術の発見 ジェニファー・ダウドナ著, 文藝春秋

 昨年、中国の科学者が「遺伝子操作技術を用いて、エイズウイルスに免疫を持たせた人間の赤ん坊が誕生した」と発表し、世界に衝撃を与えました。その科学者が、「使用した」と主張した技術こそ、この本で紹介されるCRISPRだったのです。

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 この本も、丁寧な解説によって一般人(私は臨床医ですが、大学で習った分子生物学は忘れてしまい、多分素人同然)にも分かりやすい内容になっています。まず、DNAがどうゆう物質か・生物の体内でどんな役割を担っているか等の説明から始まり、遺伝子操作技術の解説, そしてCRISPRの仕組みについて説明してくれます。そして、CRSPRの持つ可能性と懸念される問題, 市民と科学者の対話の必要性等について説かれているのです。

 

 私も、このような専門家になってみたいな、と羨望の目を持ちつつこれらの本を読んでいました。