Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

体外循環に関する論文まとめ Part 2

 読者の皆様お疲れ様です。現役救急医です。間が空いてしまいましたが、今日は前回に続いて、体外循環に関する英語論文をざっくり紹介していこうと思います。前回の記事は以下のリンクから閲覧可能です。

voiceofer.hatenablog.com

その2: 'ECLS-SHOCK' trial (Thiele H, Zeymer U. et al., N Engl J Med 2023;389:1286-97)

(1) Method

 ドイツ・スロベニア2ヶ国で実施された研究者主導・多施設参加のランダム化open-label臨床試験。血行再建治療を予定され, 心原性ショックを合併した急性心筋梗塞患者において、通常の内科的治療単独と比較し、早期の無差別な体外循環式生命維持(ECLS: extracorporeal life support)に有益性があるかどうか決定することが主な目的であった。

① 被験者について

 急性心筋梗塞心原性ショックを合併し, 早期の血行再建術(経皮的冠動脈治療[PCI: percutaneous coronary intervention]或いは冠動脈バイパス移植術[CABG: coronary-artery bypass grafting])を予定されている18~80歳の患者が参加登録可能であった。ここで『心原性ショック』とは

  • 30分以上収縮期血圧<90 mmHgが持続する, 或いは 収縮期血圧>90 mmHg維持のためにカテコラミン投与を開始した
  • 動脈血中乳酸濃度>3 mmol/L
  • 意識状態変容, 皮膚・四肢の冷感or冷感と湿潤を伴う, 或いは 尿量<30 mL/hr のうちの1個以上を伴う組織灌流障害

の全てを満たす状態と定義されている。

 他方、以下のいずれかに該当する患者は参加登録から除外された。

  • ランダム化前に45分以上心肺蘇生を実施した
  • 機械的要因による心原性ショック or 重症末梢血管疾患(ECLSのcannulaの挿入ができない)

② ランダム化

 血行再建術が予定された患者で冠動脈撮影検査が実施された直後に、施設による階層化を伴うランダム化が行われた。被験者は「通常の内科的治療+ECLS実施」群「通常の内科的治療単独」群へ1:1の比で割り振られた。早期の血行再建術にはPCIが好まれたが、PCIが不敵である患者には緊急CABGの施行が可能であった。

 ECLS群では、可能であればPCI実施前の最初のカテーテル挿入の間に開始していた。下肢虚血リスク低減のために、大腿動脈シース挿入は順行性にすることが推奨された。

 対照群(内科的治療単独)ではECLSへのcrossoverは回避された。但し、内科的治療施行中に血行動態悪化基準が見られた場合には、大動脈内バルーンポンプ(intraaortic balloon pump) ないし 微小軸状-弁経由血流ポンプ(microaxial transvulvular flow pump)といったデバイスを使用した治療が許可されていた。なお、この『血行動態悪化基準とは、

  • 重度の血行動態不安定に, 
  • 切迫する血行動態虚脱 或いは 平均動脈圧>65 mmHgを維持するために血管作動薬がbaselineよりも50%増加

を伴うことであった。

転帰

 主要転帰は30日後のあらゆる原因による死亡であった。主要な副次転帰

  • 血行動態安定化までにかかった時間
  • ICU滞在期間
  • 腎代替治療が必要な急性腎不全
  • 心筋梗塞の再発
  • うっ血性心不全による再入院

だった。その他副次転帰

  • カテコラミンの開始と投与期間
  • 30日後の不良な神経学的転帰:Cerebral Performance Category(CPC) 3 or 4

であった。安全転帰

  • 中等度 或いは 重度の出血:Bleeding Academic Research Consoritium(BARC)基準のtype 3~5
  • 脳卒中 或いは 全身性塞栓症
  • 外科的ないし血管内治療を要した末梢血管虚血性合併症

だった。

統計学的解析

 主要解析は'intention-to-treat'の原則に則って行われた。データの堅牢性を評価するためのsensitivity analysisを'per-protocol'集団及び'as-treated'集団で行った。主要転帰イベント発生率を比較するために'chi-square test'という手段が用いられ、相対的リスク(relative risk)と95%信頼区間(CI: confidence interval)を計算した。また、30日のフォローアップ期間中における2群での累積発生率を可視化するためにKaplan-Meier曲線を計算した。

 副次転帰に関するeffect sizeはrelative risk 或いは 'Hodges-Lehmann estimator'で表現された。事前に設定したsubgroupによる解析は性別, 年齢(<65歳 vs 65歳≦), 糖尿病の有無, ST上昇の有無, 前壁心筋梗塞かそれ以外か, 入院時の動脈血中乳酸濃度(3~6 mmol/L vs 6 mmol/L<)を考慮して行われた。加えて、ランダム化前の心肺蘇生の有無によって分けたpost hoc subgroup解析も行われた。これらsubgroupにおいて、主要転帰のrelative riskと95%CIのforest plotを計算した。95%CIの広さは多重性について調整されておらず、そのため仮説検証の代わりに使用されなかった。

(2) Result

 2019年6月から2022年11月の間に44施設で合計887名の患者がscreeningを受け、420名の患者が臨床試験に参加登録した。3名が除外され、最終解析にはECLS群へ209名が, 対照群が208名が含まれていた。

 Baselineにおいて、両治療群間の患者の特性は均衡が取れていた。

  • 年齢中央値・・・63歳
  • 男性・・・81.3%
  • ST上昇心筋梗塞・・・患者の2/3
  • 最も多い梗塞部位・・・左前下行枝(47.6%)
  • ランダム化前に心肺蘇生が行われた患者・・・77.7%
  • 血行再建術前の乳酸濃度中央値・・・6.9 mmol/L
  • PCIによる血行再建術・・・大半の患者(96.6%)で実施

 ECLS群では、192名(91.9%)で最初の血管撮影中にECLSが開始された。ECLS群のうち17名(8.1%)でECLSが開始されなかった対照群では26名(12.5%)でECLSが開始された。ECLS群におけるECLS継続期間中央値は2.7日だった。両群で、カテコラミン投与必要性の合計は均衡が取れていた。ECLS群でドブタミンがより高頻度に投与されていた。

 対照群では合計28名(15.4%)がECLS以外の機械的循環補助を受けており, 主にmicroaxial transvalvular deviceが使用された。これらの患者のうち2名は『血行動態悪化基準』を満たさなかった。

Figure 1: 30日後のあらゆる原因による死亡

 あらゆる原因による30日後の死亡は、ECLS群: 100名/209名(47.8%), 対照群: 102名/208名(49.0%)だった(relative risk: 0.98; 95%CI: 0.80~1.19; P=0.81) (Figure 1)。Sensitivity analysisは主要解析と同等の知見を示した。

 事前に指定したsubgroup解析及びpost hoc解析は、全てのsubgroupで主要解析と一致した結果を示した(Figure 2)。追加のpost hoc解析でも、各施設の参加登録患者数に関係なく同等の死亡率を示しており、参加登録が<5名の施設の死亡率が50.9%なのに対し, 参加登録が5名≦の施設の死亡率は48.1%だった(relative risk: 1.02; 95%CI: 0.94~1.09)。

Figure 2: 主要転帰のsubgroup解析

 カテコラミン投与期間と血行動態安定化までにかかった時間について、治療群の間で実質的な差は見られなかった。その他の転帰については以下の通り。

  • 人工呼吸器使用期間中央値・・・ECLS群: 7.0日, 対照群: 5.0日
  • 代替療法・・・ECLS群: 17名(8.1%), 対照群: 29名(13.9%); Relative risk: 0.58, 95%CI: 0.33~1.03
  • 血行再建術再施行・・・ECLS群: 18名(8.6%), 対照群: 22名(10.6%); Relative risk: 0.81, 95%CI: 0.45~1.47
  • 心筋梗塞再発・・・ECLS群: 2名(1.0%), 対照群: 2名(1.0%); Relative risk: 1.00, 95%CI: 0.07~12.72
  • うっ血性心不全による再入院・・・ECLS群: 3名(1.4%), 対照群: 2名(1.0%); Relative risk: 1.49, 95%CI: 0.24~13.61
  • 不良な神経学的転帰・・・ECLS群: 27/109名(24.8%), 対照群: 24/106名(22.6%); Relative risk: 1.03, 95%CI: 0.88~1.19
  •  中等度 或いは 重度の出血・・・ECLS群: 23.4%, 対照群: 9.6%; Relative risk: 2.44, 95%CI: 1.50~3.95
  • 治療を要する末梢血管合併症・・・ECLS群: 11.0%, 対照群: 2.8%; Relative risk: 2.86, 95%CI: 1.31~6.25
  • 脳卒中 或いは 全身性塞栓症・・・ECLS群: 3.8%, 対照群: 2.9%; Relative risk: 1.33, 95%CI: 0.47~3.76

(3) Discussion

 ECLS-SHOCK trialでは、血行再建術を予定され, 心原性ショックを合併した心筋梗塞患者において、30日後のあらゆる原因による死亡という観点で、早期のルーチンなECLS開始は内科的治療単独に対し優越していないことが明らかになった。ECLSは合併症増加と関連しており、特に出血イベントや末梢血管イベントと関連していた。

 重症ないし急速に悪化する心筋梗塞による心原性ショックは、ECLS開始の最も多い適応である。経皮的なシステムがより広範にわたって入手可能となり, かつ 大動脈内バルーンポンプに生存に関する利益がないことを示す臨床研究結果が出た後に、ECLS使用とその他機械的循環補助の使用は顕著に増加した。

 ECLS-SHOCK trialは、より進行した心原性ショックがある患者のみを対象とすることを狙っていた(これらの患者は体外血行動態補助の利益を受ける可能性が最も高いと思われたため)。こうした患者の参加登録は、過去の同じ集団へ行われた臨床試験と比較して、ECLS-SHOCK trialの両治療群で合計死亡率が上昇したことを説明可能と思われる。

 これまでに心原性ショック患者でECLSの効果を評価したランダム化臨床試験は3件あり、ECLS-SHOCK trialの知見と一致した結果を示している。最初の超小規模研究では、30日後の左心室駆出率へ効果がないことが示された。122名が対象になった2番目の臨床試験では、あらゆる原因による死亡, 蘇生後の循環停止, ないし 機械的循環補助装置の使用からなる複合転帰に差がないこと、及び死亡率に差がないことが確認された。3番目の臨床試験は、参加登録が遅延していたため早期に中止されたので、死亡率に関して意義のある結論が出せなかった。

 心原性ショックに対するECLSが有益性を欠いている理由は複数存在する。まず、リスクや, それに関連したデバイス関連合併症が、潜在的な利益を相殺している可能性がある。ECLS-SHOCK trialではECLS群において出血や末梢血管合併症が対照群より多かったことが示された。こうしたデータは、過去の文献の報告と一致する。すなわち、合併症のリスクを減らす努力(cannulaを小さくする, 抗凝固薬使用を減らすなど)は現在進行形にも関わらず、これらの合併症は将来的にも臨床的に関連性のある問題であり続けるだろうECLS群で見られた人工呼吸器使用期間長期化も、同様にして転帰を変えてしまった可能性がある。更に、末梢からのECLS挿入は、逆行性の大動脈血流による左室後負荷増加と関連している。従って、異なる左室負荷低減方法が開発されている。最近の非ランダム化臨床試験では、ECLS単独と比較して負荷軽減デバイスに利益がある可能性を示したものの、出血, 溶血, 弁の合併症といった合併症の頻度が高いことが示唆された。ECLS-SHOCK trialにおいて、進行性左室不全の徴候の存在は左室負荷軽減の適応であるとprotocolで以前に決められていたにも関わらず、過去の観察研究や小規模前向き研究と比較しても、ECLS-SHOCKにおける左室負荷軽減の使用率は5.8%と比較的低調だった。左室負荷軽減がECLSにおいて転帰に影響するかどうか評価するランダム化臨床試験が必要である。ECLS群で見られたようなドブタミン使用頻度増加は、左室後負荷増加(酸素消費増加と, それによる有害事象に対する懸念とも関連性あり)を示唆している可能性がある。

 他にECLSの有益性の欠如を説明しうる理由は、患者の転帰が不良(そしてそれは循環不全との関連性は強くない)であったことだろう。ECLS-SHOCKでは、上記のような参加登録基準を採用した結果、過去の臨床試験と比較してランダム化前に心肺蘇生を受けた患者数が多かった。脳損傷という競合するリスクを伴う高い心肺蘇生施行率は、ECLSが予後へpositiveに影響した可能性を減少させたかもしれない。心原性ショック患者を対象としたランダム化臨床試験から心肺蘇生を受けている患者を除外するか否かについての議論は今も続いている。但し、そのような患者の除外は臨床試験の一般化を妨げるであろう。ECLS-SHOCKにおいて、心肺蘇生を受けた患者の生存率は受けていない患者のそれと同等(>50%)であり、subgroup解析でも両治療群間で転帰に差があることは示されなかった。難治性の心原性ショックは両治療群で主たる死因だった一方で、脳損傷後の死亡は約1/4で報告されている。脳損傷という文脈では、対照群と比較してECLS群で体温管理療法の頻度が低いことが報告された。しかしながら、ECLSは体温管理或いは発熱予防のためにも使われうるため、ECLS群で体温管理療法の報告が少なかったのはこうした管理によるかもしれない。

 ECLS-SHOCKには幾つか欠点がある。

  • 治療の盲検化ができなかった。
  • 合計39名の患者が別の治療群にcrossoverしていた。
  • 一般化を可能にするために、ECLSの経験数が中程度及び高程度である施設の双方が対象となった。

 前回のブログ記事で紹介した文献に引き続き、地味に渋い?キツい?内容の文献だったと思います。3次医療機関で、循環器内科や心臓血管外科の医師がICUでECMO管理について我々救急医のほか, 看護師や臨床工学士らとdiscussionする光景はそこまで珍しくありませんでした。そうゆう、標準的と思っていた救命のための治療法についてこんなデータが出ると、「え、どうすりゃいいんだ」と思いたくはなります。ただ、ランダム化前に心肺蘇生を行われた患者の割合が多いということは論文の著者も認めています。おそらく遠からぬ将来に、対象となる患者をもうちょっと絞り込んだ臨床試験とか, 介入方法を工夫した臨床試験の結果が出る(或いは行われる)かもしれません。それでコロッとエビデンスが変わってもおかしくないと思います。これもこれで、ガイドラインの推奨内容にどこまで反映されるか様子見ですね。