Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

理想的な初期研修とは(2)

 前回に引き続き、理想的な初期研修はどうゆう物か考えて行きます。今回は私が実際に経験した実例を示したいと思います。

 以前、知り合いの誘いで沖縄県うるま市にある県立中部病院の救急科を見学した事があるのですが、そこの完成された診療体制に大いに感銘を受けました。

 まず救急科で研修している卒後1年目の初期研修医の役割ですが、彼ら・彼女らがwaik-in(救急外来に自分で来た)の患者さんの初診と救急車で来た患者さんの初診の両方を担当します。病歴や身体所見を調べた後、1年目初期研修医は2年目初期研修医へ、考えうる鑑別診断と診断を絞り込むのに必要な検査, そして治療的介入について相談します。相談を受けた2年目が改めて患者さんを診察し、必要な検査オーダーを追加します(1年目研修医は血液検査・単純X線(レントゲン)・頭部CT以外の検査は2年目に相談してからでないとオーダー出来ない規則になっています)。

 こうやって患者さんの疾患の鑑別診断を絞り込んだ2年目研修医は、①救急科の上級医(卒後3年以上)へ患者さんの今後のmanagementを相談する, 或いは②その疾患を専門領域とする診療科(肺炎なら呼吸器内科, 胆嚢炎なら腹部外科, 髄膜炎なら脳神経内科といったふうに)の2年目研修医に相談します。①を一旦行ってから②に移行する場合もあります。そして、救急科に居る2年目研修医から患者さんの紹介を受けた各診療科の2年目も、同じように3年目以上の医師へ患者さんに対するmanagement(診断に間違いはないか, 治療をどう進めるか等)を相談し決定して行きます。

 院内の医師は大半がこの診療体制で育って来たので、救急科から患者さんの紹介を受けた各診療科が「これはうちじゃない」という消極的なコメントを残して立ち去る事はありません。また、上記のような診療体制は流れが遅いような印象を受ける方も居ると思いますが、①初期研修医・後期研修医といった若いスタッフへの教育になり、②患者さんの診断の見逃しが少なくなるというメリットがあります。

 もちろん例外も存在し、心停止や高エネルギー外傷(人対自動車の事故や3メートル以上からの墜落等、人体へ明らかに激しい力が加わり、複数の臓器が損傷したと思われる外傷のこと)といったかなり迅速な初期加療が必要な患者さんには最初から初期研修医だけでなく救急科の卒後3年目以上の医師, 更に必要に応じて外科医(大量出血を来たし、早急な修復による止血が必要な損傷に対応するため)が最初から対応します。また救急外来の待合室で待っている患者さんが一定数を超えると3年目以上の医師も初診を担当し始めることで業務を消化してくれます。

 加えて、日中と夜間, 或いは夜間と日中のシフトが入れ替わるタイミング(夕方と朝の2回)には救急科上級医と初期研修医が参加するカンファレンスが行われ、初期研修医らの患者さんに対するmanegementを振り返るとともに、日勤から夜勤ないし夜勤から日勤のスタッフへ、まだ救急外来で検査ないし診断の結果を待っている患者さんに関する情報の引き継ぎが行われます。こうしたカンファレンスも、若いスタッフの能力向上に一役買っているのです。

 このような本土には滅多にない診療・教育体制の背景には、沖縄県の戦後の歴史が濃厚に関与しています。太平洋戦争終戦直後、日本で唯一米軍の上陸作戦の標的となった沖縄県は多数の犠牲者を出し、生き残った医師がたった65名という有様でした。沖縄を占領統治していた米軍は医療再建に苦心し、その過程で生まれたのが中部病院だったのです。最初の頃は指導医クラスの医師も事欠く状態であったため、米国本土から指導医を招致し、診療体制及び医療スタッフの教育体制は米国流になりました。それが本土復帰後も受け継がれ、今日に至ったのです。

 私が中部病院の診療・教育体制を魅力的で手本にすべきと考える理由は次の2つです。

①後輩が先輩に助言を求め、先輩はそれにfeedbackを与える、という反応が連鎖していくシステムが形成されており、診療業務と臨床教育の両立が可能である。

②他科からコンサルトを受けた専門診療科が自らの責務を全うし、最初から放棄するという無責任・非効率的なプロセスが存在し得ない。

 本土の病院でも上記のようなシステムを導入すれば、医学生が卒業後他地域の臨床研修病院に出て行ったまま帰って来ないという『悲劇』をある程度防げるとは思います。そもそも、中部病院は見学に来る医学生らの交通費・宿泊費を負担してあげません(日本国内の大半の臨床研修病院は、この両者を負担してくれています)。魅力的かつ独特な臨床研修制度のおかげで勝手に人が来てくれるからです。私が何が言いたいのかというと、医学生・初期研修医にとって魅力となるような教育・診療体制を完成させさえすれば、わざわざ交通費等を支給したり、全国各地に存在する「○年間この都道府県に留まって働いてくれれば、学生時代の奨学金(ローン)は全てチャラにするよ」という医師修学資金制度なんて必要なくなります。ソフトの改善に手を付けず、金ばかりつぎ込んでも根本的な解決には繋がらないと私は考えています。

 「そんな事を言ったって、指導医数も足りない地域があるんだ」と反論したくなる方もいらっしゃるかもしれません。ならば足りないものを補うまででしょう。日本国内の他の地域, 或いは米国等国外から人材を招聘してでも、研修医らに満足のいく指導が出来るような診療体制を揃えるべきです。将来深刻な医療崩壊に直面するくらいなら、このような大胆な手段に訴えるのは必然と私は考えます。