Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

【COVID-19】我々は今日の日本政府に大本営のデジャヴを見ているのか?

 安倍首相が4月7日に緊急事態宣言を埼玉, 千葉, 東京, 神奈川, 大阪, 兵庫, 福岡の7都府県に対し発出してからもう既に6日。Twitter等を見ている限り、徐々に社会へその緊張感が伝わり、繁華街から人気が多少は引いたように思われます。

 専門家集団が表明し続けている危機感を、首相官邸や(大多数ではないものの)一般市民, メディアが受け止め始めているように見受けられるものの、未だに「本当に危機感があるのか?」・「これでも国益を守っているつもりなのか?」と思いたくなるような言動が、あろうことか日本政府内部で見られています。

 例えばこれ(下のNHKニュースの記事)。西村経済再生担当大臣は新型コロナウイルス対策特別措置法で規定された、都道府県が行う休業要請措置に言及。「休業制限は必要最小限にする」(注:  条文に『必要最小限に』と実際書かれている)と表明しました。

日本各地でCOVID-19感染拡大が見られる中、誤解を招くような情報発信です。西村氏の発言を都道府県知事が『誤解』し、自粛要請を時期尚早に撤回した場合、感染拡大を抑えられなくなるリスクがあるのです。確かに、飲食店・宿泊業・旅行代理店といった業界がこの自粛ムードのダメージを特に受けているのは事実ですが、本来必要なのは「休業せよ」という同調圧力や時期尚早な営業再開『許可』ではなく、休業によって受ける損害への補償と抱き合わせの自粛要請です。

 他にも、4月7日の記者会見で安倍首相は「欠航が相次ぐエアラインが、医療現場に必要なガウンの縫製を手伝いたいと申し出た」旨を公表。翌日にテレビ出演した西村氏は「CAさんも手伝うという申し出があった」と発言しました(下記ねとらぼの記事)。

しかしANAに裏を取ったところ、実際は政府から協力を相談されたANAが「職種を限定せず、ANAグループ全体として何らかの協力をしたい(=CAに限定していない)」と政府へ返答していたことが判明しました(本来縫製を専門としていない航空会社グループにわざわざガウンの縫製を依頼するという政府の方針にも疑問が残ります)。要は、(首相を含めた)閣僚が、このような緊急事態の最中にも関わらず誤解を招くような情報発信を行っているのです。

 

 他にも、4月10日の記者会見で麻生副総理大臣兼財務大臣は、東京都が独自に休業要請に応じた中小企業へ協力金を支給すると決定したことに触れ、「東京は資金を持っているのだろう。他の県はやれるのか」と発言しました(下記NHKニュースの記事)。これについては様々な批判が噴出しています。

麻生氏が言っている通り、東京は人口が多く、企業の本社等、多数の事業所が集中しているので税収が十分確保されている(=資金が十分)のですが、関東・阪神・愛知県ほど工業化されておらず、人口も多くない地方自治体となるとそうは行きません。事実、全国知事会も国に対して休業の影響を受けた事業者への損失補償を要望しています。

損失補償など国に要請へ コロナ緊急事態受け―全国知事会:時事ドットコム

こうしたニーズを無視し、財政出動を頑なに拒んで窮余する国民を事実上放置している財務省・麻生氏(もしくは日本政府)が国益に叶うとは到底思えません。

 

 他にも4月9日には文科省が全国の大学病院に対して「COVID-19患者を受け入れる病床の確保に最大限取り組むように」と要請しています(下記産経新聞の記事)。これに対しても特に医療関係者から異論が噴出しています。

 私も地方の大学病院の救命センターに勤務していますが、ただでさえ脆弱な地方の救急医療体制の崩壊の序曲を感じています。特にここ1~2週間、「主訴; 発熱」というフレーズを聞くだけで、少なからぬ2次医療機関が救急車収容を断り、長時間をかけて大学病院(3次医療機関救急救命センター)までたどり着くという事例が増えて来ています。その日救急外来を担当している2次医療機関の医療スタッフらがCOVID-19に対し何らかの忌避感を抱いているのも原因とは思われますが、COVID-19患者を受け入れた場合、他の患者と隔離した病床で診療せねばならず, PPE装着等の対策も必要です(そして肝心のPPEも不足しています。しかも、医療スタッフとて己が感染するリスクを冒してCOVID-19患者の診療が当たったとしても、報酬は普段と同じです(平時ですら、身体的・精神的負荷の大きい診療科[e.g. 救急科, 循環器内科, 脳神経外科etc.]も, そうでない診療科[e.g. 放射線科, 皮膚科, 精神科etc.]も給与は同じなのに)。このような現状では、大学病院か否かを問わず、COVID-19患者受け入れに二の足を踏む医療機関は決して少なくないと私は考えています。

 さらに、COVID-19蔓延/院内感染予防のために今後、地方の病院への医師の派遣(いわゆる外勤/医局バイト)を見合わせる動きが拡大するでしょう。彼ら・彼女らは地方の2次医療施設で、土日・祝日の救急外来での診療を担っていた訳ですが、それがなくなると地方の救急医療は更に悲惨な状況へ陥りかねません。文科省(そして厚労省)はいい加減、そうした臨床の現場の実情へちゃんと向かい合い、それに応じた対策を講じるとともに, 抜本的な欠陥修正に乗り出すべきなのです。

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 こうして見ると、本来であれば「COVID-19の感染拡大を阻止すること」, 「COVID-19患者の死亡数を減らすこと」, そして「経済危機によって失業した人々が路頭に迷って餓死することを防ぐ」という共通目標に向かって協調・統合して動くべき各省庁が、好き勝手に各々の思いつきのままに動いていることが分かります。戦時中、大本営という組織があったにも関わらず、陸海軍は最後まで連携が撮れていませんでした。肝心の作戦計画は両者の主張を折衷した曖昧な結論となり、しかもその結論が出るまでの間に米軍は迅速な意思決定を下して次の一手を既に打ち始めていたのです。そうした失敗の繰り返しが、1945年の壊滅的な敗戦であり、本来であればその失敗から学習すべきだったのです。しかし75年経った今、この国は戦前・戦時中と似たような形で失敗を繰り返しています。このままではCOVID-19という国難を契機に、日本という国が更に傾きかねないと私は危惧しています。

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