Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

大学病院・医局制度は地域に貢献しているのか

 こんばんは。今日は、私が初期研修医時代から抱いてきた疑念を思いっきり(?)開陳してみたいと思います。

 今、私が居る市中病院は脳神経外科を中心に、多くの救急患者を昼夜問わず受け入れています。病床は200床そこそこと大学病院と比べるとだいぶ少ないですが、かなり頑張っていると思います。ただ、そんな病院でも1つ欠点があります。消化器内科医が1人しかおらず、その先生も持病のため当直や緊急内視鏡検査・治療はおろか、通常の内視鏡検査がままならない状態です。それでも連日外来をこなし、4-5名程度ながら入院患者を担当ています。では、入院中・外来通院中の患者さんで内視鏡検査・治療が必要な場合はどうしているか?決まった曜日(平日)の日中に大学病院の消化器内科から派遣されて来る医師がやっています。言い方を変えると、1週間の内2-3日の日中しか内視鏡を用いた検査・治療ができず、それ以外の日・時間帯に消化管出血で緊急治療が必要な患者さんが居ても、院内では出来ないのです。多くの場合、内視鏡検査が出来る他の病院に転院させるしかないのです。

 ここまで読んで、皆様の中にはこうゆう疑問が浮んだ方もいらっしゃるのではないでしょうか; 「大学病院はなぜ医師を外来だけに派遣し、常勤医として赴任させないのだ?」

 皆様も医療ドラマを通じて、『医局制度』という言葉を耳にしていた事があると思います。大学病院には、救急医学講座, 循環器内科学講座, 脳神経外科学講座etc.と臓器別に様々な部署(というより診療科)がありますが、これらを『医局』と言います。これまで、「医局制度は地域医療に貢献してきた」と信じられて来ました。戦後の国の政策で、各都道府県に最低1個の医学部ないし医科大学が設置されており、大学の各医局は医局員(医局に所属する医師)をその都道府県内(場合によっては他県)の市中病院に常勤医として派遣して来たのです。しかし、今の日本では上記の私の実体験のような事例が全国各地で見られます。一体どうゆう事でしょうか?

 医局員が市中病院の日中の外来だけ(夜間の当直だけ, 或いは土日祝日の日当直だけの場合も多い)やりに行く事を、『医局バイト』と言います。私も実はこれを経験した事があるのですが、週1回の外来日直(だいたい午前9時ごろ〜午後5時ごろの8時間)で約8万円の日当が入ります。私の現勤務先は月給約30万円ですので、ざっと計算すると1日1万円相当の賃金です。計算が単純すぎるかもしれませんが、医局バイトの方が割高なのが良く分かります。

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 以前から本ブログで何度も紹介している本『病院は東京から破綻する』(著者; 上昌広 朝日新聞出版)では、こうした医局バイトに関する『裏事情』が紹介されています。2014年に消費税が増税されましたが、医療機関が医薬品を仕入れる時にも消費税がかかります。しかし消費税は患者さんに請求できず、その分が医療機関に負担としてのしかかります。それに加え、2016年の診療報酬改定で薬剤費や診療報酬の値下げが行われており(以前も本ブログで触れましたが、政府は医療費削減に精を出しています

厚労省と医師会の嘘(3) - Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

)、医療機関の経営をなおさら圧迫しているのです。とりわけ首都圏は人件費・土地代が地方よりも高いので、大病院が経営難に陥っているそうです。

 このようにして医療機関、特に大学病院は支出を減らす必要に迫られます。そして真っ先に減らされたのが人件費であり、大学病院の薄給を埋める為の『温情措置』として益々利用されるようになったのが、医局バイトなのです。首都圏の大学病院の場合、大学の給与は月30万円程度ですが、週1回の外来バイトと週末の当直バイトの給与のお陰で月50万円の収入を確保しているそうです。

 各医局員の収入を補えて良さそうな制度に聞こえますが、実害もあります。バイト・外来・手術の為に上級医が次々と出払ってしまうので、昼間に病棟を管理するのが看護師と研修医だけになってしまうのです。2014年に首都圏の私立医科大学で2歳男児が術後3日目に死亡する医療事故が発生しました。調査報告によると、男児には小児へ投与禁忌とされる鎮静薬が成人投与量の2.7倍投与されていたそうです。また第三者委員会は「投与中止直後に透析を実施していれば男児を救命できた可能性があった」と指摘しています。『病院は東京から破綻する』の著者、上昌広氏は「スタッフ医師(上級医)が普通に診療を行っていれば(=アルバイトに行かず、病棟に居れば)このような過誤が見落とされる事は無かったはずだ」という旨を述べています。

 加えて、冒頭の事例の如く、大学病院が医師の不足している地域の市中病院に常勤医を寄越さず、週1回程度のバイトの時だけ医局員を派遣する様を歯がゆく思っているのは私だけでしょうか?各地の大学病院は、「地域医療に貢献します」というスローガンを掲げ、「医局制度こそが地域医療を支えている」と主張する医師も少なくありません。しかし現実は矛盾していますよね。人件費削減を埋める為のバイトで医師が出払って大学病院の病棟管理がおざなりにされ、市中病院には常勤医局員が来ない。明らかに人手が足りず、しかも少子高齢化の影響で将来拍車がかかるであろうにも関わらず、「将来医師はむしろ過剰になる」という意見が大学病院内からも飛び出して来る有様です(

厚労省と医師会の嘘(2) - Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

)。

 以前も本ブログで指摘しましたが、日本軍は長期的な見通しを欠いたまま(短期決戦或いは近眼視的思考で)太平洋戦争に突入しました。近眼視的思考は防御・情報への関心の低さ, 及び兵力補充と兵站・補給の軽視に繋がり、これがガダルカナル島の戦いインパール作戦等の重大な局面において致命的な影響を与えました(

厚労省と医師会の嘘(3) - Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

)。現代日本の医局制度に当てはめると、短期的な目標ー すなわち医療費の削減や病院の収支の帳尻を合わせる ーのために人件費を削り(兵站・補給の軽視), 市中病院に常勤医を寄越さない(兵力補充の軽視), そして厚労省の「医学部定員をこれ以上増やしたら、将来医師が余る」という分析を盲信する(情報の軽視), と共通点が幾つも見られます。「地域医療に貢献する」というお題目に忠実に従うのであれば、まずこのような過ちを是正して行く事が先決でしょう。各大学病院の首脳部は、この事をよくよく肝に銘じるべきです。