Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

厚労省と医師会の嘘(2)

 今日は前回厚労省と医師会の嘘 (1) - Voice of ER ー若輩救急医の呟き・戯言ー に続き、上昌弘氏の著書『病院は東京から破綻する』を参考に、医師不足に関する議論を取り上げます。

 前回の記事では、①舛添要一氏が厚労相時代に、日本医師会厚労省の官僚といった抵抗を乗り切り医学部定員増員を実行に移した経緯, ②後に厚労省が「人口減少の影響で、医師数は将来的に足りるのでもう増やす必要はない」と発表した事, を紹介しました。今日の記事では②について反論している専門家のデータを紹介します。

 議論を始める前に、現状の医師数を把握しておきましょう。過去のデータにはなりますが、厚労省の「平成24年医師・歯科医師・薬剤師調査の概況」では人口10万人あたりの医師数が計算されています。 下の地図の写真は、『病院は東京から破綻する』から拝借したのですが、色の濃淡でこれらデータを地域別に示しています。

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 地方別で見ると、

首都圏 230人

四国 278人

九州北部は287人

であり、(上記地図の濃淡を見れば明らかですが)地域間で医師数に格差がある事が分かります。

 首都圏に限り都道府県別で見ると、

東京 323人

埼玉 159人

千葉 189人

神奈川 209人

となります。上昌広氏曰く、首都圏の数値は、東京を除くと南米や中東と同じレベルだそうです。

 ちなみに、7年前に大震災と原発事故に遭った東北は、上記地図を見る限り人口10万人あたり225未満です。不足の程度は東京を除いた首都圏よりも深刻といったところでしょうか。

 続いて、『病院は東京から破綻する』で上氏が述べている、厚労省の試算への反論を見て行きましょう。まず、彼の見解を大雑把に要約すると「医療スタッフという集団も、少子高齢化の影響を受けているという事を忘れるな(労働人口が減少するのは医療現場も同じ)」という事です。

 最近になり、「人口減少社会」・「労働人口減少」と騒がれていますが、何故かと言うと1947-49年に生まれた「団塊の世代」(合計約806万人)に加えて、この世代の子供たち ーいわゆる「団塊ジュニア世代」ー がこれから高齢化していくからです。少子化の影響で現役世代が少なくなっていく上、団塊ジュニア世代までもが退職していく。製造業・サービス業etc.でこの影響が深刻に受け止められているのに、医師だけ例外なんて奇妙ではありませんか。事実、『病院は東京から破綻する』で出ている試算(下のグラフの写真)によると、現状のままでは、2010年と比較すると2035年には65歳以上の医師数ばかりが増え、60歳未満の医師の増加が4%に留まってしまうそうです。

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 ましてや、この団塊の世代及び団塊ジュニア世代が高齢化すればするほど、医療の需要が増加します。上氏と東大医科研の教授らの共同研究によれば、団塊の世代の多くが亡くなる2035年頃に一旦医療ニーズは低くなるものの、その後団塊ジュニア世代が高齢化していく事で再び医療ニーズが増加するそうです。

 そんな状況で、医療スタッフが疲弊していくのは目に見えています。未だに医療スタッフ間では不眠不休を美徳とするような精神論が持て囃されますが、これで長続きする訳がありません。疲労は医療スタッフが医療事故を起こすリスクを増加させますし、燃え尽きやうつ等、心身ともに追い込まれ離職していくスタッフが出る事も想像に難くありません。 

 「厚労省の試算には、国民と医師の高齢化が正確に反映されていない」と上氏は指摘しており、私も同意します。いわゆるエリートである官僚が、何故こんな『誤謬』を犯すのか?日本医師会財務省等からの横槍等々、背景に様々な要因がある(詳細は本ブログで後日紹介していきます)と思います。しかし、最大の欠陥は、こういった要因によって『情報』 ーここでは、高齢化が社会に与える影響の予測と医療現場の実情ー を軽視してしまった事であると私は考えます。

 先日本ブログで紹介した『失敗の本質』とある本の紹介; 「失敗の本質ー日本軍の組織論的研究ー」 - Voice of ER ー若輩救急医の呟き・戯言ー  を読むと、先の大戦で情報の軽視が深刻な結果を招いた事が分かるエピソードがあります。例えば、1942年8月から翌年2月にかけて行われたガダルカナル島の戦いでは、事前に諜報機関が「近々米軍は日本本土を目標にした反攻作戦の第一段階を同島で行う予定であり、大艦隊が動員される」と大本営に警告していたのですが、大本営は「米軍の反攻は早くても1943年」という希望的観測を盲信し相手にしませんでした。よって42年8月7日に米軍がガダルカナル島に上陸した時も、「偵察か(日本軍が同島に建設していた)飛行場の破壊が目的だろう。従って敵兵力も大した事はない」と思い込み、実際には米軍海兵隊が13000人もいる島へたった2000人の部隊を派遣し、案の定壊滅します。その間に米軍は奪った飛行場をせっせと整備して、物資の補給も制空権も確保(最寄りの飛行場が遠すぎたので、零戦は15分しか島の上空に滞空できなかった)し、戦況は日本軍にとって益々不利となっていきました。

 今回、私は①少子高齢化の影響を受ける職種には当然医療も含まれる, ②団塊世代団塊ジュニア世代の高齢化により医療ニーズが増加し、医療スタッフの過労が深刻化する, という見解を紹介しました。そして③厚労省の試算はこれらの『情報』を軽視しており、そうして決定する国策は深刻な結果を招きかねない, と私は考えています。

 次回以降も、『病院は東京から破綻する』を参考にして、医師不足問題の背景にある問題点を紹介して行きたいと考えています。加えて、現代日本の医療(厚労省や大学病院, 各学会)が抱える問題点を、日本軍との比較ー つまり『失敗の本質』も参考にして ーを通して考察してみたいな、と思っています。長文となってしまい大変申し訳ございませんが、次回も宜しくお願い申し上げます。