Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

【医療関係者向け】医師の燃え尽きと、医療安全・患者満足度・プロフェッショナリズムの関連性

 新年明けましておめでとうございます。今日は、"Association Between Physician Burnout and Patient Safety, Professionalism, and Patient Satisfaction A Systematic Review and Meta-analysis"(Panagioti M, Geraghty K. et al. JAMA Intern Med. 2018;178(10):1317-1330)という論文を紹介してみたいと思います。

(1) Background

 医師の健康(physician wellness)は、医療機関(health care organizations)の質の指標の一つと考えられています。特に燃え尽き(burnout)は、医師の健康と逆の相関を示す数値として良く知られており、医師の間での燃え尽きは多いことが既に証明されていました。ある研究では、燃え尽きは心血管系疾患リスクの増加, 平均余命の短縮, 問題となるアルコールの使用, 人間関係の悪化, うつ, 自殺と関連しているというデータもあります。

 しかしながら、燃え尽きが1.医療事故と関連があるかどうか, 2.プロフェッショナリズムの低下による、治療成績の低下(suboptimal care outcome)と関連があるかどうか, 3.患者満足度の低下と関連があるかどうか, について十分に検証したstudyがありませんでした。この論文はズバリ、上記3点を検証したものです。

 

(2) Method

 ① Study design&Setting

 この研究はsystematic reviewで、MEDLINE, PsycInfo, Embase, CINAHLでphysicians, burnout, patient careといったフレーズで検索した論文を対象にしています。

 ② Enrollment

 全ての医師(physicians working in any health care setting)が、この研究の対象となりました。

 ③ Outcome

 Primary Outcome:  燃え尽き(全ての燃え尽き, 感情的疲労, 離人症[depersonalization], 個人の目標達成[personal accomplishment])と、治療成績の低下を示す指標(患者の安全に関わるインシデント, プロフェッショナリズム, 患者の満足度)の関連性

 Secondary Outcome:  うつ・感情的苦痛と、治療成績の低下の関連性

 これらのoutcomeを、95%信頼区域(95%CI)を持つodds ratios(ORs)によって評価し、ORが1を超えると燃え尽きが治療成績の低下のリスク増加と関連していることになります。

 なおプロフェッショナリズムの定義は1.優秀さ(exellence), 2.説明責任, 3.利他主義, 4.人道主義(humanism)です。一方、この研究ではプロフェッショナリズムの低下を1.治療ガイドラインを遵守しない(suboptimal adherence to treatment guidline), 2.プロとしての誠実さの低下, 3.コミュニケーションを行わない(poor communication practice), 4.共感の低下と定義しました。 

 

(3) Results

 この研究ではまず5,334件の論文がヒットし、重複したものを除いた結果、3,554件にスクリーニングを行いました。最終的に47件がinclusion criteriaに合った為解析の対象になりました。これらの論文には延べ42,473人の医師が含まれており、医師の年齢の中央値は38歳(range 27-53歳), 各論文に参加した医師数の中央値は243人(range 24-7926人; 男性は25,059人[全体の59.0%])でした。

 ① Main Meta-analyses

  解析の結果、全ての医師の燃え尽きは、患者の安全に関わるインシデント(以下、医療事故と呼ぶ)に関連するoddsが2倍だったのです(OR 1.96; 95%CI 1.59-2.40)。更に、この関連性を、燃え尽きを構成する側面(dimension)ごとに評価すると感情的疲労; OR 1.73, 95%CI 1.43-2.08, 離人症; OR 1.94, 95%CI 1.29-2.90, 個人的の目標達成; OR 1.49, 95%CI 1.23-1.81と、これらも有意なodds増加が見られました。更に、医師のうつ症状・感情的苦痛も、医療事故発生リスクの増加(OR 2.31, 95%CI 1.87-2.85)と関連していました。

 また、全ての医師の燃え尽きは、プロフェッショナリズムの低下(OR 2.31, 95%CI 1.87-2.85), 患者満足度の低下(OR 2.28, 95%CI 1.42-3.68)とも関連していたのです。

 ② Subgroup Analyses

 まず、患者の治療に関するoutcomeを、報告形式によってグループ分けして解析を行いました。燃え尽きは、医師が報告した医療事故(OR 2.07, 95%CI 2.03-2.11)及びプロフェッショナリズムの低下(OR 2.67, 95%CI 2.19-3.15)と関連していました。他方、燃え尽きとシステム(電子カルテのこと?)に記録された医療事故(OR 1.00, 95%CI 0.81-1.18)及びプロフェッショナリズムの低下(OR 1.15, 95%CI 1.02-1.31)は関連性が有意でないか、有意性がわずかという結果になりました。

 更に、研究が行われた国によってグループ分けして解析も行われました。まず、米国で行われた研究のデータを集積して解析したところ、医師の燃え尽きと、医療事故(OR 1.69, 95%CI 1.46-1.92), プロフェッショナリズムの低下(OR 2.02, 95%CI 1.59-2.44)の関連性に関しては、各研究の間に有意差は見られませんでした。米国以外の国々での研究についても解析を行いましたが、結果は同様でした(医療事故; OR 1.96, 95%CI 1.62-2.30, プロフェッショナリズムの低下; OR 1.97, 95%CI 1.57-2.38)。

 最後に、医師の卒業年数ごとグループを分けたデータ解析も行われています。その結果、resident及びearly-career physician(日本で言うと初期・後期研修医?)とmiddle- and late-career physician(日本で言うと後期研修医以上の医長・部長級の医師?)の間で、燃え尽きと医療事故の関連性を比較しましたが、こちらも有意差は認められませんでした(研修医; OR 1.73, 95%CI 1.46-2.00 vs 医長・部長級; OR 1.87, 95%CI 1.49-2.25)。加えて、燃え尽きとプロフェッショナリズムの低下の関連性について研修医と医長・部長級の間で比較したところ、研修医でより有意な関連性があった(研修医; OR 3.39, 95%CI 2.38-4.40 vs 医長・部長級; OR 1.73, 95%CI 1.46-2.01)ことが判明したのです。

 

(4) Discussion

 このsystematic reviewとmeta-analysisは、医師の燃え尽きと患者の治療の質の低下が関連しているという、強い定量エビデンス(robust quantitative evidence)を示しました。

 上述したエビデンスに加えて、論文の著者の考察もまとめてみると、

1. 燃え尽きによって、医師は医療事故を起こす傾向がある。

2. 燃え尽きにより、医師のプロフェッショナリズムが低下する。これによって、患者への治療の質の低下する傾向がある。

3. 燃え尽きを起こした医師の診療を受けた患者の満足度は、低下する傾向がある。特に、燃え尽きを構成する側面のうち、離人症は患者への治療の質・安全性や患者の満足度へ最も負の関連性を有している。

4. 燃え尽きとプロフェッショナリズムの低下の関連性は、特に研修医(residents and early-carrer physicians)で強い。研修医の燃え尽きは、仕事への満足度, 仕事への価値観, 誠実さに負の影響を及ぼす傾向があることがわかっている。研修医が20年以上先の未来まで医療を担うことを考えると、彼ら・彼女らへの健康(wellness)及び仕事への価値観に対する投資は最も有効な戦略となり得、労働力不足や医療事故, 患者の不信感を避けることにも繋がるだろう。

5. 大半の研究は、患者への治療のoutcomeを医師の自己申告(self-reported by physicians)に頼っている。しかしこの研究では、システムに記録された患者の安全に関するoutcomeと、医師の燃え尽きの有意な関連性を示せなかった。以前からシステムに記録された患者の安全に関するoutcomeに不足がある・矛盾していることが頻繁に指摘されており、この研究も同様であると考えられる。医療安全とプロフェッショナリズムの評価(ないし報告)方式には、改善の余地があるかもしれない。

 

 この論文のTake Home Messageは、「医師の燃え尽きを防ぐ対策を講じなければ、医療事故が増える」ということでしょう。事実、この論文によれば、事前に防げたはずの有害事象によって、毎年医療システム(health care systems)は数十億ドルもの支出を強いられているそうです。