Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

東日本の某県に勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

【医療関係者向け】ECMOって何?

 今日は久しぶりに医学ネタに戻します。

 今日はextracorporeal membrane oxygeneration(略称; ECMO)の話をしましょう。まずこれはどうゆう物かと言うと、「遠心ポンプと膜型人工肺を用いた貯血槽をもたない閉鎖回路による人工心肺補助法」(『救急診療指針 改訂第5版』より)のことです。後述するような疾患によって機能が低下した(疲れ切った)臓器 ーつまり心臓や肺ー の代わりに機能する事で、これらの臓器を休ませながら(回復を待ちながら)生命を維持する装置です。

 この機械は更に、静脈系(中心静脈や右心房)から脱血して大動脈に送血するVA-ECMOと、静脈系から脱血して静脈系に送血するVV-ECMOに大別されます。今回は、VA-ECMO及びVV-ECMOそれぞれについてどうゆう場合に使うのかという事等を極力噛み砕いて解説してみたいと思います。

(1) VA-ECMOの適応

 『救急診療指針』では、VA-ECMOのについて施行中に決定的な治療あるいは自然回復によって、VA-ECMOからの離脱を見込まれる症例に用いることが大前提」としつつ、開始基準について次のような記載があります。

1. カテコラミンやIABP(IntraAortic Balloon Pumping; 大動脈内バルーンパンピング)を用いても改善しない重篤心不全

  • 収縮期血圧<80 mmHg
  • 肺動脈楔入圧>20 mmHg
  • 心係数<1.8~2.0 L/min/m2

2. 臨床的指標

  • 尿量<0.5〜1.0 mL/kg/hr
  • SvO2<60%
  • 四肢冷感, チアノーゼ等末梢循環不全の徴候
  • 制御不能な致死的心室不整脈

つまり、①根本的な治療(e.g. 心臓移植)ないし ECMOで心臓を休ませることで、心機能の改善が見込まれ, 尚且つ②カテコラミンを大量投与しIABPをやっても血行動態が改善しない心不全 の症例が対象なのです。

(2) VV-ECMOの適応

  『救急診療指針』では、VV-ECMOの適応について「従来の呼吸補助療法では救命困難で、代替治療手段がなく可逆的な病態が考えられる重症呼吸不全患者」との記載があります。要は、1.人工呼吸器は既に装着済だが、人工呼吸器による換気でも酸素化・二酸化炭素排出が出来ず, 2.原疾患が可逆性(根本治療を継続すれば肺機能回復が見込める、肺炎などの疾患)が対象ということです。

 具体的な適応基準の記載があったので以下に示します。

  • 18~65歳
  • Murray ling injury score>3.0
  • 補正できない高二酸化炭素血症(pH<7.2)
  • 人工呼吸期間7日以内

 但し、これではイメージがつかないと思うので、極力噛み砕いて記述します。以前本ブログで人工呼吸器の適応や設定条件等について解説していますが(下記リンク参照)、人工呼吸器管理に伴う合併症として、人工呼吸器関連肺障害(Ventilation Induced Lung Injury; VILI)という概念が提唱されています。簡潔に説明すると、人工呼吸器から送られる過剰なガスで肺胞が無理に引き延ばされたり, 過剰な圧力で肺胞に穴が開く合併症のことです。

 VILIを回避する人工呼吸器設定は①最大吸気圧≦30cmH2OでpH>7.2までの高二酸化炭素血症を許容, ②最低限のPEEP, ③FiO2≦0.5 とされています。こうした設定でも高二酸化炭素血症が改善しない, 或いは FiO2 1.0の設定でPO2/FiO2比≦ 80となるような低酸素血症がある場合にVV-ECMOの適応となります。

 なお、VV-ECMO開始のタイミングは人工呼吸器管理開始1週間以内に判断すべきとされています。1週間以上人工呼吸器管理をされていると、VILIによって肺が不可逆的な損傷を受けている可能性があるから, 根本的治療が遅れて2週間経過した場合、病態が固定して不可逆的になる(発症後1~2週間以内は病態が固定しておらず、根本的治療を行えば改善の余地がある)からです。

(3) 心停止でも使う場合がある

 ケースバイケースの判断にはなりますが、心原性ショック, 低酸素血症による心停止はECMOの適応です。以下に例を示していきます。

1. 低酸素血症(原因が除去できず、自己心拍再開が得られない場合)

  • 上気道閉塞
  • 喘息発作
  • 溺水, 気道出血etc.

2. 心原性ショック

(4)ここで、さらっと合併症の話を

 血液は、自分以外のモノに接触すると固まってしまいます。よってAPTT 40~60秒くらいを指標としてヘパリン投与を続けねばなりません。回路内に血栓が出来てしまう場合もありますが、逆に出血しやすくなることも多いのです(よって、外傷による心停止などの出血性ショックにECMOは使えません)。従って、血小板数は最低8万~10万/mm3を維持しなければいけません。

 他にも、回路内にできた血栓や過剰な脱血・送血圧により溶血が起きることがあるので、脱血カニューレを太めにしたり, 脱血圧を-100 mmHg超・送血圧400 mmHg未満にする必要があります。

 またカテーテル関連の感染症や腎機能障害, 人工肺不全(人工肺は消耗品なので、血漿漏れが見られた場合は交換しないとガス交換が出来なくなるおそれがある)といった合併症も見られます。

(5) 参考文献

 最後に、今回参考にした文献を提示します。

  • 『やさしくわかるECMOの基本 患者に優しい心臓ECMO、呼吸ECMO、E-CPRの考え方教えます!』著者; 氏家良人, 小倉崇以ほか, 羊土社

  なお、今回上記(1)~(4)で書いた内容は、ほんのさわりですので、詳細が知りたい方は、上記文献 ー特に後者ー を是非ご参照下さい。

【救急医の一斉退職問題】失敗の事例を検証せよ

 最近、Twitterなどで大津市民病院の救急医一斉退職のニュースが話題になっていました。

救急科以外で蘇生や重症管理に慣れているのは(私の勝手なイメージですが)循環器内科医, 麻酔科医, 心臓血管外科医, (一部の)腹部外科医, 脳神経外科医という感じでどうしても限られてしますし、自分の専門領域以外の疾患の管理・診断までやれというのも無理があります。外傷・心停止・ショック等の重症患者の蘇生, そして原因の鑑別診断を行うスキルは救急科独自のスキルなのです。

 上記の記事をはじめ、マスコミの報道からは大量離職の背景に何があったのか不明です。救急科医が待遇に不満を抱いたのかもしれませんし、救急科の業務は心理的・肉体的に負担が大きい(e.g. 他科が「うちじゃない」・「うちじゃできない」と言った患者の入院管理, 救急外来での重症患者の蘇生[中にはそのまま死亡する人もいる], 社会的背景に問題のある患者への対応 etc.)ので、燃え尽きて離職ということもあり得ます。

 また、過去のニュースを見てみると、救急科以外にも産科や小児科のような診療科医師の離職も報道されています。要は、今回以前にも同様の事例が過去にあったという事です。

 

これらの事例を検証し、「なぜ彼ら・彼女らは退職したのか」, 「原因となった要素を是正する為に、病院はどうすべきだったのか」等を分析する事で問題点が判明したはずです。そして、検証した結果を地域全体ないし全国的に共有していれば、医師の労働環境や配置状況の改善等に繋がり、全国各地での医師一斉退職を繰り返すことはなかったはずです。

※ ↓偶然にも、同じ考えの方が私のTLにいらしたので、誠に勝手ながらツイートを共有させて下さい。

 アジア太平洋戦争中、日本海軍は米海軍空母部隊をおびき出し撃滅する筈だったミッドウェー海戦で、作戦に参加した空母4つ全てを失い、敵空母部隊へも打撃を与え損ねるという大敗北を喫しました。しかし、海軍は「皆十分に反省しているので、今更突っついて屍に鞭打つ必要はない」との理由で作戦戦訓研究会を行いませんでした。この作戦失敗の要因には1.連合艦隊司令長官 山本五十六は「米海軍部隊をミッドウェーに誘い出し、それを潰す」のが作戦の目的としていたのに、作戦に参加した第一機動部隊司令官は「ミッドウェー攻略が先で、米海軍部隊はその後にやって来る」と勝手に思い込んでいた, 2.その結果、索敵や敵機襲来への準備が不足していた, 3.そもそも日本海軍はレーダーの実用化や偵察機の開発, 暗号解読技術が遅れていた(逆に米軍は日本海軍の暗号解読に成功し、情報が筒抜けだった) 等のものが挙げられていますが、こうした要因にいち早く気付く/学習する努力すら怠ったまま日本は米国との戦争を継続。結果は言うまでも無いとは思いますが、レイテ沖海戦, マリアナ海戦etc.と日本軍は米軍に連敗を重ねたのです。

 各地で散発する医師一斉退職事例を『ミッドウェー海戦』と定義するならば、現状の我々はその『敗因』の分析が不十分という事になります。このまま、我々医療業界と日本社会は『敗戦』 ーつまり、医療崩壊ー へ向かうつもりなのでしょうか。いずれにせよ、現状維持のままでは決して良くない事は明白です。

日本の問題点を、思いつくまま綴ってみる。

  最近、各種メディアから流れてくる情報を見聞きして、日本の問題点を考察する機会があったので、今回はそれをまとめてみたいと思います。

(1) 日本の組織は意思決定が遅い

 先日、出勤中に聞いていた朝のFMラジオで「日本企業は会議を沢山開くが、意思決定は遅い」という話が出ていました。「会議で上司/上層部が意見を提示するが、参加者が周囲の『空気』を気にして異論を出さない」・「会議をする時間のせいで残業時間が伸びている(『働き方改革』に逆行)」という意見も聞かれました。

 日本人の意思決定の遅さは、今に始まった事ではないでしょう。例えば、1942年8月7日に始まったガダルカナル島攻防戦では、8月19~21日の間の攻撃と, 9月13~14日の第1次総攻撃, 10月24~26日の第2次総攻撃全てが失敗に終わりました。島の奪還が難しいと皆が認識していたにも関わらず、陸海軍の中枢は共にメンツを気にして『弱音を吐く』(ガダルカナル島からの撤退に言及する)ことができず、同年12月31日になってようやく陸軍・海軍トップが昭和天皇へ撤退を上奏, 翌年1月4日に天皇が撤退の大命を下すという経緯を辿りました。その結果、ガダルカナル島に投入された日本軍の兵員32,000名のうち12,500名が戦死, 1,900名戦傷死, 4,200名戦病死, 2,500名行方不明と多大な犠牲が生まれました。

 上記の例に限らず、日本軍という組織内では、組織の目標や合理的な手段の選択よりも組織内部の情緒的融和(各個人の間柄を壊さないこと)を優先したため意思決定が遅れたという事例が多々見られます。他方の米軍は、一定の期間で指揮官・参謀を交代するシステム(優秀な頭脳とはいえ同じ仕事ばかりやっていても疲れる, 前線と作戦部の人員を定期的に入れ替える事で前線から優秀な人材を選抜でき、前線の緊張感が作戦部に導入される, 等の理由による)によって、意思決定が迅速になり日本軍に対し圧倒的優位に立つことが出来たのです。

 「空気を読む」, 「組織内の序列(特に年功序列, 先輩・後輩関係)に過剰に気を遣う」といった独特の気風によって合理的な意思決定ができないという悪習を日本はまだ捨て切れていません。

 

(2) 「女性は家庭を守る存在」という固定観念

 ここ数日、SNSを含めたメディアで「男性の育休を義務化する法案を国会に提出する動きがある」という報道や、「企業に育休を届け出た男性社員が地方へ左遷された」という情報が飛び交っています。

www.huffingtonpost.jp

 日本企業が男性社員の育休・産休取得に後ろ向きな理由は恐らく、「女性は家庭を守る存在だ」という固定観念があるからでしょう。他方、米欧(特に北欧)では女性の社会参加/男女の機会均等に関する社会の意識や政府の政策が(日本等より)進んでいると以前から指摘されています。

 皮肉にも、これには二度の世界大戦という歴史的背景が関与していると思います。2度の世界大戦で戦場となった欧州各国と, 2回とも参戦した米国では、工場等の職場で働いていた男性が次々と徴兵されていきました。しかし戦争継続の為には、軍需品の生産継続や国内経済の維持が必要で、工場は止められません。その結果、女性労働者が様々な職場で働き手となりました。更に、第二次世界大戦では米英が補助部隊とはいえ女性からなる部隊を創設し、ソ連に至っては前線戦闘部隊に女性兵士を配置していました。

 他方、アジア太平洋戦争中の日本では、上記の通り「女性は家庭を守る存在」という固定観念のため、場等で働く女性は未婚の女性に限定されていました。また、日本当局は「産児報国」(戦時中は人口の増加が必要)というスローガンを掲げておきながら、年齢が若い(妊娠・出産の適齢期にある)未亡人の再婚に対して否定的な見解を示していました。また、女性の軍への入隊/徴兵の主張が一部にあったものの、結局少数の女子通信隊の編成に止まりました。

 総力戦の中で、「女性という潜在的な労働力/兵力を登用する」という合理的な判断を下した欧米政府・企業と、それにより社会進出と発言の機会を得た欧米の女性。その反面、「女性は家庭を守る存在」という固定概念を政府から一般大衆に至るまで『墨守』して出遅れてしまった日本固定観念をぶち壊せるか」という一点で、未だに日本は出遅れています。

 

(3) 情報収集・統計は出来るが…

 昨今、政府の統計・情報処理に関する様々な不祥事が指摘されています。賃金統計の作成手法が変更され、昨年度の賃金伸び率が以上に上振れしている事に気付いていたにも関わらず、そのまま公表してしまった不祥事(上の『西日本新聞』の記事)が最近では話題になりましたし、下のツイートのように不登校理由調査結果が文科省NHKの間で乖離しているということもあったようです。また、先日には麻生太郎氏が「人生50年時代の社会保障の設計のまま人生100年時代になった」という旨の発言に対し、様々な議論が巻き起こっていました。

 情報収集・統計は十分できていても(現状の判断や将来の見通しを正確に行う材料は揃える能力はあっても)、誤魔化したり, 都合の良いように解釈してしまったりetc.という過誤が、最終的に日本国民全般に悪影響を及ぼしかねない事態に発展しているのです。

 1939年のノモンハン事件の際には、関東軍内部で「ソ連軍の兵力や火力・装備が関東軍を上回っている」という情報を根拠にした慎重論が一部で出ていましたが、「一挙に敵を撃滅する意気で溢れている時期に、消極的意見は不要」という理由で却下されました。「ソ連軍は弱小だ」というバイアスを持ったまま、ソ連側陣地への攻撃を繰り返した結果、兵力・装備の喪失を繰り返して戦況は悪化していったのです。また1944年3~7月に行われたインパール作戦の際、作戦を担った第15軍の司令官は「英印軍は弱小だ」という偏見の元に作戦を計画。なお、同年2月の英軍との戦闘で、日本軍は英軍の新しい戦術や優越な火力を前に苦戦しており、また3月には英軍空挺師団が日本軍の支配地域内へ侵入して、大規模な作戦を展開しています。しかし、日本軍は英軍の新戦術について学習せず、また空挺師団については「目的は後方撹乱程度だろう」と判断。空中偵察で英軍の規模や事態の深刻さを悟った将校が作戦開始延期と空挺師団掃討優先を求める進言を行いますが、第15軍の司令官らは却下します。そして予定通り、「未開の山岳地帯を行軍し、尚且つ英軍の拠点 インパールを急襲制圧する、という全行程を3週間で達成する」という無茶な作戦を実行に移しました。

 手元に正確な(客観的な)情報があっても、頭の中で描いた主観的な状況を前提にして行動しているから失敗するのです。そして、もう既に(1), (2)の2項からお分かりと思いますが、日本人の思考/慣習は第2次世界大戦の頃から進化していないと考えられます。

川崎殺傷事件の報道を聞いて思ったことなど。

 今週頭に起きた川崎市の児童殺傷事件。犯人の動機は不明とはいえ、このような形でいきなり命を奪われたり、心の傷を負うのは余りにも理不尽でしょう。世間に与えた衝撃は余りにも大きく、メディア, インターネットを介して感情的なコメントが飛び交うのはある程度仕方のないことかもしれません。

 なお、これまで日本国内で、一人の加害者が突然多数の市民に斬りかかる事件は何度か起きています。下記のWikipedia記事内に、日本で起きた大量殺人の一覧がありますが、それらの事件のうち、特に『附属池田小事件』以降に発生した事件は 1.加害者と被害者が親類ないし同居している, 2.加害者と被害者が近所同士, 3.加害者と被害者が金銭的トラブルを抱えていた, という特徴が無い事件が目立つように思われます。何らかの利害関係を共有していない不特定多数を突然襲撃しているのです。

大量殺人 - Wikipedia

 そのうち相模原の障害者施設で起きた事件は、その施設の元職員が犯行に及び、その思想背景に『安楽死』 ー 言い方を考えれば優生思想 ー があったようですが、それ以外では特に思想的背景といったものが無く、何らかの負の感情を発散させる為に犯行に及んだと思しき事件ばかりです。

通り魔 - Wikipedia

 最近でも、メディア等を介して「日本は外国より治安がいい」といった言説が流布されていますが、率直なところ、かくの如き言説を自信を持って力説できないような雲行きではないでしょうか。1.銃規制が厳格, 2.アフガニスタン・メキシコ等と比べると政府機関内で法令遵守の意識が高い(反社会勢力と取引をしない etc.), 3.警察の捜査能力が高い(e.g. 捜査対象への徹底的な張り込み)から、我々日本国民が何とか許容できる範囲内で治安の水準が保たれているというのが実情なのでしょう。

 しかし、私は今後もこのような事件が続くのでは、と心配しています。ここからは私の勝手な解釈となってしまいますが、これまで人間の活動の基本は、家庭/一族, 村/ご近所 や 職場 といった共同体でした。「万が一、自分が犯罪等のタブーを犯せば、自分自身はまだしも家族までこうした共同体から『村八分』を喰らって、二度と戻れなくなるのではないか」 ー そういった抑止力が従来は働いていたのではないでしょうか。

 しかし、経済成長に伴って都市化が進むと、都市部・郊外の団地の住人はお互い別の地方から来た『他人』同士となってしまい人間関係は希薄化していきました。更に、バブル崩壊後の就職氷河期・いわゆる『雇用の流動化』によって、職場の共同体としての立ち位置は弱まってしまったのではないでしょうか。そうすると各個人はより孤立した存在となり、『タブー』を犯すことに対する抑止効果が下がっているのではないでしょうか。

 また、上記のように日本で起きた大量殺人は今の所、何らかの思想背景があったのは相模原の事件だけですが、いずれニュージランド クライストチャーチの事件や2011年のノルウェーの事件のように、過激な思想背景による大量殺人が起きるのは時間の問題ではないかと思います。

クライストチャーチモスク銃乱射事件 - Wikipedia

ノルウェー連続テロ事件 - Wikipedia

なぜなら、最近の日本では1.在日コリアン排斥等の排外主義を主張する団体が公然とデモをやり、SNS上でも共鳴する人が結構居る, 2.一部メディア・著名人もそのような『雰囲気』を擁護している, 3.気に入らない個人・集団/人種を徹底的に叩くことを許容する『雰囲気』が往往にして見られる, からです。あえて例えるならば、幕末の日本でしょうか。尊皇と佐幕・開国と攘夷で世論が二分され、特に長州・水戸等の過激な攘夷派浪士は暗殺・破壊行為に手を染め、肝心の孝明天皇から忌避されるまでに至っています。私は、現代の日本社会全体が当時の攘夷過激派に近づきつつあるのではないかと私は感じています。いずれ『攘夷』・『愛国』を騙って特定の個人や集団を襲撃する者が現れるのではないか、と危惧します。

グダグダし過ぎだ、日韓レーダー照射問題 - Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

我々は、ブラジルに日本の未来を見ているのかもしれない - Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

 加えて、今後も川崎市秋葉原のような大量殺人・通り魔事件が発生した場合、「市民に自己防衛の手段を!」と銃規制緩和を求める団体や政治家, 芸能人が現れるかもしれません。また、そのような日本国内の情勢を見た海外の銃器メーカーが『商機』を狙ってSNS等を通じた巧妙な『新規市場開拓』戦略を展開した結果、世論ないし永田町・霞ヶ関で銃器規制緩和を認める意見が優勢となる可能性すらあり得ます。そうなったら、日本の治安は絶望的な状況に陥ることは間違いありません。