Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

東日本の某県に勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

【医療関係者向け】全てのインフルエンザ患者に、抗ウイルス薬が必要なのか?

 さて、1月も中旬に差し掛かりましたが、私の勤務先でも外来・病棟内でインフルエンザの患者がポツリポツリと出ています。抗インフルエンザ薬を処方してもらう患者さんが多々見受けられますが、果たしてこの人たち全てに、本当に必要なのでしょうか?

 まず、Twitterで偶然見つけた、非常に興味深い一連の投稿を紹介します(勝手に引用してしまい申し訳ありません)。

 これらのツイートを要約すると、

インフルエンザワクチンは有用。重症化予防に加え、発症予防効果もそれなりにある。自閉症になる」・「インフルにかかる」といった情報はデマ。

② インフルエンザ迅速検査キットは感度60%くらい。発症24-48時間後になってようやく感度が最高になる(救急外来等を受診する患者の多くは発症12-24時間以内なので、実際に感染していても、検査で「陰性」になる場合がある)

③ インフルの診断は1.突然発症, 2.38℃を超える発熱, 3.上気道炎症状, 4.全身倦怠感などの全身症状, さえあれば診断が成立する。迅速キットは補助的な役割でしかない。

必ずしも、全ての患者に抗インフルエンザウイルス薬が必要とは限らない。特に基礎疾患等もない患者にまで処方することで、耐性化したウイルスが蔓延するリスクがある。他にも、インフルに罹患したにも関わらずウイルスに対する抗体が身に付かない, 薬を処方する分金がかかる, といったデメリットもある。

ということなのです。

 

 上記の一連のツイートでも触れられてはいますが、今回、私は特に④に関して『レジデントのための感染症診療マニュアル 第3版』(青木眞著, 医学書院)を参考に、抗インフルエンザ薬に関するデータを自分なりにまとめてみたいと思います。

 まず、抗インフルエンザ薬ですが、次の4種類が現在頻用されています: 1.オセルタミビル(タミフル), 2.ザナミビル(リレンザ), 3.ペラミビル(ラピアクタ), 4.ラニナミビル(イナビル)。これらの薬に関するデータを紹介していきます。

 

タミフル

 カプセルとドライシロップの2種類の剤型がある。悪心・嘔吐といった副作用がある。以前、幻覚・意識障害といった副作用が話題になったが、タミフルとの因果関係は明らかになっていない(インフルエンザそのものの症状であったかもしれない)。

 2012年のコクランレビューによると、免疫不全のない成人・小児では症状のある期間を約1日間短縮させるものの、入院は減らさない。また、タミフルの販売元であるロシュが持っていたデータによると、1.成人では症状のある期間を16.8時間(95%CI 8.4-25.1時間)短縮させるが、入院や重篤な合併症は減らない, 2.健康な小児では症状のある期間を29時間(95%CI 12-47時間)短縮させる。

 一方、ハイリスク患者では死亡リスクを減らし(オッズ比0.23; 95%CI 0.13-0.43)、入院も減らす(オッズ比0.75; 95%CI 0.66-0.89)というデータが出ている。

 

リレンザ

 ブリスター(粉末を吸入する形式)の剤型のみ。鼻咽頭の不快感や、喘息患者での発作誘発といった副作用がある。

 コクランレビューによると、成人では症状のある期間を0.6日間(95%CI 0.39-0.81日間)短縮させたが、小児では有意な短縮は示せなかった。他方、慢性閉塞性肺疾患, 心疾患等のハイリスク患者に関しては、症状の持続が2日半(中央値)が短縮, 抗菌薬が必要な合併症の頻度が43%減少するといったデータが出ている。

 

ラピアクタ

 点滴製剤。副作用は悪心, 下痢。

 日本国内で行われた、合併症のない20-64歳の成人に対するラピアクタvsプラセボのランダム化比較試験では、ラピアクタ群はプラセボ群よりも有意に症状のある期間を短縮させた(中央値の差で約1日間)。

 

④イナビル

 リレンザと同様の吸入粉末剤。よって副作用もリレンザ同様、喘息患者で発作(気管支攣縮)といったものがある。

 成人ではタミフルに非劣性, 小児ではリレンザと比べて解熱までの時間に有意差が無かった。また、海外で行われたイナビルvsプラセボのランダム化比較試験では、プラセボ群と比較して症状軽快までの期間の有意な短縮を示せなかった

 

 これらをまとめてみると、

1. 健康な成人・小児に関して言えば、抗インフルエンザ薬の効果はせいぜい1日そこそこ症状のある期間を短縮させるかどうか程度のものである。また、イナビルの効果は他の薬とドングリの背比べ程度の差しかない。

2. 高齢者, 心疾患, 肺疾患といった基礎疾患のあるハイリスク患者については、抗インフルエンザ薬投与の必要性が高くなる。

という結論に達します。

 

 特に医療関係者の皆様は、今後インフルエンザの患者を診療する際に是非参考にして頂けると良いかと思います。

厚労省案「医師の残業時間は年間2000時間までOK」の影響を考察する

 昨年より何回も、SNS上の医療スタッフの間で話題になっている厚労省主導の「医師の働き方改革」ですが、また物議を醸す案が出ています。

www.huffingtonpost.jp

 2024年度から勤務医向けに適用される罰則付きの残業時間上限が、一部の領域の勤務医については、年2,000時間にする案が出ているのだそうです。他方、他の勤務医については、一般企業と同じ年960時間が上限とされています。では、どの領域の医師が2000時間の対象になるのか?上記リンクから引用します。

「地域医療への影響が懸念され、救急・在宅医療など緊急性の高い医療に対応する全国の施設を想定。業務がやむなく長時間になる医師に限る。」

 救急科, 産科, 小児科, 外科といった診療科, または(医師数が少ない)地方の医療機関の医師は年間の残業時間が2000時間でも良いとされる一方、東京都心や大阪, 福岡等の大都市の医療機関ではちゃんと年960時間に制限されるという形になるのだと思われます。

 SNS上では、「研修医が大都市の病院や負担の少ない診療科(皮膚科, 放射線科など)を選ぶようになり、地方の病院や救急科・産科・外科等の負担の多い診療科に就職する人が少なくなる」という懸念を示す医療関係者も見られました。私も同意します。今でさえ激務に耐えている医療スタッフが相当数居るのは言うまでもありませんが、一度彼ら・彼女らが燃え尽きると、健康を害して離職するか, 医療事故のリスクが増えるかのいずれか(ないし両方)になるのは明白です(下記のリンクを参照)。しかも、これから少子高齢化が進行するとなると、(医療スタッフを含め)労働人口が減少する一方、医療の需要は増加します。何かしらの手を打たない限り、これにより医療スタッフの負担(と燃え尽き)は悪化するでしょう。

 

voiceofer.hatenablog.com

 しかし、これまで本ブログで何度も指摘してきましたが、厚労省日本医師会, 全国医学部長病院長会議といった政府機関・発言力のある団体は、目先の利権や旧来の慣習(特に医局制度)にとらわれるあまり、長期的展望を欠いた間に合わせの策しか講じていません。その結果として、医療スタッフの疲弊・医療事故・救急車たらい回しといった形で、医療現場(当然患者さんも含む)へのしわ寄せは深刻化するばかりです。そればかりか、医局を中心とする医師の人事制度は、大学の裏口入学や女子受験生への差別的な合否判定, 寄付講座といった不正行為すら生み出しています。

厚労省と医師会の嘘 (1) - Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

厚労省と医師会の嘘(2) - Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

厚労省と医師会の嘘(3) - Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

大学病院・医局制度は地域に貢献しているのか - Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

東京医大、女子受験生を一律減点 - Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

もはや、地域医療を医局に任せてはおけない - Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

 今後、冒頭の残業時間の上限がそのまま施行されるとなると、大都市部と地方の間で医師の待遇や人事制度等に格差が生まれると思われます

 超過勤務のリスクが高い地方の病院は、①「地域枠」や「医師修学資金」といった半強制的な手段, ②臨床実習の段階から医学生(将来の研修医)を各医局が囲い込もうとする伝統的な手段, の2つの手法で若手医師の確保を試みるでしょう。しかし、これらの手段はあくまで『間に合わせ』の策なので、若手がちゃんとした知識・技能を十分に習得できる態勢を保証する訳ではありません(下記4リンク参照)。また、地域医療が益々医局に依存することになり、寄付講座・入試における差別的な合否判定といった弊害が、撤廃されぬまま残りかねません。

 その一方で、大都市部の病院と, いわゆる「有名研修病院」は医局制度・地域枠等に頼らずとも若手が集まるので、独自の研修制度を作って研修医らの経験・知識・技能やモチベーションを伸ばす試みを次々と打ち出していくでしょう。

理想的な初期研修とは(1) - Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

理想的な初期研修とは(2) - Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

【医療関係者向け】新専門医制度の何が問題か - Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

地域枠の義務を拒否する研修医たち - Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

 適切な対策が取られない限り、今後大都市部と地域の間で、患者が受けられる医療の質と量の格差が益々拡大していくでしょう。

専門家と一般人の架け橋となり得る本

 今日は、昨年に読んだ本の中で、医療従事者以外の皆さんでも、医療への理解を深める一助になりそうな本を紹介します。何ヶ月も前に読んだ(下手したら1年は経っているかも?)本が多いので、非常に雑な紹介をします。何卒ご了承下さい(笑)

① がん ー4000年の歴史ー シッダールタ・ムカジー著, 早川書房

 まず、この本のあらすじを大雑把に紹介します。上巻は1.古代から人類は癌をどのように捉えてきたのか, 2.癌の治療法はどのように進化してきたのか, というのがメインテーマになっています。当然、これらは医学の発展とも密接に関係しているので、この本を通して医学の歴史も一部ながら触れることが出来ます。

 例えば、中世ヨーロッパでは長らくガレノス(西暦1世紀頃のローマ帝国時代の医学者)の教科書が解剖学の講義に用いられていました。しかし、時が下り16世紀になると、乱雑な大学の解剖実習に不満を抱いたヴェサリウスという医学者が正常な人体の解剖の研究を大々的に行い、体系的で精細な解剖図譜を出版します。18世紀末には、英国の解剖学者ベイリーが病気の人体の解剖を行い、病理解剖学の教科書を出版しました。彼らの解剖学の業績は、外科医にとって絶好のガイドブックとなったのです。その後、19世紀になってからは1. 麻酔(1846年、米国でエーテルを使った初の手術が成功), 2.消毒(1867年、英国で石炭酸を初めて臨床使用)が登場し、より外科医が手術をしやすくなったのです。

 他方、下巻では主に、癌の原因を追求する研究の歴史がテーマになっています。上巻で、ガレノスが「癌の原因は黒胆汁」と主張し、その後の解剖学の発展でそれは見つからなかったものの、原因究明よりは癌の治療法の追求が先行する時代が続いたようです。しかし最終的に、「癌の原因が分からないと治療もままならないだろう」というコンセンサスが形成され、遺伝子等の分子生物学を駆使した結果、癌に関与する遺伝子が特定されました。

 なおこの本の著者は、血液内科と腫瘍(癌)を専門とする医師でありながら、この本を執筆したことでピュリッツァー賞(米国で、報道や文学, 作曲で優れた業績を挙げた人に贈られる賞)を受賞しています。

② 遺伝子 親愛なる人類史 シッダールタ・ムカジー著, 早川書房

 これは、人類が遺伝とどう向き合ってきたかをまとめた本です。上記①と同じく、著者は医師で作家でもあるムカジー氏です。

 遺伝が科学者の注目を浴び始めたのは、19世紀〜20世紀でした。まず、ダーウィンが進化論を発表。その中で、「変化した環境に適応する変異体が自然選択される」・「環境に最も適応できるものが生存する(適者生存)」を提唱しました。その後、メンデルやド・フリースが植物を用いた交配実験で、遺伝法則を見出しました。自然選択された形質が後世に残される手段が遺伝だ、という結論に至ったのです。

 しかしその後、遺伝(と進化論)を取り巻く環境は暗転します。「人類のより良き未来のため、劣った遺伝形質が後世に残らないようにする」ことを志向した優生学が誕生したのです。この優生学は、不幸にも国家の政策に取り入れられてしまいました。1920年代の米国では、身体障害者, 知的障害者, 精神疾患患者といった人々が社会から隔離されたり、不妊手術を受けさせられたのです。そして、この優生学は1930年代のドイツで更に過激な展開を見せます。ヒトラー率いるナチス政権は、ユダヤ人のみならず障害者, 同性愛者, 精神疾患患者といった人々を大々的に虐殺し始めたのです。昨年強制不妊のことがニュースになったので、日本も例外でなかったことは皆さんもご存知でしょう。

www.asahi.com

 この本は上巻の大半を割いて、上記のような科学の暗黒面がもたらした悲劇的な人権侵害に言及した後、上巻の後半と下巻で、遺伝物質であるDNAの発見→それを操作する技術の誕生→分子生物学の発展に伴う新たなる倫理的な懸念の浮上、という歴史の流れを描写しています。

③ CRISPR(クリスパー) 究極の遺伝子編集技術の発見 ジェニファー・ダウドナ著, 文藝春秋

 昨年、中国の科学者が「遺伝子操作技術を用いて、エイズウイルスに免疫を持たせた人間の赤ん坊が誕生した」と発表し、世界に衝撃を与えました。その科学者が、「使用した」と主張した技術こそ、この本で紹介されるCRISPRだったのです。

www.jiji.com

 この本も、丁寧な解説によって一般人(私は臨床医ですが、大学で習った分子生物学は忘れてしまい、多分素人同然)にも分かりやすい内容になっています。まず、DNAがどうゆう物質か・生物の体内でどんな役割を担っているか等の説明から始まり、遺伝子操作技術の解説, そしてCRISPRの仕組みについて説明してくれます。そして、CRSPRの持つ可能性と懸念される問題, 市民と科学者の対話の必要性等について説かれているのです。

 

 私も、このような専門家になってみたいな、と羨望の目を持ちつつこれらの本を読んでいました。

【医療関係者向け】医師の燃え尽きと、医療安全・患者満足度・プロフェッショナリズムの関連性

 新年明けましておめでとうございます。今日は、"Association Between Physician Burnout and Patient Safety, Professionalism, and Patient Satisfaction A Systematic Review and Meta-analysis"(Panagioti M, Geraghty K. et al. JAMA Intern Med. 2018;178(10):1317-1330)という論文を紹介してみたいと思います。

(1) Background

 医師の健康(physician wellness)は、医療機関(health care organizations)の質の指標の一つと考えられています。特に燃え尽き(burnout)は、医師の健康と逆の相関を示す数値として良く知られており、医師の間での燃え尽きは多いことが既に証明されていました。ある研究では、燃え尽きは心血管系疾患リスクの増加, 平均余命の短縮, 問題となるアルコールの使用, 人間関係の悪化, うつ, 自殺と関連しているというデータもあります。

 しかしながら、燃え尽きが1.医療事故と関連があるかどうか, 2.プロフェッショナリズムの低下による、治療成績の低下(suboptimal care outcome)と関連があるかどうか, 3.患者満足度の低下と関連があるかどうか, について十分に検証したstudyがありませんでした。この論文はズバリ、上記3点を検証したものです。

 

(2) Method

 ① Study design&Setting

 この研究はsystematic reviewで、MEDLINE, PsycInfo, Embase, CINAHLでphysicians, burnout, patient careといったフレーズで検索した論文を対象にしています。

 ② Enrollment

 全ての医師(physicians working in any health care setting)が、この研究の対象となりました。

 ③ Outcome

 Primary Outcome:  燃え尽き(全ての燃え尽き, 感情的疲労, 離人症[depersonalization], 個人の目標達成[personal accomplishment])と、治療成績の低下を示す指標(患者の安全に関わるインシデント, プロフェッショナリズム, 患者の満足度)の関連性

 Secondary Outcome:  うつ・感情的苦痛と、治療成績の低下の関連性

 これらのoutcomeを、95%信頼区域(95%CI)を持つodds ratios(ORs)によって評価し、ORが1を超えると燃え尽きが治療成績の低下のリスク増加と関連していることになります。

 なおプロフェッショナリズムの定義は1.優秀さ(exellence), 2.説明責任, 3.利他主義, 4.人道主義(humanism)です。一方、この研究ではプロフェッショナリズムの低下を1.治療ガイドラインを遵守しない(suboptimal adherence to treatment guidline), 2.プロとしての誠実さの低下, 3.コミュニケーションを行わない(poor communication practice), 4.共感の低下と定義しました。 

 

(3) Results

 この研究ではまず5,334件の論文がヒットし、重複したものを除いた結果、3,554件にスクリーニングを行いました。最終的に47件がinclusion criteriaに合った為解析の対象になりました。これらの論文には延べ42,473人の医師が含まれており、医師の年齢の中央値は38歳(range 27-53歳), 各論文に参加した医師数の中央値は243人(range 24-7926人; 男性は25,059人[全体の59.0%])でした。

 ① Main Meta-analyses

  解析の結果、全ての医師の燃え尽きは、患者の安全に関わるインシデント(以下、医療事故と呼ぶ)に関連するoddsが2倍だったのです(OR 1.96; 95%CI 1.59-2.40)。更に、この関連性を、燃え尽きを構成する側面(dimension)ごとに評価すると感情的疲労; OR 1.73, 95%CI 1.43-2.08, 離人症; OR 1.94, 95%CI 1.29-2.90, 個人的の目標達成; OR 1.49, 95%CI 1.23-1.81と、これらも有意なodds増加が見られました。更に、医師のうつ症状・感情的苦痛も、医療事故発生リスクの増加(OR 2.31, 95%CI 1.87-2.85)と関連していました。

 また、全ての医師の燃え尽きは、プロフェッショナリズムの低下(OR 2.31, 95%CI 1.87-2.85), 患者満足度の低下(OR 2.28, 95%CI 1.42-3.68)とも関連していたのです。

 ② Subgroup Analyses

 まず、患者の治療に関するoutcomeを、報告形式によってグループ分けして解析を行いました。燃え尽きは、医師が報告した医療事故(OR 2.07, 95%CI 2.03-2.11)及びプロフェッショナリズムの低下(OR 2.67, 95%CI 2.19-3.15)と関連していました。他方、燃え尽きとシステム(電子カルテのこと?)に記録された医療事故(OR 1.00, 95%CI 0.81-1.18)及びプロフェッショナリズムの低下(OR 1.15, 95%CI 1.02-1.31)は関連性が有意でないか、有意性がわずかという結果になりました。

 更に、研究が行われた国によってグループ分けして解析も行われました。まず、米国で行われた研究のデータを集積して解析したところ、医師の燃え尽きと、医療事故(OR 1.69, 95%CI 1.46-1.92), プロフェッショナリズムの低下(OR 2.02, 95%CI 1.59-2.44)の関連性に関しては、各研究の間に有意差は見られませんでした。米国以外の国々での研究についても解析を行いましたが、結果は同様でした(医療事故; OR 1.96, 95%CI 1.62-2.30, プロフェッショナリズムの低下; OR 1.97, 95%CI 1.57-2.38)。

 最後に、医師の卒業年数ごとグループを分けたデータ解析も行われています。その結果、resident及びearly-career physician(日本で言うと初期・後期研修医?)とmiddle- and late-career physician(日本で言うと後期研修医以上の医長・部長級の医師?)の間で、燃え尽きと医療事故の関連性を比較しましたが、こちらも有意差は認められませんでした(研修医; OR 1.73, 95%CI 1.46-2.00 vs 医長・部長級; OR 1.87, 95%CI 1.49-2.25)。加えて、燃え尽きとプロフェッショナリズムの低下の関連性について研修医と医長・部長級の間で比較したところ、研修医でより有意な関連性があった(研修医; OR 3.39, 95%CI 2.38-4.40 vs 医長・部長級; OR 1.73, 95%CI 1.46-2.01)ことが判明したのです。

 

(4) Discussion

 このsystematic reviewとmeta-analysisは、医師の燃え尽きと患者の治療の質の低下が関連しているという、強い定量エビデンス(robust quantitative evidence)を示しました。

 上述したエビデンスに加えて、論文の著者の考察もまとめてみると、

1. 燃え尽きによって、医師は医療事故を起こす傾向がある。

2. 燃え尽きにより、医師のプロフェッショナリズムが低下する。これによって、患者への治療の質の低下する傾向がある。

3. 燃え尽きを起こした医師の診療を受けた患者の満足度は、低下する傾向がある。特に、燃え尽きを構成する側面のうち、離人症は患者への治療の質・安全性や患者の満足度へ最も負の関連性を有している。

4. 燃え尽きとプロフェッショナリズムの低下の関連性は、特に研修医(residents and early-carrer physicians)で強い。研修医の燃え尽きは、仕事への満足度, 仕事への価値観, 誠実さに負の影響を及ぼす傾向があることがわかっている。研修医が20年以上先の未来まで医療を担うことを考えると、彼ら・彼女らへの健康(wellness)及び仕事への価値観に対する投資は最も有効な戦略となり得、労働力不足や医療事故, 患者の不信感を避けることにも繋がるだろう。

5. 大半の研究は、患者への治療のoutcomeを医師の自己申告(self-reported by physicians)に頼っている。しかしこの研究では、システムに記録された患者の安全に関するoutcomeと、医師の燃え尽きの有意な関連性を示せなかった。以前からシステムに記録された患者の安全に関するoutcomeに不足がある・矛盾していることが頻繁に指摘されており、この研究も同様であると考えられる。医療安全とプロフェッショナリズムの評価(ないし報告)方式には、改善の余地があるかもしれない。

 

 この論文のTake Home Messageは、「医師の燃え尽きを防ぐ対策を講じなければ、医療事故が増える」ということでしょう。事実、この論文によれば、事前に防げたはずの有害事象によって、毎年医療システム(health care systems)は数十億ドルもの支出を強いられているそうです。