Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

最近読んだ書籍を紹介 − 『金正恩の核兵器 北朝鮮のミサイル戦略と日本』(井上智太郎, ちくま新書)

 みなさんこんにちは。昼休みにパパッとブログを更新中の現役救急医です。このブログでは以前より、医療関連の話題以外にも、私が読んだ色々な書籍の紹介をして来ました。医療や医学がテーマの書籍も紹介して来ましたが、私の興味の範囲は自然科学や歴史, 国内外の情勢など多岐にわたるので、時折マニアック?なテーマの本もあったと思います。

 今回紹介するのは、最近もミサイルを発射したり, プーチン金正恩が会談する等してロシアと接近したりして、相変わらず世間を騒がせている北朝鮮の軍事 − 特に核兵器について一般向けに解説した、専門家の著書です。

金正恩核兵器 北朝鮮のミサイル戦略と日本』(井上智太郎 著, ちくま新書, 2023)

 テレビのニュース番組でも、ミサイル発射や首脳のロシア訪問等々、何かある度に金正恩の統治体制や, 彼を含む首脳部の発言の意図, ミサイル発射の場合にはどこから何が発射され、北朝鮮は公式声明や報道で何といった(或いは何を公開した)のか等々色々取り上げられていると思います。ただ、テレビ番組の短所はやはり時間制限があり, 同じ番組内でも国内の情勢やその他の国・地域の出来事, スポーツ等々他に取り上げたい話題もあるので、そこまで北朝鮮のどうたらこうたらに時間を割けていないことだと思います。

 上述の書籍の筆者は共同通信に勤務しており、ワシントンや北京に駐在したこともあるほか、上記書籍にもあるように北朝鮮の衛星発射の一般公開に立ち会った経験もあります。こうした取材活動を通して北朝鮮-中国の外交筋や日本・米国政府の関係者などとも接触して、彼ら彼女らから得た証言等も交えて、北朝鮮の現状や, 日米韓各国の対北朝鮮政策の内情等をこの本に綴っておられます。私自身の感想ではありますが、テレビニュースや新聞報道では触れられていない(或いはあまり言及されていない)事情とかが分かって非常に興味深かったです。

 あと、ご存知の方がいるかもしれませんが、北朝鮮核兵器保有に関心を持っていたのは、金正日が権力の座に就き, テポドン発射等により世間を騒がせた1990年台後半〜2000年代初頭に限った話ではありません。朝鮮戦争で米軍の圧倒的な戦力に脅威を覚えたことに加え, 冷戦期に一時韓国国内の米軍基地に米国の核兵器が配備されたり, 朴正煕が一時独自の核兵器開発を計画するといった事情もあり、金日成がトップだった頃から「国民生活をある程度犠牲にしてでも軍備を強化し、核兵器保有を目指そう」という指針は存在していたそうです。核開発のノウハウをソ連や中国から取得しようとした時期もあったそうですが、ソ連への留学生派遣や, 民生用原子炉建設の協力を取り付けることはできたようですが、核兵器保有自体について首を縦に振ってもらえなかったそうです。その後、冷戦終結ソ連崩壊によって北朝鮮ソ連からの経済支援が受けられなくなるという危機的状況に陥ったり, ソ連崩壊のどさくさに紛れて旧ソ連諸国から原子力関連の技術者を引き抜いたりといった紆余曲折(?)を経て、その後、2000年台にパキスタン核兵器開発を指導した科学者の協力を得て本格的な核爆弾保有に至ったのです。

 ここに書いた歴史的経緯も、私が非常に大雑把に書き殴ったものですから、詳細がお知りになりたい方は是非この本のご購入をご検討下さい。また、この本にはこうした歴史的な背景以外にも、北朝鮮が核弾頭の運搬手段として今日に至るまでどのようなものを開発し配備に至っているのか, 実際に使用されうる状況は何なのか, 中国とは実際どのような関係性なのか等々、物凄く詳しく書いてあります。

体外循環に関する論文まとめ Part 2

 読者の皆様お疲れ様です。現役救急医です。間が空いてしまいましたが、今日は前回に続いて、体外循環に関する英語論文をざっくり紹介していこうと思います。前回の記事は以下のリンクから閲覧可能です。

voiceofer.hatenablog.com

その2: 'ECLS-SHOCK' trial (Thiele H, Zeymer U. et al., N Engl J Med 2023;389:1286-97)

(1) Method

 ドイツ・スロベニア2ヶ国で実施された研究者主導・多施設参加のランダム化open-label臨床試験。血行再建治療を予定され, 心原性ショックを合併した急性心筋梗塞患者において、通常の内科的治療単独と比較し、早期の無差別な体外循環式生命維持(ECLS: extracorporeal life support)に有益性があるかどうか決定することが主な目的であった。

① 被験者について

 急性心筋梗塞心原性ショックを合併し, 早期の血行再建術(経皮的冠動脈治療[PCI: percutaneous coronary intervention]或いは冠動脈バイパス移植術[CABG: coronary-artery bypass grafting])を予定されている18~80歳の患者が参加登録可能であった。ここで『心原性ショック』とは

  • 30分以上収縮期血圧<90 mmHgが持続する, 或いは 収縮期血圧>90 mmHg維持のためにカテコラミン投与を開始した
  • 動脈血中乳酸濃度>3 mmol/L
  • 意識状態変容, 皮膚・四肢の冷感or冷感と湿潤を伴う, 或いは 尿量<30 mL/hr のうちの1個以上を伴う組織灌流障害

の全てを満たす状態と定義されている。

 他方、以下のいずれかに該当する患者は参加登録から除外された。

  • ランダム化前に45分以上心肺蘇生を実施した
  • 機械的要因による心原性ショック or 重症末梢血管疾患(ECLSのcannulaの挿入ができない)

② ランダム化

 血行再建術が予定された患者で冠動脈撮影検査が実施された直後に、施設による階層化を伴うランダム化が行われた。被験者は「通常の内科的治療+ECLS実施」群「通常の内科的治療単独」群へ1:1の比で割り振られた。早期の血行再建術にはPCIが好まれたが、PCIが不敵である患者には緊急CABGの施行が可能であった。

 ECLS群では、可能であればPCI実施前の最初のカテーテル挿入の間に開始していた。下肢虚血リスク低減のために、大腿動脈シース挿入は順行性にすることが推奨された。

 対照群(内科的治療単独)ではECLSへのcrossoverは回避された。但し、内科的治療施行中に血行動態悪化基準が見られた場合には、大動脈内バルーンポンプ(intraaortic balloon pump) ないし 微小軸状-弁経由血流ポンプ(microaxial transvulvular flow pump)といったデバイスを使用した治療が許可されていた。なお、この『血行動態悪化基準とは、

  • 重度の血行動態不安定に, 
  • 切迫する血行動態虚脱 或いは 平均動脈圧>65 mmHgを維持するために血管作動薬がbaselineよりも50%増加

を伴うことであった。

転帰

 主要転帰は30日後のあらゆる原因による死亡であった。主要な副次転帰

  • 血行動態安定化までにかかった時間
  • ICU滞在期間
  • 腎代替治療が必要な急性腎不全
  • 心筋梗塞の再発
  • うっ血性心不全による再入院

だった。その他副次転帰

  • カテコラミンの開始と投与期間
  • 30日後の不良な神経学的転帰:Cerebral Performance Category(CPC) 3 or 4

であった。安全転帰

  • 中等度 或いは 重度の出血:Bleeding Academic Research Consoritium(BARC)基準のtype 3~5
  • 脳卒中 或いは 全身性塞栓症
  • 外科的ないし血管内治療を要した末梢血管虚血性合併症

だった。

統計学的解析

 主要解析は'intention-to-treat'の原則に則って行われた。データの堅牢性を評価するためのsensitivity analysisを'per-protocol'集団及び'as-treated'集団で行った。主要転帰イベント発生率を比較するために'chi-square test'という手段が用いられ、相対的リスク(relative risk)と95%信頼区間(CI: confidence interval)を計算した。また、30日のフォローアップ期間中における2群での累積発生率を可視化するためにKaplan-Meier曲線を計算した。

 副次転帰に関するeffect sizeはrelative risk 或いは 'Hodges-Lehmann estimator'で表現された。事前に設定したsubgroupによる解析は性別, 年齢(<65歳 vs 65歳≦), 糖尿病の有無, ST上昇の有無, 前壁心筋梗塞かそれ以外か, 入院時の動脈血中乳酸濃度(3~6 mmol/L vs 6 mmol/L<)を考慮して行われた。加えて、ランダム化前の心肺蘇生の有無によって分けたpost hoc subgroup解析も行われた。これらsubgroupにおいて、主要転帰のrelative riskと95%CIのforest plotを計算した。95%CIの広さは多重性について調整されておらず、そのため仮説検証の代わりに使用されなかった。

(2) Result

 2019年6月から2022年11月の間に44施設で合計887名の患者がscreeningを受け、420名の患者が臨床試験に参加登録した。3名が除外され、最終解析にはECLS群へ209名が, 対照群が208名が含まれていた。

 Baselineにおいて、両治療群間の患者の特性は均衡が取れていた。

  • 年齢中央値・・・63歳
  • 男性・・・81.3%
  • ST上昇心筋梗塞・・・患者の2/3
  • 最も多い梗塞部位・・・左前下行枝(47.6%)
  • ランダム化前に心肺蘇生が行われた患者・・・77.7%
  • 血行再建術前の乳酸濃度中央値・・・6.9 mmol/L
  • PCIによる血行再建術・・・大半の患者(96.6%)で実施

 ECLS群では、192名(91.9%)で最初の血管撮影中にECLSが開始された。ECLS群のうち17名(8.1%)でECLSが開始されなかった対照群では26名(12.5%)でECLSが開始された。ECLS群におけるECLS継続期間中央値は2.7日だった。両群で、カテコラミン投与必要性の合計は均衡が取れていた。ECLS群でドブタミンがより高頻度に投与されていた。

 対照群では合計28名(15.4%)がECLS以外の機械的循環補助を受けており, 主にmicroaxial transvalvular deviceが使用された。これらの患者のうち2名は『血行動態悪化基準』を満たさなかった。

Figure 1: 30日後のあらゆる原因による死亡

 あらゆる原因による30日後の死亡は、ECLS群: 100名/209名(47.8%), 対照群: 102名/208名(49.0%)だった(relative risk: 0.98; 95%CI: 0.80~1.19; P=0.81) (Figure 1)。Sensitivity analysisは主要解析と同等の知見を示した。

 事前に指定したsubgroup解析及びpost hoc解析は、全てのsubgroupで主要解析と一致した結果を示した(Figure 2)。追加のpost hoc解析でも、各施設の参加登録患者数に関係なく同等の死亡率を示しており、参加登録が<5名の施設の死亡率が50.9%なのに対し, 参加登録が5名≦の施設の死亡率は48.1%だった(relative risk: 1.02; 95%CI: 0.94~1.09)。

Figure 2: 主要転帰のsubgroup解析

 カテコラミン投与期間と血行動態安定化までにかかった時間について、治療群の間で実質的な差は見られなかった。その他の転帰については以下の通り。

  • 人工呼吸器使用期間中央値・・・ECLS群: 7.0日, 対照群: 5.0日
  • 代替療法・・・ECLS群: 17名(8.1%), 対照群: 29名(13.9%); Relative risk: 0.58, 95%CI: 0.33~1.03
  • 血行再建術再施行・・・ECLS群: 18名(8.6%), 対照群: 22名(10.6%); Relative risk: 0.81, 95%CI: 0.45~1.47
  • 心筋梗塞再発・・・ECLS群: 2名(1.0%), 対照群: 2名(1.0%); Relative risk: 1.00, 95%CI: 0.07~12.72
  • うっ血性心不全による再入院・・・ECLS群: 3名(1.4%), 対照群: 2名(1.0%); Relative risk: 1.49, 95%CI: 0.24~13.61
  • 不良な神経学的転帰・・・ECLS群: 27/109名(24.8%), 対照群: 24/106名(22.6%); Relative risk: 1.03, 95%CI: 0.88~1.19
  •  中等度 或いは 重度の出血・・・ECLS群: 23.4%, 対照群: 9.6%; Relative risk: 2.44, 95%CI: 1.50~3.95
  • 治療を要する末梢血管合併症・・・ECLS群: 11.0%, 対照群: 2.8%; Relative risk: 2.86, 95%CI: 1.31~6.25
  • 脳卒中 或いは 全身性塞栓症・・・ECLS群: 3.8%, 対照群: 2.9%; Relative risk: 1.33, 95%CI: 0.47~3.76

(3) Discussion

 ECLS-SHOCK trialでは、血行再建術を予定され, 心原性ショックを合併した心筋梗塞患者において、30日後のあらゆる原因による死亡という観点で、早期のルーチンなECLS開始は内科的治療単独に対し優越していないことが明らかになった。ECLSは合併症増加と関連しており、特に出血イベントや末梢血管イベントと関連していた。

 重症ないし急速に悪化する心筋梗塞による心原性ショックは、ECLS開始の最も多い適応である。経皮的なシステムがより広範にわたって入手可能となり, かつ 大動脈内バルーンポンプに生存に関する利益がないことを示す臨床研究結果が出た後に、ECLS使用とその他機械的循環補助の使用は顕著に増加した。

 ECLS-SHOCK trialは、より進行した心原性ショックがある患者のみを対象とすることを狙っていた(これらの患者は体外血行動態補助の利益を受ける可能性が最も高いと思われたため)。こうした患者の参加登録は、過去の同じ集団へ行われた臨床試験と比較して、ECLS-SHOCK trialの両治療群で合計死亡率が上昇したことを説明可能と思われる。

 これまでに心原性ショック患者でECLSの効果を評価したランダム化臨床試験は3件あり、ECLS-SHOCK trialの知見と一致した結果を示している。最初の超小規模研究では、30日後の左心室駆出率へ効果がないことが示された。122名が対象になった2番目の臨床試験では、あらゆる原因による死亡, 蘇生後の循環停止, ないし 機械的循環補助装置の使用からなる複合転帰に差がないこと、及び死亡率に差がないことが確認された。3番目の臨床試験は、参加登録が遅延していたため早期に中止されたので、死亡率に関して意義のある結論が出せなかった。

 心原性ショックに対するECLSが有益性を欠いている理由は複数存在する。まず、リスクや, それに関連したデバイス関連合併症が、潜在的な利益を相殺している可能性がある。ECLS-SHOCK trialではECLS群において出血や末梢血管合併症が対照群より多かったことが示された。こうしたデータは、過去の文献の報告と一致する。すなわち、合併症のリスクを減らす努力(cannulaを小さくする, 抗凝固薬使用を減らすなど)は現在進行形にも関わらず、これらの合併症は将来的にも臨床的に関連性のある問題であり続けるだろうECLS群で見られた人工呼吸器使用期間長期化も、同様にして転帰を変えてしまった可能性がある。更に、末梢からのECLS挿入は、逆行性の大動脈血流による左室後負荷増加と関連している。従って、異なる左室負荷低減方法が開発されている。最近の非ランダム化臨床試験では、ECLS単独と比較して負荷軽減デバイスに利益がある可能性を示したものの、出血, 溶血, 弁の合併症といった合併症の頻度が高いことが示唆された。ECLS-SHOCK trialにおいて、進行性左室不全の徴候の存在は左室負荷軽減の適応であるとprotocolで以前に決められていたにも関わらず、過去の観察研究や小規模前向き研究と比較しても、ECLS-SHOCKにおける左室負荷軽減の使用率は5.8%と比較的低調だった。左室負荷軽減がECLSにおいて転帰に影響するかどうか評価するランダム化臨床試験が必要である。ECLS群で見られたようなドブタミン使用頻度増加は、左室後負荷増加(酸素消費増加と, それによる有害事象に対する懸念とも関連性あり)を示唆している可能性がある。

 他にECLSの有益性の欠如を説明しうる理由は、患者の転帰が不良(そしてそれは循環不全との関連性は強くない)であったことだろう。ECLS-SHOCKでは、上記のような参加登録基準を採用した結果、過去の臨床試験と比較してランダム化前に心肺蘇生を受けた患者数が多かった。脳損傷という競合するリスクを伴う高い心肺蘇生施行率は、ECLSが予後へpositiveに影響した可能性を減少させたかもしれない。心原性ショック患者を対象としたランダム化臨床試験から心肺蘇生を受けている患者を除外するか否かについての議論は今も続いている。但し、そのような患者の除外は臨床試験の一般化を妨げるであろう。ECLS-SHOCKにおいて、心肺蘇生を受けた患者の生存率は受けていない患者のそれと同等(>50%)であり、subgroup解析でも両治療群間で転帰に差があることは示されなかった。難治性の心原性ショックは両治療群で主たる死因だった一方で、脳損傷後の死亡は約1/4で報告されている。脳損傷という文脈では、対照群と比較してECLS群で体温管理療法の頻度が低いことが報告された。しかしながら、ECLSは体温管理或いは発熱予防のためにも使われうるため、ECLS群で体温管理療法の報告が少なかったのはこうした管理によるかもしれない。

 ECLS-SHOCKには幾つか欠点がある。

  • 治療の盲検化ができなかった。
  • 合計39名の患者が別の治療群にcrossoverしていた。
  • 一般化を可能にするために、ECLSの経験数が中程度及び高程度である施設の双方が対象となった。

 前回のブログ記事で紹介した文献に引き続き、地味に渋い?キツい?内容の文献だったと思います。3次医療機関で、循環器内科や心臓血管外科の医師がICUでECMO管理について我々救急医のほか, 看護師や臨床工学士らとdiscussionする光景はそこまで珍しくありませんでした。そうゆう、標準的と思っていた救命のための治療法についてこんなデータが出ると、「え、どうすりゃいいんだ」と思いたくはなります。ただ、ランダム化前に心肺蘇生を行われた患者の割合が多いということは論文の著者も認めています。おそらく遠からぬ将来に、対象となる患者をもうちょっと絞り込んだ臨床試験とか, 介入方法を工夫した臨床試験の結果が出る(或いは行われる)かもしれません。それでコロッとエビデンスが変わってもおかしくないと思います。これもこれで、ガイドラインの推奨内容にどこまで反映されるか様子見ですね。

体外循環に関する論文まとめ Part 1

 皆様お久しぶりです。久々にブログを更新します。ここ最近も色々と忙しかったです。仕事が忙しいというのもあるんですが、色々あって今いる地域から来年度辺りに転出・転職することになり、その手続きやら挨拶回り?やらで、まだまだ振り回されそうです。

 今回と次回の2回に分けて、救急医もしばしば関与する体外循環装置(或いは人工心肺)に関する論文をちょっと紹介してみようと思います。

 

その1:'INCEPTION' trial (Siverein MM., Delnoij TSR. et al. N Engl J Med 2023;388:299-309)

(1) Method

 オランダで実施された多施設参加型のランダム化対照試験。2017年5月から2021年2月の期間に10カ所の心臓血管外科センターで実施し, 12の救急医療サービス(EMS: emergency medical service。日本で言う救急隊のようなもの?)が参加。EMSは'advanced life suppert'(胸骨圧迫・換気・AED使用だけでなく、気管挿管や薬剤投与等も行う心肺停止蘇生プロトコルを行う資格を有していた。またEMSと病院のスタッフが特定のプロトコルを採用することは無かったものの、臨床試験の目的やデザインは知らされていた。なお、参加施設はCOVID-19第1波の期間にこの臨床試験への参加を停止していた。

① 被験者について

 以下の条件を満たす患者が参加登録可能だった。

  • 18~70歳
  • 心室細動(VF: ventricular fibrillation), 心室頻拍(VT: ventricular tachycardia)のいずれかの初期波形を伴う, 目撃あり・難治性の院外心停止
  • EMSが心停止を目撃していない場合、'basic life support'(胸骨圧迫・AED使用・換気だけからなる心肺停止蘇生プロトコルが施行されていること

『難治性』の定義は、「15分間advanced life suppert(ALS)を継続したにも関わらず、心停止が持続している」ことであった。また、以下に該当する患者は除外された。

  • 15分以内に自己心拍が再開し, 循環動態の回復が維持されている
  • 終末期心不全(NYHA class III or IV)
  • 重度の肺疾患(閉塞性肺疾患基準 grade III or IV)
  • 播種性の癌
  • 妊娠が明らか or 疑われる
  • 両側大腿動脈のバイパス術後
  • 体外循環による心肺蘇生(CPR: cardiopalmonary resusitaion)の禁忌
  • 蘇生行為や人工換気を拒否する事前の意思表示がある
  • 最初の心停止から体外循環のcannula挿入開始まで60分を超過すると予想される場合
  • 心停止前の'Cerebral Performance Category'(CPC) scoreが3 or 4(重篤な脳神経系の障害がある or 植物状態が持続)
  • 多発外傷

② ランダム化について

 ALSを開始後、15分以上心停止が持続している場合に病院への搬送を開始した。搬送中に患者情報を病院に転送し、除外項目に関する情報が無い場合に患者のランダム化を速やかに開始した。患者は1:1の比率で介入群(体外循環を用いたCPR)対照群(通常のCPR) にランダム化された(施設により階層化を行った)。EMSは患者のグループ分けを知らなかった。

 病院到着後に患者の参加登録基準と除外基準が点検され, 除外基準に該当した場合は臨床試験参加登録から除外された。なお心停止から'extracorporeal membrane oxygeneration'(ECMO)のcannula挿入開始まで実際に60分を超過してしまった患者は除外されていない体外循環CPRを開始する前に安定した自己心拍再会が見られた場合には体外循環CPRを実施しなかったが、その患者は割り当てられた治療群に留められた("intention-to-treat analysis")。

転帰

 主要転帰は30日後のCPC score 1 or 2(正常 or 障害があるが自立; 『良好な神経学的転帰を伴う生存』)。主要な副次転帰は、

  • 自己心拍再開前のCPR継続時間
  • ICU滞在期間
  • 入院期間
  • 30日間生存率
  • 6ヶ月間生存率
  • 心停止6ヶ月後のCPS score
  • 治療中止の理由
  • 人工呼吸器使用期間

であった。

統計学的解析

 「体外循環CPR使用で30日後の『良好な神経学的転帰を伴う生存率』は8%から30%に増加する」と仮説を立て、各治療群ごとに49名の患者が入ることでこうした差を検知する80%の力を生じると推定された。また10%の参加中断を補う為に、各治療群に55名の患者が参加登録する必要があると推計した。

 70名の患者が参加登録した後、介入群の患者27名中7名が自己心拍再開のため、事前に指定された治療を受けなかった。データ・安全監視委員会と合意の上、元々推計されていた介入群49名を満たす為に再計算し、sample sizeは134名になった。データベースは2021/12/17にロックされた。

 解析はintention-to-treat方式で実施した。30日後・3ヶ月後・6ヶ月後のCPC score 1 or 2の生存を解析する為に、施設による補正を伴うlogistic mixed modelを使用した。Odds ratioは、効果の推定値として95%信頼区間(CI: confidence interval)とともに報告された。主要転帰に関して、risk ratioと95%CIも計算した。副次転帰或いはその他の転帰に関しては、統計学的解析の計画が多様性の補正について明示していなかったので、結果は点推計と95%CIとして報告された。

(2) Result

 合計160名の患者がランダム化され、うち来院後に参加登録基準に合致しなかった患者26名が除外された結果、介入群(体外循環CRP)は70名, 対照群(従来のCPR)は64名となった。介入群と対照群各群の患者のbaselineの特性は以下の通り。

  • 年齢平均値(±標準偏差)・・・介入群: 54±12歳, 対照群: 57±10歳
  • 男性・・・介入群: 90%, 対照群: 89%
  • 心臓血管系疾患既往, 心臓血管リスク因子の有無, 病院前治療, 病院前自己心拍再開・・・両群で均衡
  • 心停止〜救急車到着までの時間平均値・・・両群で8±4分
  • 病院到着前にランダム化された患者・・・介入群: 44名(63%), 対照群: 42名(66%)
  • 心停止〜病院収容までの時間平均値・・・介入群: 36±12分, 対照群: 38±11分

 介入群のうち、体外循環CPRが開始されなかったのは18名で, cannula挿入と循環確立が成功したのは52名中46名(88%)だった(介入群全体に占める割合は66%)。他方、ECMOが成功だった患者は6名(治療関連合併症: 5名, 有効なECMOの血流が確立できず: 1名)であった。対照群のうち、体外循環CPRへcrossoverとなったのは3名だった。

 安定した自己心拍再開が得られたのは、介入群: 18名(26%), 対照群: 20名(31%)だった。救急要請から自己心拍再開までの時間の平均値は介入群: 49±19分, 対照群: 43±20分であった。

 主要転帰に関するデータが得られたのは、対照群: 62名(97%), 介入群: 全員だった。30日後にCPC score 1 or 2を伴う生存が得られたのは、介入群: 14/70名(20%), 対照群: 10/62名(16%)であった(odds ratio: 1.4; 95%CI: 0.5~3.5; P=0.52)。従来型CPRと比較すると、体外循環CPRはICU入室まで生存している患者の割合の増加と関連していた。退院まで生存していた患者の割合は両群で同等だった。6ヶ月後の良好な神経学的転帰を伴う生存は両群で同等だった。

 介入群で治療を中断した主な理由は、神経学的な不良予後だった(24/56名[43%])対照群で治療を中断した主な理由は、更に行うべき治療選択肢が無いことだった(78%)。治療中断と施設との間, ないし 治療中断とECMO血流確立までの時間の間 の関連性は認められなかった。重篤な有害事象の件数の平均値は、介入群: 1.4±0.9件/患者1名, 対照群: 1.0±0.6件/患者1名であった。

(3) Discussion

 INCEPTION trialでは、心室不整脈による難治性院外心停止に対して体外循環CPRないし従来型CPRの使用したが、30日後の良好な神経学的転帰を伴う生存の割合は同等であった。

 過去に行われた同様のランダム化比較試験"ARREST" trialは、介入群(体外循環CPR実施)における優位性のため早期に中止されたが、生存退院は体外循環CPR群: 6/14名(43%), 従来型CPR群: 1/15名(7%)という結果だった。プラハチェコ)で行われた同様の単施設研究は、6ヶ月後に良好な神経学的転帰を伴う生存が介入群で32%, 対照群で22%という結果であり、これも無益性のため早期に中止された。但しこの研究では、入院時に自己心拍が維持されていた患者が介入群: 27%, 対照群: 44%であった。INCEPTION trialの結果はプラハ臨床試験と似たような結果であるものの、ARREST trialの結果とは異なっている(但しARREST trialとINCEPTION trialの病院前診療は似たものを採用していた)。多様な転帰の原因に関係なく、対象となった集団で従来型CPRの成功率が高い条件では、体外循環CPRが有効である可能性を証明することはより困難であるかもしれない。加えて、INCEPTION trialでは主要転帰の95%CIが極めて広かった。

 INCEPTION trialでは、病院収容〜cannula挿入開始までの時間の中央値は16分, cannula挿入開始〜ECMO血流開始までの時間の中央値は20分だった。これらの時間はARREST trialやプラハの臨床研究よりも長くなっており、経験, logistics, 症例数等の因子のような困難を反映している。施設ごとの症例数は、INCEPTION trialよりもARREST trialやプラハの研究の方が多く、大都市圏にある病院の方が経験数が豊富であることを反映している。大都市圏外では、体外循環CPRを広範囲かつ定期的に経験するのは困難であるかもしれない

 INCEPTION trialにはいくつかの欠点が存在する。

  • ランダム化〜病院到着までの間に自己心拍が再開した患者が相当数いた。
  • 一部でscreeningができなかったり, ランダム化後の参加登録除外が生じたりした。
  • 治療割り当てのmaskingができなかったので、患者のcrossoverが生じた。

 適切な環境における体外循環CPRの可能性は明らかであるように見える。但し、INCEPTION trialの知見は、たとえ心臓血管外科センターで実用的な手法で体外循環CPRが行われたとしても、体外循環CPRの優位性の再現性を明示できなかった。体外循環CPRを行ったり, その実現の過程にある施設は、自らのlogisticsを喫緊に評価し, その後、体外循環CPRの有効性の評価を行うべきである。体外循環CPRの適応や, 転帰の予測因子について将来的な研究が必要である。

 

 3次医療機関にいた時、しばしば院外心停止でVF・VTが持続する患者へECMOを緊急で導入する事例は時々経験していました。「当たり前」とすら感じていた救命治療について、疑義を生じる知見が出たことは軽く衝撃でした。ただ、今後ガイドラインの類へどれほど反映されるかについては判断待ち(様子見)が良いような気がします。

最近読んだ本の紹介 − 『諜報国家ロシア ソ連KGBからプーチンのFSB体制まで』(保坂三四郎 著, 中公新書)

 お久しぶりです。昼休みに生存報告も兼ねてブログを更新します。身バレするので詳細は書けませんが、自分のキャリアや, 今の勤務先での仕事, 肉親との軋轢(?)の間で色々と悩んでおり、そのせいか最近診療業務の中で、なんと言えば良いんでしょうか、キレが切れがなくなって来ているような気がしています。

 まあそんな現実から目を背ける為に(?)、YouTubeを見たり, 読書したりしている訳ですが、今回は最近読んだ本で特に印象に残った一冊を紹介しようと思います。

 

 『諜報国家ロシア ソ連KGBからプーチンFSB体制まで』(保坂三四郎 著, 中公新書

 ロシア軍のウクライナ本格軍事侵攻以降、報道でロシアのプーチン政権についての言及が増えているのでご存知の方も多いと思いますが、現ロシア大統領のウラジーミル・プーチンは元々KGBの職員でした。また彼の政権の要職にはKGB時代のツテなどで就任した者も多いのですが、この本は、KGBの成立からソ連崩壊, 更にはソ連崩壊後から現在に至るまでのロシアの情報機関の歴史を詳説し、今日の国際情勢やロシア社会に与えている影響についても解説するものです。

 正直なところ、この本の内容はまさに目から鱗でした。

 ソビエト連邦成立直後から、ソ連共産党指導部は秘密警察組織を結成して自分らに抵抗する勢力を弾圧するのみならず、共産党内や軍部, 官僚機構等々社会の至る所に監視の目を光らせ、芸術活動・スポーツ・科学技術の研究・経済活動までコントロールしようとしてきました。

 また、自分達の統治体制に懐疑的な人たちが「諸外国(特に米国などの西側)の影響を受けている」・「彼ら・彼女らを扇動している外国のエージェントが居るに違いない」との発想のもと、特にソ連時代は海外との交流を制限するはおろか、ソ連を訪問ないし滞在中の外国人を監視し, 時にその外国人を自分たちのエージェントに取り込もうと工作すらしていました。実際にこうしてKGBに取り込まれて、ソ連に機密情報を流した旧西側諸国の政府機関職員も居たようです。また、ソ連・ロシアに留学する等してソ連・ロシア当局の影響を受けた研究者, ジャーナリスト, 政治家らの中には、ソ連・ロシア当局の思惑通り、米国などの旧西側諸国の政策を批判する一方で、ソ連・ロシアの抑圧的・権威主義的な政治体制, 周辺諸国への軍事侵攻等にはダンマリを決め込む(か、やたらめったら擁護する)論調を展開する者が居ました(そして今日もそうゆう人間が散見される)。

 

 今日のロシアの問題は、ソ連崩壊前後にKGBの影響を十分排除できていないことに由来しているとしか思えません。プーチンが大統領になる前のエリツィン政権時代には、政府に批判的な新聞社やテレビ局が活動していましたし、政権の汚職を追求しようとする者が官憲の中にも居ました。しかしプーチンKGB時代のツテやらノウハウやらを利用してこうした人間を次から次に抑圧し、時に殺害し、彼が政権を取った後は益々そういった秘密警察的な政策をエスカレートさせました(そしてプーチンらは、彼らなりの大義を振り翳してそれを正当化した)。そして今日に至ってしまったのです。

 今、我々の目はウクライナ国内におけるウクライナ軍とロシア軍のせめぎ合いや, ウクライナ人の被っている被害に向きがちでありますが、そもそもこうしてウクライナの人々の生命や財産・尊厳などが危険に晒されるに至った遠因は、ロシアの政治体制です。こうした背景を理解するのに最適な書籍であると私は思いました。