Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

体外循環に関する論文まとめ Part 1

 皆様お久しぶりです。久々にブログを更新します。ここ最近も色々と忙しかったです。仕事が忙しいというのもあるんですが、色々あって今いる地域から来年度辺りに転出・転職することになり、その手続きやら挨拶回り?やらで、まだまだ振り回されそうです。

 今回と次回の2回に分けて、救急医もしばしば関与する体外循環装置(或いは人工心肺)に関する論文をちょっと紹介してみようと思います。

 

その1:'INCEPTION' trial (Siverein MM., Delnoij TSR. et al. N Engl J Med 2023;388:299-309)

(1) Method

 オランダで実施された多施設参加型のランダム化対照試験。2017年5月から2021年2月の期間に10カ所の心臓血管外科センターで実施し, 12の救急医療サービス(EMS: emergency medical service。日本で言う救急隊のようなもの?)が参加。EMSは'advanced life suppert'(胸骨圧迫・換気・AED使用だけでなく、気管挿管や薬剤投与等も行う心肺停止蘇生プロトコルを行う資格を有していた。またEMSと病院のスタッフが特定のプロトコルを採用することは無かったものの、臨床試験の目的やデザインは知らされていた。なお、参加施設はCOVID-19第1波の期間にこの臨床試験への参加を停止していた。

① 被験者について

 以下の条件を満たす患者が参加登録可能だった。

  • 18~70歳
  • 心室細動(VF: ventricular fibrillation), 心室頻拍(VT: ventricular tachycardia)のいずれかの初期波形を伴う, 目撃あり・難治性の院外心停止
  • EMSが心停止を目撃していない場合、'basic life support'(胸骨圧迫・AED使用・換気だけからなる心肺停止蘇生プロトコルが施行されていること

『難治性』の定義は、「15分間advanced life suppert(ALS)を継続したにも関わらず、心停止が持続している」ことであった。また、以下に該当する患者は除外された。

  • 15分以内に自己心拍が再開し, 循環動態の回復が維持されている
  • 終末期心不全(NYHA class III or IV)
  • 重度の肺疾患(閉塞性肺疾患基準 grade III or IV)
  • 播種性の癌
  • 妊娠が明らか or 疑われる
  • 両側大腿動脈のバイパス術後
  • 体外循環による心肺蘇生(CPR: cardiopalmonary resusitaion)の禁忌
  • 蘇生行為や人工換気を拒否する事前の意思表示がある
  • 最初の心停止から体外循環のcannula挿入開始まで60分を超過すると予想される場合
  • 心停止前の'Cerebral Performance Category'(CPC) scoreが3 or 4(重篤な脳神経系の障害がある or 植物状態が持続)
  • 多発外傷

② ランダム化について

 ALSを開始後、15分以上心停止が持続している場合に病院への搬送を開始した。搬送中に患者情報を病院に転送し、除外項目に関する情報が無い場合に患者のランダム化を速やかに開始した。患者は1:1の比率で介入群(体外循環を用いたCPR)対照群(通常のCPR) にランダム化された(施設により階層化を行った)。EMSは患者のグループ分けを知らなかった。

 病院到着後に患者の参加登録基準と除外基準が点検され, 除外基準に該当した場合は臨床試験参加登録から除外された。なお心停止から'extracorporeal membrane oxygeneration'(ECMO)のcannula挿入開始まで実際に60分を超過してしまった患者は除外されていない体外循環CPRを開始する前に安定した自己心拍再会が見られた場合には体外循環CPRを実施しなかったが、その患者は割り当てられた治療群に留められた("intention-to-treat analysis")。

転帰

 主要転帰は30日後のCPC score 1 or 2(正常 or 障害があるが自立; 『良好な神経学的転帰を伴う生存』)。主要な副次転帰は、

  • 自己心拍再開前のCPR継続時間
  • ICU滞在期間
  • 入院期間
  • 30日間生存率
  • 6ヶ月間生存率
  • 心停止6ヶ月後のCPS score
  • 治療中止の理由
  • 人工呼吸器使用期間

であった。

統計学的解析

 「体外循環CPR使用で30日後の『良好な神経学的転帰を伴う生存率』は8%から30%に増加する」と仮説を立て、各治療群ごとに49名の患者が入ることでこうした差を検知する80%の力を生じると推定された。また10%の参加中断を補う為に、各治療群に55名の患者が参加登録する必要があると推計した。

 70名の患者が参加登録した後、介入群の患者27名中7名が自己心拍再開のため、事前に指定された治療を受けなかった。データ・安全監視委員会と合意の上、元々推計されていた介入群49名を満たす為に再計算し、sample sizeは134名になった。データベースは2021/12/17にロックされた。

 解析はintention-to-treat方式で実施した。30日後・3ヶ月後・6ヶ月後のCPC score 1 or 2の生存を解析する為に、施設による補正を伴うlogistic mixed modelを使用した。Odds ratioは、効果の推定値として95%信頼区間(CI: confidence interval)とともに報告された。主要転帰に関して、risk ratioと95%CIも計算した。副次転帰或いはその他の転帰に関しては、統計学的解析の計画が多様性の補正について明示していなかったので、結果は点推計と95%CIとして報告された。

(2) Result

 合計160名の患者がランダム化され、うち来院後に参加登録基準に合致しなかった患者26名が除外された結果、介入群(体外循環CRP)は70名, 対照群(従来のCPR)は64名となった。介入群と対照群各群の患者のbaselineの特性は以下の通り。

  • 年齢平均値(±標準偏差)・・・介入群: 54±12歳, 対照群: 57±10歳
  • 男性・・・介入群: 90%, 対照群: 89%
  • 心臓血管系疾患既往, 心臓血管リスク因子の有無, 病院前治療, 病院前自己心拍再開・・・両群で均衡
  • 心停止〜救急車到着までの時間平均値・・・両群で8±4分
  • 病院到着前にランダム化された患者・・・介入群: 44名(63%), 対照群: 42名(66%)
  • 心停止〜病院収容までの時間平均値・・・介入群: 36±12分, 対照群: 38±11分

 介入群のうち、体外循環CPRが開始されなかったのは18名で, cannula挿入と循環確立が成功したのは52名中46名(88%)だった(介入群全体に占める割合は66%)。他方、ECMOが成功だった患者は6名(治療関連合併症: 5名, 有効なECMOの血流が確立できず: 1名)であった。対照群のうち、体外循環CPRへcrossoverとなったのは3名だった。

 安定した自己心拍再開が得られたのは、介入群: 18名(26%), 対照群: 20名(31%)だった。救急要請から自己心拍再開までの時間の平均値は介入群: 49±19分, 対照群: 43±20分であった。

 主要転帰に関するデータが得られたのは、対照群: 62名(97%), 介入群: 全員だった。30日後にCPC score 1 or 2を伴う生存が得られたのは、介入群: 14/70名(20%), 対照群: 10/62名(16%)であった(odds ratio: 1.4; 95%CI: 0.5~3.5; P=0.52)。従来型CPRと比較すると、体外循環CPRはICU入室まで生存している患者の割合の増加と関連していた。退院まで生存していた患者の割合は両群で同等だった。6ヶ月後の良好な神経学的転帰を伴う生存は両群で同等だった。

 介入群で治療を中断した主な理由は、神経学的な不良予後だった(24/56名[43%])対照群で治療を中断した主な理由は、更に行うべき治療選択肢が無いことだった(78%)。治療中断と施設との間, ないし 治療中断とECMO血流確立までの時間の間 の関連性は認められなかった。重篤な有害事象の件数の平均値は、介入群: 1.4±0.9件/患者1名, 対照群: 1.0±0.6件/患者1名であった。

(3) Discussion

 INCEPTION trialでは、心室不整脈による難治性院外心停止に対して体外循環CPRないし従来型CPRの使用したが、30日後の良好な神経学的転帰を伴う生存の割合は同等であった。

 過去に行われた同様のランダム化比較試験"ARREST" trialは、介入群(体外循環CPR実施)における優位性のため早期に中止されたが、生存退院は体外循環CPR群: 6/14名(43%), 従来型CPR群: 1/15名(7%)という結果だった。プラハチェコ)で行われた同様の単施設研究は、6ヶ月後に良好な神経学的転帰を伴う生存が介入群で32%, 対照群で22%という結果であり、これも無益性のため早期に中止された。但しこの研究では、入院時に自己心拍が維持されていた患者が介入群: 27%, 対照群: 44%であった。INCEPTION trialの結果はプラハ臨床試験と似たような結果であるものの、ARREST trialの結果とは異なっている(但しARREST trialとINCEPTION trialの病院前診療は似たものを採用していた)。多様な転帰の原因に関係なく、対象となった集団で従来型CPRの成功率が高い条件では、体外循環CPRが有効である可能性を証明することはより困難であるかもしれない。加えて、INCEPTION trialでは主要転帰の95%CIが極めて広かった。

 INCEPTION trialでは、病院収容〜cannula挿入開始までの時間の中央値は16分, cannula挿入開始〜ECMO血流開始までの時間の中央値は20分だった。これらの時間はARREST trialやプラハの臨床研究よりも長くなっており、経験, logistics, 症例数等の因子のような困難を反映している。施設ごとの症例数は、INCEPTION trialよりもARREST trialやプラハの研究の方が多く、大都市圏にある病院の方が経験数が豊富であることを反映している。大都市圏外では、体外循環CPRを広範囲かつ定期的に経験するのは困難であるかもしれない

 INCEPTION trialにはいくつかの欠点が存在する。

  • ランダム化〜病院到着までの間に自己心拍が再開した患者が相当数いた。
  • 一部でscreeningができなかったり, ランダム化後の参加登録除外が生じたりした。
  • 治療割り当てのmaskingができなかったので、患者のcrossoverが生じた。

 適切な環境における体外循環CPRの可能性は明らかであるように見える。但し、INCEPTION trialの知見は、たとえ心臓血管外科センターで実用的な手法で体外循環CPRが行われたとしても、体外循環CPRの優位性の再現性を明示できなかった。体外循環CPRを行ったり, その実現の過程にある施設は、自らのlogisticsを喫緊に評価し, その後、体外循環CPRの有効性の評価を行うべきである。体外循環CPRの適応や, 転帰の予測因子について将来的な研究が必要である。

 

 3次医療機関にいた時、しばしば院外心停止でVF・VTが持続する患者へECMOを緊急で導入する事例は時々経験していました。「当たり前」とすら感じていた救命治療について、疑義を生じる知見が出たことは軽く衝撃でした。ただ、今後ガイドラインの類へどれほど反映されるかについては判断待ち(様子見)が良いような気がします。