Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

体外循環に関する論文まとめ Part 1

 皆様お久しぶりです。久々にブログを更新します。ここ最近も色々と忙しかったです。仕事が忙しいというのもあるんですが、色々あって今いる地域から来年度辺りに転出・転職することになり、その手続きやら挨拶回り?やらで、まだまだ振り回されそうです。

 今回と次回の2回に分けて、救急医もしばしば関与する体外循環装置(或いは人工心肺)に関する論文をちょっと紹介してみようと思います。

 

その1:'INCEPTION' trial (Siverein MM., Delnoij TSR. et al. N Engl J Med 2023;388:299-309)

(1) Method

 オランダで実施された多施設参加型のランダム化対照試験。2017年5月から2021年2月の期間に10カ所の心臓血管外科センターで実施し, 12の救急医療サービス(EMS: emergency medical service。日本で言う救急隊のようなもの?)が参加。EMSは'advanced life suppert'(胸骨圧迫・換気・AED使用だけでなく、気管挿管や薬剤投与等も行う心肺停止蘇生プロトコルを行う資格を有していた。またEMSと病院のスタッフが特定のプロトコルを採用することは無かったものの、臨床試験の目的やデザインは知らされていた。なお、参加施設はCOVID-19第1波の期間にこの臨床試験への参加を停止していた。

① 被験者について

 以下の条件を満たす患者が参加登録可能だった。

  • 18~70歳
  • 心室細動(VF: ventricular fibrillation), 心室頻拍(VT: ventricular tachycardia)のいずれかの初期波形を伴う, 目撃あり・難治性の院外心停止
  • EMSが心停止を目撃していない場合、'basic life support'(胸骨圧迫・AED使用・換気だけからなる心肺停止蘇生プロトコルが施行されていること

『難治性』の定義は、「15分間advanced life suppert(ALS)を継続したにも関わらず、心停止が持続している」ことであった。また、以下に該当する患者は除外された。

  • 15分以内に自己心拍が再開し, 循環動態の回復が維持されている
  • 終末期心不全(NYHA class III or IV)
  • 重度の肺疾患(閉塞性肺疾患基準 grade III or IV)
  • 播種性の癌
  • 妊娠が明らか or 疑われる
  • 両側大腿動脈のバイパス術後
  • 体外循環による心肺蘇生(CPR: cardiopalmonary resusitaion)の禁忌
  • 蘇生行為や人工換気を拒否する事前の意思表示がある
  • 最初の心停止から体外循環のcannula挿入開始まで60分を超過すると予想される場合
  • 心停止前の'Cerebral Performance Category'(CPC) scoreが3 or 4(重篤な脳神経系の障害がある or 植物状態が持続)
  • 多発外傷

② ランダム化について

 ALSを開始後、15分以上心停止が持続している場合に病院への搬送を開始した。搬送中に患者情報を病院に転送し、除外項目に関する情報が無い場合に患者のランダム化を速やかに開始した。患者は1:1の比率で介入群(体外循環を用いたCPR)対照群(通常のCPR) にランダム化された(施設により階層化を行った)。EMSは患者のグループ分けを知らなかった。

 病院到着後に患者の参加登録基準と除外基準が点検され, 除外基準に該当した場合は臨床試験参加登録から除外された。なお心停止から'extracorporeal membrane oxygeneration'(ECMO)のcannula挿入開始まで実際に60分を超過してしまった患者は除外されていない体外循環CPRを開始する前に安定した自己心拍再会が見られた場合には体外循環CPRを実施しなかったが、その患者は割り当てられた治療群に留められた("intention-to-treat analysis")。

転帰

 主要転帰は30日後のCPC score 1 or 2(正常 or 障害があるが自立; 『良好な神経学的転帰を伴う生存』)。主要な副次転帰は、

  • 自己心拍再開前のCPR継続時間
  • ICU滞在期間
  • 入院期間
  • 30日間生存率
  • 6ヶ月間生存率
  • 心停止6ヶ月後のCPS score
  • 治療中止の理由
  • 人工呼吸器使用期間

であった。

統計学的解析

 「体外循環CPR使用で30日後の『良好な神経学的転帰を伴う生存率』は8%から30%に増加する」と仮説を立て、各治療群ごとに49名の患者が入ることでこうした差を検知する80%の力を生じると推定された。また10%の参加中断を補う為に、各治療群に55名の患者が参加登録する必要があると推計した。

 70名の患者が参加登録した後、介入群の患者27名中7名が自己心拍再開のため、事前に指定された治療を受けなかった。データ・安全監視委員会と合意の上、元々推計されていた介入群49名を満たす為に再計算し、sample sizeは134名になった。データベースは2021/12/17にロックされた。

 解析はintention-to-treat方式で実施した。30日後・3ヶ月後・6ヶ月後のCPC score 1 or 2の生存を解析する為に、施設による補正を伴うlogistic mixed modelを使用した。Odds ratioは、効果の推定値として95%信頼区間(CI: confidence interval)とともに報告された。主要転帰に関して、risk ratioと95%CIも計算した。副次転帰或いはその他の転帰に関しては、統計学的解析の計画が多様性の補正について明示していなかったので、結果は点推計と95%CIとして報告された。

(2) Result

 合計160名の患者がランダム化され、うち来院後に参加登録基準に合致しなかった患者26名が除外された結果、介入群(体外循環CRP)は70名, 対照群(従来のCPR)は64名となった。介入群と対照群各群の患者のbaselineの特性は以下の通り。

  • 年齢平均値(±標準偏差)・・・介入群: 54±12歳, 対照群: 57±10歳
  • 男性・・・介入群: 90%, 対照群: 89%
  • 心臓血管系疾患既往, 心臓血管リスク因子の有無, 病院前治療, 病院前自己心拍再開・・・両群で均衡
  • 心停止〜救急車到着までの時間平均値・・・両群で8±4分
  • 病院到着前にランダム化された患者・・・介入群: 44名(63%), 対照群: 42名(66%)
  • 心停止〜病院収容までの時間平均値・・・介入群: 36±12分, 対照群: 38±11分

 介入群のうち、体外循環CPRが開始されなかったのは18名で, cannula挿入と循環確立が成功したのは52名中46名(88%)だった(介入群全体に占める割合は66%)。他方、ECMOが成功だった患者は6名(治療関連合併症: 5名, 有効なECMOの血流が確立できず: 1名)であった。対照群のうち、体外循環CPRへcrossoverとなったのは3名だった。

 安定した自己心拍再開が得られたのは、介入群: 18名(26%), 対照群: 20名(31%)だった。救急要請から自己心拍再開までの時間の平均値は介入群: 49±19分, 対照群: 43±20分であった。

 主要転帰に関するデータが得られたのは、対照群: 62名(97%), 介入群: 全員だった。30日後にCPC score 1 or 2を伴う生存が得られたのは、介入群: 14/70名(20%), 対照群: 10/62名(16%)であった(odds ratio: 1.4; 95%CI: 0.5~3.5; P=0.52)。従来型CPRと比較すると、体外循環CPRはICU入室まで生存している患者の割合の増加と関連していた。退院まで生存していた患者の割合は両群で同等だった。6ヶ月後の良好な神経学的転帰を伴う生存は両群で同等だった。

 介入群で治療を中断した主な理由は、神経学的な不良予後だった(24/56名[43%])対照群で治療を中断した主な理由は、更に行うべき治療選択肢が無いことだった(78%)。治療中断と施設との間, ないし 治療中断とECMO血流確立までの時間の間 の関連性は認められなかった。重篤な有害事象の件数の平均値は、介入群: 1.4±0.9件/患者1名, 対照群: 1.0±0.6件/患者1名であった。

(3) Discussion

 INCEPTION trialでは、心室不整脈による難治性院外心停止に対して体外循環CPRないし従来型CPRの使用したが、30日後の良好な神経学的転帰を伴う生存の割合は同等であった。

 過去に行われた同様のランダム化比較試験"ARREST" trialは、介入群(体外循環CPR実施)における優位性のため早期に中止されたが、生存退院は体外循環CPR群: 6/14名(43%), 従来型CPR群: 1/15名(7%)という結果だった。プラハチェコ)で行われた同様の単施設研究は、6ヶ月後に良好な神経学的転帰を伴う生存が介入群で32%, 対照群で22%という結果であり、これも無益性のため早期に中止された。但しこの研究では、入院時に自己心拍が維持されていた患者が介入群: 27%, 対照群: 44%であった。INCEPTION trialの結果はプラハ臨床試験と似たような結果であるものの、ARREST trialの結果とは異なっている(但しARREST trialとINCEPTION trialの病院前診療は似たものを採用していた)。多様な転帰の原因に関係なく、対象となった集団で従来型CPRの成功率が高い条件では、体外循環CPRが有効である可能性を証明することはより困難であるかもしれない。加えて、INCEPTION trialでは主要転帰の95%CIが極めて広かった。

 INCEPTION trialでは、病院収容〜cannula挿入開始までの時間の中央値は16分, cannula挿入開始〜ECMO血流開始までの時間の中央値は20分だった。これらの時間はARREST trialやプラハの臨床研究よりも長くなっており、経験, logistics, 症例数等の因子のような困難を反映している。施設ごとの症例数は、INCEPTION trialよりもARREST trialやプラハの研究の方が多く、大都市圏にある病院の方が経験数が豊富であることを反映している。大都市圏外では、体外循環CPRを広範囲かつ定期的に経験するのは困難であるかもしれない

 INCEPTION trialにはいくつかの欠点が存在する。

  • ランダム化〜病院到着までの間に自己心拍が再開した患者が相当数いた。
  • 一部でscreeningができなかったり, ランダム化後の参加登録除外が生じたりした。
  • 治療割り当てのmaskingができなかったので、患者のcrossoverが生じた。

 適切な環境における体外循環CPRの可能性は明らかであるように見える。但し、INCEPTION trialの知見は、たとえ心臓血管外科センターで実用的な手法で体外循環CPRが行われたとしても、体外循環CPRの優位性の再現性を明示できなかった。体外循環CPRを行ったり, その実現の過程にある施設は、自らのlogisticsを喫緊に評価し, その後、体外循環CPRの有効性の評価を行うべきである。体外循環CPRの適応や, 転帰の予測因子について将来的な研究が必要である。

 

 3次医療機関にいた時、しばしば院外心停止でVF・VTが持続する患者へECMOを緊急で導入する事例は時々経験していました。「当たり前」とすら感じていた救命治療について、疑義を生じる知見が出たことは軽く衝撃でした。ただ、今後ガイドラインの類へどれほど反映されるかについては判断待ち(様子見)が良いような気がします。

最近読んだ本の紹介 − 『諜報国家ロシア ソ連KGBからプーチンのFSB体制まで』(保坂三四郎 著, 中公新書)

 お久しぶりです。昼休みに生存報告も兼ねてブログを更新します。身バレするので詳細は書けませんが、自分のキャリアや, 今の勤務先での仕事, 肉親との軋轢(?)の間で色々と悩んでおり、そのせいか最近診療業務の中で、なんと言えば良いんでしょうか、キレが切れがなくなって来ているような気がしています。

 まあそんな現実から目を背ける為に(?)、YouTubeを見たり, 読書したりしている訳ですが、今回は最近読んだ本で特に印象に残った一冊を紹介しようと思います。

 『諜報国家ロシア ソ連KGBからプーチンFSB体制まで』(保坂三四郎 著, 中公新書

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 ロシア軍のウクライナ本格軍事侵攻以降、報道でロシアのプーチン政権についての言及が増えているのでご存知の方も多いと思いますが、現ロシア大統領のウラジーミル・プーチンは元々KGBの職員でした。また彼の政権の要職にはKGB時代のツテなどで就任した者も多いのですが、この本は、KGBの成立からソ連崩壊, 更にはソ連崩壊後から現在に至るまでのロシアの情報機関の歴史を詳説し、今日の国際情勢やロシア社会に与えている影響についても解説するものです。

 正直なところ、この本の内容はまさに目から鱗でした。

 ソビエト連邦成立直後から、ソ連共産党指導部は秘密警察組織を結成して自分らに抵抗する勢力を弾圧するのみならず、共産党内や軍部, 官僚機構等々社会の至る所に監視の目を光らせ、芸術活動・スポーツ・科学技術の研究・経済活動までコントロールしようとしてきました。

 また、自分達の統治体制に懐疑的な人たちが「諸外国(特に米国などの西側)の影響を受けている」・「彼ら・彼女らを扇動している外国のエージェントが居るに違いない」との発想のもと、特にソ連時代は海外との交流を制限するはおろか、ソ連を訪問ないし滞在中の外国人を監視し, 時にその外国人を自分たちのエージェントに取り込もうと工作すらしていました。実際にこうしてKGBに取り込まれて、ソ連に機密情報を流した旧西側諸国の政府機関職員も居たようです。また、ソ連・ロシアに留学する等してソ連・ロシア当局の影響を受けた研究者, ジャーナリスト, 政治家らの中には、ソ連・ロシア当局の思惑通り、米国などの旧西側諸国の政策を批判する一方で、ソ連・ロシアの抑圧的・権威主義的な政治体制, 周辺諸国への軍事侵攻等にはダンマリを決め込む(か、やたらめったら擁護する)論調を展開する者が居ました(そして今日もそうゆう人間が散見される)。

 

 今日のロシアの問題は、ソ連崩壊前後にKGBの影響を十分排除できていないことに由来しているとしか思えません。プーチンが大統領になる前のエリツィン政権時代には、政府に批判的な新聞社やテレビ局が活動していましたし、政権の汚職を追求しようとする者が官憲の中にも居ました。しかしプーチンKGB時代のツテやらノウハウやらを利用してこうした人間を次から次に抑圧し、時に殺害し、彼が政権を取った後は益々そういった秘密警察的な政策をエスカレートさせました(そしてプーチンらは、彼らなりの大義を振り翳してそれを正当化した)。そして今日に至ってしまったのです。

 今、我々の目はウクライナ国内におけるウクライナ軍とロシア軍のせめぎ合いや, ウクライナ人の被っている被害に向きがちでありますが、そもそもこうしてウクライナの人々の生命や財産・尊厳などが危険に晒されるに至った遠因は、ロシアの政治体制です。こうした背景を理解するのに最適な書籍であると私は思いました。

【久々の更新】心房細動&脳梗塞の患者への抗凝固薬開始時期 − New England Journal of Medicineより −

 メチャクチャお久しぶりです。色々と忙しくて、気が付いたらブログ更新が止まっていました。生存報告と, 自分の勉強も兼ねてブログをぼちぼち再開します。(YouTubeに関しては、動画編集の手間もあるのでできる時にやります)

 以前からこのブログでは脳卒中関連の論文を時折紹介してきました。実際に救急医療の現場でも脳出血脳梗塞くも膜下出血等の患者さんを診察し、脳外科医・脳神経内科医との共同作業を求められる機会も少なくありません。今回もそれに関連した文献(Fischer U, Koga M. et al. Early versus later anticoagulation for stroke with atrial fibrillation N Engl J Med 388;26:2411-21)を紹介してみます。

 

(1) Introduction

 心房細動患者では、DOACs(Anticoagulation with Direct Oral Anticoagulants: 直接的抗凝固因子経口投与による抗凝固療法)が脳梗塞や全身性塞栓症のリスクを減少させることが分かっている。しかしながら、脳梗塞急性期において、DOAC開始時期が脳梗塞再発及び出血のリスクに影響するかどうかは不明である。

 脳梗塞急性期では、最初の数日間が脳梗塞再発及び頭蓋内出血のリスクが最も高いことが知られている。いくつかの研究や小規模ランダム化試験でDOACs早期開始が安全である可能性が示唆されているも、これらの研究では選択バイアス, ないし sample size(被験者の数)が少ないといった問題がある。こうしたエヴィデンスの不足もあり、各ガイドラインの推奨内容は多岐にわたる。あるガイドライン(注:欧州のもの)では,「一過性虚血発作(TIA: Transient Ischemic Attack)では1日後, 軽症脳梗塞では3日後, 中等症脳梗塞では6日後, 重症脳梗塞では12日後にDOACsを開始する」ことを推奨している。この推奨は、梗塞のサイズと関連した出血性変化リスクに関する観察研究に基づくものであり, 多くの国で採用されている。

 今回、筆者(注:この論文の著者ら)は"ELAN(Early versus Late Initiation of Direct Oral Anticoagulants in Post-ischemic Stroke Patients with Atrial Fibrillation)"ランダム化試験と呼ばれる、DOACs早期開始の安全性と有効性を推計するために, ガイドラインに従ったDOACs開始延期と比較する臨床試験を行った。

 

(2) Method

①被験者について

 欧州, 中東, アジアの103施設で実施した。以下の全てに該当する患者が参加登録可能であった。

  • MRI or CTで急性期脳梗塞巣があると確認された, 或いは 24時間以上持続する症状によって脳梗塞と臨床的に診断された上に, CT or MRIによって脳梗塞以外の原因が除外された
  • 永続性, 持続性 or 発作性の非弁膜症性心房細動がある, 或いは 脳梗塞による入院期間中に心房細動と診断された

また脳梗塞巣のサイズは以下のように定義・分類された。

  • 軽症:梗塞巣サイズ≦1.5 cm
  • 中等症:中大脳動脈, 前大脳動脈 or 後大脳動脈の皮質表面枝の領域にある梗塞巣
  • 重症:上記の血管領域 or 脳幹にあるより大きな梗塞巣, 或いは 梗塞巣サイズ1.5 cm<

 ランダム化前の血栓溶解薬静注や機械的血栓回収術, 静脈血栓塞栓症予防目的の低分子量ヘパリン予防的投与は可能であったが、脳梗塞発症時における治療目的の抗凝固療法は許可されなかったまた、以下に該当する患者はELAN trialから除外された。

  • 脳梗塞巣と合流する脳実質血腫
  • 脳梗塞巣とは離れている頭蓋内出血

なお脳梗塞巣内の点状出血は除外対象ではなかった

②介入群と対照群の治療内容

 被験者は1:1の比率でDOACs早期開始とDOACS開始延期へランダムに割り付けられた。年齢(70歳> or 70歳≦), 梗塞巣のサイズ, NIHSS(10点> or 10点≦), 施設といった背景因子による不均衡を最小化するような方法が用いられた。

 介入群(DOACs早期開始)では、軽症 or 中等症脳梗塞患者で発症後48時間以内に, 重症脳梗塞患者で発症後6 or 7日後にDOACsを開始した。他方、対照群(DOACs開始延期)では、軽症脳梗塞患者で発症後3 or 4日後に, 中等症脳梗塞患者で6 or 7日後に, 重症脳梗塞患者では12, 13, or 14日後にDOACsを開始した。

転帰について

 主要転帰は、30日以内に生じた脳梗塞再発, 全身性塞栓症, 重大な頭蓋外出血, 症候性頭蓋内出血, or 血管死の複合であった。

 副次的転帰は、30日及び90日後における以下の項目であった。

  • 脳梗塞再発
  • 全身性塞栓症
  • 重大な頭蓋外出血
  • 症候性頭蓋内出血
  • 血管死
  • 重大ではない出血
  • あらゆる原因による死亡
  • modified Rankin scale(mRS)が0~2 vs 3~6の2値転帰
  • 2群間のmRSスコア分布のordinal shift

統計学的解析

 ELAN trialの主な目的は、対照群と比較した介入群の有効性を推計し, かつ この推計の正確性を推計することであった。そのため、優位性, 劣性 ないし 非劣性を目的とした統計学的仮説は試験されなかった。サンプルサイズは、期待する信頼区間(CI: confidence interval)に基づいて計算した。1,802名の被験者がいれば対照群では被験者の5%で, 介入群では被験者の4.5%で主要転帰が発生し、また両群間の差の95%CIの期待される幅は2 percentage pointsになると推定された。このintervalは計画のahchorとして用いられたが、非劣性の境界としては使用されなかった。

 主要解析は、除外されずに参加登録された被験者全員を対象とする'modified intention-to-treat principle'に基づいて行われた。有害事象に関する解析は実際に受けた治療によって被験者を分けて解析しており、介入群の安全性を対照群と比較・評価した。全ての解析モデルで、施設以外の因子を共変量に含めていた。

 主要転帰は個別化ロジスティック回帰分析モデルという方法で解析した。リスク差と95%CIは、推定odds比とそのstandard errorから求めた。

 副次的転帰の2値転帰は、主要転帰と同じ方法で解析された。mRSのordinal scoreは序列ロジスティック回帰分析という方法を用いて解析した。Subgroup解析は主要転帰のみに対して行った。有害事象は治療群ごとに計算され、こうした事象を来した参加者の頻度及び発生率として表された。

 

(3)結果

①被験者と治療内容

 2017/11/6〜2022/9/12の期間に、15カ国103施設で36,643名の被験者がscreeningを受け、うち2,032名が参加登録された。この被験者のうち19名が除外され、2,013名がmodified intention-to-treat populationとなった介入群: 1,006名, 対照群: 1,007名)。プロトコルに従って治療が開始されたのは、介入群: 949名, 対照群: 935名だった

 Baselineの人口統計学的・臨床的特性は類似していた。

  • 年齢中央値・・・77歳
  • 女性・・・被験者全体の45%(915名)
  • NIHSS中央値・・・入院時: 5点, ランダム化時: 3点
  • 軽症脳梗塞・・・介入群: 38%, 対照群: 37%
  • 中等症脳梗塞・・・介入群: 40%, 対照群: 39%
  • 重症脳梗塞・・・介入群: 23%, 対照群: 23%

②主要転帰について

 主要転帰が判明したのは2013名中1975名(98%)だった。主要転帰が発生したのは介入群: 29名(2.9%), 対照群: 41名(4.1%)であり、対照群と比較した介入群における主要転帰の推定odds比は0.70(95%CI: 0.44~1.14)で, リスク差は-1.18 percentage point(95%CI: -2.84~0.47)だった。30日前の血管死は介入群の13名, 対照群の11名で発生した。

30日後, 90日後の主要転帰に関する両群間のリスク差の点推計と95%CI

③副次的転帰について

 30日後の頭蓋外出血の発生は介入群: 3名(0.3%), 対照群: 5名(0.5%)だった(odds比: 0.63; 95%CI: 0.15~2.38)。30日後の症候性頭蓋内出血は両群ともに2名(0.2%)だった(odds比: 1.02; 95%CI: 0.16~6.59)30日後の脳梗塞再発は介入群: 14名(1.4%), 対照群: 25名(2.5%)だった(odds比: 0.57: 95%CI: 0.29~1.07)。

※1: その他の30日後副次的転帰は以下の通り。

  • 全身性塞栓症・・・介入群: 4名(0.4%), 対照群: 0.9%; odds比: 0.48(95%CI: 0.14~1.42)
  • 血管死・・・介入群: 1.1%, 対照群: 1.0%; odds比: 1.12(95%CI: 0.47~2.65)
  • 重大ではない出血・・・介入群: 3.0%, 対照群: 2.7%; odds比: 1.13(95%CI: 0.67~1.92)
  • mRS≦2・・・介入群: 62.6%, 対照群: 62.6%; odds比: 0.93(95%CI: 0.79~1.09)

 90日後の複合的転帰脳梗塞再発, 全身性塞栓症, 重大な頭蓋外出血, 症候性頭蓋内出血 or 血管死)発生は介入群: 3.7%, 対照群: 5.6%だった(odds比: 0.65; 95%CI: 0.42~0.99)。90日後の累積脳梗塞再発率は、介入群: 1.9%, 対照群: 3.1%だった(odds比: 0.60; 95%CI: 0.33~1.06)症候性頭蓋内出血の発症率は両群で0.2%だった(odds比: 1.00; 95%CI: 0.15~6.45)。

※2: その他の90日後の副次的転帰は以下の通り。

  • 重大な頭蓋外出血・・・介入群: 0.3%, 対照群: 0.8%; odds比: 0.40(95%CI: 0.10~1.31)
  • 全身性塞栓症・・・介入群: 0.4%, 対照群: 1.0%; odds比: 0.42(95%CI: 0.12~1.21)
  • 血管死・・・介入群: 1.8%, 対照群: 1.7%; odds比: 1.04(95%CI: 0.52~2.08)
  • あらゆる原因による死亡・・・介入群: 4.5%, 対照群: 4.8%; odds比: 0.93(95%CI: 0.61~1.43)
  • 重大ではない出血・・・介入群: 4.0%, 対照群: 4.2%; odds比: 0.94(95%CI: 0.59~1.47)
  • mRS≦2・・・介入群: 66.6%, 対照群: 65.8%; odds比: 0.93(95%CI: 0.79~1.09)

④安全性について

 あらゆる重篤な有害事象(90日後)は介入群で132名(13.9%), 対照群で157名(15.8%)で発生した。

⑤Per-protocolプロトコルに従って治療された被験者だけでの)解析とsubgroup解析

 プロトコルに従って治療された被験者では、主要転帰と副次的転帰の結果は主要解析と類似していた。Subgroup解析ではsubgroup間での効果の不均質性は明らかでなかったが、ELAN trialはsubgroupを解析できるだけの力はなく, 複数比較の為のCIの広さに対する修正は行われなかった。

 

(4)考察

 ELAN trialの統計学的仮説では優位性ないし非劣性は検証されず, また結果は質的なデータを提供することを意図されていた。この試験の主要転帰は、おそらく臨床医が最も関心を寄せているであろう脳梗塞再発, 全身性塞栓症, 症候性頭蓋内出血であった。30日後において、脳梗塞が再発したのは介入群: 1.4%, 対照群: 2.5%であり, 全身性塞栓症は介入群: 0.4%, 対照群: 0.9%, 症候性頭蓋内出血は両群で約0.2%であった。95%CIの幅をもとにすると、このデータは主要転帰イベントリスクの約2.8 percentage point減少から0.5 percentage point増加という範囲を有する治療効果と一致する。従って、適応がある, ないし 望ましい場合において、DOACsの早期開始は支持されうる90日後の転帰発生率は、30日後のそれよりも僅かに増加しただけであり、この知見は、この期間(脳梗塞発症後90日間)におけるDOACs早期開始に関連した過剰リスクは無いことを示唆している。

 NIHSSスコアは脳梗塞の位置とサイズに依存するため、画像に基づく重症度を使用した。複数の研究において、梗塞巣サイズは出血性変化リスクと関連していた。ELAN trialでも、画像による分類を用いると、早期のDOACs開始した場合でも症候性頭蓋内出血の発症率が低いことが示唆された。NIHSSによる重症度分類を用いる判断も有用なのか否か, 及び 心房細動と重症脳梗塞がある患者が発症後6日より前の時期に抗凝固療法開始が可能なのかどうかを決定する更なる研究が必要である。

 なおELAN trialの欠点には以下のようなものが挙げられる。

  • Baselineで既に治療目的の抗凝固薬を投与中であったり, ランダム化時にNIHSSスコアが低かった患者を除外している。
  • Subgroupを検証する統計学的な力が限定的であり、その為subgroupの結果から結論を出すことができない。
  • 被験者の多くは欧州の施設に入院していた患者で、白人の割合が高い。他の集団に適用することが難しいかもしれない。
  • 脳梗塞重症度の分類を中枢で行わなかった。
  • 脳梗塞巣内, 或いは 脳梗塞内とその外に跨る出血性変化(Heidelberg分類における実質内出血 type 1 or 2)がランダム化にある患者は除外されたので、こうした患者集団での早期DOACs開始について助言はできない。

広島G7サミット・ウクライナ情勢について思ったこと

 皆様こんばんは。現役救急医です。相変わらずメチャクソ忙しくて、正直なところ悠長にブログを更新している余裕なんてないんですが、ここ数日、TVやネット等で国内外の情勢が目まぐるしく?動くので、更新せずにはいられません。

 

 まず、広島のG7サミットについて。色々な意見が見られますが、私は少なくとも、これについてはポジティヴな評価を与えても良いと思います。G7首脳が広島の平和記念公園に一緒に献花して黙祷を捧げ, 資料館を見学し, 日韓首脳が原爆で犠牲になった韓国人慰霊碑前で一緒に献花して黙祷を捧げ, そしてウクライナのゼレンスキー大統領が電撃来日して、岸田首相と一緒に慰霊碑や資料館を訪問して黙祷を捧げる。

 目下ウクライナへの侵略を続け, 『西側の脅威・謀略, ナチズムの根絶etc.』という言いがかりを根拠に侵略行為を正当化し, その上で核戦力によってウクライナのみならず侵略に異を唱える各国を恫喝し, 数々の戦争犯罪行為を否認ないし正当化するプーチンに対し、改めて"NO"を突きつける象徴的な機会になったと思います。ロシアだけではありません。近年、中国の海軍の動向や台湾への姿勢, アジア太平洋やその他諸国への影響力行使などがしばしば話題となりますが、中国のこうした強気な姿勢の背景に、広大な国土面積, 膨大な人口, 圧倒的な経済力のみならず、これら資源により益々増強されている軍事力 −当然ながら核戦力もこれに含まれます− が背景にあることは間違いありません(国内における言論抑圧や, チベットウイグル・モンゴル等各民族の自治権否定や存在抹消を図る数々の政策については、論外というほか無いでしょう)。また、金日成以来、正日・正恩と世襲制で維持してきた独裁体制を維持するために、北朝鮮核兵器を開発しつつも, その運搬手段(ミサイルなど)の開発に勤しみ, その影では言論抑圧や経済政策の失陥などで自国民の権利や生命を犠牲にし続けています。

 広島G7サミットにおける首脳らの行動は、こうした独裁者らに対して改めて明確に"NO"という意思表示を突きつけるとともに、国際社会に賛同を求める為には必要なことであったと思います。

 私は「核兵器は廃絶されねばならない」と考えていますが、現状では多くの障壁があり、時間をかけてできることからやるしかないと思っています。まず、「核兵器が実際に使用されないこと」を確実にせねばなりません。また、核拡散防止条約という国際的枠組みが存在していたにも関わらず、イスラエル・インド・パキスタン北朝鮮といった国々が核兵器保有するに至っている(イランも依然疑惑が存在する)という現実も鑑みると、「これ以上核保有国が増えないようにする」という努力も必要だと思います。核兵器があれば相手からの核攻撃を抑止できるし, 通常戦力による侵攻もストップをかけられる」という概念が、この70年余りで世界中に浸透してしまいました。そしてこうした概念は、強権的な指導者が意のままに軍や行政機構, メディアまでをも操り、己の妄信等に基づいて軍や警察・諜報機関などを操って近隣諸国などに圧力を加えることができるような国家(中国・ロシア・北朝鮮などのこと)が核兵器保有し続けていることによって、皮肉ではありますが強化されてしまっているのです。これらの矛盾を孕んだ国際政治・国際社会を是正しないと、おそらく核軍縮核兵器廃絶は進まないとも思います。

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 あと、G7サミットが終了した後に、Twitterなどで気になる情報が流れてきました。ロシアによるウクライナ本格進攻開始後、プーチン政権に反発してウクライナ側に加わってロシア軍と戦ってきたロシア人義勇兵(?)らの部隊が国境を越えてロシア領で戦闘を開始したというのです。

ロシア領内で戦闘、反政権ロシア人部隊が侵入か ウクライナは否定 [ウクライナ情勢]:朝日新聞デジタル

「ウクライナとの国境付近侵入の工作員39人殺害」ロシア側報道 | NHK | ウクライナ情勢

https://twitter.com/visegrad24/status/1660617001046343681?s=20

https://twitter.com/jpg2t785/status/1660580951905402881?s=20

https://twitter.com/hiranotakasi/status/1660563473040809985?s=20

https://twitter.com/hiranotakasi/status/1660624869078204416?s=20

ロシアとの衝突拡大を恐れるNATO加盟国等は、ウクライナ側に兵器を供与するにあたり、「ロシア領内に届かないこと・使用しないこと」を意識していたことは、これまで報道されていた通りです。上記のような出来事は、NATO加盟国等にとっては少々ナーヴァスになるような事態であったと思う反面、ウクライナ側には切実なニーズがあるのです。以前もこのブログで触れていますが、2014年以降、ウクライナはロシアによりクリミア半島やドンバス地方の一部を不当に占領され, 2023年2月以降は更に国土を武力で侵食されてしまったのです。その過程で、ウクライナ市民へ虐殺や児童連れ去りなどの、人道上極めて不当な扱いが行われていたことは既知の通りです。ウクライナ側(政府や軍首脳部のみならず、国民の総意)として、「どんな手を使ってでも(但し敵軍の真似をして、国際法や人道を蹂躙したくない)ロシア政府首脳部や軍の意思決定・指揮系統を撹乱し、領土奪還のための反転攻勢を少しでも優位に進めたい」という意志が存在することはほぼ間違いないでしょう。

 ウクライナ軍/政府管轄下のロシア人部隊の作戦行動については、早速SNS上などで物議を醸しているようですが、そもそもロシアの侵攻がなければここまでやる必要は無かったのです。おそらくウクライナ側としては、こうした突発的な行動によってロシア世論だけでなく軍や政府を動揺させ, 政府・軍中枢の意思決定なども混乱させることで、どこか別のところで反転攻勢に出るつもりなのかもしれません。ましてや、敵が核戦力や世界第2位の軍事力を誇る国なのですから、これまで通りの作戦でいつまでも押し切れるとは限らないでしょう。ウクライナ側とて聖人君子ばかりではないので、一定の掣肘は必要と思いますが、今必要な議論は、「ウクライナという国家の存続や領土奪還を支援するには何が必要か」・「ロシアの侵攻にブレーキを掛けると共に、ロシアが2度と侵略をしないようにするにはどうすべきか」といったことだと思います。そしてこうした議論は、日本周辺など他地域にも応用(?)可能な議論でもあると思います。

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