Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

【久々の更新】心房細動&脳梗塞の患者への抗凝固薬開始時期 − New England Journal of Medicineより −

 メチャクチャお久しぶりです。色々と忙しくて、気が付いたらブログ更新が止まっていました。生存報告と, 自分の勉強も兼ねてブログをぼちぼち再開します。(YouTubeに関しては、動画編集の手間もあるのでできる時にやります)

 以前からこのブログでは脳卒中関連の論文を時折紹介してきました。実際に救急医療の現場でも脳出血脳梗塞くも膜下出血等の患者さんを診察し、脳外科医・脳神経内科医との共同作業を求められる機会も少なくありません。今回もそれに関連した文献(Fischer U, Koga M. et al. Early versus later anticoagulation for stroke with atrial fibrillation N Engl J Med 388;26:2411-21)を紹介してみます。

 

(1) Introduction

 心房細動患者では、DOACs(Anticoagulation with Direct Oral Anticoagulants: 直接的抗凝固因子経口投与による抗凝固療法)が脳梗塞や全身性塞栓症のリスクを減少させることが分かっている。しかしながら、脳梗塞急性期において、DOAC開始時期が脳梗塞再発及び出血のリスクに影響するかどうかは不明である。

 脳梗塞急性期では、最初の数日間が脳梗塞再発及び頭蓋内出血のリスクが最も高いことが知られている。いくつかの研究や小規模ランダム化試験でDOACs早期開始が安全である可能性が示唆されているも、これらの研究では選択バイアス, ないし sample size(被験者の数)が少ないといった問題がある。こうしたエヴィデンスの不足もあり、各ガイドラインの推奨内容は多岐にわたる。あるガイドライン(注:欧州のもの)では,「一過性虚血発作(TIA: Transient Ischemic Attack)では1日後, 軽症脳梗塞では3日後, 中等症脳梗塞では6日後, 重症脳梗塞では12日後にDOACsを開始する」ことを推奨している。この推奨は、梗塞のサイズと関連した出血性変化リスクに関する観察研究に基づくものであり, 多くの国で採用されている。

 今回、筆者(注:この論文の著者ら)は"ELAN(Early versus Late Initiation of Direct Oral Anticoagulants in Post-ischemic Stroke Patients with Atrial Fibrillation)"ランダム化試験と呼ばれる、DOACs早期開始の安全性と有効性を推計するために, ガイドラインに従ったDOACs開始延期と比較する臨床試験を行った。

 

(2) Method

①被験者について

 欧州, 中東, アジアの103施設で実施した。以下の全てに該当する患者が参加登録可能であった。

  • MRI or CTで急性期脳梗塞巣があると確認された, 或いは 24時間以上持続する症状によって脳梗塞と臨床的に診断された上に, CT or MRIによって脳梗塞以外の原因が除外された
  • 永続性, 持続性 or 発作性の非弁膜症性心房細動がある, 或いは 脳梗塞による入院期間中に心房細動と診断された

また脳梗塞巣のサイズは以下のように定義・分類された。

  • 軽症:梗塞巣サイズ≦1.5 cm
  • 中等症:中大脳動脈, 前大脳動脈 or 後大脳動脈の皮質表面枝の領域にある梗塞巣
  • 重症:上記の血管領域 or 脳幹にあるより大きな梗塞巣, 或いは 梗塞巣サイズ1.5 cm<

 ランダム化前の血栓溶解薬静注や機械的血栓回収術, 静脈血栓塞栓症予防目的の低分子量ヘパリン予防的投与は可能であったが、脳梗塞発症時における治療目的の抗凝固療法は許可されなかったまた、以下に該当する患者はELAN trialから除外された。

  • 脳梗塞巣と合流する脳実質血腫
  • 脳梗塞巣とは離れている頭蓋内出血

なお脳梗塞巣内の点状出血は除外対象ではなかった

②介入群と対照群の治療内容

 被験者は1:1の比率でDOACs早期開始とDOACS開始延期へランダムに割り付けられた。年齢(70歳> or 70歳≦), 梗塞巣のサイズ, NIHSS(10点> or 10点≦), 施設といった背景因子による不均衡を最小化するような方法が用いられた。

 介入群(DOACs早期開始)では、軽症 or 中等症脳梗塞患者で発症後48時間以内に, 重症脳梗塞患者で発症後6 or 7日後にDOACsを開始した。他方、対照群(DOACs開始延期)では、軽症脳梗塞患者で発症後3 or 4日後に, 中等症脳梗塞患者で6 or 7日後に, 重症脳梗塞患者では12, 13, or 14日後にDOACsを開始した。

転帰について

 主要転帰は、30日以内に生じた脳梗塞再発, 全身性塞栓症, 重大な頭蓋外出血, 症候性頭蓋内出血, or 血管死の複合であった。

 副次的転帰は、30日及び90日後における以下の項目であった。

  • 脳梗塞再発
  • 全身性塞栓症
  • 重大な頭蓋外出血
  • 症候性頭蓋内出血
  • 血管死
  • 重大ではない出血
  • あらゆる原因による死亡
  • modified Rankin scale(mRS)が0~2 vs 3~6の2値転帰
  • 2群間のmRSスコア分布のordinal shift

統計学的解析

 ELAN trialの主な目的は、対照群と比較した介入群の有効性を推計し, かつ この推計の正確性を推計することであった。そのため、優位性, 劣性 ないし 非劣性を目的とした統計学的仮説は試験されなかった。サンプルサイズは、期待する信頼区間(CI: confidence interval)に基づいて計算した。1,802名の被験者がいれば対照群では被験者の5%で, 介入群では被験者の4.5%で主要転帰が発生し、また両群間の差の95%CIの期待される幅は2 percentage pointsになると推定された。このintervalは計画のahchorとして用いられたが、非劣性の境界としては使用されなかった。

 主要解析は、除外されずに参加登録された被験者全員を対象とする'modified intention-to-treat principle'に基づいて行われた。有害事象に関する解析は実際に受けた治療によって被験者を分けて解析しており、介入群の安全性を対照群と比較・評価した。全ての解析モデルで、施設以外の因子を共変量に含めていた。

 主要転帰は個別化ロジスティック回帰分析モデルという方法で解析した。リスク差と95%CIは、推定odds比とそのstandard errorから求めた。

 副次的転帰の2値転帰は、主要転帰と同じ方法で解析された。mRSのordinal scoreは序列ロジスティック回帰分析という方法を用いて解析した。Subgroup解析は主要転帰のみに対して行った。有害事象は治療群ごとに計算され、こうした事象を来した参加者の頻度及び発生率として表された。

 

(3)結果

①被験者と治療内容

 2017/11/6〜2022/9/12の期間に、15カ国103施設で36,643名の被験者がscreeningを受け、うち2,032名が参加登録された。この被験者のうち19名が除外され、2,013名がmodified intention-to-treat populationとなった介入群: 1,006名, 対照群: 1,007名)。プロトコルに従って治療が開始されたのは、介入群: 949名, 対照群: 935名だった

 Baselineの人口統計学的・臨床的特性は類似していた。

  • 年齢中央値・・・77歳
  • 女性・・・被験者全体の45%(915名)
  • NIHSS中央値・・・入院時: 5点, ランダム化時: 3点
  • 軽症脳梗塞・・・介入群: 38%, 対照群: 37%
  • 中等症脳梗塞・・・介入群: 40%, 対照群: 39%
  • 重症脳梗塞・・・介入群: 23%, 対照群: 23%

②主要転帰について

 主要転帰が判明したのは2013名中1975名(98%)だった。主要転帰が発生したのは介入群: 29名(2.9%), 対照群: 41名(4.1%)であり、対照群と比較した介入群における主要転帰の推定odds比は0.70(95%CI: 0.44~1.14)で, リスク差は-1.18 percentage point(95%CI: -2.84~0.47)だった。30日前の血管死は介入群の13名, 対照群の11名で発生した。

30日後, 90日後の主要転帰に関する両群間のリスク差の点推計と95%CI

③副次的転帰について

 30日後の頭蓋外出血の発生は介入群: 3名(0.3%), 対照群: 5名(0.5%)だった(odds比: 0.63; 95%CI: 0.15~2.38)。30日後の症候性頭蓋内出血は両群ともに2名(0.2%)だった(odds比: 1.02; 95%CI: 0.16~6.59)30日後の脳梗塞再発は介入群: 14名(1.4%), 対照群: 25名(2.5%)だった(odds比: 0.57: 95%CI: 0.29~1.07)。

※1: その他の30日後副次的転帰は以下の通り。

  • 全身性塞栓症・・・介入群: 4名(0.4%), 対照群: 0.9%; odds比: 0.48(95%CI: 0.14~1.42)
  • 血管死・・・介入群: 1.1%, 対照群: 1.0%; odds比: 1.12(95%CI: 0.47~2.65)
  • 重大ではない出血・・・介入群: 3.0%, 対照群: 2.7%; odds比: 1.13(95%CI: 0.67~1.92)
  • mRS≦2・・・介入群: 62.6%, 対照群: 62.6%; odds比: 0.93(95%CI: 0.79~1.09)

 90日後の複合的転帰脳梗塞再発, 全身性塞栓症, 重大な頭蓋外出血, 症候性頭蓋内出血 or 血管死)発生は介入群: 3.7%, 対照群: 5.6%だった(odds比: 0.65; 95%CI: 0.42~0.99)。90日後の累積脳梗塞再発率は、介入群: 1.9%, 対照群: 3.1%だった(odds比: 0.60; 95%CI: 0.33~1.06)症候性頭蓋内出血の発症率は両群で0.2%だった(odds比: 1.00; 95%CI: 0.15~6.45)。

※2: その他の90日後の副次的転帰は以下の通り。

  • 重大な頭蓋外出血・・・介入群: 0.3%, 対照群: 0.8%; odds比: 0.40(95%CI: 0.10~1.31)
  • 全身性塞栓症・・・介入群: 0.4%, 対照群: 1.0%; odds比: 0.42(95%CI: 0.12~1.21)
  • 血管死・・・介入群: 1.8%, 対照群: 1.7%; odds比: 1.04(95%CI: 0.52~2.08)
  • あらゆる原因による死亡・・・介入群: 4.5%, 対照群: 4.8%; odds比: 0.93(95%CI: 0.61~1.43)
  • 重大ではない出血・・・介入群: 4.0%, 対照群: 4.2%; odds比: 0.94(95%CI: 0.59~1.47)
  • mRS≦2・・・介入群: 66.6%, 対照群: 65.8%; odds比: 0.93(95%CI: 0.79~1.09)

④安全性について

 あらゆる重篤な有害事象(90日後)は介入群で132名(13.9%), 対照群で157名(15.8%)で発生した。

⑤Per-protocolプロトコルに従って治療された被験者だけでの)解析とsubgroup解析

 プロトコルに従って治療された被験者では、主要転帰と副次的転帰の結果は主要解析と類似していた。Subgroup解析ではsubgroup間での効果の不均質性は明らかでなかったが、ELAN trialはsubgroupを解析できるだけの力はなく, 複数比較の為のCIの広さに対する修正は行われなかった。

 

(4)考察

 ELAN trialの統計学的仮説では優位性ないし非劣性は検証されず, また結果は質的なデータを提供することを意図されていた。この試験の主要転帰は、おそらく臨床医が最も関心を寄せているであろう脳梗塞再発, 全身性塞栓症, 症候性頭蓋内出血であった。30日後において、脳梗塞が再発したのは介入群: 1.4%, 対照群: 2.5%であり, 全身性塞栓症は介入群: 0.4%, 対照群: 0.9%, 症候性頭蓋内出血は両群で約0.2%であった。95%CIの幅をもとにすると、このデータは主要転帰イベントリスクの約2.8 percentage point減少から0.5 percentage point増加という範囲を有する治療効果と一致する。従って、適応がある, ないし 望ましい場合において、DOACsの早期開始は支持されうる90日後の転帰発生率は、30日後のそれよりも僅かに増加しただけであり、この知見は、この期間(脳梗塞発症後90日間)におけるDOACs早期開始に関連した過剰リスクは無いことを示唆している。

 NIHSSスコアは脳梗塞の位置とサイズに依存するため、画像に基づく重症度を使用した。複数の研究において、梗塞巣サイズは出血性変化リスクと関連していた。ELAN trialでも、画像による分類を用いると、早期のDOACs開始した場合でも症候性頭蓋内出血の発症率が低いことが示唆された。NIHSSによる重症度分類を用いる判断も有用なのか否か, 及び 心房細動と重症脳梗塞がある患者が発症後6日より前の時期に抗凝固療法開始が可能なのかどうかを決定する更なる研究が必要である。

 なおELAN trialの欠点には以下のようなものが挙げられる。

  • Baselineで既に治療目的の抗凝固薬を投与中であったり, ランダム化時にNIHSSスコアが低かった患者を除外している。
  • Subgroupを検証する統計学的な力が限定的であり、その為subgroupの結果から結論を出すことができない。
  • 被験者の多くは欧州の施設に入院していた患者で、白人の割合が高い。他の集団に適用することが難しいかもしれない。
  • 脳梗塞重症度の分類を中枢で行わなかった。
  • 脳梗塞巣内, 或いは 脳梗塞内とその外に跨る出血性変化(Heidelberg分類における実質内出血 type 1 or 2)がランダム化にある患者は除外されたので、こうした患者集団での早期DOACs開始について助言はできない。