Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

東日本の某県に勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

医師を増やすことは『悪』なのか?

 「抗菌薬まとめシリーズ」を書こうかなと思っていましたが、色々と気になっていた話題があったので、今回は同シリーズを一旦中断します。

 今日は、医師不足 ー 特に、医学部定員増や医学部新設について ー 様々な議論が飛び交っているので、まずはそれについてまとめてみたいと思います。

 

 これまで本ブログで何回か取り上げた書籍『病院は東京から破綻する 医師が「ゼロ」になる日』(上昌弘 著, 朝日新聞出版 https://amzn.to/2GbyP0fでは、首都圏の将来の医師数の推移(現状の供給態勢を維持した場合)について次のようなシミュレーションを紹介しています。

  1. 75歳以上人口1000人当たりの60歳未満医師数は、団塊世代の高齢化に伴って医療需要が増大するので、2010年以降減少し続ける。団塊世代の多くが死亡する2035年頃に一旦状況は改善するが、今度は団塊ジュニア世代が高齢化するので再び減少に転じる。
  2. 2035年以降、増加するのは60歳未満女性医師と60歳以上の(男性)医師である。高齢化した人材に、例えば20歳代並みの当直や急患対応等を求めるのには無理があり、若手(60歳未満の医師, 男女を問わず)の負担が増加する。
  3. 現状では20歳代の医師は男女とも週平均80時間は働いているこれを欧米医師の平均労働時間である週50〜60時間にすること, ②上記1〜3で生じる不足を埋めること を考慮すると、医師の毎年の養成数を今より55%増やさねばならない。
  4. 医師の増加により医療費が増える」という『医師誘発需要説』が医療関係者や厚労省官僚の間で採用され、医学部定員増員等へ反対する論拠の一つとされていたが、1990年以降行われた実証実験で否定されている。また、人口当たりの医師数が少ない地域 で医師数を増やすと、一時は医療費の増加が起こりうるものの、一旦医師数が充足すると増加は頭打ちになる。

 このようなデータを紹介した上で、医学部定員増や医学部新設に反対した日本医師会や全国医学部長病院長会議(以下、『医学部長会議』で統一)の思惑は「商売敵が増えるのが嫌だから既得権益を守るため)」, 厚労省の思惑は「財務省と予算を巡る折衝を行うのが面倒だから」であると主張しています。

 

 なお、日本医師会や医学部長会議は既得権益を守るために医師数増加に反対している」との主張は上記の本に限ったことではありません。『医者ムラの真実』(榎木英介 著, ディスカヴァー携書 https://amzn.to/2Ub4Mecでは、医学部長会議・日本医師会が「一度医学部を新設すると、将来医師への需要が減ったとしても潰すことが出来ない。他方医学部の定員増だけなら、医師需要が減っても定員を調整すれば済む」と述べて医学部新設に反対した事について、「医学部長が医学部定員増に賛成しても、医学部新設に反対するのは、競合相手が出現し既得権益が犯されるからではないか」と考察。

 また、「将来医師が余る」という医師会・医学部長会議の主張については「あくまで、既に資格を有する者の言い分だ」と指摘。法科大学院新設後に新人弁護士の就職難が起きた問題に関して、「増えた弁護士が弁護士の不足する地域に就職したり、他分野出身の者が弁護士になる事で弁護士のレベルが上がったので、国民は困っていない(困ったのは弁護士という集団だけ)」という意見を紹介した上で、「医師がワーキングプアになるくらい増えても、国民はあまり困らないかもしれない。過疎地や人手の少ない診療科に行ってくれるかもしれない」と述べています。更に、医師会らが医学部新設に反対した根拠の一つとして「学力の低い学生が入学し、そのまま医師になると診療の質が低下する」という主張を掲げている事に関して「現役医師の学力・医学的知識は果たして大丈夫か。そこまで言うのならば、医師免許更新制度を導入すべきなのだが、多くの医師は反対している」と述べ、ここにも既得権益意識の存在を指摘しています。

 その一方で榎木英介氏は医療を提供する態勢(システム)の問題も指摘しています。日本国民は長らく「早い・安い・旨い」の3条件を満たすことをあらゆるサービスに求めてきた訳ですが、特に医療分野では、この3者を並立する事が困難となってきています。少子高齢化によって、「医療の需要の増加」と「医療の供給量の不足(若手の絶対数が高度経済成長期等と比べると少ない)」が生じているからです。これから日本国民は、医療に求める3要素『早い(「コンビニ受診」と揶揄される程に敷居の低い医療機関 ー 特に病院 ー の受診)』, 『安い』, 『旨い(受ける医療のクオリティ)』のうち、どれを重要視するか(或いは、敢えて削るか)の選択を求められているのです。

 

 他に、Twitter等を見ていると医師不足・診療科偏在問題と医療費問題に関して、より突っ込んだ内容のデータや議論を紹介している専門家の方もいらっしゃいますし、その方の見解等も紹介したかったのですが、長文となるので今回は割愛します。

 何れにせよ、現状の日本の医療に言える事は、

  1. 少子高齢化の影響で医療需要が増加するため、医療スタッフを補充しなければ、救急車たらい回しといった形で一般市民に悪影響が出る他、医療スタッフも過労による燃え尽き・疾病の罹患という形で被害をモロに受けるだろう。
  2. 医師不足に関する議論では、特に医師会, 厚労省, 医学部長会議といった政府機関・有力団体の意思決定・主張は既得権益というバイアスを受けたものになりがちである。
  3. 「将来医師数が過剰になると云々」という主張は、あくまで医師という集団の都合である。
  4. 従来の日本の医療の長点とされた『安い』・『早い』・『旨い』のいずれかは、現状のシステムでは維持不能。3つのうちどれを最重要視し、どれを削るかをより議論せねばならない(それに伴い、正確なデータやエビデンス?の提示・開示も必要となる)。

の4点でしょう。