Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

東日本の某県に勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

本の紹介; 「失敗の本質ー日本軍の組織論的研究ー」

 早速、2件目の記事を書いてみたいと思います。この記事では、私の物の見方・社会に対する考え方に大きく影響を与えた, そして衝撃を与えた著作を紹介したいと思います。

『失敗の本質ー日本軍の組織論的研究ー』著: 戸部良一, 寺本義也ほか, 中公文庫

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 何だこの難しい本は?医療分野と関係ないだろ?と思った方もいるかもしれません。ネタバレは避けたいので、本の内容の詳細をここに書き連ねるのは止めますが、この本で指摘されている日本軍の失態(第2次世界大戦やノモンハン事件)の原因ー前線や大本営の判断ミス, 日本軍の組織運営の方針などーは現代に受け継がれ、それらが各種の社会問題を誘発しているように思えてならないのです。

 例えば、1939年に勃発したノモンハン事件の背景には中央(参謀本部)と関東軍の意思疎通の過程に齟齬があったのです。事件の発端は、ソ連の衛星国であった現在のモンゴル国(つまり、ソ連+モンゴル)と、満州国の間で国境線が未確定の区間があった事です。当時は日中戦争へ日本が突入した時期だったので、そんなタイミングに大国ソ連がバックについたモンゴル軍とのドンパチは避けたいはずです。ところが、関東軍と中央は、それを分かりつつ国境で武力衝突が起こってしまった場合の具体的な指針を決めていなかったのです。

 それが『悪夢』の始まりでした。ノモンハン事件の発生前に、まず前線にいる関東軍が「ソ連が(日本軍の主張する)国境線を超えて来たら徹底的に叩き潰す」という要綱を作成し、中央に報告しましたが特にこれといった返事がありませんでした。これを関東軍は「要綱が中央の承認を得た」と解釈してしまったのです。

 そして遂に1939年5月、武力衝突が発生。関東軍は上記要綱に基づく作戦を実行、ドンパチは加熱していきます。中央は「ソ連との国境紛争を拡大させたくない」と考えていましたが、明確な指示として関東軍に伝えられる事はありませんでした。そして関東軍は、中央の意図を分かっておきながら、同年6月に無断でソ連側への越境爆撃を計画。最終的に中央へこの情報は伝わったのですが、それは爆撃強行のわずか3日前だったのです。その後も中央と関東軍のすれ違いは続き、質・量共に勝るソ連軍を前に関東軍はひたすら損耗を繰り返します。そんな中であろうことか、8月には関東軍から中央への戦況報告も途絶えがちになり、中央は日独防共協定等外交問題で多忙になってノモンハンの処理がおざなりになっていったのです。最終的に、9月に関東軍が撤兵し日ソ外交部がモスクワで停戦協定を締結して自体は集結。開戦から終結まで、関東軍は死者7696名, 負傷者8647名, 行方不明者1021名を出しています。

 このように、中枢と下部組織の意思疎通が不徹底であった結果、情報共有等に支障を来たし重大な結果を招いたインシデントは現代日本でも起こっています。最近の事件で例を挙げるなら、自衛隊の日報問題でしょう。2017年2月に南スーダン派遣自衛隊の日報問題(「破棄」された文書が見つかった)を国会で追及した議員がイラクの日報も残っているか質問。当時の稲田防衛大臣が「廃棄されたので無い」と答弁。その後で、稲田氏は防衛省の職員に「イラクの日報はないのか」と質問したのですが、明確に再捜索する指示は出していません。防衛省幹部が「『探せ』という司令を受け取った」と独自に解釈したので再捜索が開始され、3月末にイラクの日報が発見されますが、発見されたという事実が今年になって初めて現在の防衛大臣である小野寺氏に伝わったというのです。

 上層部から下部組織への指示が曖昧。そして下部組織も、防衛省内外からの叱責・非難ーすなわち所属する機関内で生じる『不和』ーを避けたいが為に、不都合な事実を上層部に報告しない。この2者が相互作用してこのような結果を招いたのです。戦後73年とはいえ、似たようなミスを犯した防衛省自衛隊(前身は、まあ日本軍みたいなものでしょう)。防衛省に限らず、日本中の全ての行政機構や企業とかが教訓として肝に命じてくれれば良いのですが、どうなることやら。

 長文失礼しました。いかんせん初ブログで、伝わらない事も多いかもしれませんが、『失敗の本質』は示唆に富む本だと僕は考えています。興味ある方は、是非ご一読を。