Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

米国医学部における、性別・人種・性的嗜好による差別に関する研究

 今日は久々に論文の紹介です。今回紹介するのは"Assessment of the Prevalence of Medical Student Mistreatment by Sex, Race/Ethnicity, and Sexual Orientation" (KA. Hill, EA Samuels et. al., JAMA Intern Med. 2020;180(5):653-665)です。発表されたのは今年の2/24と半年以上前ですが、示唆に富む内容だったので敢えて紹介します。

 

(1) Introduction

 “Mistreatment”とは、差別, 傷害, 言語的暴力, 性的嫌がらせを内包する虐待行為のspectrumであり燃え尽き, うつ, アルコール乱用, 皮肉の増加, 医学部中退と関連している。これらの悪しきoutcomeは女性, 人種的マイノリティ, 性的マイノリティで特に懸念されている。

 1991年以来、アメリ医科大学連盟(Association of American Medical Colleges; AAMC卒業する医学生に対するアンケート(Graduation Questionnaire; GQを通じてmistreatmentを調査してきた。AAMCはGQのデータを毎年発表しているものの、データは集計としてのみ発表されており, 医学生の人口統計学的性状によってmistreatmentのprevalence(意味; 有病率, 流行, 普及度ほか)がどう異なるのかについてはほとんど分かっていない。

 過去のstudyでは医学生の性別, 人種, 性的嗜好に伴うmistreatmentについて報告されているが、小さいsample size or 低い回答率 or 1~3箇所程度の少ない場所で実施されたことで制限を受ける傾向があり、一般化することができない。本研究では、医学生の大規模な全国的な集団によって報告されたmistreatmentのprevalenceと種類を、性別, 人種, 性的嗜好別に調査した。

 

(2) Method

 本studyではAAMC-GQへの医学生の回答に対して後方視的なcohort studyを行った。AAMC-GQは、米国内の医学部全140校を卒業する医学生に毎年行われるアンケートである。AAMC-GQには生徒の人口統計学, 学歴, 財源, キャリアプランに関する質問も含まれている。またAAMC-GQにはnegative behaviorを評価する項目が含まれている。その事項は”general negative behavior”と, 性別・人種・性的嗜好に対する差別について質問している。

 2016, 2017年に行われたAAMC-GQへの学生の回答が集計された。人口統計学的変数, mistreatmentの種類, 及びprevalenceを把握する為に、記述的統計データが計算された。AAMCは回答と学生の性別・人種の自己申告を関連付けている。人種に関するデータが存在しない, もしくは 人種について「その他」としか回答していない学生は、人種による記述的統計と解析から除外された。また性的嗜好を回答しなかった学生も性的嗜好による統計学的統計と解析から除外された。

 人口統計学的変数には性別(男vs女), 人種(白人vsアジアvs underrepresented minority[URM] vs multiracial), 性的嗜好異性愛 vs レズビアン, ゲイorバイセクシャル[LGB])が含まれた。人種をアメリカンインディアン, アラスカ先住民, 黒人, アフリカ系アメリカ人, ヒスパニック, ラティーノ, スペイン系, ハワイ先住民 或いは 太平洋諸島の住民 と自己申告した学生がURMへ分類された。また複数の人種を自己申告した学生がmultiracialに分類された。

 AAMC-GQのnegative behavior及び差別に関する全ての回答選択肢には、4点満点のスケールが使用されている(never, once, occasionally, and frequently)。

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 AAMC-GQには様々なnegative behaviorについて尋ねる質問が含まれるものの、本studyの分析では学生の学習環境に最も悪影響を及ぼすと思われるものに焦点を当てた(Box)。8種類のmistreatmentのprevalence及び頻度は、学生の性別・人種・性的嗜好別に評価された。またそれぞれの学生について、この8種類のmistreatmentの総数が性別・人種・性的嗜好別に報告された。

 

(3) Results

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 最初のstudy集団は30,651名の回答を含んでいたが、mistreatmentに関する質問全てに回答しなかった3,147名(10.3%)が除外された。その結果、本studyでは27,504名の回答を含むこととなり、これは2016, 2017年に米国の医学部を卒業した38,160名のうち72.1%に当たる。本studyの人口統計学的性状をTable1に示す。

① Mistreatmentのprevalence

 全ての回答者のうち、35.4%が少なくとも1種類のmistreatmentを経験していた。最も多く報告されたmistreatmentの種類は公衆の面前での辱め(21.1%)であった。全学生のうち18.5%が性別に関する差別を, 8.8%が人種に関する差別を, 2.3%が性的嗜好に関する差別を経験したと報告した。

② 性別に関するmistreatment

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 多くの項目で、女性が男性よりも高いmistreatmentのprevalenceを報告した(Table2)。全体として、男性に比べてより多い割合の女性が、少なくとも1回のmistreatmentを報告していた(40.9% vs 25.2%. P<.001)。女性において公衆の面前での辱め(22.9% vs 19.5%, P<.001)や, 望まない性行為(6.8% vs 1.3%, P<.001)のprevalenceがより高いことが報告された。加えて、女性では、男性よりも性別に基づく差別の割合が高かった(28.2% vs 9.4%, P<.001)。

この差別には

  • 訓練or報酬の機会を性別に基づき拒否された(6.7% vs 4.7%, P<.001)
  • 性差別的な発言or名前で呼ばれた(24.3% vs 3.4%, P<.001)
  • 性別のみに基づき低い評価・成績を付けられた(6.8% vs 4.6%, P<.001)

ことが含まれる。更に、男性と比べて女性では2種類以上のmistreatmentを報告するpercentageが高かった(17.8% vs 7.0%, P<.001)。

③ 人種に関するmistreatment

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 白人学生に比べて、アジア, URM, multiracialの学生はより高率でmistreatment(それぞれ24.0%, 31.9%, 38.0%, 32.9%, P<.001), 及び 人種に基づく差別(それぞれ3.8%, 15.7%, 23.3%, 11.8%, P<.001)を報告した(Table3)。

この差別には

  • 訓練or報酬の機会を人種に基づき拒否されたこと(白人 1.5%, アジア4.4%, URM 7.3%, multiracial 3.6%; P<.001)
  • 人種的に攻撃的な発言or 名前で呼ばれたこと(白人 2.5%, アジア 12.9%, URM 18.9%, multiracial 9.6%; P<.001)
  • 人種のみに基づき低い評価・成績を付けられたこと(白人 0.7%, アジア 5.0%, URM 9.6%, multiracial 3.4%; P<.001)

が含まれている。更に、アジア・URM・multiracialの学生は、白人学生と比較するとより高いprevalenceで2種類以上のmistreatmentを受けたことを報告している。加えて、URMと人種差別の関連性が性別によって統計的に有意に異なることが判明した(P=.01)。URMの男性学生(19.2%), URMでない女性学生(7.8%), URMでない男性学生(6.8%)と比較すると、URMの女性学生が最も高率で人種差別を報告していた(26.5%)。

性的嗜好に関するmistreatment

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 5つのgeneral negative behaviorのうち3つに関して、LBGの学生が、異性愛の学生のそれよりも高いprevalenceを報告した(Table4)。全体として、異性愛の学生(23.6%)と比較するとLGB学生の43.5%がmistreatmentの経験を報告していた(P<.001)。異性愛の学生と比べて、より多くの比率のLBG学生が公衆の面前で辱め(27.1% vs 20.7%, P<.001)や, 望まない性行為を受けた(7.7% vs 3.7%, P<.001)加えて、LGB学生は異性愛の学生と比較すると、より高率に性的嗜好に基づく差別を受けたことを報告した(23.1% vs 1.0%, P<.001)

この差別には

  • 性的嗜好に基づき訓練 or報酬の機会を拒否されたこと(3.2% vs 0.3%, P<.001)
  • 性的嗜好に関連する攻撃的な発言or 名前で呼ばれたこと(21.8% vs 0.8%, P<.001)
  • Performanceよりも性的嗜好のみに基づいて評価・成績を付けられたこと(4.0% vs .03%, P<.001)

が含まれる。

 

 (4) Discussion

 この全国規模のstudyの知見には、医学生へのmistreatmentのprevalenceの高さだけでなく、学生の性別・人種・性的嗜好によってmistreatmentのprevalenceに差があることも含まれる。更に本studyの結果ではURMの女性において最も高い人種差別のprevalenceが報告され、URMと性別の間の悪しき相互作用を示唆した。過去の文献では、mistreatmentや差別への曝露と、学生の身体的・精神的健康状態の悪化, 成績の悪化, 学業へのやる気・持久の低下, の間の関連性が示されている。

 女性・URM・multiracial・LGBの医学生によって報告された不釣り合いなmistreatmentの負荷は危険であるが、これらの知見は複数のとりわけ有害な言動が医学部において依然多いことも示した。これらの報告された言動には、望まない性行為(女性の6.8%及びLBGの7.7%), バイアス・差別に基づく低い評価(女性の6.8%及びURMの9.6%), 性差別的or偏屈的な発言を受けた(女性の24.3%, URMの18.9%, LBGの21.8%)が含まれるが、これだけとは限らない。

 過去のstudyでは、学術的な賞の受賞, 業績評価の付け方, 昇進の速さ, 手当, National Institute of Health の資金提供, 差別の報告 が、人種と性別によって異なることが示されている。本studyは、全国の医学生という大規模sampleが経験したmistreatment及び差別について詳細とnuanceを提供することで、このトピックに関する知見を先行文献へ追加した。

 本studyで最も多く報告されたmistreatmentの中には、性別・人種・性的嗜好に基づく攻撃的な発言がある。偏屈的な発言は、標的となった人と側にいた人両方へ 抑うつ・恐怖・怒り・低い自尊心 及び 仕事への満足度の低さ, 生産性の低下, 仕事に関連した抑うつ, を含めたnegativeな結果を及ぼすことが示されている。偏屈的な発言には、組織的な士気を害し, 研究機関の多様性に関する試みを損ねる可能性がある。

 偏屈的な発言が特に医学部教員・監督するresidentによりなされた場合、負の役割形成(negative role modeling)を具現化してしまい、これは医学生における人種的バイアス, 反LBG・トランスジェンダー的なバイアスと関連性があることが示されている。この関連性は重大だ ー 人種的・性的マイノリティーは健康・医療outcomeに関してはかなりの格差を経験しており, これには医師のバイアスが主に寄与していることが分かっているからである。

 医学生により報告された懸念すべきnegativeな経験には、差別によって機会を逃したor 成績が低く付けられたこともある。小さな不利益は時間が経つに連れて蓄積し, 仕事上の栄達を妨げ得ることが研究によって示されている。この蓄積は、女性と人種的マイノリティが昇進, 学術的な賞・栄典を受ける可能性が、そのcounterpartsよりも低いことを部分的に説明できるかもしれない。

 

 なお、今回の和訳では"discussion"の一部だけ掲載しています(だって、これ以上和訳するのが面倒臭かったんだもん)。申し訳ありませんが、続きが気になる方はPubMed等で検索するようにお願いします。

 

 日本の病院・医学部という環境の場合、医学部入試における女子受験生への差別からも分かるように、医学部上層部にすら性差別を容認する風潮が依然残っています。それに加え、私の経験上、

1. 医学部における教員の学生に対する高圧的かつ一方的な抑圧(e.g. 学生の理解度を一切勘案しない講義, 精神的な理由で成績不振である学生に対する叱責)

2. 医学生の部活・サークルにおける暴力や同調圧力(e.g. 一気飲み強要, 部活イベントへの参加強要)

3. 病院における年功序列を利用した暴力(e.g. 上級医による暴言, 先輩看護師による後輩看護師・研修医への罵倒

といった感じに先輩-後輩関係/年功序列や, 所謂『体育会系』的風潮に基づいた暴力が未だに日本の医学部・医療現場に蔓延しています。これに加え、医療スタッフの生活保護受給者, 精神疾患患者, 自殺企図患者への偏見には根が深いものを感じずにはいられません(人種的マイノリティ/外国人への偏見・差別は言わずもがなでしょうか)。

 日本こそ、他者への偏見・差別や暴力・暴言に関して現状をもう一度確認し、それらが及ぼす悪影響を学術的に分析しつつも防止策を講ずるべきだと思います。