モルヌピラビルの臨床試験
こんばんは。現役救急医です。去る12/24に、日本でもCOVID-19の新規内服薬『モルヌピラビル』(ラゲブリオ®︎)が承認されました。
「モルヌピラビル」 新型コロナの飲み薬として正式に承認 | 新型コロナウイルス | NHKニュース
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今年12/16にNew England Journal of Medicineに、同薬剤の臨床試験の結果が掲載されていたようなので、今回はそれを紹介してみます(DOI: 10.1056/NEJMoa2116044)。重要そうな部分だけ抜粋し, 翻訳も自己流の意訳があったりしますがご了承下さい。
(1) Introduction
数種類のコロナワクチンは、入院・死亡の発生率を減少させる効果が高いことが既に判明しているものの、ワクチン接種率は依然低いままである。COVID-19病勢進行のリスクを減らす抗ウイルス療法が必要である。
モルヌピラビルは、N-hydroxycytidine(NHC)の小分子ribonucleosideプロドラッグである。
①同薬剤を経口投与後、NHCは全身へ循環し, 細胞内でリン酸化されてNHC三リン酸となる。
②NHC三リン酸はウイルスのRNAポリメラーゼによりウイルスのRNAに組み込まれると、
③ウイルスの自己複製の過程で、ウイルスのポリメラーゼはguanosineないしadenosineのいずれかを誤って組み込んでしまう。
④これによりウイルスのゲノムにエラーが蓄積され、最終的にウイルスは感染性を失い, 自己複製不能となる。
モルヌピラビルはSARS-CoV-2とその他RNAウイルスに対して活性を有し, ウイルスの耐性獲得が生じにくい。
モルヌピラビルは第1相, 第2相臨床試験で評価された。第2相試験の解析結果より、800mgの用量が更なる検証を受けることになった。
(2) Method
① Trial Design
MOVe-OUtとは、入院していないCOVID-19へのモルヌピラビルの安全性と有効性を評価する第2・3相, 二重盲検化, parallel-group, ランダム化プラセボコントロール臨床試験であり、第3相試験は2021年5/6に開始された。
事前に計画された中間解析(目標とする「1,550名の参加者中50%が29日目[=2021年9/10]までフォローされた」時点で実施)の結果、独立データ監視委員会は、参加者の採用の早期中止を勧告した。最後の参加者の登録は2021年10/2に行われ, 29日目の訪問は同年11/4に完了した。
参加者はモルヌピラビル投与群, ないし プラセボへ1:1の比で割り振られ、これら薬剤は1日2回5日間経口投与された。
解熱鎮痛薬, 抗炎症薬, ステロイド または これらの組み合わせによる標準的治療を容認されたが、モノクローナル抗体・レムデシビルを含むCOVID-19の特異的治療は29日目まで禁止された。
② PICO
1. Participants
軽症ないし中等症のCOVID-19で, 入院していない成人が参加登録可能とされた。ランダム化時の主要な参加登録可能基準は、
であった。
※ここで言うCOVID-19重症化リスク因子とは、以下の通り。
- 60歳超
- 活動性の癌("active cancer")
- 慢性腎臓病
- 慢性閉塞性肺疾患
- Body-mass index(BMI)≧30の肥満
- 重篤な心疾患(心不全, 冠動脈疾患 または 心筋症)
- 糖尿病
主要除外基準は、
- 次の48時間以内でCOVID-19による入院が予想される
- 透析使用中 または 糸球体濾過量<30mL/分/1.73m2
- 妊娠中
- 薬剤投与期間中と, 投与終了後4日間に避妊をする意図が無い
- 絶対的好中球数<500/mL
- 血小板数<100,000/μL
- コロナワクチン接種済み
であった。
2. Intervention(介入群): モルヌピラビル200 mgカプセル4個(合計800mg)を1日2回5日間経口投与。
3. Comparison(対照群): プラセボを1日2回5日間経口投与。
4. Outcome
1) Primary efficacy end point
Modified intention-to-treat population(少なくとも1回以上モルヌピラビルorプラセボを投与され, 1回目投与前に入院していない, ランダム化を受けた全参加者)における、29日目までの入院発生数, もしくは 死亡。
2) Primary safery end point
有害事象の発生数。Safety outcomeは、ランダム化を受け, 尚且つ モルヌピラビルorプラセボを少なくとも1回以上投与された参加者全員から構成されるsafety populationで評価された。
3) Secondary efficacy end point
"WHO 11-point Clinical Progression Scale", 及び 患者が自己申告したCOVID-19の症候に基づいて、29日までの症状が評価された。
③ 統計学的解析
モルヌピラビルとプラセボを比較する仮説による評価は、primary end pointに合致する参加者の割合の差([モルヌピラビル群の割合] - [プラセボ群の割合])により評価した。
事前に設定した中間解析は、1,550名の参加者の50%が29日目までフォローされた時点で行うことが計画された。この解析は、primary end pointに基づいて行われた。中間解析の際には、早期の有効性を証明するのにone-sided P値<0.0092が必要だった。
(3) Result
中間解析には775名が含まれた。最終的な全ランダム化解析("all-randomized analysis")サンプルには合計1,433名が含まれた(Fig. 1)。性別以外のbaselineの人口統計学的・臨床的特徴は、中間解析, 及び 全ランダム化解析において両群で概ね同等だった。女性は介入群により多くランダムに割り振られ, この不均衡は全ランダム化サンプルよりも中間解析サンプルで大きかった。
- COVID-19重症度: 44.5%が中等症
- 最も多いCOVID-19重症化危険因子: 肥満: 73.7%, 60歳超: 17.2%, 糖尿病: 15.9%
- BaselineでSARS-CoV-2 nucleocapsid抗体(=直近 or 昔の感染を示す): 19.8%で陽性
Baselineのウイルス配列情報が不明であった参加者は、中間解析サンプルで25.9%, 全ランダム化サンプルで44.7%だった。ランダム化を受けて, 尚且つ 配列情報が分かっている参加者において最も多いSARS-CoV-2変異株は、デルタ株: 58.1%, ミュー株: 20.5%, ガンマ株: 10.7%だった。参加者のほぼ全員がmodified intention-to-treat populationに含まれた(Fig. 1)。
Modified intention-to-treat populationにおける29日目時点での入院or死亡した人の割合は、
- 介入群: 7.3%(28名/385名)
- 対照群: 14.1%(53名/377名)
- 治療の差: 6.8 percentage point(95%信頼区間[CI; confidence interval] -11.3~-2.4; P=0.001)
であり、中間解析の時点で、事前に設定した優越性の基準を満たした。全ランダム化・modified intention-to-treat populationにおける29日目までの入院or死亡のリスクは、
- 介入群: 6.8%(48名/709名)
- 対照群: 9.7%(68名/699名)
- リスク差: 3.0 percentage point(95%CI -5.9~-0.1)
であり、介入群(=モルヌピラビル投与群)でリスクが低かった。性別により調整したpost hoc analysisでも、primary analysisに矛盾しない結果が出た。時間-イベント解析の結果もprimary analysisの結果に矛盾しなかった; 29日目までの入院or死亡率は、プラセボと比べてモルヌピラビルで約31%低かった(hazard ratio: 0.69; 95%CI 0.48~1.01) (Fig. 2)。
死亡例は、
- 介入群: 1名(29日間の死亡率: 0.1%)
- 対照群: 9名(29日間の死亡率: 1.3%)
であり、死亡リスクはプラセボよりもモルヌピラビルで89%(95%CI 14~99)低かった。大半のsubgroupにおいて入院or死亡した参加者の割合はプラセボよりもモルヌピラビルで低かったものの、関連する信頼区間は、こうした効果の程度に顕著な不確定性を示している(Fig. 3)。29日目までの入院 or 死亡リスクの差に関する点推定がモルヌピラビルよりもプラセボを優位とするものは、
- BaselineでSARS-CoV-2 nucleocapsid抗体陽性だった患者
- Baselineで糖尿病ありの患者
- Baselineのウイルス量が少量だった患者
- アジア系, 黒人, Native Amarican, or 黒人・Native American・白人の混血の患者
- アジア太平洋地域で参加登録した患者
だった; 特にこれらsubgroupのうちいくつかはサンプルサイズが小さいため、95%CIは全て0を含んでおり, 範囲が広いものも複数あった。
WHO Clinical Progression Scaleを基にすると、5日目までに改善を示した参加者の割合は対照群よりも介入群で多かった。
有害事象が1個以上発症した参加者の割合は2群間で同等だった。
- 介入群: 30.40%
- 対照群: 33.0%
治療(プラセボ或いはモルヌピラビル)内容に関連していると考えられた有害事象の割合も同等だった。
- 介入群: 8.0%
- 対照群: 8.4%
有害事象による死亡はいずれも、治療内容に関係しているとは考えられなかった。有害事象による死亡は、対照群と比べて介入群で少なかった。
最も多く報告された有害事象は、
- COVID-19肺炎: 介入群: 6.3%, 対照群: 9.6%
- 下痢: 介入群: 2.3%, 対照群: 3.0%
- 細菌性肺炎: 介入群: 2.0%, 対照群: 1.6%
であり、COVID-19悪化は介入群の7.9%, 対照群の9.8%で報告された。治療内容に関連している有害事象で最も多く報告されたものは、
- 下痢: 介入群: 1.7%, 対照群: 2.1%
- 吐き気: 介入群: 1.4%, 対照群: 0.7%
- めまい: 介入群: 1.0%, 対照群: 0.7%
だった。
(4) Discussion
MOVe-OUTの第3相臨床試験由来のデータは、発症から5日以内に開始したモルヌピラビルが29日目までの入院 or 死亡リスクを減らすことを減らすことを示した。同様の集団へのモノクローナル抗体両方を評価した臨床試験では、プラセボ群における入院or死亡の発生率は約3~7%と報告されている。それに対し、MOVe-OUT第3相試験での発生率は中間解析で14%, 全ランダム化解析で10%であり、MOVe-OUTの参加者は病勢進行のリスクが高かったことが示された。29日目の入院 or 死亡率は、プラセボよりもモルヌピラビルで中間解析で6.8%, 全ランダム化解析で3.0%低く、こうした改善は改善, 医療システム, 公衆衛生にとって有意義である可能性がある。モルヌピラビル療法の有効性は、デルタ株・ガンマ株・ミュー株感染者を含む多くのsubgroupで一致していた。SARS-CoV-2既感染の証拠がある患者, baselineのウイルス量が少ない患者, 糖尿病患者を含む複数のsubgroupで、モルヌピラビルはプラセボよりも良好な転帰を示さなかった; 全例で推定リスク差の95%信頼区間は0を含んでいた。Secondary end pointも、モルヌピラビルの効果がプラセボを上回っていることを示した。モルヌピラビルに関する安全上の懸念は認められず, また検査で臨床的に意味のある以上のパターンの証拠も無かった。
中間解析と比べると、治療の差の点推定はランダム化された参加者全員を対象とした解析で低値だった。中間解析サンプルと比較して、全ランダム化サンプルではモルヌピラビル群の入院or死亡率は同等であるが, プラセボ群では低下していた。こうした差の原因は不明だが、解析サンプル間の不均衡, COVID-19パンデミックの疫学の変化, 参加登録した参加者間の地域的多様性といった因子が寄与した可能性がある。