Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

令和に持ち越したくない、医療界の欠陥

 5/1、新天皇が即位し、令和元年がスタートしました。但し、変わったのは年号だけであって、世界や日本の何かが劇的に良くなるという保証はありません。それは医療だって同じ。元号が変わっても、旧態依然であれば医学部女子受験生への不当な足切りや、医療スタッフの過重労働, 医師の偏在/不足等はいつまで経っても改善しません。

 そうゆう訳で、今回は令和に持ち越したくない(ここ約10年のスパンで廃止・改善したい)医療界の欠陥を挙げてみたいと思います。

①色々な意味で付き合いにくい指導医(上級医)

 初期研修医時代、私は様々な診療科を回りましたが、一番苦心したものの一つが、指導医との付き合い方でした。もちろん分かりやすく, 尚且つ温和に教えてくれる上級医も居ましたが、中には「何だこの人」と首を傾げたくなったり、酷い時は「もうコイツとは顔を合わせたくない!」と思うような人すら居ました。以下、私が実際に体験した実例を挙げます。

1. 後輩や看護師に当たり散らす(そのクセ自分は…)

 麻酔科を回っていた時、何度か変な上級医に当たりました。卒後9年くらいの人なのですが、麻酔の導入時, そして維持の段階ですら明らかに動揺しており、そのイライラを後輩である私にぶつけて来るのです。例えば、麻酔に関する知識を執拗に口頭試問してきて、少しでも私が回答に詰まる様子があると「先生何も分かってないね」などと否定的なコメントを並べ立てました。そのクセ、様子を見に来た学年的に上の指導医からは、自分の行なっている処置等について間違い・勘違い等を多々指摘されており、初心者同然の私ですら「この人、結構不勉強なんだなー」と察してしまうくらいの人だったのです。

 他にも、些細な事で感情的になり怒鳴り散らす外科系診療科の医師(看護師らは萎縮して相談しにくくなる)を見かけた事がありますが、そのような人は大抵、知識や処理能力, 優先順位をつける能力などが欠如しており、より上の上級医から注意/批判されることも多いのです。こうしたフラストレーションを目下の者にぶつけて回るので、迷惑極まりないのです。

2. 研修医や他科のコンサルトを蹴る(「うちじゃない」と言う)

 研修医時代、救急科に限らず他の診療科でも目にしました。もちろん、救急医になった今日でも経験しています。自分の専門領域なのに、まともに診ようとすらしない。他の診療科に押し付ける。こんなので後輩に示しがつく訳がありません。

3. 無愛想

 相談などを受けて、話を聞きに来たり, 診察に来てくれるのは良いのですが、明らかにイライラしていたり、ぶっきらぼうに対応されると、相談した側(研修医, 他科の医師, 看護師)の心証は劇的に悪化します。

4.不勉強

 卒後10年以上は過ぎている他科の医師でも、明らかに状態が不安定な患者の覚知や,迅速な対応が十分に出来ていないケースを何回も目にしました。また、救急科に重症患者を引き受けてもらったとしても、救急科の管理から学んで次回に生かそうとすらせず、以後救急科に100%丸投げにする他科の医師も何回も目にしました。そんな人たちに指導医を名乗る資格があるのでしょうか。示しがついていません。

 今の日本の医局を中心とした制度では、人事は年功序列が優先事項(能力や人格は一応考慮されますが)であり、専門医と指導医の資格は大抵の場合、所属学会の総会・地方会や何らかの講習会に出席し、学会の会費を収めてさえいれば維持出来ます。指導医の数はもちろんのこと、質を確保しなければ若手の育成が効果的に出来ません。海外や他地域からの洗練された研修システムの導入も必要だと私は考えています。

②医療スタッフの過重労働(と精神主義

 日本人は、アジア太平洋戦争時代の悪弊である精神主義を21世紀にまで持ち越しており、不眠不休の勤労が分野・年齢・性別を問わず賞賛されます。しかし実態は、過重労働による燃え尽きが 1.心血管疾患リスクの上昇, 2.うつや自殺, のみならず、3.医療事故の増加, 4.プロフェッショナリズムの低下, 5.4による治療の質の低下(治療ガイドラインを無視する, 誠実さの低下etc.)とも関連していることがデータで示されています。

 そのため、労働時間が長期化しがちで体力的にもキツめな外科系(特に心臓血管外科, 脳神経外科, 腹部外科など)や小児科, 産科, 救急科, 循環器内科は忌避され、精神科, 皮膚科, 眼科, 放射線科などオフの時間が確実に持てる診療科に、初期研修を終えた若手が殺到するような状況となってしまったのです。また、長期の過重労働に疲れたベテラン・中堅の医師が地域の中核病院を辞めて開業する事例も多々あります。過重労働(とそれを正当化する精神主義)こそ、医師の偏在や人材流出の一因なのです。

voiceofer.hatenablog.com

③診療科間で均一な給与体系

 米国では、診療科によって給与が違います。以下、Twitterで見つけた一例を示します(勝手に引用してしまい、申し訳ありません)。

なお脳神経外科は7,300万,  心臓外科は6,600万なのだそうです。1.高度な技術/専門性が必要な診療科(形成外科, 整形外科)や、 2.(専門性に加えて)体力的に負荷のかかる診療科(循環器内科, 脳神経外科, 心臓血管外科) の報酬が高めに設定されているようなのです。

 現状の日本では、循環器内科, 形成外科, 皮膚科, 脳神経外科, 放射線科etc.と分野を問わず給与は同じです。その状態で、体力的にキツい・超過勤務になりがち等の『負の要素』がある診療科よりも、よりQOLが保証される診療科に皆の足が向くのは必然でしょう。人手が足りない, 体力的・精神的に負荷のかかる診療科の給与をかなり底上げし、残業手当も十分支給する(そして、休養の時間も保証する)といった対策こそ必要では無いでしょうか。

④医療スタッフの不足

 ②の原因の一つが、医療スタッフの数の不足でしょう。少子高齢化の影響で医療需要が増大し続ける一方、現役世代は減り続け高度経済成長経済ほどの労働力は期待できないでしょう。現状放置のままでは、医療現場に過重労働が蔓延し、燃え尽きによる離職や医療事故の増加, 救急車のたらい回しといった問題が尚更悪化し兼ねません。医学部・看護学部等の定員増加・新設に限らず、近年話題の外国人材の登用も進めて良いのではないでしょうか。

⑤医師に集中する権限

 以前も本ブログで述べましたが、医師の業務の中には、雑多な書類の記載のような医療スタッフでなくてもできるような作業が含まれます。これをこなす専門の事務職員を増やすか、最近流行りのAiを利用すべきです。

 また、米国のように薬剤の処方や処置といった業務の一部を、看護師や'physician assistant'といった他の医療スタッフに権限委譲するシステムも有用だと思います。業務を分散させることで、全ての医療スタッフの負担を軽減させるのです。

⑥主治医制

 私のざっくりとした解釈ですが、「一回初診を担当した患者は、入院中の管理, 及び退院後のフォローアップも1人の医師が担当すべき」と言うのが主治医制です。経過や治療方針全てを把握しているのが主治医一人なので、たとえその主治医が非番で自宅等でオフを満喫していても、急変すれば呼び出され対応せざるを得なくなるのです。

 これではプライベートの時間を奪われ、長時間労働に繋がることから、むしろ複数主治医制(2人超の医師が経過・診断・治療方針等を共有する)にして負担を分散すべきです。

⑦最後に ー 長期的視野の欠落した指導部

 上記①~⑥のような欠陥を修正するどころか、現場のニーズを拾い上げる努力を怠り、尚且つ既得権益のような短期的な損得勘定, 主治医制・医局制度といった従来通りのやり方に固執しながら意思決定を下している人たちがいます。日本医師会(開業医の発言力が大きい圧力団体), 全国医学部病院長会議(医学部首脳部の集まり), そして彼らに忖度する厚労省族議員です。

 「米軍に対して勝算があるか分からない」と昭和天皇に報告しつつ、真珠湾攻撃・対米宣戦布告に踏み切り、奇襲攻撃といった短期決戦の戦術によって米国との戦争をなんとか乗り切ろうとしたアジア太平洋戦争当時の日本政府と思考回路はほぼ変わりません。

 我々医療スタッフ及び有権者が抗議と怨嗟の声を上げ、圧力を加えることで彼らの意識や方針, 意思決定を変更させなければなりません。

 

 いかがでしょうか。一部愚痴みたいな内容になってしまい大変恐縮でありますが、これが私の日本の医療の将来に対して抱いている考えです。

 「いやこれも加えてくれ!」等ありましたら、遠慮なくお申し付け下さい。

平成という時代。

  今日17時、天皇皇后両陛下は退位礼正殿の儀に出席され、正式に退位されました。明日午前0時から、新しい元号『令和』になり、現皇太子殿下が新しい天皇になります。

  平成という時代は私が生まれ、成長した時代でした。物心がついたくらいの時期に阪神大震災オウム真理教サリン事件が発生したそうですが、私の記憶にはありません。

  私の記憶に残っているニュースで一番古い物は、米国を中心とした多国籍軍によるコソボ紛争への介入です。爆撃の映像や、巻き込まれた民間人の写真は、当時の幼心に強い衝撃を残しました。

  次に衝撃を受けたニュースは2011年9/11の米国同時多発テロです。航空機が高層ビルに突っ込んで火を吹き、最後は崩壊する様も衝撃的でした。その後、米軍がアフガニスタンに侵攻し、やがてイラク侵攻に移り泥沼にはまっていく様を、10代の私は強い関心を持って見ていました。

  当時まだ純粋(?)だった私はこう考えていました。「なんで大人どもは殺し合いばかりやっているんだ!」

  そんな中、私はあるNGOの存在を知ります。『国境なき医師団』です。インフラが機能せず、資源も限られた環境に入り、戦争や災害に苦しむ人々に手を差し伸べる医療スタッフたち。当時の私には(今でもですが)、そのような人らが、国会で堂々巡り(?)の議論やヤジの飛ばし合い, 失言等やっているような大人たちの何万倍も立派に見えたのです。そして、これが私が医師を目指した原点でした。

 「クソみてえな世の中で、クソみたいな人間も沢山いる。でも、医療を通じて目の前の患者さんに分け隔て無く手を差し伸べたり、医療を通じて見えた様々な問題点を啓発すれば、少しは世の中をマシに出来るかもしれない」

徳川家康の掲げたスローガン『欣求浄土 厭離穢土』にそっくりな思考回路ですが、これが今でも私の座右の銘(?)です。

  平成よ、私を育ててくれてありがとう!令和の世で『欣求浄土 厭離穢土』を実現してやるぜ!!(笑)

【医療関係者向け】抗菌薬についてざっとまとめてみた(6)最終回

 抗菌薬シリーズも、長編となってしまいましたが最終回となりました。最後はST合剤とリファンピシン, ホスホマイシンを扱います。

(15)ST合剤(スルファメトキサゾール・トリメトプリム)

①薬物動態

 消化管からの吸収が非常に良好。各臓器, 脳脊髄液を含む体液への以降が良好。また胎盤を通過して羊水, 胎児血液中にも分布。

 腎臓から排泄されるので、腎機能障害では投与量調節が必要。

スペクトラム

 総論的に言うと、以下のようになる。

  • 多くのグラム陽性球菌, グラム陰性桿菌(アミノグリコシド系, 第3・4世代セフェム系が無効な時にも効果あり)
  • 原虫:  例; Isospora belli, Cyclospora(いずれも消化器感染症の原因微生物)
  • Pneumocystis jirovecii

 なお臨床的には次のような病原体に第1選択となる。

  • Burkholderia capacia; 類鼻疽の原因微生物。カルバペネム系やドキシサイクリンと併用する。
  • Stenotrophomonas maltophilia
  • Nocardia
  • Pneunocystis jirovecii; ニューモシスチス肺炎の原因となる真菌
  • Yersinia enterocolitica; 消化器感染症
  • Aeromonas; 消化器感染症

(16)リファマイシン系 ー リファンピシン

①薬物動態

 1日1回の服用で良く、食事によって吸収が阻害されるので、食前1時間ないし食後2時間で服用する。経口投与した場合、生体利用率は高い。

 各組織・体液における濃度は血中濃度に近い値(場合によっては血中濃度以上)が得られる。

 肝臓で主に代謝され、胆汁中に排出される。重篤な肝障害があると半減期が延長する。

 リファンピシンは腎機能障害の場合でも投与量調節は不要だが、リファブチンクレアチニンリアランス30mL/分以下の場合投与量を50%に減らす必要がある。

スペクトラム

 主にグラム陽性球菌と抗酸菌に有効。

1.グラム陽性球菌感染症への適応

2.抗酸菌への適応

 結核治療の根幹。結核菌暴露後の予防投与にも使用される。なおHIV患者の場合、プロテアーゼ阻害薬等と相互作用が懸念されるため、リファブチンを選択する

 

(17)ホスホマイシン

スペクトラム

 以下の病原体に有効。単純性膀胱炎/尿路感染症に用いる。

 

 これで最終回です。なお、抗結核薬は性質が異なる上、私の専門とは言い難い(?)ので今回は割愛しました。ごめんなさい。また、今回は『レジデントのための感染症診療マニュアル 第3版』(青木眞 著, 医学書院)を参考にしており、ここに書いた内容はその本の記載のごく一部に過ぎません。

 如何だったでしょうか。このブログが、学生・研修医の皆さんの参考になれれば幸いです。

大学病院・医局は監督者として適格なのか

 今回は、抗菌薬シリーズの最終回を延期し、別の話題を取り上げます。

 以前の投稿でも取り上げましたが、私の3月までの勤務先の病院には消化器内科医が1名しかおらず、しかも持病のため内視鏡検査・治療ができず、入院患者(せいぜい3~4名が限度)の診療と外来診療, 月2回程度の当直をやっとこなしている状況です。大学病院の消化器内科は、医局バイトで医師を1名寄越しますが、日中の外来と内視鏡検査・治療が終わると17時頃まで(早ければ昼頃)に引き上げます。大学病院は常勤医を寄越さないのです。従って、その病院では夜間・土日・祝日に、入院患者が消化管出血(消化器疾患で緊急に治療を要する病態は他にもありますが、私の経験上一番多いのはこれ)を来たしても、院内で緊急内視鏡が出来ず、他の施設に転院させるしかないのです。「他の施設」には地理的に近い大学病院も含まれるのですが、「まず市中病院を当たって欲しい」と言われ交渉した結果、大学病院よりは地理的に遠い市中病院まではるばる転院搬送した事すらありました。

大学病院・医局制度は地域に貢献しているのか - Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

 また、かなり前に私が大学病院で経験した事例ですが、市中病院で対応しきれない重症急性膵炎の患者が転院搬送された際、消化器内科は入院管理を救急科に全て任せきりにして、最終的に回診にすら来なくなり、状態安定後の転院交渉も救急科がやっていたということがありました。「重症管理がうちだけじゃ難しい」と救急科に助けを求める事自体、私はありだと思うし、そういった状態に介入してあげるのは一種のプロフェッショナリズムだと私は思います。しかし、本来自分の専門領域である疾患・患者を100%他科に丸投げし、「救急科がやっている重症管理から学んで、次回に生かそうとする」, 「自分たちの専門的知識/スキルを、治療方針の共有/ディスカッションといった形で共有する」といった姿勢の欠如に、『無責任さ』どころかプロフェッショナルとしての『誇り』の欠如すら感じました。

 このように、私が他科・自科や大学病院・その他の病院の事例を見聞きして不満を感じた事例は他にもいくつかはありますが、一つ共通して私が言いたい事は、「監督者は何をしているのか?」という事です。

 臨床研修制度の開始等で多少の情勢の変化はありますが、今日、日本の各都道府県でその地域の医師の養成と配置の方針を決定しているのは実質上、大学病院・医局です。これらのトップはそれぞれ病院長(場合により総長/学長/理事長), 教授/医学部長です。私の勤務している地域に限らず、医師の不足や若手の流出, 診療科間・施設間の連携不足が生じているところは日本中どこにあっても不思議ではありません。しかし、私の今居る大学病院を含め、誰かしら引責し辞任や降格, 罷免等した人は居ますか?私の知る限り、そのような事例は聞いたことがありません。

 政治家は(あくまで議会民主主義が機能している国の話ですが)失策を講じたりすれば、世論・マスコミの批判や選挙での敗北によって辞任・退陣します。Jリーグプレミアリーグ等のプロサッカーチームの監督は、成績不振が続けば解任されます。現状の日本の医局制度は、それらに比べると例外的な存在なのです。

 「今の若いのは…」と嘆いたり、医師修学資金・地域枠等の長期的ビジョン無き間に合わせの朝令暮改を講ずるよりは、地域医療を監督する側(大学病院・医局)の指導能力を今一度問い直した方がいいと思うのは私だけでしょうか。

地域枠の義務を拒否する研修医たち - Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

呆れた『地域医療支援』の実態 - Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

もはや、地域医療を医局に任せてはおけない - Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

厚労省案「医師の残業時間は年間2000時間までOK」の影響を考察する - Voice of ER ー若輩救急医の呟きー