Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

肝シトクロームP450と抗血小板薬

 みなさんおはようございます。現役救急医です。神経内科・脳外科・循環器内科領域では特に、抗凝固薬のみならず, 抗血小板薬が処方される機会が多いのです。この抗血小板薬には抗血小板薬には様々なものがあり、人によっては十分効果が発揮されない場合もあるようです。今日は、抗血小板薬による脳梗塞再発予防に関連した臨床試験の論文(Wang Y. et al. N Engl J Med. 2021;385:2520-30)を紹介してみます。和訳が雑だったり, 面倒and/or難解なので飛ばしている箇所もあると思いますがご了承下さい。

 

(1) 背景

 急性期脳梗塞ないし一過性脳虚血発作(TIA; transient ischemic attack)の患者では、3ヶ月以内の脳梗塞再発リスクは約5~10%と言われている。軽症脳梗塞またはTIA患者において、クロピドグレルアスピリン併用療法は、アスピリン単独よりも再発イベント抑制の効果が高いということが示されている。しかしクロピドグレルは、肝シトクロームp450(CYP; cytochrome p450)によって活性を有する代謝産物に変換される必要がある。CYP2C19機能喪失対立遺伝子を持つ人(白人の35%, アジア人の60%)では、脳卒中の2次予防にクロピドグレルの効果が乏しいことが分かっている。

 チカグレロル(ticagrelor)は、血小板P2Y12受容体を直接拮抗する可逆性経口antagonistであり, 代謝による活性化を必要としない。チカグレロルはクロピドグレルと同等, ないし それを超える血小板凝集抑制能力を有している可能性がある。事実、チカグレロル・アスピリン併用は、急性の軽症〜中等症脳梗塞ないしハイリスクTIA患者において、脳卒中または死亡のリスク低減効果がアスピリンに優っていることが示されている。軽症脳梗塞orTIA患者にて、クロピドグレル・アスピリンを併用された患者は、チカグレロル・アスピリン併用患者よりも血小板の反応性が低く, 特にCYP2C19機能喪失対立遺伝子保有者でこの傾向が顕著であった。'CHANCE-2'臨床試験では、「CYP2C19機能喪失対立遺伝子を持つ軽症脳梗塞 or TIA患者にて、チカグレロル・アスピリン併用がクロピドグレル・アスピリン併用に対し脳梗塞再発リスク減少という点で優っている」という仮説を検証する為に設計されている。

 

 

(2) 方法

① Trial design

 これは中国の202施設で実施された、研究者主導・多施設型ランダム化・二重盲検化・プラセボ対照試験である。

 

② 参加者について

  • CYP2C19機能喪失対立遺伝子を持っている
  • 40歳以上
  • NIHSS(National Institute of Health Stroke Scale)3点以下の脳梗塞, ないし ABCD2スコア4点以上のTIAのいずれかである
  • 最後に通常通りであると申告されてから24時間以内に治験薬開始が可能である

という条件を全て満たす患者が参加登録可能となった。一方、以下のいずれかに該当する患者は除外された。

  • 静注抗線溶療法または機械的血栓回収術を実施した
  • 治験薬を中止する必要のある手術または放射線科的治療("interventional treatment"; 経カテーテル的治療やCTガイド下生検のようなもの?)
  • modified Rankin scale 3~5点
  • アミロイドアンギオパシーないし脳出血の既往あり
  • ランダム化72時間以内に抗血小板薬2剤併用
  • ヘパリンないし経口抗凝固薬で治療中
  • チカグレロル, クロピドグレル, アスピリンのいずれかの禁忌に該当

 被験者から同意を得た直後に迅速遺伝子typingが行われた。患者は遺伝子解析結果によって、"poor metabolizer"(代謝不良), "intermediate metabolizer"(中程度代謝), (CYP2C19の)"loss-of-function carriters"(機能喪失)へと分類され、機能喪失を持つ患者が臨床試験へ参加登録された。

注釈1:  NIHSSは0~42点の範囲で脳卒中の重症度を示し、高いほど重症である。

注釈2:  ABCD2は0~7点の範囲で脳梗塞発祥リスクを示し、高いほどハイリスクである。年齢, 血圧, 臨床症状, TIA症状持続時間, 糖尿病の有無の5項目で評価する。

注釈3:  modified Rankin scaleは0~6点の範囲で身体障害の程度を示し、0~1は「障害なし」, 2~5では「障害の程度が悪化」, 6点は「死亡」

 

② 治療の内容

 発症から24時間以内に、参加登録可能基準を満たす患者は、1:1の比でチカグレロルアスピリン投与クロピドグレルアスピリン投与にランダムに割り振られた。

 1. チカグレロル群:  第1日にクロピドグレルのプラセボ+チカグレロル180mg loading doseを投与。2日目〜90日目まではチカグレロル90mg1日2回を投与。

 2. クロピドグレル群:  第1日にチカグレロルのプラセボ+クロピドグレル300 mg loading doseを投与。2日目〜90日目まではクロピドグレル75 mg/day継続。

また両群の患者へ、アスピリン投与(loading dose: 75~300 mg, その後21日間は75 mg/day投与)が行われた。3ヶ月間の治療後、患者は地域ごとの標準的治療に則って治療され, 更に9ヶ月後までフォローされた。

 

転帰

1. 主要転帰評価項目("primary outcome")

  • 90日後の虚血性or出血性脳卒中の新規発症
  • 安全性に関するoutcome:  90日後の重症or中等度の出血

2. 副次転帰評価項目("secondary outcome")

  • 30日以内の新規脳卒中発症
  • 血管系イベント全般(TIA, 脳卒中心筋梗塞, 血管系疾患による死亡)
  • 90日後の虚血性脳卒中
  • 90日後のmodified Rankin scale≧2点の(=障害を伴う)脳卒中
  • 3ヶ月後のTIA or 脳卒中の重症度
  • 安全性に関するoutcome:  90日目までの出血・死亡・有害事象・重篤な有害事象の全般

 

統計学的解析

 主要な有効性に関する転帰の単独中間解析の為に、0.05のP値は0.048に調整された。独立データ・安全性監視委員会が転帰の合計発生率をreviewし、盲検化を行わずに臨床試験を継続することを提案した。合計のイベント発生率の検証に基づき, 委員会が「治療割り振りの盲検化の必要なし」と判断したので、中間解析では2つの治療群間での有効性・安全性に関するoutcomeの比較が行われなかった。

 有効性と安全性に関する解析はintention-to-treat populationで行われた。90日間の虚血・出血イベント全般の主要転帰の累積相対リスクは、Kaplan-Meirという方法で推計した。治療群間での90日間の脳卒中発生率の差は、Cox比例ハザードモデルという方法で評価した。; ハザード比と95%信頼区間(CI; confidence interval)を求めた。患者データの削除は、臨床的イベントが発生した場合は最終フォローアップにおける評価時, 臨床試験終了時, 被験者が臨床試験からの離脱を表明した時, ないし 主要転帰が不明な場合は最後の訪問時に行われた。新規脳卒中イベント・臨床的な血管系イベント・虚血性脳卒中・障害を伴う脳卒中の副次転帰の比較, 及び 重症or中等症の出血・出血全般・死亡の安全性に関する転帰の比較にも同様の方法が用いられた。2群間でのTIAor脳卒中の重症度の副次転帰の比較はshift解析が行われ、common odds比・95%CIが算出された

 

 

(3) 結果

① 参加者について

 2019年9/23〜2021年3/22の間に11,255名の患者へscreeningが行われた; 参加登録されたのは6,412名だった。チカグレロル群には3,205名, クロピドグレル群には3,207名が割り振られた。CYP2C19機能喪失対立遺伝子を持っていない4,527名が除外された。全体で、536名で治療が恒久的に中止され, 15名が脳卒中以外の原因で死亡した。全患者が90日間フォローアップを完了した(Fig. 1)。2治療群間でbaselineの患者の特徴は類似していた。年齢中央値は64.8%, 女性は33.8%だった。80.4%の患者が虚血性脳卒中で発症し, 19.6%がTIAで発症した。参加登録された患者のうち、中程度代謝は5,001名(78.0%), 代謝不良は1,411名(22.0%)だった。

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Fig. 1: 患者の参加登録とランダム化

 

② 主要・副次転帰

 90日以内の虚血性or出血性脳卒中新規発症の主要転帰イベントは

  • チカグレロル群:  191名/3,205名(6.0%)
  • クロピドグレル群:  243名/3,207名(7.6%)

で、ハザード比 0.77(95%CI: 0.64~0.94), P=0.008だった(Fig. 2 and Table 2)

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Fig. 2: 脳卒中の累積発症率

 副次転帰に関しては、

  • 30日以内の脳卒中新規発症・・・チカグレロル群:  156名(4.9%), クロピドグレル群:  205名(6.4%), ハザード比:  0.75(95%CI: 0,61~0.93 (Table 2)
  • 血管系イベント発症・・・チカグレロル群:  229名(7.2%), クロピドグレル群:  293名(9.2%), ハザード比:  0.77(95%CI: 0.65~0.92)
  • 虚血性脳卒中発症・・・チカグレロル群:  189名(5.9%), クロピドグレル群:  238名(7.4%)

という結果だった。その他の副次転帰Table 2に示す。

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Table 2: 有効性と安全性に関する転帰

 

安全性に関する転帰

  • 中等症or重症出血・・・チカグレロル群:  9名(0.3%), クロピドグレル群:  11名(0.3%), ハザード比:  0.82(95%CI: 0.34~1.98) (Table 2)
  • 頭蓋内出血・・・チカグレロル群:  3名(0.1%), クロピドグレル群:  6名(0.2%), ハザード比:  0.49(95%CI: 0.12~1.96)
  • 致死的出血・・・両群とも3名(0.1%), ハザード比:  0.97(95%CI: 0.20~4.81)
  • 出血全般の発症率・・・チカグレロル群:  5.3%, クロピドグレル群:  2.5%, ハザード比:  2.18(95%CI: 1.66~2.85) (Table 2)
  • 有害事象・・・チカグレロル群:  540名(16.8%), クロピドグレル群:  427名(13.3%)

クロピドグレルと比べるとチカグレロルでは呼吸困難と不整脈が多く、治験薬を中断する原因が両群間で異なる主な理由となった重篤な有害事象が発生したのは、チカグレロル群で78名(2.4%), クロピドグレル群84名(2.6%)だった。

 

 

(4) 考察

 大半の参加者が漢人であったこのランダム化・二重盲検化・プラセボ対照試験では、CYP2C19機能喪失対立遺伝子を持つ軽症虚血性脳卒中orハイリスクTIA患者において、クロピドグレル・アスピリン併用よりもチカグレロル・アスピリン併用では90日目の脳梗塞リスクが低かった。全体として、主に軽症出血(の発症率?)により、有害事象と, 合計した出血イベントの発症率はチカグレロル・アスピリン併用治療で高かったが、中等症or重症出血の発症率の増加は見られなかったチカグレロル群では呼吸困難と不整脈が多かった

 急性冠症候群, ないし 経皮的冠動脈治療を行なわれる患者において、P2Y12抑制薬使用に当たって遺伝子検査を参考にする方法を用いることで有害事象が減少したとする臨床試験がある一方で、そうでない臨床試験もある。'CHANCE-2'は、CYP2C19機能喪失遺伝子保有する軽症虚血性脳卒中orハイリスクTIAの患者において, 脳卒中新規発症のリスク低減という観点でクロピドグレル・アスピリンよりもチカグレロル・アスピリンを使用することを支持しうるものであるものの、チカグレロル使用群では出血イベントが多かった

 'CHANCE-2'では、脳卒中累積ハザードを示す曲線は、第1週またはその少し後から分岐し, その後は同等となった。これはCYP2C19機能喪失対立遺伝子保有者においては、チカグレロルの効果がクロピドグレルに優っており, 脳卒中発症直後からこの効果が現れることを示唆している。特に軽症出血, 呼吸困難, ないし 不整脈により、チカグレロル・アスピリン群では合計の有害事象と, 治験薬中止に繋がったイベントの発症率が高くなった

 チカグレロルは、CYP2C19機能喪失対立遺伝子を持ち, 故にクロピドグレルの有効性が減少する脳卒中患者 特に脳卒中再燃の負担が多く, CYP2C19機能喪失対立遺伝子の有病率が高い東アジアの集団 − において、臨床上有用な代替抗血小板薬になりうるしかしながら、薬理遺伝学による抗血小板薬選択の臨床上の有用性は、迅速CYP2C19遺伝子typing法, 及び 検査キットの入手し易さによって制約を受け, また 遺伝子typingを用いる方法の費用対効果には更なる検証が必要である

 CHANCE-2の結果は、漢人以外に一般化することはできない。漢人では非漢人よりも頭蓋内動脈硬化の発症率が高く, また、CYP2C19機能喪失対立遺伝子を持つ非漢人では、チカグレロルとクロピドグレルは異なる作用を持つかもしれない。