こんばんは。現役救急医です。今日は日本から発表された論文を紹介してみます。筆者は兵庫医科大学の先生方で、論文自体は2022年2/9に発表されています(Yoshimura S, Sakai N. et al. 'Endovascular Therapy for Acute Stroke with a Large Ishcemic Region.' DOI: 10.1056/NEJMoa2118191)。
(1) 背景
現在、急性期脳梗塞に対する血管内治療の適応に関するコンセンサスは、以下の2点である。
- 中大脳動脈の主幹('M1 segment'と呼称, 近位部) , 或いは 内頸動脈 の閉塞
- 頭部画像所見上の梗塞巣のサイズを示す指標であるASPECTS(Alberta Stroke Program Early Computed Tomography Score)が6点以上, 或いは 虚血コアの容量と灌流遅延領域の容量にミスマッチがある
従来の血管内治療の臨床試験では、ASPECTS≦5点の患者は対象外か, ごく少数であった(治療により再灌流した後の出血が懸念されていたことも一因)。一方で、このような患者への血管内治療は、内科的治療のみと比較すると機能的転帰が改善し, 90日後の死亡率も低かったとするデータもある。
そこでYoshimuraらは、ASPECTSが3~5点の主要脳血管閉塞による急性期脳梗塞患者にて, 内科的治療のみと比較した血管内治療・内科的治療併用の効果を評価することにした。なおASPECTS≦2点の患者は梗塞巣が大きく, 機能的自立の可能性が低いことから対象外となった。
※: ASPECTSの点数について: 0点から10点まであり、点数が低いほど虚血が強い。
(2) 方法
① Trial Design
この臨床研究は"RESCUE-Japan LIMIT"と名付けられており、open-labal, parallel-groupのランダム化臨床試験であり, 日本国内の45施設で行われた。
病院内での治療群割り振りを, 年齢・患者の最終健常確認〜来院までの時間などの指標に関して均衡とする為に、ランダム化は中央で行われた。被験者は、介入群と対照群(定義は後述)へ1:1の比で割り振られた。治療の割り振りは、患者ないし治療担当医に分かるようになっていた。
② 被験者の参加登録基準など
以下の基準を満たす患者が、この臨床研究に参加登録可能とされた。
- 急性期脳梗塞である
- 年齢≧18歳
- 入院時のNIHSS(National Institute of Health Stroke Scale)が6点以上
- 発症前のmodified Rankin scaleが0~1点
- CT angiography(CTA) or MR angiography(MRA)にて内頸動脈 or M1の閉塞あり
- CT or MRIにてASPECTS 3~5点
- 最終健常確認から6時間以内 or 6~24時間以内にランダム化され、MRIのFLAIR画像で信号変化がない
- ランダム化後60分以内に血管内治療の開始が可能
一方で、1) 頭部CT or MRIにてmidline shiftを伴う著明なmass effect, 或いは 急性出血性病変を認めた場合, ないし 2) その施設の研究者が、出血リスクが高いと判断した場合 は除外された。
上記のASPECTS評価は、ランダム化を行う前に、治療を担当する神経内科医が行い, 閉塞部位もこの神経内科医が判断した。
※1 NIHSSの点数について: 0点から42点まであり、点数が高いほど神経症状が強い。
※2 modified Rankin scaleの点数について: 0~6点まであり、0点=障害なし, 1点=臨床的には障害なし, 2点=軽度の障害…, 5点=重度の障害, 6点=死亡と、点数が高いほど障害の程度が重くなる。
③ 介入群と対照群
1. 介入群: 内科的治療に加え、血管内治療を行った。血管内治療の手段は治療担当医が選択し、stent retriever, 吸引カテーテル, バルーン血管形成術, 頭蓋内ステント, 頸動脈ステントといった手段が含まれた。
2. 対照群: 内科的治療のみ実施した。
rt-PA適応のある患者は、治療担当医の判断により, ガイドラインに従って治療された(≒「発症後4.5時間以内」といった基準を満たしていれば、rt-PA投与も両群で行った)。
介入群において、血管内治療後の血流再開の程度はTICI(Thrombolysis in the Cerebral Infarction) grading systemで評価した。TICI grade 2bとは、「治療対象であった動脈の虚血領域のうち1/2超で順行性の再開通がある」ことを示し, 再灌流成功の指標とされた。
④ 転帰の評価について
主要な転帰評価項目は、発症後90日におけるmodified Rankin scale 0~3点だった。他の転帰評価項目は次の通り:
- 発症後90日目のmodified Rankin scaleが0~2, 0 or 1, 及び modified Rankin scaleの範囲の転帰改善に向けた序列変化
- ランダム化後48時間でNIHSS改善が8点以上
安全性に関する評価項目は、次の通りだった:
- ランダム化後48時間以内の症候性頭蓋内出血と, NIHSS悪化4点以上
- 〃 のあらゆる頭蓋内出血
- 発症後90日以内の死亡
- ランダム化後90日以内の脳梗塞再発
- ランダム化後7日以内の減圧開頭術
⑤ 統計学的解析
主要転帰評価項目に対する解析は、ランダム化を受け, 転帰に関するデータがある被験者全員(="full analysis population")で行った。安全性に関する解析は、ランダム化を受け, baselineのデータがある被験者で行った。その他の評価項目に対する解析は、参加登録可能基準に合致しない人を除いた集団(="per-protcol population")で行った。
介入群と対照群の間で、主要転帰評価項目・その他転帰評価項目・安全性に関する結果を比較した。内科的治療のみと比較した血管内治療の効果は相対危険度("relative risk")で表した。modified Rankin scaleの転機改善に向けた変化は"ordinal ligistic model"という方法を使用して推計し, common odds ratioを求めた。
(3) 結果
① 被験者について
2018年11月~2021年9月の間に203名が参加登録した; 介入群: 101名, 対照群: 102名だった。この203名のうち、2021年11月までフォローアップを受け, 主要転機評価項目の解析に含まれたのは202名だった。Per-protcol populationからは14名が除外された。
被験者の平均年齢は76歳で, 被験者の44.3%は女性だった。
- 参加時のNIHSS中央値: 22点
- 入院時のNIHSS中央値: 3点
- 閉塞部位: 内頸動脈: 47.3%, M1: 70.9%, "tandem lesion(頸部内頸動脈と, 頭蓋内の血管の2箇所が閉塞)": 各治療群の約20%
59%の患者に心房細動があり, rt-PA投与は各治療群の約27%に投与された。介入群の86.0%で再開通の程度がTICI grade 2b以上だった。
② 被験者の転帰
90日目にmodified Rankin scale 0~3点だった(=主要な評価項目)患者の割合は、
- 介入群: 31.0%
- 対照群: 12.7%
- 相対危険度: 2.43% (95%信頼区間[CI; confidence interval]: 1.35~4.37); P=0.002 (Table 2)
だった。
『他の評価項目』である90日目のmodified Rankin scale 0~2点と, 0 or 1点の相対危険度の95%CIは1を含んでいた。modified Rankin scaleの序列区分の変化は、全般的に介入群有意であった(common odds ratio: 2.42; 95%CI: 1.46~4.01) (Figure 2)。入院48時間後にNIHSS≧8点の改善があった患者の割合は
- 介入群: 30.1%
- 対照群: 8.8%
- 相対危険度: 3.51 (95%CI: 1.76~7.00)
だった。
③ 安全性について
48時間以内の頭蓋内出血発症率は、対照群よりも介入群で多かった。
- 介入群: 58.0%
- 対照群: 31.4%
- 相対危険度: 1.85 (95%CI: 1.33~2.58); P<0.001
しかしながら、48時間以内に発症した症候性頭蓋内出血, ないし 90日目の死亡に有意差は認めなかった (Table 2)。
(4) 考察
この臨床研究では、虚血病変が大きい急性期脳梗塞患者において、90日後に機能的予後が良好(=modified Rankin scaleが0~3点)だった患者の割合は標準的な内科的治療のみよりも, 血管内治療と内科的治療の併用で有意に高かった。90日後の機能が良好(=modified Rankin scaleが0~2点, 及び 0 or 1点)だった患者の割合は各治療群へ割り振られた患者数に対して少なかったものの、Yoshimuraらは、虚血が強い患者がこうした『他の転帰評価項目』の基準に合致するとはほとんど期待していなかった。頭蓋内出血は対照群よりも介入群で有意に多かったものの、症候性頭蓋内出血の割合の差は有意ではなかった。
ASPECTによる梗塞巣サイズの評価は中大脳動脈領域内の病変の解剖学的なmappingを用いており、半定量的にサイズを評価できる。ASPECTSでは梗塞病変容量の精密な定量ができないものの、臨床試験では脳梗塞患者を分類する代替手段として頻繁に用いられており, 血管内治療のmeta-analysisでは転帰を評価する指標として用いられている。治療担当医によってASPECTS 3~5点と判断された202名の患者のうち、8名は後に分類が誤っていると判断された。Per-protcol populationでは14名が除外されているが、主要な評価項目に対する解析と同等の結果を示した。ASPECTS評価を自動的に行うソフトウェアは、MRI or CT画像上の梗塞巣サイズのより正確な計測を可能とした可能性がある。加えて、この臨床試験の患者の大半のASPECTSは、MRIのdiffusion-weighted画像で判断されている。世界の多くの施設では急性期脳梗塞の評価にCTを使用しており、CTを用いたASPECTSとMRI diffusion-weighted画像を用いたASPECTSの間の差は、この臨床試験の結果を解釈する際に考慮に入れるべきである。