Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

心停止後の脳波変化の治療について

 こんばんは。現役救急医です。この領域にいると、心停止への蘇生処置後に自己心拍が再開した患者の診療に携わる機会が多いです。特に救命センターでは、脳波を計測して中枢神経予後判定に活かすということもあります。今日は、関連する話題で書かれた論文をざっくり紹介しようと思います(Ruijter B.J, Keijzer H.M. et al. 'Treating Rhythmic and Periodic EEG Patterns in Comatose Survivors of Cardiac Arrest.' N Engl J Med 2022;386:724-34)。

 

(1) 背景

 律動的・周期的脳波パターン(rhythmic and periodic electroencephalographic[EEG] patterns)は、心停止後昏睡患者の10~35%で報告されている。明確な脳波上 or 臨床上の痙攣は稀だが、全般性周期的放電は心停止後患者で多く, 一般的に神経転帰不良と関連している。神経学的転帰を改善する為に律動的・周期的脳波パターンを抗痙攣薬で治療すべきかどうかは、不明瞭である。

 このような治療に関する不確定性はこれまでの研究に反映されており、約1/3の神経内科医が非痙攣性てんかん重積・痙攣性てんかん重積状態のてんかん様脳波波形を抑制する為に段階的抗痙攣薬療法を用い, 1/3が標準化されていない方法でこれらの薬剤を使用し, 1/3が抗痙攣薬を使用していなかった。抗痙攣薬の効果は、治療対象となっている特異的脳波パターンに依存することが示唆されている。

 そこでRuijiterらは、心停止後昏睡患者で発生している律動的・周期的脳波パターンを抑制する為に集中的・段階的な抗痙攣薬・鎮静薬治療が転帰を改善させるのかどうか評価するための'TELSTAR'臨床試験を行った。Ruijiterらは、「抗痙攣薬使用が3ヶ月後の神経学的転帰不良の発生率(or罹患率)を下げる」という仮説を立てた

 

 

(2) 方法

① Trial Design

 TELSTARは治療割り当てがランダム化され, 治療がopen-labelで, end-point評価が盲検化されている現実的・多施設型臨床試験であり、オランダとベルギーの集中治療室(ICU; intensive care unit)11ヶ所で実施された。心停止後昏睡患者において、持続脳波監視上の律動的・周期的脳波パターンを抑制する為の段階的治療と標準的治療の併用を, 標準的治療のみと比較した。

 患者は、protcolで規定された抗痙攣薬と標準的治療併用(抗痙攣薬治療群), ないし 標準的治療のみ(対照群)へ1:1で割り振られた。

 

② 被験者について

  • 18歳≦
  • 心停止の自己心拍再開後に昏睡状態(GCS≦8)
  • 自己心拍再開後24時間以内に持続的脳波監視を開始
  • 脳波で律動的 or 周期的活動がある

人が参加可能であった。律動的・周期的脳波パターンの定義とは、脳波montageの空間的変化ないし時間的変化に関係なく, 

  • 周期的放電
  • 律動的デルタ活動
  • Spike-and-wave脳波パターン
  • Sharp-and-wave脳波パターン

 ※いずれも0.5Hz≦の速度("rate")で

のいずれかを満たすものであるこうしたパターンのうち、1) 30分以上持続するもの, 或いは, 2) 間欠的に起こる場合は5分以上持続し、60分未満の間隔をおいて2回以上再発するもの, 参加登録可能であった。

 

③ 治療内容

1. 抗痙攣薬治療群

 律動的・周期的脳波パターンを完全に抑制する為の治療は、痙攣重積治療の国際的ガイドラインに則って, 段階的に実施した。具体的には、律動的・周期的脳波パターンが検出されてから3時間以内に治療が開始され,

Step 1: 第1選択抗痙攣薬と第1選択鎮静薬の併用(多くの場合、ミダゾラム or プロポフォール

Step 2: 第2選択抗痙攣薬と第2選択鎮静薬の併用

Step 3: 高用量のバルビツール酸

 ※全て静注

という形で実施された各stepは、前のstepが電気活動を抑制できなかった際に直ちに行われた使用が容認された抗痙攣薬はフェニトイン, バルプロ酸, レベチラセタムだった。

 抗痙攣療法の目標は、48時間以上にわたって全ての律動的・周期的脳波電気活動が抑制されることであった。2剤以上の抗痙攣薬を使用しても, 48時間以降に律動的・周期的脳波パターンが再発した場合、抗痙攣療法延長の判断は治療担当医の判断に委ねられた。

2. 対照群

 標準的治療は治療担当医の判断に委ねられたが、欧州のガイドラインに則って行われた。他に、人工呼吸器管理に必要な場合, もしくは 臨床的に明らかなミオクローヌスを抑えるのに必要な場合には、脳波所見に関係なく, 鎮静薬投与が許可されていた対照群での抗痙攣薬追加は推奨されていなかった

3. 両群で共通していたもの

 両治療群で目標体温管理が行われた。また、治療の制限ないし撤退に関する意思決定はオランダのガイドライン(欧州のガイドラインに基づくもの)に則って行われた。治療撤退の考慮は、体温が正常かつ鎮静薬が投与されていない状態で, 脳幹反射の回復が不完全・体性感覚誘発性電位が両側性に消失している場合に行われた; 一方で、その前の72時間における脳波パターンは判断基準に含まれなかった。

 持続的脳波監視は蘇生後24時間以内に開始され、少なくとも3日間, ICU退室または律動的・周期的脳波活動電位が消失するまで継続された。脳波記録は神経内科医などにより3時間ごとに確認された。律動的・周期的脳波パターンの診断は、担当神経内科医("attenfing neurologist") ないし 臨床神経生理学者("clinical neurophysiologist")により行われた。

 Baselineの脳波パターンと電気活動の抑制の最終的な分類は、論文筆者らによる中枢の判読により決定された。論文筆者らは、参加登録時の脳波パターン1) 電気記録上の痙攣(≧2.5 Hzの放電), 2) 発展パターン("evolving patterns"; 0.5~2.5 Hz), 3) 全般性周期的パターン(0.5~2.5 Hz), または 4) その他周期的パターン(0.5~2.5 Hz)と、持続性, 非持続性 or 抑制された背景電気活動へと分類した。他に、脳波上の電気活動への治療効果1) 完全抑制(>90%), 2) 部分抑制(50~90%), ないし 3) 抑制されず(<50%)へと分類された。

 

④ Outcome(転帰

 主要な転帰(the primary outcome)は3ヶ月後のCerebral Performance Category(CPC)で評価した神経学的転帰であり, 良好(CPC 1 or 2)もしくは不良(CPC 3~5)へと分類された副次的な転帰(secondary outcomes)は、

  • 3ヶ月後の死亡率
  • ICU入室期間
  • 人工呼吸器使用期間

であった。安全性に関する転帰(safety outcome)はあらゆる重篤な有害事象を含めていた。治療担当医は治療群割り振りを把握しており, 有害事象を研究者に報告していた。

 

統計学的解析

 主要解析はintention-to-treat principleに基づいて, primary outcomeの分類を考慮に入れた両治療群の単純比較であり、転帰不良(=CPC 3~5)のリスク差(両群間のpercentage数値の差)として表記された。Primary outcomeの差の統計学的有意の水準はP=0.0429だった。

 Primary outcomeの二次解析には、1) CPC scaleで分類したその他のoutcomeに関して転帰が悪化するリスク差, 及び 2) 抗痙攣治療群におけるCPCスコアの良好な転帰へのシフト, が含まれており、多変量順序ロジスティック解析という方向によって解析され, common odds比として表現されたSecondary outcomeについては、独立サンプルt-test, Mann-Whitney test, or Fisher exact testという方法により、両群間の差が解析された。Secondary outcomeの多変量比較の信頼区間(CI; confidence interval)の範囲を調整する計画が無かったので、これらのデータから断定的な結論を導き出すことはできない

 治療-効果調整("treatment-effect modification")は、参加登録時の痙攣のタイプ, 参加登録時の背景電気活動の持続性, 及び 律動的・周期的脳波パターンの発症時間 によって分けられたsubgroupにおいて検証されたものの、この臨床試験はこれらsubgroupを力付けるようにはなっていなかった("the trial was not powered for these subgroups.")追加のpost hoc exploratory subgroup解析には、参加登録時における、脳波上の非全般性周期的放電と比較した全般性周期的放電に関するものが追加された

 

 

(3) 結果

① 参加者の特徴について

 2014年5/1~2021年1/24の間に持続的脳波記録が開始されたのは2,528名で, 周期的脳波電気活動は354名で検出され, 172名がTELSTARに参加した(抗痙攣治療群: 88名, 対照群: 84名。脳波の判読が直ちに行われなかったため、合計72名が参加登録されなかった。参加した患者全員が3ヶ月後のフォローアップを完了させていた。86名の患者が参加登録後に、中間解析が1回実施された。

 患者の年齢中央値は65歳で, 男性は118名(69%)だった。律動的・周期的脳波パターンが始まった時間は中央値で心停止後35時間であり, ミオクローヌスを呈した患者は98名(157名のうち; 62%)だった。両群患者のうち、全般性周期的放電があったのは約80%, 電気記録上の痙攣があったのは10%だった。Baselineの特徴は両群で類似していた。

 

② 脳波の反応

 抗痙攣薬1剤以上により治療を受けた患者は、抗痙攣治療群では全員, 対照群では8名だった。抗痙攣治療群に割り振られた患者全員へ、目的とした治療strategyが行われた。24時間にわたる発作性脳波電気活動の完全抑制は、

  • 抗痙攣治療群:  88名中64名(73%)
  • 対照群:  83名中3名(4%)

で見られた。治療開始後の連続48時間にわたる電気活動の完全抑制は

  • 抗痙攣治療群:  88名中49名(56%)
  • 対照群:  83名中2名(2%)

で見られた(Table 2)

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Table 2: 治療内容と脳波の反応

 

② Outcome(転帰

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Table 3: Primary, secondary and safety outcome

 3ヶ月後に転帰不良(=CPC3~5点)だった患者は

  • 抗痙攣治療群:  79名/88名(90%)
  • 対照群:  77名/84名(92%)

であり、リスク差は2 percentage poit(95%CI: -7~11; P=0.68)だった(Table 3)3ヶ月後に死亡したのは

  • 抗痙攣治療群:  70名/88名(80%)
  • 対照群:  69名/84名(82%)

で、リスク差は3 percentage point(95%CI: -9~14)だった; 他方、ランダム化後24時間以内の死亡率は

  • 抗痙攣治療群:  9%
  • 対照群:  24%

だった(Table 3)。ランダム化後24時間以内に死亡したのは、生命維持治療から撤退した1名だけだった。各治療群で2名が再度心停止を来した; そのうち対照群の1名が、再度の心停止によりランダム化後24時間以降に死亡した。CPCスコアの分布は両群間で類似していた(common odds比: 1.19; 95%CI: 0.56~2.53) (Fig. 1)ICU滞在期間の平均値は

  • 抗痙攣治療群:  8.7日
  • 対照群:  7.5日

だった(Table 3)。生命維持治療の撤退の発生率は、両群において約7%だった(Table 2)

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Figure 1: 3ヶ月後のCPCスコア

 

③ 安全性

 TELSTAR参加者全体における重篤な有害事象の罹患率(or 発生率)は84%(145名/172名)だった; 重篤な有害事象の発生率は、両群で類似していた(Table 3)

 

④ Subgroup解析

 Subgroup plotsの外見は(Fig. 2A)最も多い形の脳波電気活動(=全般性周期的放電)に関しては、対照群よりも抗痙攣治療群で転帰良好の割合が小さい可能性を示唆していたしかしながら、これらのsubgroupの結果は結論を出すには力不足であった全般性周期的放電と比較したその他の脳波パターンに関するpost hoc解析のoutcomeをFigure 2Bに示す

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Figure 2: Subgroup解析

 

 

(4) 考察

 TELSTERにおいて、てんかん重積状態に適用されるprotcolを用いた集中的な抗痙攣療法は、標準的治療と比べて2ヶ月後の転帰不良を減少させなかった両治療群で人工呼吸器管理ないしミオクローヌス抑制のために鎮静薬が使用され、これは対照群で律動的・周期的脳波電気活動の頓挫につながったかもしれない抗痙攣治療はICU滞在期間のわずかな延長と, 人工呼吸器使用期間の延長と関連していた合計死亡率は81%であり、同様な患者を参加させた観察研究の知見と同等であるTELSTERで良好な神経学的回復(=CPC 1~2)が得られたのは、抗痙攣治療群で10%, 対照群で8%だった

 過去の観察研究では、段階的・集中的治療により、全般性周期的放電ではない律動的・周期的脳波パターンのある36名中16名(44%)で良好な転帰が見られたのに対し、全般性周期的放電のある13名で良好な転帰が見られた患者は居なかった。TELSTERでは、全般性周期的放電が最も多く見られた以上脳波パターンであった。その他の臨床試験と同様に、全般性周期的放電は低周波数(<0.5 Hz)で始まり, 次第に周波数が増加することが典型的である(≒数時間程度でTELSTERの参加登録基準に合致する)この脳波パターンは、てんかん重積状態における痙攣の典型的な発生(=脳波異常が急速に発生し, 数秒で増大する)と異なっている複数の研究由来のデータは、低酸素脳症における全般性周期的放電は、てんかんというよりも重度の虚血性の脳損傷が直接発現している可能性を示唆している。

 Subgroup解析では、他のパターンを示す患者と比較して、全般性周期的放電を示す患者に対する抗痙攣治療による転帰良好が少ない可能性が示唆されている。しかしながら、TELSTARがこうした解析に関して力不足なので、これらの結果から結論を導き出すことはできない。

 治療担当医は集中的抗痙攣治療開始48時間後に、抗痙攣治療ないし生命維持治療の撤退を判断することを許可されていた。しかし心停止後患者に対しては、48時間を超える治療が推奨されている。