こんばんは。現役救急医です。今日は私が大いに興味を惹かれた臨床試験の知見を紹介してみます。今回の参考文献は。カナダで行われた、院外心停止症例への体温維持療法の目標温度に関する臨床試験の結果をまとめた論文(JAMA. 2021;326(15):1494-1503)です。
(1) Introduction
過去の院外心停止の昏睡生存患者に対する低体温療法の臨床試験2件は、臨床的転帰の改善を証明した(目標体温33℃と, 通常体温維持を比較した臨床試験と、目標体温32℃と34℃を比較した臨床試験)。これら臨床試験は、電気ショック適応となる心リズムの症例へ参加登録を限定していた。他にも、電気ショック適応外心リズム症例における臨床試験では、目標体温33℃と通常体温維持を比較し, 前者にて神経学的転帰が改善していることを示した。
それに対し、33℃と36℃で比較した臨床試験では、33℃が死亡率or神経学的予後不良の割合を減少させなかったことが示された。これらの知見より、現行のガイドラインでは、心停止後の目標体温を32~36℃とするよう推奨している。
動物実験やヒトの観察研究, 小規模臨床試験では、目標体温28~32℃が神経系保護作用を有し, 臨床的転帰を改善する可能性があることが示唆されている。しかし今日まで、32℃未満の目標体温を評価するランダム化臨床試験が行われたことはない。CAPITAL CHILL(The Moderate vs Mild Therapeutic Hypothermia in Comatose Survivors of Out-of-Hopital Cardiac Arrest) trialでは、目標体温31℃と34℃を比較し, 31℃が院外心停止昏睡生存患者の臨床的転帰を改善するかどうかを検証した。
(2) Method
① Trial design
CAPITAL CHILLは単施設・二重盲検化・ランダム化臨床試験である。カナダのオンタリオ東部において、オタワ大学の関連施設へ搬送された院外心停止患者が救急外来で評価を受け, 心停止の原因が心原性の可能性があると考えられた場合は、同大学附属病院(Heart Institute)へ直ちに転院搬送された。
参加登録基準を満たした患者は、冷却用カテーテルを血管内へ挿入した直後に目標体温31℃群と43℃群へ1:1へランダムに割り振られた。
② PICO
1. Patients
心停止後で, 来院時に昏睡状態(GCS≦8点)の18歳以上の患者を, 心停止時初期心リズムに関係なく参加登録した。以下に該当する患者は除外された。
- 日常生活に支障があった
- 頭蓋内出血による心停止
- 大出血を伴う凝固障害
- 心停止と関係ない原因により、平均余命が1年未満
2. Intervention: 目標体温=31℃(以下、[目標体温]中等度群とする)
3. Comparison: 目標体温=34℃(以下、[目標体温]軽度群とする)
4. Outcome(転帰評価): 以下のprimary outcome, secondary outcome, 非特異的神経学的outcome, 重症有害事象により評価した。
1) Primary outcome: ランダム化後180日における全死因による死亡 or 神経学的転帰不良の複合
神経学的転帰はDRS(Disability Rating Scale)で評価した(最大値28, 障害なし=0点)。神経学的転帰不良は5点≦と定義した。加えて、Modified Rankin Scale(0=無症状, 6=死亡)によっても評価し, 4~6点を神経学的転帰不良と定義した。
2) Secondary outcome: 以下の項目を含む。
- 入院期間中, 30日後, 180日後の死亡
- 入院期間中, 180日後の脳卒中
- ステント血栓
- 痙攣
- 腎代替療法
- 肺炎
- 心原性ショック
- 抗不整脈薬治療(β遮断薬以外)
- ランダム化後の心停止再燃
- 大出血
- 生存自宅退院の比率
- 3日後, 3ヶ月後の左心室駆出率
- 集中治療室滞在期間
- 入院期間
3) 神経学的非特異的outcome
4) 重症有害事象: 以下の項目で評価した。
③ 体温管理の方法
自己心拍再開後直ちに、アイスパックによる体温管理を開始した。附属病院搬送時より冷却用カテーテルによる冷却が開始された。このシステムは、体外機器からカテーテル付属バルーンに生理食塩水を循環させるポンプで構成され, 生理食塩水の温度は患者の鼻咽頭内に留置したチューブで体温を感知して, 或いは 膀胱カテーテルの温度センサーで体温を感知することで行った。全患者に未分画ヘパリン静注療法を行った(抗凝固療法)。附属病院へ到着時に全患者へすぐに冠動脈血管造影検査が行われ, その時に冷却用カテーテルを留置した。
目標体温維持は24時間とし, その後37 ℃になるまで0.25℃/hrの速度で復温を行った。その後、復温にかけた時間と, 正常体温を維持している時間が合計48時間に達するまで37℃を維持した。
体温療法により重症有害事象を来していると考えられた時、主治医により復温速度は3℃/hrにすることも可能だった。それでも重症有害事象が続いていると思われる場合、3℃/hrの速度に加えて, 37℃に達すればそのまま体温を維持することも可能であった。
生命維持療法撤退の判断は、複数回の神経学的診察, 脳波検査,頭部CT・MRI等に基づいて行った。決定は集中治療担当医, 神経内科医, 緩和治療専門医らが患者家族と相談しながら、他職種チームで行った。
(3) Result
① 患者について
2013年8月〜2020年3月までに504名が参加登録基準に合致した(Figure 1)。このうち115名が除外基準に該当して除外された。389名の患者から、代理人による同意撤回や, 臨床的な理由から体温療法を行われなかった患者が抜けた結果、primary analysisに残ったのは31℃群で184名, 34℃群で183名だった。
2群間で患者のbaselineの特徴は類似していた。
- 平均年齢: 31℃群: 61.0歳, 34℃群: 61.7歳
- 男性: 31℃群: 82.6%, 34℃群: 79.8%
- 心停止の原因は心原性: 31℃群: 96.7%, 34℃群: 94.6%
- 冠動脈造影を直ちに実施: 31℃群: 97.3%, 34℃群: 96.7%
- 経皮的冠動脈治療を実施: 31℃群: 56.3%, 34℃群: 58.7%
② Primary Outcome
180日後のフォローアップ情報は、367名中366名で入手可能だった。Primary outcomeの発生数・割合等は、
- 31℃群: 89/184名(48.4%)
- 34℃群: 83/183名(45.4%)
- リスク差: 3.0% (95%CI -7.2~13.2)
- 相対的リスク: 1.07 (95%CI 0.86~1.33)
- P=0.56
であり, primary outcomeに有意差は見られなかった。
③ Secondary Outcome
180日後の死亡率は、
- 31℃群: 43.5%
- 34℃群: 41.0%
- リスク差: 2.5% (95%CI -7.6~12.6)
- 相対的リスク: 1.06 (95%CI 0.83~1.35)
- P=0.63
だった。全患者に関する180日後の生存可能性Kaplan-Meier曲線をFigure 3に示す(Hazard Ratio[HR]: 1.09 [95%CI 0.80~1.50]; P=0.58); ショック適応リズム患者に関する曲線(HR: 1.20 [95%CI 0.82~1.73]; P=0.34)と, ショック非適応リズム患者に関する曲線(HR: 0.78 [95%CI 0.34~1.43]; P=0.40)もFigure 3も示す。
集中治療室滞在期間中央値は、
- 31℃群: 10日
- 34℃群: 7日
- P=0.40
であり31℃群で長期化していた。それ以外に関しては、secondary outcomeについて2群間で有意差は無かった。
④ 非特異的outcome
180日目で生存していた患者において、DRSスコア>5点(神経学的転帰不良)は
- 31℃群: 8.7%
- 34℃群: 7.4%
- リスク差: 1.3% (95%CI -6.1~8.6)
- 相対的リスク: 1.17 (95%CI 0.47~2.91)
- P=0.74
であり、180日後のModified Rankin Scale4~6点(神経学的転帰不良)は
- 31℃群: 45.9%
- 34℃群: 43.7%
- リスク差: 2.2% (95%CI -8.0~12.4)
- 相対的リスク: 1.05 (95%CI 0.84~1.32)
- P=0.76
だった。
⑤ 有害事象
深部静脈血栓症は、
- 31℃群: 21/184名(11.4%)
- 34℃群: 20/183名(10.9%)
- リスク差: 0.5% (95%CI -6.0~6.9)
- 相対的リスク: 1.04 (95%CI 0.59~1.86)
- P=0.88
だった。また下大静脈内血栓は、
- 31℃群: 7/184名(3.8%)
- 34℃群: 14/183名(7.7%)
- リスク差: -3.9% (95%CI -8.6~0.9)
- 相対的リスク: 0.50 (95%CI 0.21~1.20)
- P=0.11
であった。
(4) Discussion
31℃を目標とする体温療法は、34℃を目標とするものと比較して、180日後のあらゆる原因による死亡の割合, もしくは 神経学的転帰不良の割合に有意差を示さなかった(年齢, 初期の心リズム, ST上昇心筋梗塞, 冠動脈カテーテル及び経皮的冠動脈治療のタイミングによって分類したsubgroup別の解析でも同様の結果だった)。31℃群で集中治療室滞在期間が長いことを除けば、secondary outcomeの比率は両群で類似していた。
今回の知見は、院外心停止昏睡生存患者の神経学的転帰改善に関して、目標体温を34℃にする体温療法を支持しないものである。それに加えて、34℃群と比較して、31℃群では集中治療室滞在期間が長く, コスト上昇につながると思われた。
この研究は、目標体温を32℃とする体温療法の効果を評価した初のランダム化臨床試験である。全患者へ使用した血管内冷却デバイスは急速な冷却, 厳格な体温維持, 復温制御を可能とするものであった。今回の知見は、過去の同様の臨床試験の結果とともに解釈すべきである。
考慮すべき点として、全心停止後患者にて、適正な目標体温は単一でない可能性があることが挙げられる。多くの専門家は心停止後の体温管理を、患者や原因となったイベントの特徴・リスクファクター・生物学的マーカー・早期治療への反応によって調整される, 各個人に特化したアプローチへ移行するよう推奨している。
目標低温療法は、院外心停止昏睡生存患者の転帰を改善すると考えられる、初の神経保護的治療法である。至適目標体温に関する不確定性により20年間研究が行われ, 心停止後治療の改善に繋がったのである。