Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

本の紹介(21); 『KGBの男 冷戦史上最大の二重スパイ』

 早いもので3月も末ですね。新たに進学, 進級, 就職, ないし転勤になる皆さんはそれぞれ不安とか期待を抱えて複雑な心情ではないでしょうか。私も、所謂医局人事で地方の病院に行くことになるし, 秋には専門医試験も控えているので戦々恐々です。

 今日は久々に、最近読んだ本を紹介します。

KGBの男 冷戦史上最大の二重スパイ』(ベン・マッキンタイアー著, 中央公論新社

 題名から分かるように、これは旧ソ連に実在した二重スパイの人生を綴ったドキュメンタリーです。父親はスターリン政権下の1930年代にKGBの前身組織へ官僚として勤務し, 主人公自身も1950年代にモスクワの名門大学に入学して1960年代にはKGBへ就職し, 兄弟もKGBに就職するようなエリート一家だったそうです。しかし主人公自身は若い頃から自国の体制へ批判的な考えを抱えており、駐在員兼諜報員として北欧に勤務して西側の自由な言論・表現活動に触れたことで祖国の体制への不満が増大。その後紆余曲折を経て英国の秘密情報部(俗称: MI6。正確にはSecret Intelligence Service[SIS])と接触して二重スパイとなり、ソ連の対外政策の詳細や, 英国政府機構内部の対ソ協力者に関する情報など重要な機密をSISに渡し続けていたのです。しかも彼自身がKGB内部で一定の昇進を重ねながらそれをやっていたというのが私には驚きでした。

 そして何よりも手に汗握る展開だったのが、スパイとバレないように取り繕う過程です。職場の同僚らだけでなく、家族らにも怪しまれないようにしなければなりません。更に、西側諸国の情報機関内部にもソ連のスパイ, 或いは 機密情報を漏らしかねない『危険分子』が存在したのです。そんな中で、主人公とSISのパートナーらがどのように諜報活動を続けていたのかが、生々しく描かれています。

 ちなみに主人公が二重スパイとして活動していた時期は1970年代〜80年代と私の世代が生まれた頃 - つまりベルリンの壁崩壊やソ連崩壊など - より前であり、その頃の国際情勢も併せて理解できる、非常に面白い本でした。日々の仕事や勉強から少しばかり現実逃避して, スリリングかつミステリアスな世界に思いを馳せてみたい皆様は是非ご一読下さい。