Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

【2020年ノビチョク事件】実行犯とその足取りを特定したらしい

 こんばんは。今日はちょっと気になったニュースを紹介しようと思います。以前、私は「2018年に英国で元KGB工作員と彼の娘の毒殺未遂に使用された化学兵器『ノビチョク』の製造元が判明した」というニュースをYouTube動画で紹介しました。

なお、このノビチョクはロシアの反体制活動家アレクセイ・ナワリヌイ氏の暗殺未遂事件でも使用されていることが確認されています。そして今年の12/14、独立調査報道団体'Bellingcat''The Insider', 'Der Spiegel', CNNとの合同調査の結果を公表し、その中で毒殺未遂に関与した工作員らの氏名や足取りを『暴露』したのです。早速、その一部をここにまとめて書いてみましょう。

 

(1) 実行犯や指揮系統などについて

 最初に、実行犯らが所属していた組織について書きます。実行犯12名はロシア連邦保安庁(FSB)の'Criminalistic Institute'(別称 NII-2 もしくは Military Unit 34435)の職員として活動していました。この研究所は公式には「科学捜査を行う機関」とされていますが、亡命者らの証言によれば秘密の毒物研究所であり, ソ連時代には西側の外交官・ウクライナ民族主義者・ソビエトからの亡命者を暗殺する目的で毒を製造していたそうです。

 また、通話履歴を分析した結果、programの責任者も判明しました。Stanislav Makshakovという人物で、過去に軍事都市'Shikhany-1'にあった国立有機合成研究所(State Organic Synthesis Insititute)で働いていたことがあるとのこと。このMakshakovは実行犯のFSB工作員らと頻繁に電話連絡を取っており、暗殺計画に関する報告や相談を受けていたと思われるのです。

 またMakshakovはKirill Vasilyevへ事の経過を報告していたそうですが、Vasilyevの専門は「生物医学的検体へmass chromatographyやmass spectrometric detection(質量分析法)を行うことで、物質の代謝産物を同定する」ことで, 事件当時はCiriminalistic Instituteの所長であったVladimir Bogdanovの下で働いていたそうです。そして、そのBogdanovはFSB長官のAlexsander Bortnikovへ報告し、Bortnikはロシアの大統領プーチンへ報告を行っていたのです。

 続いて、実行犯の話に移ります。今回特定された実行犯は少なく見積もっても15名おり, うち少なくとも8名(Makshakovを含む)はナワリヌイ氏の尾行及び毒殺未遂の過程で密に連絡を取り合っていたことが、通話履歴やフライト履歴, 過去にリークされたオフラインのデータベースから判明したそうです。その連中のうち特に私が気になった工作員を以下に紹介します。

  • Oleg Tayakin:  FSB実行犯の上官的存在。特殊部隊や宇宙軍の基地で勤務経験があるが、FSBに入る前は外科医だった
  • Alexey Alexandrov:  2006年にモスクワで医学部卒業, その後救急医をやってから軍医になり、2013年にFSBへ就職。化学兵器の専門家?
  • Ivan Osipiv:  研修医?2012年を最後にSNSから消える。
  • Konstantin Kudryavtsev:  Shishanyの化学戦部隊で従軍経験あり。FSB就職前にMilitary Chemical-Biological Defence Academyを卒業。

個人的には、医師が情報機関に所属し、暗殺に関与していたことが衝撃的でした。

 

(2) 実行犯の足跡とか

 この記事の部分がスッゲー長かったんですけど、一言でまとめると「このFSB実行犯の連中は、2020年8月の前からナワリヌイ氏を尾行していた」ということです。早くともナワリヌイ氏は2017年1月(その1ヶ月前に彼は2018年のロシア大統領選挙への立候補を表明していた)から尾行されていました。その尾行の方法も、ナワリヌイ氏と同じフライトには乗らず、並行した(同じ時間に飛ぶ)別のフライトや, その後に出発するフライト に乗って同じ目的地へ向かうというものでした。おそらくこれは、ナワリヌイ氏や彼の同僚が「飛行機で頻繁に同じ乗客と出くわした」と気付かれるリスクを最小限にするためだと思われます。

 2017年12月に選挙委員会が大統領選候補への指名を拒否するまでナワリヌイ氏はロシア各地へ選挙キャンペーンの為にロシア各地に旅行するのですが、これに毎回FSBの実行犯連中がついて回っていたのです。なぜこんなに付き纏っていたのか?ロシアの安全保障に関する専門家は、「ナワリヌイ氏の行動パターンを把握することで、将来暗殺を計画する際の参考にするため」, もしくは「ナワリヌイ氏への暗殺指令が出たら即決行できるようにするため」ではないかと示唆しています。なお、2017年12月から2020年の7月までの間で、このFSB実行犯らがナワリヌイ氏を追尾していたと示す証拠は今のところ、2019年1月の1回だけだそうです。

 そして2020年。7/2にナワリヌイ氏が妻のYuliya氏とKaliningladへ旅行に行った時、実行犯のうち3名は夫妻とは別の空港から同日(1人)ないし翌日(2人)に同地へ出発しているそうです。その際にも実行犯らはMakshakovに出発前後で電話連絡を行い、MakshakovはVasilyev, Bogdanovへ連絡を入れています。なお4日後の7/6の昼頃にYuliya氏は夫と海辺を散歩してからカフェに行ったそうですが、特に誘因もなく体調不良を自覚し、ほうほうの体でホテルの部屋に戻って寝ていたとのこと。明確な証拠はありませんが、「この時に実は毒を盛られていたのではないか?」とも疑われているようです。

 そして同年8/13の午前の飛行機でナワリヌイ氏と同僚はNovosibirskへ向かう訳ですが、FSB実行犯も8/14午前の飛行機で同地に向かっています。そして同日の午後、実行犯の一人がうっかり作戦中に使う偽の電話でなく『本物の』電話の電源を入れてしまったことで位置記録が残ってしまうのですが、その時工作員はナワリヌイや同僚が泊まっていたホテルの近くに居たのです。

 8/17にはナワリヌイ氏らはNovosibirskから車でTomskへ向かいますが、8/19の夜間に彼は同地で毒を盛られることになるのです。8/19夜8時台にナワリヌイ氏はTomsk市内の川へ泳ぎに行き(つまり彼は2.5時間の間ホテルの部屋を空けていた)、11時にはホテルに戻り, ホテルのバーで同僚とカクテルを飲んでから部屋に戻ったとのこと。ちょうどこの時間帯に実行犯らとMakshakovは連絡を取り合っているのですが、8/20の0時過ぎにまた工作員の一人が本物の電話の電源を入れたことで場所が特定されてしまいました ー 彼らは、Tomsk中心部にある携帯電話タワー付近の、ナワリヌイ氏のホテルから近い場所に居たのです。そして8/20の朝にナワリヌイ氏はTomskを出発するのですが、モスクワに向かう機内で体調不良を来して倒れ、飛行機はOmskに緊急着陸, 駆けつけた医療スタッフがアトロピンを投与して…と、ニュースでも報じられたような経過を辿る訳です。

 

 リークされた国家機密はまだしも、携帯電話の位置情報・通話履歴や飛行機の予約履歴からここまで詳細に悪事がバレるということが衝撃的でした。以前、私はサイバー犯罪について専門家が一般向けに書いた本をこのブログで紹介していますが、様々な物がネットワークに繋がれ,電子化した現代では、些細なきっかけで個人情報が漏れて不都合な事実がバレたり, 犯罪に利用されるといったことが現に起きています。私たち民間人も十分注意しないといけませんね。