Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

エチオピアにおける虐殺行為

 こんばんは。数日ぶりのブログ更新ですね。新年度で新しい職場に赴任したばかりであったりと少々忙しく、ブログに書くようなネタがなかなか思いつきませんでした。

 今日は、海外の調査報道専門サイト'Bellingcat'に気になる記事が出ていたので、その内容をざっくり紹介してみます。

www.bellingcat.com

 エチオピアでは2018年にAbiy Ahmed氏が首相に就任。その際彼は、民族別に形成されていた地域政党を統一した'Prosperity Party'を結成しましたが、'Tigray People's Liberation Front(TPLF)'は参加を拒否していました。なおTPLFはTigray州を拠点にしており, それまでの約30年間エチオピアを統治していました。

 そして2020年9月、AbiyがCOVID-19パンデミックを理由に選挙を延期すると、TPLFは反発し, 同時期にTigray州で地方選挙を強行。そして同年11月にはTPLFが同州でエチオピア政府軍を攻撃したことを契機に戦争状態へ突入し、同月末には政府軍がTigray州の首都Mekelleを占領し勝利を宣言しました。

 なお政府側には正規軍以外にAmhara州から来た親政府民兵勢力も参加しており、一方のTPLF側はエリトリア政府軍から支援を受けているそうです。

 Mekelle陥落後にTPLF側はゲリラ戦へ移行。政府軍がTigray州西部・南部の一部を占領し, 主に都市部や幹線道路を支配している一方で、TPLF側は田舎(or僻地)を中心に活動し, Tigray州中央部の一部を依然実効支配しているとのこと。また同州の北部はエリトリア政府軍が占領しているそうです。

虐殺、略奪を放置か ノーベル平和賞のエチオピア首相 高まる批判 | 毎日新聞

米国務長官、「民族浄化」と非難 エチオピア・ティグレ州情勢:時事ドットコム

 そんな中、2021年3/9頃から'Telegram'SNSの一種)の'the EthiopiaMap'と呼ばれるチャンネルに、衝撃的な映像が出回り始めます。全部で5つあるのですが、いずれも兵士の集団が、民間人の服装をした集団を連行して銃撃により処刑したり, その遺体を崖の下へ捨てている様子が収められていたのです。

 この記事では、映像を解析して場所等を特定するプロセスも紹介されているので、ここで紹介してみましょう。

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Tigray地方の地図(Bellingcatウェブサイトのスクショ)

(1) 場所の特定

 戦争勃発後、Tigray州へのジャーナリスト・研究者の立ち入りは制限されており, またここ数ヶ月間はインターネットへの接続も遮断されています。また、Tigray州は乾燥した人口の少ない山岳地帯が多く, 都市化・工業化がほとんど進んでいません。従って、場所特定の手がかりとなる"digital footprint"(日本で言うなら、道路標識や店の看板, 建物か?)が乏しいことが予想されました。それでも調査チームは、'Google Earth Pro', 'PeakVisor'といった衛星写真や地形図を供するプラットフォームを使用して場所を特定しました。

 まず調査チームは、5つの映像のうち1つに写っている、崖に沿って歩く人物の影に注目しました。影の長さは人物の身長のおよそ2倍以上であったことから、チームは西, ないし 東の方へ日が傾いていたと推測。そして映像の撮影者の視線は北, もしくは 南方を向いていたと結論づけました。つまり崖は北から南に伸びているというのです。

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人物の影を測定する過程(Bellingcatウェブサイトより)

 この映像が出回った後から、一部のエチオピアのネットユーザーから「ここはMahbere Degoという村ではないか」との声が上がったそうです。そこで調査チームは映像の背景に映り込んだ地形を参考に'Google Earth Pro'や'PeakVisor'を利用して同村の周囲を捜索。その結果、映像が撮影された場所を特定し、5つの映像のうち4つが同じ場所で撮影したとも断定しました。そして、唯一違う場所で撮影された映像についても、上記と同じ方法で特定し、既述の映像が撮影された場所から1キロ東にある別の崖だと特定しました。

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GoogleMapを基に場所を特定した事例

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'PeakVisor'を基に場所を特定した事例

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虐殺が行われた場所(=崖)を2箇所とも特定した(Bellingcatより)

(2) 被害者及び加害者の特定

 映像には兵士も複数写っていますが、5つの映像のうち1つには、右肩にエチオピア国旗が縫い付けられた軍服を着た兵士が写っています(他の兵士の服には付いていない)。2021年2/13にはエチオピア政府軍のFaceboook公式ページへ政府軍兵士の集団の写真が投稿されたのですが、その写真からは同軍の制服には右肩に国旗が縫い付けられていることが確認できました。つまりこの兵士は、エチオピア政府軍所属の可能性があるのです。

 また、映像に登場する兵士は皆Amhara語で話していました。エチオピア出身の翻訳家/通訳に分析を依頼したところ、アクセントから兵士らの多くがAmhara州出身であり、一部の兵士はAmhara語を第2言語として使用するOrimia州出身だと指摘されました(他方、Tigray州住民やTPLF支持者は主にTigray語を話します。またエリトリア人は主にTigray語ないしアラビア語を話します)。

 映像の中で兵士らは、虐殺した人々のことを"Woyane"と呼び、遺体を撮影しながら「我々はWoyaneから残虐さを学んだ。こればかりはどうしようもない。結局お前らはこうなるんだ」・「これがWoyaneの死体だ。全員ここに放ってやった」と述べたり, 銃声がした途端「凄いぞ!お前は英雄だ!これがWoyaneの最期だ。我々には慈悲などない」と叫んだりしています。この"Woyane"を直訳すると「反乱者・逆賊」ですが、この映像の中では、政府軍兵士が「TPLFと関係がある」と思われる市民や反乱軍兵士を侮蔑的にそう呼んでいるとのこと。なおTigray人にとってWoyaneとは、1940年代に当時のエチオピア皇帝に抵抗して祖先が起こした反乱を示すフレーズなのだそうです。

 これらの映像が撮影された正確な日時は不明です。しかしながら、2021年1/20に上記の虐殺行為が行われた崖の周囲を捉えた衛星写真には、崖から160m離れた場所を走行する16台の車両や, 台地上に設置された火砲が写っていました。車両や火砲の所属は衛星写真からは分からないものの、この衛星写真からは、問題の崖の周囲には軍が展開していたことが分かります。

 

 昔本ブログでもちょっとだけ触れましたが、戦時中の非戦闘員への虐待や, 戦争捕虜の虐待 ないし 裁判等の正式な手続きを経ない処刑は戦争犯罪と定義されています(『ジュネーブ条約』とか『ハーグ陸戦法規』等の国際法によりこれら戦争犯罪は規定されていますが、私はそうした事項には明るくないこともあり、ここで詳細は触れません。申し訳ありません)。我々はエチオピア政府に対して、自国民及び国際社会に向けてこれらの映像に関する説明責任を果たし, 尚且つ 責任者の厳正な処罰を行うように求めていくべきでしょう。

 いずれにせよ、地球の裏側で依然としてこのような非人道的な行為が罷り通っている現実を、我々は深刻に受け止めないといけないと思います。