Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

【医療関係者向け】脳梗塞急性期の治療について

 今回は脳梗塞の急性期治療について勉強した事を書いてみたいと思います。

(1)t-PAについて

 国家試験に既に合格した初期研修医であれば誰しも、「t-PAは発症4.5時間以内」という事は分かると思います。では、どうゆうふうに適応を判断するのでしょう?①神経症状, ②既往歴や基礎疾患, ③頭部画像所見 の3つに基づき決定します。

神経症

 神経症状を判断するにしても、どうしても各個人でバラツキが出てしまうので一定の基準が必要です。その基準が'National Institute of Health Stroke Scale (NIHSS)'です。ググると下記リンクのような物が沢山出てきます。

http://www.dokkyomed.ac.jp/dep-m/neuro/NIHSS.pdf

1. 意識状態; 覚醒しているか?等(0~4点)

2. 見当識; 日付や場所, 本人の名前を正確に答えられるか?(0~2点)

3. 動作指示; 手を握る・目を開閉するという指示に従うか?(0~2点)

4. 注視; 水平方向で注視が可能か?(0~2点)

5. 視野; 対座法で視野欠損がないか?(0~3点)

6. 顔面神経麻痺がないか?(0~3点)

7. 上肢麻痺; 上肢を90 °ないし45 °で10秒間保持できるか?(0~4点)

8. 下肢麻痺; 下肢を30 °で5秒間保持できるか?(0~4点)

9. 運動失調; 指鼻試験と踵膝試験の両方を実施。(0~2点)

10. 感覚; 痛み刺激等に反応するか?両側の複数箇所で確認する。(0~2点)

11. 言語; 物品(ペンや懐中電灯など)の名称が言えるか?簡単な文章の復唱ができるか?(0~3点)

12. 構音障害; 呂律が回っているか?(0~2点)

13. 消去現象と無視; 半側空間無視等がないか?(0~2点)

これら13項目を評価します。合計点が多いほど、重症という事になります。t-PAの投与適応とする点数が明示されている訳ではないのですが、26点以上は『慎重投与』(「合併症のおそれもあるので、全身状態も考慮して慎重にt-PA投与の是非を決定して下さい」という事)とされています。他方、点数が4点以下等と軽症に見えても、失語がある場合はt-PAを投与する施設もあります。

②既往歴や基礎疾患

 『アルテプラーゼ静注療法チェックリスト(或いは適正治療指針)』というものが、これもまたググる等すればすぐ見つかると思います(下記リンク)。

http://www.jsts.gr.jp/img/rt-PA02.pdf

大雑把ながら禁忌事項をまとめると、下記の通りです。

1. 頭蓋内疾患; 頭蓋内出血, 1ヶ月以内の脳梗塞, 3ヶ月以内の頭部や脊髄の外傷・手術

4. 頭以外の疾患; 14日以内の大手術, 急性大動脈解離・重篤な肝障害・急性膵炎の合併

5. 出血傾向; 21日以内の消化管ないし尿路出血, 頭以外の出血の合併, 血小板10万以下, INR>1.7, APTT延長

6. 高血圧; 降圧薬投与後も収縮期血圧が185mmHg以上, または拡張期血圧が110mmHg以上

③頭部画像所見

 治療適応の判断にまず必要なのは、頭部CTです。t-PA禁忌に該当する①頭蓋内出血, ②正中構造偏位(圧排所見), ③広範囲の虚血性変化の有無を確認するのはもちろんのこと、'early CT signs'(早期虚血性変化)の識別がまず重要となってきます。具体的には、

1. レンズ核構造の消失

2. 島皮質の消失

3. 脳溝の消失

4. 皮髄境界の不鮮明化

これらを判別せねばなりません。神経症状におけるNIHSS同様、これらの所見の判定にも一定の基準が必要です。その基準を'ASPECTS (Alberta Stroke Program Early CT Score)'と呼びます。(下記リンクのようなサイトもありますので、ご参考までに)

www.osaka-njm.net

CT & DWI 初期虚血変化読影トレーニング

このASPECTSの点数が7点未満であると、t-PAの治療効果も安全性も低いとされています。また、頭部MRIでも特に拡散強調画像(DWI)が高い感度・特異度で脳梗塞を診断できるのですが、これでASPECTSを計算し6点未満であった場合も治療効果・安全性共に低いとされています。

 更に、頭部CTに造影剤を併用(3DCTA)すると、どの血管が閉塞ないし狭窄しているのか同定でき、後述する血管内治療の際有用となります。

 実は、t-PA及び血管内治療の適応となる患者さんに対する画像検査を巡っては、施設や医師の間で意見の隔たりがあると思います。脳梗塞の治療は時間との戦いで、発症から(血栓で閉塞した脳血管の)再開通の達成までの時間が長くなると、予後も悪くなる傾向があるからです。画像検査に時間をかけ過ぎると再開通の達成が遅延してしまいます。例えば私の知り合いの脳外科医は、「t-PA及び血管内治療の適応と思われる患者は単純CTと造影CTだけで良い。うちは放射線技師が優秀なので3DCTA画像がすぐに完成する。MRIは撮影時間が長い」と言っています。他方、今回この記事を書くに当たり参考にした『脳梗塞診療読本 第2版』では「CTをスキップしてDWI, MRA, FLAIR, T2*を撮影」・「撮像シークエンスを最小限にすると10~15分で撮影可能」との記述があります。

(2)血管内治療について

 脳梗塞に対する血管内治療(機械的血栓回収術)は、2015年にNew England Journal of Medicineで相次いで発表された臨床研究結果ー それぞれMR CLEAN, ESCAPE, EXTEND-IA, SWIFT PRIME, REVASCATと名付けられている ーによって有効性が確立された治療法です。これらの研究に基づいて、米国の2018年のガイドライン(American Heart Association/American Stroke Association)では

1. 発症前mRSスコアが0ないし1(日常動作が自立していた)

2. 内頸動脈, 或いは中大脳動脈M1セグメント(太い脳血管)の閉塞

3. 18歳以上

4. NIHSS 6点以上

5. ASPECTS 6点以上

6. 治療の開始が、発症から6時間以内に可能である

の6項目を機械的血栓回収術の適応と定めました。

 実は、2015年の同ガイドラインでは「発症4.5時間以内でt-PA静注療法を受けている」という項目があり、「t-PAを投与しても血流が再開しなかった場合や、発症後4.5時間を超えてしまった場合のレスキューとしての機械的血栓回収術」というニュアンスが含まれていました。しかし、2016年及び2017年に論文として発表された臨床研究結果(それぞれTHRACE, PISTEと呼ばれている)では、内頸動脈や中大脳動脈M1セグメントといった箇所が閉塞し、なおかつ発症4.5時間以内のt-PA静注の適応である患者さんを①t-PA単独で治療した群と, ②t-PA血栓回収を併用した群 にランダムに割り付けた上で予後を比較したところ血栓回収を併用した方が成績が良好であると判明したのです。このため、発症4.5時間以内の脳梗塞であっても、太い脳血管(内頸動脈, 中大脳動脈のM1等)の閉塞がある場合は、t-PA静注を行いつつ血栓回収術も行うというコンセンサスが出来上がったのです。

 最近も、血管内治療に関するエビデンスが次々と出ています。例えば、2017年11月にNew England Journal of Medicineに発表された臨床研究論文(DAWN命名)では、①最後に健康だと確認されてから6~24時間経過, ②内頸動脈や中大脳動脈M1セグメントの閉塞, 脳梗塞のサイズと神経症状(NIHSS)の間でミスマッチがある, ③18歳以上, といった基準に合う患者さんを血栓回収術群と内科治療群にランダムに割り振り、予後を比較した結果、血栓回収術を行った群の方が予後が良かったのです。

 似たような報告は同じNew England Journal of Medicineに2018年2月にも発表されており(DEFUSE 3)、これでは①最後に健康と確認されてから6~16時間経過, ②虚血コアの体積が70mL未満・虚血を起こした組織の体積と虚血コアの体積の比が1.8以上・可逆的である可能性のある虚血の絶対的な体積が15mL以上(つまり画像所見上、脳梗塞に巻き込まれた病変のうち、血流が再開さえすれば助かる領域が多いと思われる), ③内頸動脈や中大脳動脈近位部の閉塞がある, 患者をランダムに血栓回収術と内科的治療の2群に割り付けたのですが、こちらも血管内治療群の方が予後良好だったのです。上記DAWN trialとの違いは何かというと、DAWN trialよりコアの大きい脳梗塞がある患者さんや、症状が軽めの患者さんも含めているというところなのだそうです。

 ガイドラインでは「発症後6時間くらいまでなら、血管内治療でレスキューできる」というニュアンスだったのが、最新エビデンスでは脳梗塞巣のうち、血流が再開通したら助かる病変の占める割合が大きい神経症状と比較して画像上の脳梗塞巣が小さい)と思われる場合は、発症して6時間を超過していても血栓回収術で行けますよ(24時間経ってさえいなければ、血栓回収術を行えます)」という事が示されているのです。

 これは多くの医療関係者が思っている事かもしれませんが、脳梗塞に対する血管内治療はまさに開発途上のフロンティアなのかもしれません。これからまた新しいエビデンスが出て、何が新規発見され、何が覆されるか正直予想が付きません。

(3) 参考文献

 今回、この記事を書くに当たって参考にした文献です。

脳梗塞診療読本 第2版』編著; 豊田一則 中外医学社

『これからの常識!チームで成功させる脳梗塞血管内治療』著者; 幸原伸夫ほか 診断と治療社

『第33回 NPO法人日本脳神経血管内治療学会学術総会 CEPテキスト』

Powers WJ, Rabinstein AA et al. '2018 Guidelines for the Early Management of Patients With Acute Ischemic Stroke. A Guideline for Healthcare Professionals From the American Heart Association/American Stroke Association' Stroke 2018; 49:e47-e99

Nogueira RG, Jadhab AP et al. 'Thrombectomy 6 to 24 Hours after Stroke with a Mismatch between Deficit and Infarct' N Eng J Med 2018;378:11-21

Albers GW, Marks MP et al. 'Thrombetctomy for Stroke at 6 to 16 Hours with Selection by Perfusion Imaging' N Eng J Med 2018; 378:708-18