Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

肺血栓塞栓症除外アルゴリズムに関する研究

 こんばんは。現役救急医です。今日はJAMAというジャーナルに12/7に発表された論文(Freund Y., Chauvin A. et al. JAMA. 2021;326(21):2141-2149)を紹介してみます。特に統計学的な話がややこしかったので、省略したり雑に訳していたりする部分もありますがご了承下さい。

 

(1) Introduction

 肺塞栓症(PE; pulmonary embolism)が疑われる患者への診断アルゴリズムは依然議論の対象である。従来のアルゴリズムでは、検査前確率, D-dimer値, 閾値を超えるD-dimer値の患者での肺血管造影CT(CTPA; computed tomography pulmonary angiography)ないし肺換気/血流scanning撮影 を用いている。CTPAは頻繁に用いられるが、報告された診断率は10%のみである。

 他にも様々な診断アルゴリズムが提案されている。

  • 検査前の確率が低い患者の場合、PERC(PE rule-out criteria)8項目(①年齢≧50歳, ②心拍数≧100/min., ③動脈血酸素飽和度<95%, ④片側の下肢の腫脹, ⑤血痰, ⑥直近の外傷or手術, ⑦PEや深部静脈血栓症の既往, ⑧エストロゲン製剤使用)に該当しないこと, もしくは、50歳以上の患者でD-dimerのcutoff値に「年齢 x 10 ng/mL」を使用すること, で安全にPEを除外できる
  • YEARS ruleYEARS criteria(①PEが最も可能性がある診断, ②深部静脈血栓症の臨床症状, ③血痰, の3項目)を満たさない患者にD-dimer cutoff値=1,000 ng/mLを併用することで、安全にPEを除外できる

なおYEARS ruleはランダム化試験で検証されていない。

 この研究は救急部(ED; emergency department)において、RERC ruleで除外されていないPE疑いの患者に対し、YEARS ruleと, 年齢調整したD-dimer cutoff値 を併用することによりPEが安全に除外されるかどうか検証することが目的である(Figure 1)

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Figure 1: Intervention群とcontrol群の診断基準

 

(2) Methods

① Study Design

 この研究はclusterランダム化を用い, crossoverを伴う非劣性試験である。この研究に参加したのは、スペインのED2ヶ所とフランスのED16ヶ所であった。

 各EDは、1) 4ヶ月間のcontrol strategy(詳細は後述) period→2ヶ月間のwashout period→4ヶ月間のintervention strategy(詳細は後述) period, ないし 2) 1)の逆の順序, のいずれかへ1:1の比でランダム化された。ランダム化では国とEDの規模による階層化も行われた。

② PICO

 1. Patients selection

 患者の登録は2019年10/1~2020年10/8の間に行われたが、COVID-19感染拡大の影響により患者登録は2020年3/15に一旦中止され, 4~6週間後に再開された。

 PEの診断は半構造化されていた。第1段階は救急医による臨床的な検査前確率の評価だった。主観的な臨床的可能性が採用された。

  • 急性発症の胸痛, 呼吸苦の増悪, and/or 失神といった臨床的にPEを疑わせる症状がある
  • PERC scoreの項目1個以上でPEである主観的な可能性が低い(<15%), もしくは PEである主観的な可能性が中等度(16~50%)である

の基準を満たす患者が参加登録した。他方、1) PEである主観的な可能性が高い患者(>50%), 及び 2) PERC scoreが0点でPEである可能性が低い患者, 並びに 以下のいずれかに該当する患者は除外された。

  • 重症:  呼吸不全あり, 低血圧, 末梢酸素飽和度<90%
  • 抗凝固療法中
  • 現在進行形で血栓塞栓症と診断されている
  • 妊娠中
  • 矯正施設収容中の人
  • PE以外の原因と明白に関連する症状がある

 2. Intervention strategy period

 PE除外にYEARS criteriaの評価とD-dimer検査値の両方を使用したPEは、1) YEARS criteriaに該当せず、D-dimer値<1,000 ng/mL, もしくは 2) YEARS criteriaに1個以上該当し、D-dimer値が年齢調整した閾値(50歳以上にて「年齢 x 10 ng/mL」)未満, のいずれかに該当した場合に除外された他の診断である可能性がPEの可能性よりも低い場合において、PEの可能性が最も高いと考えられた。D-dimer値が閾値を超える場合、胸部画像撮影を行なった(Figure 1)

 3. Control strategy period

 現行の推奨に則り診断を行なった: つまり全患者でD-dimer値を確認し, 閾値は年齢調整した値とした。年齢調整した閾値を上回るD-dimer値であった場合、胸部画像撮影を実施した(Figure 1)。 

 4. Outcome

 Outcomeは患者個人レベルで解析した。

1) Primary Outcome:  初回ED受診でPEを除外してから3ヶ月後における静脈血栓塞栓症(VTE; venous thromboembolism)(=診断失敗)。

 Primary outcomeの発生は、初回ED受診から3ヶ月後に患者本人へ電話インタビューすることで決定した。症状が悪化ないし再発した場合、全ての患者へ再度同じ病院を受診するように指導がされていた。ED再受診 or 入院が起きた事例については、臨床研究技術者が医療記録を見直した。

2) Secondary Outcome:  以下の6項目が解析された。

  • 救急医がオーダーした胸部画像検査(CTPA ないし 肺換気/血流scan)
  • ED滞在時間
  • ED受診後の入院
  • 抗凝固薬投与
  • あらゆる原因による死亡
  • 3ヶ月後における、あらゆる原因による入院

統計学的解析

 非劣勢の境界は1.35%と設定された。Intervention群における失敗率の1-sided 97.5%信頼区域(CI; confidence interval)の上限に基づいて、intervention starategyの安全性が評価された。Control群における失敗率を0.5%と予想し, 2-sided α riskは5%・βは20%と設定すると、857名の患者が必要となった。

 非劣性試験なので、非劣性仮説を有利とすることを避ける為に、primary end pointはper-protcol populationで評価したPer-protcol populationでは、1)参加登録基準, 及び 非参加登録基準に合わなかった患者, 2)各EDへ割り振られた診断基準を用いずに治療された患者, 3)primary end pointの数値が不明, ないし 4)その他の重大なprotcol逸脱があった患者 除外されたAs-randomised populationでは、primary end pointの数値がない患者はend pointを満たしていないと定義された。Primary outcomeのsensitivity analysisは、multiple imputationを用いて行なった(欠落したデータを補正する為)。

 Per-protocol populationに対するpost hoc analysisは、YEAR scoreが0点である患者のsubgroupにて行われた。このsubpopulationにおける胸部画像検査の割合も、両群に関して記述された。胸部画像の診断率は、PEと診断された件数を胸部画像撮影数で割ることにより求めた。

 未調整差異("unadjusted difference")と95%CIを、2変量に対してはexact methodを用いて, 連続変数に対してはBrookmyer法・Crowley法という方法を用いて計算した。

 3ヶ月後のVTEの頻度は、一般化線形回帰混合モデル・ベルヌーイ分布という方法で評価した。Secondary end pointは、優越性仮説に基づいて, as-randomized populationにおいて2群間で比較された。Secondary end pointのsensitivity analysisはper-protcol populationで行われた。Secondary end pointの不明な数値は置換されなかった。1)primary end pointの1-sided 97.5%の上限が、予め設定しておいた非劣勢解析の境界を下回る場合, 及び 2)secondary end pointの95%CIが"the null value"を含まない場合 に、統計学的優位であると考えられた。

 

(3) Result

 研究には、as-randomized populationとして1,414名が含まれたintervention strategy群には726名, control strategy群には688名が含まれた(Figure 2)。なお、37名(2.6%)の患者でprimary end pointが欠落していたので、as-randomized populationでは0に置換された。参加登録対象外の患者と重大なprotcol逸脱の患者を除外した結果、1,271名がper-protcol analysisの対象となったintervention群: 648名, control群: 623名)。

  • 平均年齢:  55歳
  • 女性:  58%
  • EDでPEと診断された患者:  100名(intervention群: 54名[7.4%], control群: 46名[6.7%]; 差異: -0.8%[95%CI: -2.0~3.5])

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Figure 2: 患者(やED)の割り付け

 Per-protcol populationにおいて、3ヶ月後にPEと診断されたのは6名だったintervention群: 1名, control群: 5名(Table 2)(診断)失敗率は、

  • Intervention群:  0.15%(95%CI 0.00~0.86)
  • Control群:  0.80%(95%CI 0.26~1.86)

であった。2群間の調整後の失敗率の差異は-0.64%(1-sided 97.5%CI: -∞~0.21)であり、非劣勢境界である1.35%を下回っている。As-randomized populationでも結果は同様だった

 As-randomized populationにおいて、EDで胸部画像を撮影されたのは496名(35.1%)だった:

  • Intervention群:  221名(30.4%)
  • Control群:  275名(40.4%)
  • 両群間の差異:  調整前: -9.6%, 調整後: -8.7%(95%CI -13.8~-3.5)

ED滞在期間中央値は、

  • Intervention群:  6.0時間
  • Control群:  6.0時間
  • 両群間の調整後の差異:  -1.6時間(95%CI -2.4~-0.9)

だった。Per-protcol populationでも同様の結果が得られた

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Table 2(primary end point)とTable 3(secondary end point)

 他のsecondary outcomeについて、両群間で統計学的な差異は認められなかった(Table 3)Per-protcol population, as-randomized population, or multiple imputationを用いたas-randomized populationにおいて、有意な時間的効果は証明されなかった。上記2個の診断基準を使用する順序は3ヶ月後のVTEリスクと関連しておらず, model内へ採用されなかった("was not kept in the model")。

 Per-protcol population中に、YEARS score 0点の患者は合計で956名が居たintervention群: 515名, control群: 441名)。これらの患者に限定したpost hoc analysisによると、intervention群でPE見逃しは無く(失敗率:  0.00%[95%CI 0.00~0.71], 非劣勢境界を下回る), control群でPE見逃しは3名だった(失敗率:  0.68%[95%CI 0.00~1.45])。この集団におけるpost hoc analysisでは、胸部画像を撮影したのは

  • Intervention群:  22.9%
  • Control群:  37.2%

であり、絶対的な減少幅は14.3%(95%CI 8.3~20.2)であった。

 

(4) Discussion

 PE疑いでPERC陽性であるED患者に対する多施設参加型・clusterランダム化・corssoverあり臨床試験にて、YEARS ruleと年齢調整したD-dimer cutoff値を併用する診断基準は、従来の診断基準と比較して、3ヶ月後のVTEの割合の非劣勢に繋がった。Interventionは胸部画像検査使用の統計学的に有意な減少と関連していた。

 YEARS ruleは将来的に(or前向きに)検討されているが、ランダム化試験で評価されていないし, また PERC ruleと年齢調整したD-dimer cutoff値との組み合わせも使用されていない。この研究では、胸部画像撮影のintervention群とcontrol群間の絶対的差異は10%であるこの減少幅は、過去の前向きコホート研究で見られた数値(絶対的減少幅=14%)より小さかった。この過去研究では、PEであることの臨床的な可能性が低く, PERC criteriaに該当しない患者(≒YEARS criteriaに該当しないと思われ、従って胸部画像撮影も行われなかったであろう患者)も参加登録されていたことが原因である。YEARS criteria使用が、PERC陽性だった患者集団における胸部画像撮影の有意な減少と関連していたという事実は、これら2基準の併用の価値を強調するものである。

 この研究におけるPE有病率は7%であり、過去の研究で報告された13%より低かった。これは、後者の研究(=過去の研究)では臨床的な可能性が高い患者が参加登録され, また YEARS score 0点の患者が50%のみであったことにより説明可能である。今回の研究では、参加登録した患者のうちYEARS scoreが0点だったのは80%超であり, PE有病率の合計も低かった。