Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

COVID-19入院患者への中和モノクローナル抗体療法の臨床試験

 今日は、今年(2021年)3/11に発表された論文"A Neutralizing Monoclonal Antibody for Hospitalized Patients with Covid-19."(ACTIV-3/TICO LY-CoV555 Study Group. N Engl J Med;384(10):905-914)を紹介してみます。

 

(1) Introduction

 SARS-CoV-2への免疫反応を促進する為、回復者血清や免疫グロブリン, モノクローナル抗体の臨床研究が行われている。そうした抗体1つに、LY-CoV555LY3819253もしくはbamlanivimabとも。AbCellera, イーライリリー, 国立アレルギー・感染症研究所が開発)があり、これは外来患者におけるウイルス量減少や, 入院or救急外来受診の頻度の減少と関連している。

 LY-CoV555はCOVID-19回復者の血清由来である。SARS-CoV-2のスパイクタンパク質にはアンギオテンシン変換酵素2と結合する受容体結合ドメインがあるが、LY-CoV555はこのドメイン内のepitopeへ高い親和性で結合する。

 

(2) Method

① Trial Design

 "TICO(Therapeutic for Inpatients with Covid-19)"のplatform protcolは、複数の集団において、多段階・二重盲検化したデザインによって複数の候補となる薬剤の臨床試験を運営しており, 複数種類の治療法を同時並行で試験する際に、poolしたプラセボ群を用いて, 多岐にわたる可能性のある薬剤の効果の評価を可能とする枠組みである。パンデミックの規模に対抗する為、このplatform protcolには、次の2段階から構成された。

  • Stage 1:  300名の患者を参加登録後に早期のfutility, 及び安全性の評価を行う。
  • Satage 2:  Satage 1の評価で合格した薬剤に関して、full sample sizeの患者の参加登録を行う。

 COVID-19入院患者をLY-CoV555:プラセボ=1:1の比でランダムに割り振った。加えて、全患者は高クオリティな支持的療法(レムデジビルや, 必要なら酸素投与・ステロイド投与を受けた)を受けた。

 SARS-CoV-2に対する外因性抗体を供する可能性のある治療を除く他の薬剤の投与が許可された。ランダム化後最初の5日間における、他のランダム化臨床試験への同時並行的な参加登録は許可されなかった

② PICO

 1. Patient Selection: 

 SARS-CoV-2の診断にて入院した成人患者で, COVID-19による症状の持続期間が12日以内の患者参加登録された。

 一方で、臨床試験全体を通して免疫グロブリン, 回復者血清, もしくは 他のSARS-CoV-2に対する中和抗体の投与を受けた患者除外された。なおStage 1においては、臓器障害(血管作動薬の使用, 新たな腎代替療法の開始, もしくは 人工呼吸器・ECMO or 機械的循環補助), 或いは 特定の肺外合併症がある患者が除外されていた。他方、Stage 2では臓器障害のある患者や肺外合併症のある患者の参加登録も可能とした。

 2. Intervention:  LY-CoV555の投与(1時間かけて単回投与)を受けた集団(以後、介入群と呼ぶ)

 3. Comparison:  プラセボ(1時間かけて単回投与)投与を受けた集団(以後、プラセボと呼ぶ)

 4. Outcome:  以下のように、primary outcomeとordinal outcome, key secondary outcomeで評価した。

1) Overall primary outcome; ランダム化後90日目までの持続的な回復(「自宅退院し, 14日間以上は自宅で過ごしていること」と定義)

  • Primary efficacy outcome; 持続的な回復に至るまでの期間
  • Primary safety outcome; ランダム化後〜5日目までの死亡, 重症有害事象, もしくは Grade3 or 4の有害事象の複合

2) Ordinal outcome; ランダム化後5日目に計測したものを採用。以下の2項目を含む。

  • Pulmonary outcome; 酸素の必要性を評価(日常生活可能〜死亡まで)。ランダム化後第1~7日の間に評価された。
  • Pulmonary-plus outcome; COVID-19の病勢進行に関連する臓器障害。ランダム化後第1~14日の間, 及び 第28日目に評価された。

3) Key secondary outcome; あらゆる原因による死亡

 2020年10/26にあらゆる解析に関するfollow-upデータが検証され、同日にデータ及び安全監視委員会("the data and safety monitoring board")が臨床試験の中止を勧告した。解析データのセットは2020年11/6にロックされたが、このデータには10/26までに発生した死亡, 重症有害事象, 臓器不全, 退院を含んでいる。

 

(3) Result

① Patients Randomization

 2020年の8/5から10/13の間に、31箇所の施設(米国; 23箇所, デンマーク; 7箇所, シンガポール; 1箇所)で326名が登録された。うち、analysis populationは314名にまで制限された(介入群 163名 vs プラセボ群 151名)。

② Patients Characteristics(Table 1)

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Table 1

 一部のbaseline charactersticsは、偶然にも介入群の方が、プラセボ群よりも病勢進行のリスクが多かった。

 合計298名(95%)の患者はランダム化前, もしくは 当日にレムデジビル投与を受け始めていた; 40%は既にランダム化にレムデジビル投与を受けていた。加えて、49%の患者がステロイドを, 51%がheparinoid投与を受けていた。

③ Efficacy Outcomes

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Fig1. A, B, C

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Table 2

 5日目におけるpulmonary ordinal outcomeのseven categoryにおける患者の分布は、介入群とプラセボ群間で類似していた(Fig. 1A)。詳細な結果は以下の通り。

  • 最良である2 categoryのうち1つに居る患者:  介入群; 81名(50%) vs プラセボ群; 81名(54%)
  • 5日目までに退院した患者:  介入群; 90名(55%) vs プラセボ群; 85名(56%)
  • 介入群において、プラセボ群よりも良好なcategoryにいるodds ratio:  0.85(95%CI 0.56-1.29; P=0.45) (Fig. 1A and Table 2)
  • Pulmonary outcomeとpulmonary-plus outcomeはほぼ同一; pulmonary categoryよりも不良なpulmonary-plus categoryに居たのは2名のみ(いずれもプラセボ群)だった。
  • 両群間の比較におけるpulmonary-plus outcomeの結果は類似していた(odds ratio 0.97; 95%CI 0.57-1.31; P=0.50) (Table 2)

 少なくとも28日の間にフォローを受けた or 死亡した患者167名のうち、介入群では71名/87名(82%), プラセボ群では64名/81名(79%)持続的な回復を示した(rate ratio 1.06; 95%CI 0.77-1.47)。314名の全コホートの中で退院が発生したのは、介入群で143名/163名(88%), プラセボ群では136名/151名(90%)だった(rate ratio 0.97; 95%CI 0.78-1.20) (Fig. 1B and 1C) (Table 2)

④ 臓器障害・重症感染症

 臓器障害もしくは重症感染症のある患者の割合は、介入群プラセボ間で類似していた(それぞれ16%14%)。大半の臓器障害は呼吸機能障害によるもの(介入群 10%, プラセボ群 11%)である一方、稀な(i.e. <4%でみられた)合併症には血栓塞栓症, 急性せん妄, 血管作動薬投与に繋がった低血圧が含まれた。重症感染症の併発が見られたのは3%だけだった。

⑤ Safety Outcome

 全体で99%の患者がLV-CoV555の点滴を最後まで実施された。点滴に関連した症状の大半の重症度がgrade1 or 2であった(Table 2)

 5日間を通して、primary safety outcome介入群で31名/163名(19%), プラセボ群で21名/151名(14%)にて発生した(odds ratio 1.56; 95%CI 0.78-3.10) (Table 2)。28日間においては、safety outcomeの複合へ臓器障害・重症感染症のhazard ratioは1.25だった(95%CI 0.81-1.93)。Safety outcomeの複合の大半がgrade 3 or 4の有害事象であった(Table 2)

 28日間のフォローアップの間、primary safety eventが発生したのは介入群 38名/163名(23%), プラセボ群 30名/151名(20%)だった(Table 2)

 全体で14名が死亡した(介入群 9名, プラセボ群 5名)。14名のうち12名はCOVID-19悪化により, 残り2名は心停止により死亡した(Table 2)

⑥ Subgroup analysis

 臨床試験参加時にpulmonary ordinal scaleがより悪い状態だった患者は、5日目においてcategoryが悪化する傾向があった。5日目におけるpulmonary outcomeのseven categoryの分布は、各baselineのcategory内の2つのグループで類似していた。LY-CoV555は、どのbaseline categoryにおいてもbenefitのevidenceを示さなかった。

 

(4) Discussion

 最初のTICOのpreliminary reportの結果において、LY-CoV555(7,000mg)単回投与を受けた患者は、ランダム化5日目において、プラセボ群よりも良好なoutcomeを示さなかった。つまりLY-CoV555は事前に設定されたcriteria for futilityに合致し, 追加の参加登録が中止された。Futilityの評価に利用した5日目outcome(介入群はプラセボ群よりも優れていなかった)は、持続的な回復までの時間というprimary outcomeと密接に関連していた。これらの結果を総合すると、LY-CoV555がCOVID-19入院患者のoutcomeを改善する可能性は低いと考えられる。

 この研究はsubgroup解析の為に十分な検出力を持たなかったが、5日後におけるLY-CoV555のordinal outcomeに対する効果が、baselineのpulmonary ordinal categoryや, 参加登録前の症状持続期間を含むsubgroupによって異なるという証拠は得られなかった。Baselineにおいて重症度の不均衡の可能性があるにも関わらず、調整後の解析は、この患者集団におけるLY-CoV555のbenefitを示唆しなかった。

 加えて、回復の持続というprimary outcome ないし 退院と関連したoutcomeに関しては、集団間の差を認めなかった。

 フォローアップ期間の中央値が31日のみであるこのpreliminary resultに基けば、プラセボと比較したLY-CoV555の安全性は不確かである。事前に設定されたsafty outcomeで見られたグループ間の差で、統計的有意の基準に合ったものは無かった。この試験のlimitationは、LY-CoV555のプラセボと比較した安全性について明確に述べることができないことである。