こんばんは。現役救急医です。今日は久々に論文を紹介してみます。Lancet Infectious Diseaseというジャーナルへ2021年11/25に発表された論文"Effectiveness of ChAdOx1 nCoV-19 vaccine against SARS-CoV-2 infection during the delta variant surge in India: a test-negative, case control study and a mechanisitic study of post-vaccination immune responses."(Thiruvengadam R., Awasthi A. et al.)が元ネタです。
(1) Introduction
SARS-CoV-2は、スパイクタンパクの受容体結合領域(RBD; receptor-binding domain)と, アンギオテンシン変換酵素2受容体(angiotensin-converting enzyme 2 receptor)の相互作用によってヒト呼吸器上皮細胞に侵入する。ウイルスのRBD変異は、ワクチンにより生成された抗体による中和活性低下に繋がる可能性がある。しかし、たとえ中和活性が低下し, ウイルスが細胞内に侵入したとしても、細胞性免疫がCOVID-19に対して予防的に働く可能性がある。インドではデルタ株によって、2021年4~5月の間にSARS-CoV-2感染拡大が発生した。2021年4月までの時点で、ワクチン接種を受けた888,064,065名中、649,886,100名(73.2%)は1回目接種, 238,177,965名(26.8%)は2回目接種を終えていた。インドのワクチン接種プログラムは多くがオックスフォード大・アストラゼネカ(AstraZeneca; 以下AZ)製のChAdOx1 nCoV-19ワクチンであった。この研究では、2021年4~5月の間のインドにおけるAZ製ワクチンの有効性評価を目的としていた。加えて、健康なAZワクチン被接種者において、懸念すべき変異株(VOC; variants of concern)に対する生ウイルス中和活性と細胞性免疫反応を評価することも目的としていた。
(2) Method
① Study Design
1. ワクチン有効性の評価
被雇用者州保険組合医科大学(Employee State Insuarance Corporation Medical College; ESICMC)附属病院 ないし Translational Health Science and Technology Instituteで, 2021年4/1~5/31の間に, SARS-CoV-2感染症疑いの為RT-PCR検査を受けた人において、ワクチン有効性を評価する為に検査陰性症例対照研究を行った。
PCR検査で陽性となった人は全員症例("case")に含まれた。対照例("control")はPCR検査陰性の人からランダムに選出され、検査期日を症例とmatchさせた。
ワクチンの種類・接種回数・接種期日等のデータと, COVID-19の臨床症状は電話アンケートにより収集した。なお『完全接種済("complete vaccination")』とはここでは2回目接種から14日以上経過したことを示している。『1回目接種済』とは2回目接種はまだだが、1回目接種からは21日以上経過したことを示し, 『未接種』とは1回目接種を受けておらず、対照群に入った人のことである。
- 酸素投与が必要
- ICUへ入室
- 人工呼吸器を使用
- 死亡
のいずれか1つを報告した患者は『中等症・重症COVID-19』と定義した。
2. 中和活性等の評価
ESICMC附属病院でワクチンを接種され, 完全接種済である59名が参加した。この参加者は、ワクチン有効性評価の為の集団から参加していた。採血前にPCRで陽性, 或いは 採取した血液検体にて抗ヌクレオカプシド抗体が陽性となった参加者は除外された。
血液検体には、血清と末梢血単核球(PBMCs; peripheral blood mononuclear cells)の抽出処理を行なわれた。
組換えスパイクタンパクRBD ELISA法によってIgG抗体を測定した。具体的には、血清サンプルを1/20~1/640まで連続して希釈し, 分離されたSARS-CoV-2 4種のうち1種と一緒に培養することで、ウイルス中和assay力価を推定した。
従来型SARS-CoV-2の組換えRBDタンパクを人工的に作成・精製した。VOCのRBD作成・精製は、アルファ株・ベータ株・カッパ株・デルタ株に特徴的な変異を発生させることで行なった。
従来型とデルタ株の全スパイクペプチドプールによる刺激に対するCD4 T細胞・CD8 T細胞の反応は、活性化PBMCs培養の上澄み液, activation induced marker assay, 細胞内サイトカインassay, におけるサイトカインビーズarrayによって検査した。
抗原特異的なCD4・CD8 T細胞の反応は、インターフェロンγ(IFNγ)・インターロイキン2(IL-2)・腫瘍壊死因子α(TNFα)の産生, 及び effector molecules granzyme B・perforinの発現により判定した。
1 wellごとに100万個の細胞を入れ, 2 μg/mLのペプチドプールで18~22時間刺激し, その後monensinで6時間刺激することで細胞内染色を行なった。従来型とデルタ株のスパイクペプチドプールへの反応を見るため、CD4 T細胞内のIFNγ・IL-2・TNFα発現とCD8 T細胞内のIFNγ・granzyme B・perforin発現を調べた。細胞には細胞外・細胞内マーカー染色が行われ, フローサイトメトリーによる分析が行なわれた。従来型とデルタ株に特異的な変異ペプチドプールへ反応してIFNγを分泌する細胞の頻度を決定する為、ELISpotが行なわれた。
全体的な抗原特異的T細胞反応をより広く理解する為に、activation-induced marker assayを行なった。CD4・CD8 T細胞の活性化は、従来型orデルタ株のスパイクペプチドプールによる刺激に対するCD4 T細胞表面でのOX40・CD137発現, 及び CD8 T細胞表面でのCD69・CD137発現を評価することで計測した。RBD特異的なT細胞反応を調べる為、PBMCsは従来型RBDタンパクと, 変異RBDタンパクで刺激された。
② Outcome
Primary outcomeは、検査で診断したSARS-CoV-2感染症に対するAZ製ワクチン2回接種の有効性である。Secondary outcomeは、
だった。他に、AZワクチン被接種者における
- VOCに対する生ウイルス中和活性
- VOCに対するT細胞免疫反応
もoutcome(additional outcome)に含まれた。
③ 統計学的解析
完全接種済のワクチン有効性は、1回目接種済の人を除外後に, 未接種の人と完全接種済の人を比較することで推計した。1回目接種のワクチン有効性は、完全接種済の人を除外後に, 未接種の人と1回目接種済の人を比較することで推計した。調整odds比(aOR; adjusted odds ratio)と95%信頼区間(CI; confidence interval)は、多変量ロジスティック回帰モデルという方法を用いて推計した。最終的なワクチン有効性推計値は、(1-aOR)x100[%]という式を用いて算出した。中等症・重症COVID-19に対するワクチン有効性は、軽症COVID-19患者を対照群として用いることによって求めた。
異なるVOC間の生ウイルス中和活性を比較する為、各変異株に対する幾何平均力価を計算し, 従来型の力価を参考値とする、対数変換された力価の値によって分散の解析を行なった。中和抗体or定量的なIgG抗体値と, T細胞のIFNγ・IL-s産生 の間の相関を評価する為に、ピアソン相関係数というものを用いた。各変異株と従来株に対するIFNγの反応のpair-wiseな倍数変化を計算し, Wilcoson matched-pairs signed-rank testという方法で比較した。
(3) Result
1. ワクチン有効性
2021年4/1~5/31の間にPCR検査を受けた8,850名のうち、7,132名(80.6%)が臨床研究への参加に応じた。
この中から電話インタビューに同意しなかった人, 以前の感染拡大で陽性となった人, 2021年4/1より前に検体を採取された人を除いた結果、この研究へ参加登録可能だったのは
- 対照例: 3,695名
- 症例: 2,883名
であった。症例と対照例をmatchさせ、データベース上陰性だが後で陽性と報告された476名と, AZ製ワクチン以外のコロナワクチンを接種された276名を除外後、ワクチン有効性解析には
- 症例: 2,766名
- 対照例: 2,377名
が含まれた。
SARS-CoV-2感染症に対するAZ製ワクチン2回接種の有効性を推計する為に、症例2,379名と対照例1,981名が解析に含まれた(Figure 1)。症例群で完全接種済だったのは85名(3.6%), 対照例群で完全接種済だったのは168名(8.5%)だった(aOR 0.37, 95%CI 0.28~0.48); SARS-CoV-2感染症に対する完全接種済の有効性は63.1%(95%CI 51.5~72.1)だった。1回目接種(のみ)済は
- 症例群: 2,451名中157名(6.4%)
- 対照例群: 1,994名中181名(9.1%)
- aOR: 0.54 (95%CI 0.42~0.68)
であり(Figure 1)、SARS-CoV-2感染症に対する1回目接種の有効性は46.2%(95%CI 31.6~57.7)だった。中等症・重症COVID-19症例84名のうち完全接種済は1名(1.2%)で, 軽症COVID-19症例2,295名のうち完全接種済は84名(3.7%)だった(aOR 0.19, 95%CI 0.01~0.90)。すなわち、中等症・重症COVID-19に対する完全接種済の有効性は81.5%(95%CI 9.9~99.0)だった(Figure 1)。死亡例は
- 未接種 or 不完全接種群: 16名
- 完全接種群: 0名
だった。1回目接種済は
- 中等症・重症COVID-19症例: 87名中4名(4.6%)
- 軽症COVID-19症例: 2,364名中153名(6.5%)
なので、中等症・重症COVID-19に対するAZ製ワクチン1回目接種の有効性は79.2%(95%CI 46.1~94.0)だった。
2. 中和抗体活性など
59名の健康な完全接種済参加者のうち、49名の血清で中和活性が検査された。
- 2回目接種〜血液検体採取までの期日中央値: 61日
- 抗RBD IgG抗体濃度中央値: 234.6 ELISA laboratory unit/mL
- 従来型ウイルスに対する中和抗体幾何平均力価: 599.4(95%CI 376.9~953.2)
従来型に対する幾何平均力価と, 対応するIgG抗体濃度の間に強い相関が認められた。従来型に対するそれと比較して、変異株に対する中和抗体幾何平均力価は有意に減少していた(Figure 2)。
- アルファ株の幾何平均力価: 244.7(95%CI 151.8~394.4; p=0.036)
- カッパ株の 〃 : 112.8(95%CI 72.7~175.0; p<0.0001)
- ベータ株の 〃 : 97.6(95%CI 61.2~155.8; p<0.0001)
- デルタ株の 〃 : 88.4(95%CI 61.2~127.8; p<0.0001)
サイトカインビーズarrayをワクチン被接種者48名から採取した検体に行い, うち47名で反応が見られた。従来型のスパイク特異的ペプチドプールで刺激された検体と, デルタ株のそれにより刺激された検体中では、IFNγ, IL-2, TNFα産生に有意差は見られなかった(Figure 3A~C, Table 3)。細胞内サイトカインassayでは、従来型とデルタ株双方のスパイクペプチドプールが、CD4 T細胞でIFNγ・IL-2・TNFαの発現を, CD8 T細胞でIFNγ・granzyme B・perforinの発現を同様に誘導した(Figure 3D~I, Table 3)。全体的な抗原特異的なT細胞反応も、従来型のスパイクとデルタ株のスパイクペプチドプールの双方がCD4 T細胞・CD8 T細胞のactivation induced markerの発現を誘導した(Figure 3J, K, Table 3)。
T細胞反応に対するデルタ株の変異領域の特異的な影響をより多く評価する為、IFNγ-linked ELISpotを実施した。従来型と比較して、デルタ株に対する抗原特異的なT細胞免疫反応は維持されていた(Figure 3l)。
中和抗体の幾何平均力価とT細胞のIFNγの反応の間, もしくは 血清中の抗RBD IgG抗体濃度とT細胞のIFNNγの反応の間で、有意な相関は認められなかった。IL-2発現と血清中の抗RBD IgG抗体濃度の間には有意な正の相関が認められた。
従来型とVOCのRBDタンパクに対するT細胞の反応を理解する為、59名の被接種者で抗原特異的なT細胞の反応を検査した。59名中、野生型or変異型RBDタンパクでPBMCsを刺激後にT細胞の反応が見られたのは40名だった。この40名において、平均IFNγ分泌は全変異株で同等だったものの、ベータ株は野生型と比較してIFNγ分泌が有意に減少していた。反応が無かった19名中、14名では従来型orその他VOCのRBDに対して反応が無かった。従来型とデルタ株の間で、RBDタンパクによるPBMCs刺激後のIFNγ分泌に有意差は認められなかった; しかし、この差は統計学的に有意でなかった。
(4) Discussion
以前の研究では、secondary endpoint解析においてAZ製ワクチンは、ベータ株による症候性COVID-19に対して10.4%(95%CI -76.8~54.8)の有効性があることが分かっている。今回の研究で、インドでデルタ株によりCOVID-19症例数が急増している期間において、SARS-CoV-2感染症に対するAZ製ワクチン完全接種済の有効性は63.1%であることを報告した。イングランド・スコットランドの研究では、デルタ株による感染症へのAZ製ワクチンの有効性が60.0~67.0%であることが報告されている。
この研究のstrengthは、WHOが推奨している検査陰性・症例対照design(危険性・受診の機会を探すこと・被接種者と未接種者の医療へのアクセスと, ワクチン有効性推計値とランダム化試験のそれとの比較検討 の間のバランスを取ったもの)を使用したことである。年齢, 性別, COVID-19曝露リスクを調整することで、ワクチン接種を優先された集団の潜在的なバイアスを最小化した。この研究の対象期間において、インドの合計ワクチン接種率は低かった。この研究の知見を解釈する際に、この低い接種率を考慮する必要がある。他にこの研究では、重症COVID-19症例が少なく, 大半の患者は軽症COVID-19であった。これは重症COVID-19に対するワクチン有効性の推計値を不安定にする可能性があり、事実、95%信頼区間は広かった。この研究のpopulationは、職場でのCOVID-19曝露がハイリスクである人が少なく, 若年男性が多かった。このパターンは、異なる状況でワクチン有効性を検証する研究を行う必要性を強調している。
スパイクタンパクのRBD領域の変異は中和IgG抗体との結合を低下させる。その為、以前の研究ではデルタ株に対するワクチンの中和能力減少が見られていた。今回、VOCsに対する中和能力は有意に減少し, 特にデルタ株で顕著だった。重複するペプチドプールとRBDタンパクを用いて、SARS-CoV-2の完全なスパイクタンパクに対するCD4 T細胞とCD8 T細胞の反応を検証した。従来型ないしデルタ株に対するT細胞の免疫反応について、有意差は見られなかった。これらの観察結果は、ファイザー製 or モデルナ製コロナワクチンを接種された人では変異株のペプチドプールに対する合計IFNγ分泌の減少が有意でなかった(つまりVOCsに対するT細胞の反応が十分であった)ことを示した既知の報告と一致する。中和抗体の幾何平均力価とT細胞のIFNγの間の相関は乏しかったものの、抗体の反応とPBMCsによるIL-2産生の間に有意な正の相関が見られた。これらの観察結果は、液性免疫反応とT細胞免疫反応の間で相関が乏しかったCOVID-19回復者における過去の観察結果と一致する。過去の研究では、RBDタンパクの免疫優勢なS346-S365領域の維持が、CD4 T細胞の反応において重要であることが示されている。この領域は、VOCsの変異の影響を受けない。別の研究では、SARS-CoV-2変異株において、CD4 T細胞のepitopeの約93%と, CD8 T細胞のepitopeの約97%が保たれていた。つまり、SARS-CoV-2の新規変異株の点変異に対する細胞性免疫反応はほぼ保たれている可能性があるのだ。
※追記: 久々にYouTubeチャンネルを更新しました。先日の『日本版CDC』に関する話題に関する動画を作成した他、ちょっとしたおふざけ動画もアップロードしています。是非ご覧下さい。