Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

重症COVID-19患者のヘパリン治療用量投与

 今日は論文紹介です。今年8/4にNEJM. orgへ発表された論文"Therapeutic Anticoagulation with Heparin in Critically Ill Patients with Covid-19."(N Egl J Med. DOI: 10.1056/NEJMoa2103417)を大雑把に和訳して紹介してみようと思います。

 

(1) Introduction

 重症COVID-19患者は、標準用量の血栓予防薬を投与されているにもかかわらず血栓症のリスクが高い。全身の炎症や凝固の活性化を反映するバイオマーカーは、COVID-19患者の呼吸不全, 血栓症, 死亡のリスク上昇と独立して関連している。

 未分画ヘパリン・低分子量ヘパリンは、抗炎症性の特性と潜在的な抗ウイルス特性を有する非経口的抗凝固薬である。しかしCOVID-19患者の転帰を改善させる目的で投与された治療用量の抗凝固薬の有効性・安全性は不明である。

 この臨床試験では、未分画 or 低分子量ヘパリンによる治療用量の抗凝固療法というinitial strategyが重症COVID-19患者の入院中の生存率を改善させ, ICUレベルの臓器補助を減らすかどうかを決定する為の国際的順応型multiplatformランダム化コントロール試験を行った。

 

(2) Metod

① Trial Design

 Evidenceの創生を加速させ, その知見の外部妥当性を最大化させる為の統合的なmultiplatformランダム化臨床試験に参加しているCOVID-19患者において、治療用量の抗凝固療法の効果を調べる為に3件の国際的な順応型platform臨床試験のprotcolと統計学的解析計画を融合させた。これらのplatformには'REMAP-CAP', 'ACTIV-4a', 'ATTACC'が含まれる。

 患者は治療用量の抗凝固薬, または 通常の薬理的血栓予防療法へランダムにopen-label形式で割り振られた。ACTIV-4aの患者には1:1の比でランダム化が行われた。他の2 platformは反応順応型ランダム化を採用した。

② PICO

 1. Patients

 この3件のplatform全てにCOVID-19入院患者が含まれていた。臨床試験は重症COVID-19患者と中等症COVID-19患者における治療用量の抗凝固薬の効果を評価する為に設計された。ここでは重症患者の解析結果を記載する。

 ここでは重症COVID-19ICUレベルの呼吸 ないし 循環への臓器補助を受けるに至ったCOVID-19」と定義する。以下に該当する患者は除外された: 

  • ランダム化前に48時間以上COVID-19によりICUに入っている(REMAP-CAP)
  • ランダム化前に72時間以上入院している(ACTIV-4a, ATTACC)
  • 死亡リスクが迫っており, 全面的な臓器補助が行われていない
  • もしくは、出血リスクあり, 抗血小板薬2剤併用中, 別の理由で治療用量の抗凝固薬の投与を受けている, ないし ヘパリン過敏症の既往あり

 2. Intervention治療用量の抗凝固薬(へ割り振られた患者; 以下『治療用量群』)。その地域の急性静脈血栓塞栓症治療protcolに則った投与量で、14日間 ないし 回復まで投与された

 3. Comparison:  通常の血栓予防療法(へ割り振られた患者; 以下『通常用量群』)。投与期間は治療を行う医師の判断に依存し, その地域のやり方に則って行われた。

 4. Outcome:  次のようなprimary outcome, prespecified secondary outcome, sefety outcomeで評価した。

  • Primary outcome; 臓器補助が不要であった期間。生存退院した患者では21日目までの循環 or 呼吸器系補助が不要な日数を示すordinal scaleで評価した(臓器補助が不要な日数が多いほど良好なoutcomeを示す); 90日目までに入院中に死亡した患者は-1と評価された。21日目より前に退院した患者は、生存しており21日目まで臓器補助が不要だったと見做された。
  • Prespecified secondary outcome; 生存退院, 重大な血栓イベント or 死亡, あらゆる血栓イベント or 死亡。28日目まで評価された。
  • Safety outcome; 治療期間中の重大な出血, 検査で確定したヘパリン誘因性血小板減少症

 

(3) Result

① Patients Characteristics

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Fig. 1

 2020年4/21に最初の患者がランダム化を受けた。臨床試験期間中、REMAP-CAP platformでは、ランダム化の比率は治療用量の抗凝固薬へ0.388, 通常の薬理学的血栓予防療法へ0.612と調整された。重症コホートへの参加登録は2020年12/19に終了した。その時点で、10ヵ国の393ヵ所で1,207名のCOVID-19患者がランダム化されていた(治療用量群 591名 vs 通常用量群 616名(Fig. 1)この報告では、1,103名の重症COVID-19患者を含むprimary analysisの結果を示す; これらの患者のうち1,098名においてprimary outcomeに関するデータが入手可能であった。

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 患者のbaseline characteristicsは両群間で類似していた(Table 1)。患者の大半がREMAP-CAPを通して登録されていた(928名/1,103名[84%])。

② Primary Outcome

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Table 2

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Fig. 2

 臓器補助が不要だった日数の中央値は、

  • 治療用量群:  1日(四分位範囲 -1~16)
  • 通常用量群:  4日(四分位範囲 -1~16)

であった。治療用量抗凝固薬の効果に関する調整後比例odds比の中央値は0.83(95% credible interval 0.67~1.03)であり、無益である事後確率は99.9%, 劣性である事後確率は95.0%であった。(Table 2 and Fig. 2)

生存退院に関しては、

  • 治療用量群:  335名/534名(62.7%)
  • 通常用量群:  364名/564名(64.5%)

であった。生存退院に関する調整後比例odds比の中央値は0.84であった(95% credible interbal 0.64~1.11; 劣性である事後確率 89.2%)。生存退院した患者の割合の調整後絶対的差異の中央値([治療用量群の値]-[通常用量群の値])は-4.1 percentage pointsだった(95% credible interval -10.7~2.4)。

③ Secondary Outcome

  重大な血栓イベントは治療用量群で通常用量群よりも少なかった治療用量群 6.4% vs 通常用量群 10.4%)にも関わらず、重大な血栓イベントないし死亡のsecondary efficacy outcomeの発生率は両群で類似していた治療用量群 40.1% vs 通常用量群 41.1%; 調整後odds比中央値 1.04; 95% credible interval 0.79~1.35) (Table 2)深部静脈血栓症を組み込んだ解析も似たような知見を示した。

治療期間中に発生した重大な出血イベントは、

  • 治療用量群:  3.8%
  • 通常用量群:  2.3%

だった(Table 2)

 

(4) Discussion

 1000名を超える重症COVID-19患者を含んだこのmultiplatformなランダム化臨床試験では、治療用量の抗凝固薬は生存退院の可能性, もしくは 循環・呼吸器系臓器補助の不要な日数を増やさず, また通常の薬理学的血栓予防療法に劣性である可能性が95%であった。治療用量の抗凝固薬では、通常の血栓予防療法よりも生存退院の可能性が低下する可能性が89%であった。両群で出血合併症は低頻度だった。

 この知見は、COVID-19重症患者へのルーチンな治療用量の抗凝固薬は利益があるという仮説へ反駁する物である。

 COVID-19患者における抗凝固療法の正味の効果は、開始時期に依存している可能性があり, 治療を開始した時期の重症度により変動する可能性がある。重症COVID-19患者では多臓器での凝固活性化が明らかになっているにも関わらず、重症COVID-19発症後の治療用量の抗凝固薬の開始が、既に成立した病勢の結果を変えるには遅すぎた可能性がある。

 この臨床試験では、primary outcomeに対して治療用量の抗凝固薬が劣性である可能性は95%であった。害の可能性を説明可能なメカニズムは不明である。重大な出血イベントの発生率は通常の血栓予防療法よりも治療用量の抗凝固薬において数字の上で多かったものの、低いことに変わりない(3.8%)。COVID-19とARDSの患者の病理解剖所見では、微小血栓と肺胞出血を認めた。顕著な肺の炎症の存在下では、治療用量の抗凝固薬が肺胞出血を悪化させる可能性がある。

 このmultiplatform臨床試験では、調和の取れた実用的な臨床試験protcolが5大陸に及ぶ3つのplatformネットワークにより実施された。評価された治療法は身近で広く利用できるものであり, 重症COVID-19に広く適用できる知見となっている。このcollaborationは、独立したplatformよりも迅速に害の可能性がある劣性の結論へ辿り着くことを可能にした。

 この臨床試験には幾つかlimitationがある:

  • Open-labelデザインであり、血栓イベントの確認に当たってバイアスが掛かっている可能性がある。
  • 重症コホートに入った実に多数の患者が英国出身だった。英国ではこの臨床試験の期間中、ICUに入ったCOVID-19患者へ血栓予防目的で中等量の抗凝固療法を推奨するようにガイドラインが変更された。その為、通常用量群の患者の多くが中等量の血栓予防療法を受けることになった。

 せっかくなので、日本の教科書(『救急診療指針 改訂第5版』)に載っているヘパリンの投与量を紹介しておきますね。

深部静脈血栓塞栓症に関して、

  • 予防的なヘパリン投与の指標:  APTTを正常上限に維持する
  • 治療の指標:  APTTはコントロール値の1.5~2.5倍に維持する

血栓塞栓症については(治療用量)、

  1. 最初に80 U/kg もしくは 5,000 UをIV
  2. その後、持続静注によりAPTTをコントロール値の1.5~2.5倍に維持する

が推奨されています。特に予防投与については、ヘパリンの投与量を10,000 U/dayから開始する場合が多いように思います。