Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

ファイザー製コロナワクチンの安全性に関する全国規模のデータ from イスラエル

 みなさんこんばんは。専門医試験を終えた現役救急医です。取り敢えず、マークミスや氏名・受験番号記入漏れは試験時間中、2回くらいは確認したのでひとまず安心していいと思います。あとは結果を待つだけですが、不安もそれなりにあります。概ね過去問と同じor似たような領域から出題はされていたものの、選択肢中に正解と紛らわしいものが2~3個存在するような設問は結構ありましたし, 「これは全然分からん(でも冷静に考えればワンチャンいける)」設問は100問中2~3個はありました。

 まあそんな訳で、少なくともしばらくの間、試験勉強とほぼ無関係な生活が送れそうなのでブログを気まぐれに更新していきます。今回は論文紹介なのですが、発表時期は今年の8/25と少し前になります。掲載されたジャーナルはNew England Journal of Medicineで, イスラエルで作成されたものです(DOI: 10.1056/NEJMoa2110475)。

 

(1) Introduction

 イスラエルでは2021年5/24時点で、約500万人の国民(全人口の55%<に相当)がBNT162b2ワクチン(ファイザー製のmRNAコロナワクチン)2回接種を終えていた。今回、イスラエル最大規模の医療組織(というより保険会社?)のデータベースを使用して、ファイザー製ワクチンの安全性評価を行なった。ワクチン接種済の人の集団と未接種者の集団の間で、短期的, 及び 長期的な有害事象の発生率を比較した。

 

(2) Method

① Study Design

 Clalit Health Service(CHS)イスラエルの人口の約52%の保険をカバーしている。今回はCHSに登録された観察的データの分析を行なった。イスラエル保健省がCOVID-19に関するデータを収集した。

 2020年12/20(イスラエルでコロナワクチン接種キャンペーンが開始した期日)から、2021年5/24(この研究が終了する期日)までの連日において、その日にワクチンを接種された人の中で参加登録基準を満たした人が、まだコロナワクチン接種を受けていない, 参加登録基準を満たす人とmatchされた。なお未接種者が後日ワクチンを接種され, ワクチン接種済集団へ加わる可能性は十分あったものとする。

 ワクチン接種済集団と未接種者集団は、baselineにおける社会人口学的変数(e.g. 年齢, 性別, 居住地などの項目)や, 医療的な要素(e.g. 基礎疾患/既往歴, 妊娠の有無などの項目)を厳密にmatchさせた。

② 参加登録基準

 以下の基準を全て満たした人が参加登録可能と判断された。

  • 16歳以上
  • 1年を通じてCHSと契約していた
  • SARS-CoV-2感染既往がない
  • その前の7年間において医療機関受診がない

各有害事象の評価の際には、その有害事象の既往歴がある人は除外された。

 また、長期療養型施設住人, 健康上の理由で自宅にこもっている人, 医療従事者, BMIもしくは居住地が不明な人も、交絡因子の修正が難しいので除外された。

③ ワクチンの有害事象評価

 臨床上重要な短期的・長期的な有害事象を広範囲にわたり捕捉する為に、検索対象は広く設定した。よって、発熱・倦怠感等の中等度有害事象は対象にされなかった。今回は、1回目接種後21日間, 及び2回目接種後21日間の合計42日のフォローアップ期間が対象になった。

 それぞれの有害事象の追跡は、matchingが行われた当日から、1)有害事象の発生, 2)42日間が経過, 3)研究期間の終了, 4)死亡 のどれかが先に発生するまでの間、全参加者に対して行なった。また、未接種者が1回目接種を受けた場合, 或いは 未接種者・接種済の人どちらかがSARS-CoV-2感染症と診断された場合は、matchされたペアのフォローアップは終了した。

④ 感染riskの評価

 感染後42日間における、同様の有害事象に対するSARS-CoV-2感染症の影響も推定した。ワクチンの有害事象評価と同様のデザインを用いたが、1)対象期間が2020年3/1(イスラエルでCOVID-19パンデミックが始まった時期)から開始である点, 2)直近の医療機関受診があった人を除外しない点, が異なる。

 SARS-CoV-2感染に関する解析では、新たに診断された人と, 感染既往がない対照群の人が連日matchされた。このペアに対するフォローアップは、感染者群の人がPCRで陽性となった日から、control群の人が感染した, 或いは ペアの片方がワクチンを接種された日までの間に行われた。

統計学的解析

 フォローアップ期間中、未接種者対照群の多くがコロナワクチンを接種されたことから、未接種者が研究期間に全くワクチンを接種しなかった場合のper-protcol(『当初の計画/割り付け通りの治療等が行われた被験者を対象とする』という意味)な効果の類似性を推定することにした。当初未接種controlだった人が、研究期間中にワクチンを接種された結果、新たにワクチン接種済群に入る可能性があった。SARS-CoV-2感染症に関する解析にも同様の処理を行なった。

 累積発症曲線を作成し, 両群における42日後の有害事象のriskを推計する為に、Kaplan-Meier法という手法を用いた。Riskはrisk比やrisk差により比較した(単位は100,000人ごと)。

 

(3) Result

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Figure 1

 ワクチン接種コホートに参加登録可能だったのは、合計1,736,832名だった(Fig. 1)。年齢中央値は43歳だった。各有害事象について、研究へ参加した集団の最終的な人数はバラバラであった。ワクチン接種コホートには平均884,828名のワクチン接種済の人が含まれ、年齢中央値は38歳だった。

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Table 2

 各種の有害事象に対するワクチンの影響をTable 2に示す。Risk比・risk差いずれかに関して、ワクチン未接種集団よりも接種済集団にてriskが顕著に高かったのは、

  • 心筋炎Risk比: 3.24; 95%CI 1.55~12.44, Risk差: 2.7/100,000名; 95%CI 1.0~4.6
  • リンパ節腫脹:  Risk比: 2.43; 95%CI 2.05~2.78, Risk差: 78.4/100,000名; 95%CI 64.1~89.3
  • 虫垂炎:  Risk比: 1.40; 95%CI 1.02~1.73, Risk差: 5.0/100,000名; 95%CI 0.3~9.9
  • ヘルペス帯状疱疹ウイルス感染症:  Risk比: 1.43; 95%CI 1.20~1.73, Risk差: 15.8/100,000名; 95%CI 8.2~24.2

であった。ワクチン接種は、貧血, 急性腎傷害, 頭蓋内出血, リンパ球減少に対して顕著に予防的であった。

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Figure 2

 SARS-CoV-2感染症コホートに参加登録可能であったのは合計233,392名だった(年齢中央値 36歳) (Fig. 2)このコホートには平均で173,106名のSARS-CoV-2感染者が含まれ、54%が女性で, 年齢中央値は34歳だった。

 SARS-CoV-2感染は、以下の有害事象のriskを顕著に増加させた。

  • 心筋炎Risk比: 18.28; 95%CI 3.95~25.12, Risk差: 11.0/100,000名; 95%CI 5.6~15.8
  • 急性腎傷害:  Risk比: 14.83; 95%CI 9.24~28.75, Risk差: 125.4/100,000名; 95%CI 48.5~75.4
  • 肺塞栓症:  Risk比: 12.14; 95%CI 6.89~29.20, Risk差: 61.7/100,000名; 95%CI 48.5~75.4
  • 頭蓋内出血:  Risk比: 6.89; 95%CI 1.90~19.16, Risk差: 7.6/100,000名; 95%CI 4.9~16.9
  • 心膜炎:  Risk比: 5.39; 95%CI 2.22~23.58, Risk差: 10.9/100,000名; 95%CI 4.9~16.9
  • 心筋梗塞:  Risk比: 4.47; 95%CI 2.47~9.95, Risk差: 25.1/100,00名; 95%CI 16.2~33.9
  • 深部静脈血栓症:  Risk比: 3.78; 95%CI 2.50~6.59, Risk差: 43.0/100,000名; 95%CI 29.9~56.6
  • 不整脈:  Risk比: 3.83; 95CI 3.07~4.95, Risk差: 166.1/100,00名; 95%CI 139.6~193.2

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Figure 3

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figure 4

 Figure 3は、ワクチン接種もしくはSARS-CoV-2感染がriskを顕著に増加させた有害事象に関する, ワクチン接種の解析とSARS-CoV-2感染の解析双方におけるrisk比の推計を示している。Figure 4は、同じ有害事象に関する, ワクチン接種やSARS-CoV-2感染に関連した絶対的riskを示している。

 

(4) Disucussion

 今回、ファイザー製コロナワクチンの安全性評価の為に、ワクチンを接種された人240万人超を含めたデータを利用した。今回特定された主要な有害事象には、リンパ節腫脹, ヘルペス帯状疱疹ウイルス感染症, 虫垂炎, 心筋炎が含まれる。

 また、同じ有害事象の発症率に対するSARS-CoV-2感染症の影響を推計する為に、240,000名超の感染者のデータを検証した。SARS-CoV-2感染はリンパ節腫脹, ヘルペス帯状疱疹感染症, ないし 虫垂炎の発症に対して顕著な効果は無いと推定されたが、心筋炎riskが顕著であると推計された。また感染は、ワクチン接種がriskを増加させなかった有害事象(不整脈, 肺塞栓症, 深部静脈血栓症, 心筋梗塞, 心膜炎, 頭蓋内出血)のriskを上昇させた。

 ファイザー製, モデルナ製, もしくは アストラゼネカ製ワクチンの第3相臨床試験で心筋炎の報告は無かったものの、最近になってコロナワクチン接種後の心筋炎の報告は複数なされている。心筋炎riskは若年者で最も高いように見える。ワクチン接種後、心筋炎のriskは3倍増加することが今回判明しており, これはつまり100,000人の集団において、心筋炎の発症が約3件増加するということである; 95%信頼区画は、10,000名中1~5名の発症数増加を示している。ワクチン接種済集団内の21名の心筋炎患者にて、年齢中央値は25歳であり, 男性は90.9%であった。

 コロナワクチン関連の有害事象で最近他に注目されたものには、ベル麻痺も含まれる。文献/報告によってワクチン接種後のベル麻痺発症率は異なっている。今回の研究でベル麻痺のrisk比は1.32(95%CI 0.92~1.86)であり、軽度増加の可能性があった。絶対的risk差は、100,000名にて8件までの増加と小規模であった。ワクチン接種後に増加したヘルペス帯状疱疹ウイルス感染症は、顔面神経麻痺の原因の1つである可能性がある。

 コロナワクチンで他に注目されている有害事象は、血栓塞栓症である。今回、ファイザー製ワクチンと血栓塞栓症の関連性は認められなかった。

 今回の研究では、当初予想されていなかった効果も見られた。ファイザー製ワクチンは貧血, 脳出血等の有害事象に対して予防効果があるように思われた。これら有害事象は、SARS-CoV-2感染の合併症としても認められた。そのため、ワクチンの予防効果は診断されていないSARS-CoV-2感染症に対する予防効果によって発揮されていると思われる。

 なお今回の研究には複数の欠点がある。

  • この研究の参加者は、ワクチン接種・SARS-CoV-2感染という曝露に則ったランダム化がされていない。
  • Matchingの過程で、解析が行われた集団が参加登録可能な集団と異なる構成になった。
  • ネットワークに参加していない病院でなされた診断例が見逃されている可能性がある。
  • ワクチン接種後 ないし SARS-CoV-2感染後に参加者の注意や心配が増したことによって、症状が出た際にそれを報告, もしくは 医療機関受診へ繋げる可能性がある。また同様にして、SARS-CoV-2感染者では特定の有害事象発症率の急増がCOVID-19の初発症状を示している可能性があるものの、積極的なSARS-CoV-2検査と関係している可能性もある。
  • ワクチンまたはSARS-CoV-2感染の影響を示す指標は、目下検証が行われている特定の有害事象の新規発症のみに基づいたものである。つまり、こういった有害事象の既往がある人における、潜在的な発症riskがそれほど注意を払われていない事になる。