Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

スコットランドの妊婦におけるSARS-CoV-2感染とコロナワクチン接種

 こんばんは、現役救急医です。YouTube動画のネタにしたいことが思い浮かばない(全くない訳ではないが、構成を考えたり, 編集するのが面倒臭い)のでブログ更新します。この記事の題名通り、興味深い論文を発見しました。2022年1/13にNature Medicneへ発表された論文です(https://doi.org/10.1038/s41591-021-01666-2 )。

 

(1) 背景

 非妊娠女性と比較して、妊婦はSARS-CoV-2感染により高い感受性を有しているように見えないが、COVID-19が重症化するリスクは高い。妊婦はコロナワクチンの市販前臨床試験から除外された。その結果、各国でワクチン接種が開始した際には妊婦への接種に関する意思決定を支持するevidenceに欠き, また 妊婦への接種に関する推奨は国や時期により異なる。市販後のsurveillanceのデータは、妊婦におけるコロナワクチンの有効性が非妊娠の人と同等であることを示している。

 スコットランドのコロナワクチン接種は2020年12/8に開始され、妊婦への接種方針の見直しは時間と共に変化した。2021年4/6からは、妊婦については、非妊娠女性と同時期にワクチン接種をすべきと推奨されるようになった。

 COPS(COVID-19 in Pregnancy in Scotland) study2020年3/1に妊娠中, 或いは その後で 妊娠した女性全員からなる全国規模・前向き・動的なコホートである; このコホートSARS-CoV-2感染についてのデータや, コロナワクチン接種データとリンクされたこの研究の目的は次の4つである:

  • 妊婦におけるコロナワクチンのuptake(接種数?)及びcoverage(接種率)を記述する(COPSコホートのデータを利用)
  • 妊婦におけるSARS-CoV-2感染症の発生率を記述する
  • 妊娠中のSARS-CoV-2感染後の入院率, 集中治療室入室(critical care admission)率, 早産率, 及び 拡大周産期死亡率(extended perinatal mortality)を記述する
  • これらの感染後outcomeに対するコロナワクチン接種状況の効果を検証する

 

(2) 結果

① このコホートについて

 2021年10/31までに診断されたSARS-CoV-2に関する記録, 及び 同時期までに出荷されたコロナワクチンの記録とリンクされたCOPSデータベースを使用した。そうしたデータの中で、各個人のCommunity Health Index(CHI) number(社会保障番号?)と関連付けられたのは、合計で144,548件の妊娠記録(13,875名の女性に相当)だった(Figure 2)関連するCHI番号の無い妊娠記録は解析から除外された。全体で、

  • 妊娠が完了("pregnancies were complete"):  117,190件
  • 早期に妊娠終了(流産, 異所性妊娠など):  13,933件
  • 人工妊娠中絶("resulting in termination of pregnancy"):  20,480件
  • 分娩まで至った("resulting in delivery"):  79,148件; このうち、死産: 273件, 生存児を出産: 80,183件(そのうち新生児が死亡したのは179件)だった。
  • 2021年10/31時点で妊娠中:  27,358件

という結果だった。

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Figure 2: この研究のコホートのまとめ

 妊娠中の感染は「妊娠2+0週(=妊娠した日)から妊娠終了期日までの間のどこかで診断された感染症」と定義し, 妊娠中のワクチン接種は「妊娠2+0週から妊娠終了期日までの間のどこかで接種されたワクチン」と定義された。初回COVID-19のエピソードの発症日は、「最初にRT-PCRでウイルス陽性となった期日」と定義した。

 SARS-CoV-2感染症に対するワクチン接種状況の影響を検証するため、女性を次のようにグループ分けした:

  • 接種:  COVID-19発症前21日以内にコロナワクチン接種をしていない, もしくは 発症日前21日以内にコロナワクチン接種1回目済
  • 部分接種済:  COVID-19発症日から21日<前に1回目接種済, もしくは 発症日前14日以内に2回目接種済
  • 完全接種済:  発症日より14日<前に2回目接種済

3回目接種の数も把握されていたものの、2021年12/14から推奨が開始された為、今回は対象とならなかった。

 

② ワクチン接種率と接種回数

 2020年12/1~2021年10/31の間に、合計25,917回のコロナワクチンが、18,399名の妊婦へ投与された。接種された時期は以下の通りだった。

  • 妊娠期(妊娠2+0~13+6週)に接種:  9,905回(38.2%)
  • 妊娠期(妊娠14+0~27+6週)に接種:  9,317回(35.9%)
  • 妊娠期(妊娠28+0週以降)に接種:  6,695回(25.8%)

接種されたワクチンの内訳は、BNT152b2 mRNAワクチン(ファイザー製): 20,572回(79.4%), mRNA-1273ワクチン(モデルナ製): 3,224回(12.4%), AZD1222ウイルスベクターワクチン(オックスフォード大・アストラゼネカ製): 2,121回(8.2%)だった。

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Figure 3: (a)18~44歳女性における毎月のコロナワクチン接種回数, (b)年齢集団別に示した毎月の妊婦におけるコロナワクチン接種回数, (c)貧困の程度により分類した、妊婦における毎月の接種回数, (d)18~44歳の一般女性人口における接種率(紫色)と、出産前にワクチン接種を受けた妊婦の割合(緑色)

 妊婦における毎月のコロナワクチン接種回数は、生殖可能年齢にある一般女性人口よりも低いまま経過していた(Figure 3a)ワクチン接種回数は20歳以下の妊婦, 及び 最も貧困状態にある地域に住んでいる妊婦で最も低かった(Figure 3b, c)

 コロナワクチン接種率は時間経過と共に上昇したが、生殖可能年齢にある一般女性人口よりも妊婦で顕著に低いまま経過していた(Figure 3d)2021年10月に4,064名の女性が出産したが、

  • そのうち出産前にコロナワクチンを何らかの形で接種したのは1,738名(42.8%)
  • 2回接種を受けたのは1,311名(32.3%)
  • 3回目接種を受けたのは36名(0.9%)

だった。対照的に、2021年10/31までの時点で、18~44歳の一般女性人口において

  • コロナワクチン接種を何らかの形で接種:  84.7%(803,241名/947,984名)
  • 2回接種を受けた:  77.4%(733,942名/947,984名)
  • 3回目接種を受けた:  7.0%(66,001名/947,984名)

という内訳であった。

 

③ 接種済及び未接種妊婦におけるSARS-CoV-2 outcome

 2020年3/1~2021年10/31の間、妊娠中に診断されたSARS-CoV-2感染症は5,653例だった。全体的に、妊娠中のSARS-CoV-2感染発生率は生殖可能年齢にある一般女性人口のそれと類似したパターンを示し, 2020年10月と2020年1月・9月にピークが見られた(Figure 4a)SARS-CoV-2感染発生率は、最も貧困状態にある地域に住む妊婦と, 若年の妊婦で一貫して多かった(Figure 4b, c)

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Figure 4: (a)18~44歳の全女性及び妊婦におけるSARS-CoV-2感染発症率, (b)年齢集団で分類した、妊婦における毎月のSARS-CoV-2感染発症率, (c)貧困の程度により分類した、妊婦における毎月の感染発症率, (d)妊娠中のSARS-CoV-2による感染・入院・集中治療室入室のパーセンテージ。ワクチン接種状況により色分けしてある

 パンデミック早期では、検査の機会やキャパも限られていたので、確定診断されていないSARS-CoV-2感染例があった可能性が高い。COPSコホート2020年12/1から今日のみに限定することでコホートサイズが減るが、重症outcomeの比率をより比較的に推計することが可能となる。2020年12/1以来、COPSデータベースには、合計87,694名の女性における91,183件の妊娠に関するリンク付けされたデータが含まれている。

 2020年12/1以降、4,950例が妊娠中にSARS-CoV-2感染症と診断された。感染症は、全妊娠期間へ比較的均等に分布していた。

  • 妊娠初期:  1,543例(31.2%)
  • 妊娠中期:  1,850例(37.4%)
  • 妊娠後期:  1,557例(31.5%)

 2020年12/1以来、

  • 妊娠中のSARS-CoV-2感染に関連して入院したのは823例/4,950例(16.6%)
  • 同じく集中治療室に入室したのは104例(2.1%)

だった。妊娠初期のSARS-CoV-2感染例のうち、入院と関連していたのは6.7%(103名/1,543名)であり, それに対して

  • 妊娠中期感染例での入院:  10.7%(198例/1,850例)
  • 妊娠後期感染例での入院:  33.5%(522例/1,557例)

だった。妊娠初期のSARS-CoV-2感染例のうち集中治療室入室と関連していたのは0例(1,543例中)であり, それに対して

  • 妊娠中期感染例での集中治療室入室:  2.0%(37例/1,850例)
  • 妊娠後期感染例での集中治療室入室:  4.3%(67例/1,557例)

であった。

 2020年12/1以来、妊娠中に感染した症例のうち、未接種は77.4%(3,833例/4,950例), 部分接種済は11.5%(567名/4,950名), 完全接種済は11.1%(550名/4,950名)だった。

 未接種の女性で妊娠中に発生したSARS-CoV-2感染症のうち、入院と関連していたのは19.5%(748例/3,833例)であったのに対し、

  • 部分接種済女性の入院:  8.3%(47例/567例)
  • 完全接種済女性の入院:  5.1%(28例/550例)

だった。未接種の女性で妊娠中に発生した感染症のうち、集中治療入室と関連していたのは2.7%(102例/3,833例)であったのに対し、

  • 部分接種済女性の集中治療室入室:  0.2%(1例/567例)
  • 完全接種済女性の集中治療室入室:  0.2%(1例/550例)

であった。つまり、未接種女性で妊娠中に発症したSARS-CoV-2感染症は77.4%(3,833例/4,950例; 95%CI: 76.2~78.6)であったのに対し、未接種女性における感染による入院は90.9%(748例/823例; 95%CI: 88.7~92.7), 集中治療室入室は98.1%(102例/104例; 95%CI: 92.5~99.7)だった(Figure 4d)今日に至るまで、スコットランドにおいて妊娠中のSARS-CoV-2感染後の母体死亡は1名が報告されている。

 2020年12/1〜2021年10/31の間に、合計2,364名の新生児が妊娠中にSARS-CoV-2へ感染した女性より出生した。2,353名は生存して出生したが、そのうち早産(=妊娠37週より前に出生)は241名であり, 早産率: 10.2%(95%CI: 9.1~11.6)であった。全体で、母体感染発症から28日以内に

  • 生存児出生:  610名
  • 早産児:  101名

が発生しており、感染後28日以内に出生した新生児における早産率は16.6%(95%CI: 13.7~19.8)であった。

 合計2,364例の出生のうち、

  • 死産(=妊娠24週以降の子宮内死亡):  11例
  • 生存して出生したが新生児期に死亡(=出生後28日以内に死亡):  8例

であり、妊娠中のいかなる時期におけるSARS-CoV-2感染後の拡大周産期死亡率は8.0/1,000例(19例/2,364例; 95%CI: 5.0~12.8)であった。母体感染の発症から28日以内に出生した新生児のうち、

  • 死産:  10例
  • 新生児期に死亡:  4例

だったことから、この集団における拡大周産期死亡率は22.6/1,000例(14例/620例; 95%CI: 12.9~38.5)となった。妊娠中SARS-CoV-2感染後の周産期死亡は全て、ワクチン未接種の女性で発生していた。

 比較の為に、2020年3/1~2021年10/31の間における一般人口の数字を示すと、

  • 早産率:  8.0%(6,381例/80,183例; 95%CI: 7.8~8.1)
  • 拡大周産期死亡率:  5.6/1,000例(452例/80,456例; 95%CI: 5.1~6.2)

であった。これらの早産率・周産期死亡率を, 妊娠中にワクチン接種済の女性における早産率・拡大周産期死亡率とともにFigure 5に示す。

  • 妊娠中にコロナワクチンを接種した妊婦の早産率:  8.6%(495例/5,752例; 95%CI: 7.9~9.4)
  • コロナワクチン接種後28日以内の早産率:  8.2%(134例/1,632例; 95%CI: 7.0~9.6)
  • 妊娠中にコロナワクチンを接種した母体から出生した新生児の周産期死亡率:  4.3/1,000例(25例/5,766例; 95%CI: 2.9~6.4)
  • コロナワクチン接種後28日以内の母体から出生した新生児の周産期死亡率:  4.3/1,000例(7例/1,635例; 95%CI: 1.9~9.2)

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Figure 5: (a)早産率, (b)拡大周産期死亡率を、一般女性人口, SARS-CoV-2感染無し, 妊娠中に感染(妊娠中いつでも&出産前28日以内), ワクチン接種済(時期関係なし&出産前28日以内)で別個に表記したもの

 

 

(3) 考察

 この人口データは、デルタ株が流行している時期に, スコットランドにおいて妊娠中のワクチン接種回数が低いと示す新規の国家規模のevidenceを示した(10月に出産した女性のうち、2回接種を受けたのは32.3%。接種率は若年女性と, 貧困状態が最も深刻な地域に住む女性で最低だった。妊娠中のSARS-CoV-2感染症発症率は、パンデミック期間中、一般人口における傾向を緊密に反映した。重症合併症は、接種済の妊婦よりも未接種の妊婦で多いことが判明した拡大周産期死亡率は出産前28日以内に母体がSARS-CoV-2に感染した場合に顕著に上昇した。一方で、母体がコロナワクチン接種済だった場合、拡大周産期死亡率は、一般人口や, SARS-CoV-2感染が確認されていない母体でのそれと類似していた。

 入院した女性に対するsurveillance研究では妊娠後期にCOVID-19重症化のリスクが最も高いことが示唆されているものの、今回のスコットランドのデータは、SARS-CoV-2感染が妊娠期間中全般にわたって比較的均等に分布していることを示した。しかしながら、SARS-CoV-2に関連した入院・集中治療室入室は、妊娠の時期が進むにつれて(≒後期になるにつれて?)多くなるという知見は、他の研究でも示されている。

 

 

 「コロナワクチンは妊婦でも安全性が示され、有効性あり」・「妊婦がSARS-CoV-2に感染すると重症化しやすい」といった話は以前からあり, 当ブログでも何回か同様の知見を紹介したような気がしますが、こうやって改めてデータとして示されてた訳です。とりわけ、若年の妊婦や経済状況が芳しくない地域に住む妊婦での感染が多く, ワクチン接種率が低いというデータはある意味興味深く、先進国内での貧富の格差といったものを改めて考えさせられます。日本国内でも似たような傾向は見られるのでしょうか?データがもしあるなら見てみたいとは思います。

 目下、日本国内のブースター接種は「2回接種を終えた全員にやる」という方針で行われ, 現段階(2022年1月頃)においては、医療従事者・高齢者や基礎疾患のある人・介護従事者への優先的な接種が現在進行形であるように思われます。ぶっちゃけ、妊娠中の人への1・2回目接種はもちろんのこと, ブースター接種は全然アリ(≒重症化リスクを考慮すると、大いに推奨します)だと私は思いますし、大半の医療従事者がそう考えているのではないでしょうか。