Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

COVID-19ベクターワクチンによる血栓症の臨床経過

 こんにちは。短い夏休み中の救急医です。最近、アストラゼネカ製のワクチンが40歳以上に限定して公的接種に追加され, 緊急事態宣言の対象地域へ供給するというニュースが出ています。

www3.nhk.or.jp

www.yomiuri.co.jp

そこで今日は、アストラゼネカ製ワクチンの稀ながら重大な副作用である血栓症についてのデータを紹介します。参考にした論文は、今年8/11にNEJM. orgへ掲載された"Clinical Features of Vaccinte-Induced Immune Thrombocytopenia and Thrombosis"(Pavord S., Path FRC. et al., N Engl J Med. DOI: 10.1056/NEJMoa2109908)で、英国で発生した症例を調べたものです。

 

(1) Introduction

 アストラゼネカ(AstraZeneca)製ワクチンの正式名称はChAdOx1 nCoV-19ワクチン(以下、"AZワクチン"と呼称)であり, 自己複製が不能となったチンパンジーアデノウイルスSARS-CoV-2スパイク抗原を持たせたものである。英国では2021年1/4からAZワクチンから出荷された。ワクチン接種は高齢者から開始され、順次より若年者へ接種されるようになった; 今年6/7までには、約1,600万人の50歳以上の市民と, 800万人の50歳未満の市民へ1回目の接種が行われていた。

 今年3月、AZワクチン接種を受けた人における血栓症と血小板減少症のリスク上昇に対する懸念が生じた。同月末までに、ノルウェー, ドイツ, オーストリア, 英国でAZワクチン接種5~24日後に入院した患者が報告された。

 ここでは、ヘパリン起因性血小板減少症(heparin-induced thrombocytopenia; HIT)との病理学的な類似性が認められたことからvaccine-induced immune thrombocytopenia and thrombosis(VITT)と呼称する。

 

(2) Method

 患者情報の収集は2021年3/22から開始され、血液学専門家パネルの連日の会合を通じて行った。この研究に参加している各地域のチームが各VITT患者の匿名化電子報告フォームを記入した。全症例は医薬品・医療機器規制庁(Medicines and Healthcare Products Regulatory Agency)にも同時に報告された。VITTが認識される前(3月中旬)の, 後方視的に同定された症例もこの研究へ含まれた。ここで記述する症例は2021年6/6までに報告されたものである。

 VITTの症例定義は以下5項目から構成される:

  • コロナワクチン接種から5~30日後に発症
  • 血栓症と血小板減少症(血小板数<150,000/mm3)がある
  • D-dimer>4,000 fibrinogen-equivalent units(FEUs)
  • Enzyme-linked immunosorbent assay(ELISA)により抗Platelet factor 4(PF4; 第4血小板因子)抗体が検出された

※ D-dimerの単位'FEU'について:  D-dimer正常値は<500 FEUだが、これは<250 ng/mLと同等である。

5項目全てを満たす患者がVITT確定例と考えられた。5項目全てを満たさない患者はprobable, possible, unlikelyへと分類された(それぞれの定義は以下の通り)。

  • ProbableD-dimer>4,000 FEUだが1項目が不一致, もしくは D-dimer値不明 or 2,000~4,000 FEUで、5項目全てを満たす
  • PossibleD-dimer値不明 or 2,000~4,000 FEUで、その他の1項目が不一致 or その他の2項目が不一致
  • Unlikely抗PF4抗体検査結果に関わらず、血小板数<150,000だが血栓症とD-dimer<2,000 FEUを満たさない, もしくは 血栓症があり血小板数>150,000とD-dimer<2,000 FEUであり、他の診断がより考えやすい

 

(3) Result

 評価を受けた294名の患者中、31名は後方視的にVITTと診断された。57名はVITTが'unlikely'と判断された。残りのVITT疑い患者237名の内訳は、

  • VITTが'possoble'; 17名
  • VITTが'probable'; 50名
  • VITT確定例; 170名

という結果だった。

 この研究が終了するまでに、50歳以上の人には約1,600万回分の1回目AZワクチン接種が, 50歳未満の人には約800万回分の1回目AZワクチン接種が行われた。つまり、VITTの大凡の発症率は、

  • 50歳以上; 1:100,000
  • 50歳未満; 1:50,000

である。

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Table 2

 VITT確定, ないし 'probable'の患者220名のbaseline characteristicsと, 臨床病理学的な特徴をTable 2に示す。VITT患者の97%はワクチン接種の5~20日後に発症していた。患者の年齢は18~79歳で、年齢中央値は48歳だった。患者全体の56%が50歳未満であり、85%は60歳未満であった。男性よりも女性が(54%)わずかに多かった。ワクチン接種から発症までの期間の中央値は14日だった。

 220名の患者中、既往歴に関する情報が入手可能だったのは165名だった; 68名(41%)には既往歴が無かった既往歴もしくは併存疾患のある患者97名(59%)では、一般集団では予期されていない頻度で発生した診断や医薬の使用は無かったVITT発症の3ヶ月前にヘパリンに暴露された患者はおらず, 104名は医薬の投与を受けていなかった。

 Baselineの血小板数中央値は47,000であった。220名の患者中11名(5%)が、発症時血小板数が正常であった。その患者全員で抗PF4抗体陽性だった; そのうち9名で、その後血小板数が正常範囲未満へ減少した。血小板数に関するデータが入手可能であった217名の患者中、受診時のbeselineの血小板数が<30,000だったのは56名(26%)であり, 血小板数最低値が<30,000だったのは73名(34%)であった。

 VITT確定例またはprobable症例の患者220名中、198名(90.0%)で抗PF4抗体が認められた220名中16名(7.3%)ではELISA法が行われなかった。6名(2.7%)で抗体が陰性だった。

 最も多い発症時の血栓形成部位は脳静脈であった

  • VITT確定例 or brobable症例220名中、110名(50%)1箇所以上に血栓あり
  • 40名(36%)では2次的な頭蓋内出血を合併した

頭蓋内出血は血小板数が高い(中央値で50,000)患者よりも、低値(中央値で34,000)な患者で多かった。下肢深部静脈と肺動脈の血栓症2番目に多く, 220名中82名(37%)で発症していた。合計41名(19%)脾静脈血栓症を発症していた; この血栓は門脈循環へ最も多く影響した。47名(21%)は1箇所以上の動脈血栓イベントを発症していた; 26名(12%)大動脈血栓ないし四肢虚血を認めた。26名(12%)では循環器系もしくは脳動脈イベントを認めた(心筋梗塞; 9名, 脳血管系アクシデント; 17名)。VITT確定例ないしprobable症例の患者220名中64名(29%)では、2箇所以上の血管床が障害されていた。病変部位別のイベント数をFigure 2に示す。

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Figure 2

 免疫グロブリン静注(入院1日目に1 g/kg)は72%の患者に投与された。11%では、症状進行 ないし 再燃の為に2回目の投与が行われた。

 脳静脈洞血栓症, 複数箇所の血栓症, ないし その両方を認めた患者合計17名に血漿交換療法が行われた; この治療法は90%の生存と関連していた。

 26%の患者, 血小板数<30,000であった患者の50%でグルココルチコイド全身投与が行われた。血小板数<30,000の患者は、血小板輸血を投与される可能性が3倍高かった。広範囲の脳静脈洞血栓症(2次的な頭蓋内出血のある無しに関わらず)患者の15%では、開頭術もしくは血栓除去術が行われた。

 患者の91%で抗凝固薬が投与された; 68%でアルガトロバン, フォンダパリヌクス, アピキサバン, ダビガトランを含むヘパリン以外の抗凝固薬が使用された50名(23%)の患者では、入院中のいずれかの時点でヘパリンが投与されていた

 220名の患者中、170名が生存しており, 49名(22%)が死亡した。この220名中、

  • 脳静脈洞血栓症のある患者では、死亡oddsは2.7倍上昇(95%CI 1.4~5.2)
  • Baselineの血小板数が50%減少する度に、死亡oddsは1.7倍上昇(95%CI 1.3~2.3)
  • D-dimerが10,000 FEU上昇する度に、死亡oddsは1.2倍上昇(95%CI 1.0~1.3)
  • Baselineのフィブリノゲンが50%減少する度に、死亡oddsは1.7倍上昇(95%CI 1.1~2.5)

多変量解析では、baselineの血小板数頭蓋内出血の存在死亡と独立して関連していることが同定された; 血小板数<30,000と頭蓋内出血の両方がある患者における死亡率は73%だった

 

(4) Discussion

 VITTは若年で健康体そのものである被接種者で認められ, 高い死亡率と関係していた。

 50歳未満の人におけるVITT発症率1:50,000は、他の国々からの報告と矛盾しない。患者がVITT認知前に発症した可能性, 他の症例が報告されていなかった可能性, そして 分類が誤っていた症例があった可能性があるので、発症率がこれより高い可能性もある。50歳未満の人における年齢10歳ごとのワクチン被接種者数に関するデータがなく、その為年齢特異的な発症率は決定できなかった。性別優位性や, backgorundとなる集団で予想されたものより何かしらの既往歴が多いということはなかった

 血栓症イベントの広範囲に及ぶ性質は特筆すべきであり, 多くの血管床と静脈・動脈循環を同時に障害することが多い。

 血小板数低下, フィブリノゲン低値, D-dimer高値全てが転帰悪化と関係していた。血小板数<30,000, 脳静脈洞血栓症, 頭蓋内出血のある患者で特に死亡リスクが高かった。合計の死亡率は23%だった。

 VITTの治療に有効性がある治療手段は認められなかった。患者数が少なく, ランダム化していないので、抗凝固薬の有効性を比較するのは不可能だった; 但し、ヘパリン投与は有害であるようには見えなかった。

 

 まとめると、VITTのリスクが高いのは50歳以上よりも50歳未満であり, (現段階では)特にリスクを上昇させるような基礎疾患は確認されていないとのことです。性別による差もありません。そして50歳未満におけるVITT発症率は5万人中1人であり、一方、50歳以上では10万人中1人ということだそうです。