Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

【終戦から76年】医師も関与した戦争犯罪について

 今日は8/15、日本がポツダム宣言を受諾して連合国に降伏した日です。特にNHKでは戦時中の旧軍の動向や民間人の生活などを振り返る特集をよくやっていますが、今年は1945年5/17~6/2に起きた九州大学 生体解剖事件』をテーマにしたドラマをNHK Gチャンネルでやっていたのが印象的でした。

 この『九大 生体解剖事件』とは、当時の西部軍(中国・四国・九州地方の防衛を担当した旧帝国陸軍の軍団)が撃墜したB-29の搭乗員(米兵)捕虜8名に対して、西部軍の協力のもと, 当時の九州帝国大学医学部の医師らが人体実験を行ったという事件です。捕虜の肺や胃・肝臓を全摘したり, 頭蓋骨を外して脳を観察したり, どれほど失血すれば死亡するか実験したり, 海水を代用血液に出来るか試す為に点滴するといった実験が行われ、捕虜8名全員が死亡しました。

 戦後の1948年3月に旧軍側の18名と九大医学部側14名が横浜法廷で起訴されました。捕虜の解剖を軍に提案した見習い軍医士官は既に空襲で死亡しており, 首謀者とされる九大医学部第一外科部長も収監中に自殺し、最終的に同年8月、軍側で2名, 九大側で3名が絞首刑を宣告されましたが、後に有期刑へ減刑されました。

 現代, いや当時の倫理観からしても、こうした人体実験は到底許容し難いものです。そもそも本人の同意を得ていません(同意を得る際も、実験の目的や内容, 実験により生じ得る利益と害の両方について十分に説明をせねばなりません)。また、敵国の捕虜を被験者にすることも倫理的に重大な齟齬があると思わざるを得ません(今日の臨床試験は、ちゃんと意思表示が可能な[困難な場合は法的代理人]一般市民の希望者の中から、厳格な基準を設けて参加者を選抜しています)。しかも、被験者が死亡することが予め想定されているのです。

 これだけでもげんなりするような事件ですが、実は他にも医師が関与した戦争犯罪があります。

 1944年、当時トラック諸島にあった海軍第4艦隊所属の第4病院で米軍捕虜に対して人体実験が行われましたまず同年1月に捕虜8名へ止血帯を長時間当てる実験(4名)と, 細菌を静注して敗血症を発症させる実験(4名)が行われ、6名が死亡。生き残った2名は2月1日にダイナマイトで吹き飛ばした後に絞殺するという形で処刑されました。その後、遺体を解剖し, 頭部を煮て頭蓋骨だけにして標本にしたそうです。

 同年6月には、同じトラック諸島を拠点としていた海軍第41警備隊の病室で、米兵捕虜1名を生きたまま解剖し, まだ苦痛を訴え生きているその捕虜を病室裏で斬首して処刑しており、別の捕虜1名も銃剣で刺されて殺害されるという事件が起きています。その翌月には、前記の第4病院で、米兵捕虜2名を病院裏の丘の上で木から吊るして槍・銃剣で突き刺して処刑するという事件がありました。

 この一連の事件には、この頃度重なる爆撃によって自軍へ甚大な被害を与えていた米軍に対する憎悪も関与した側面もあるものの、当時の満州国を拠点に人体実験を行なっていた関東軍防疫給水部』(731部隊とも。旧陸軍の組織)に対抗して人体実験を行い、何らかの成果を出したかった連合艦隊上層部の思惑も関与していたとも指摘されています戦後にこうした人体実験・殺害に関与した海軍関係者は起訴されていますが、終戦前後には海軍上層部が責任逃れの為に下部組織の司令官らに責任を押し付けるような経緯もあったそうです。

 なおこうした事件の詳細な経緯や, 戦後の裁判の結果などは『「BC級裁判」を読む』半藤一利, 保坂正康, 秦郁彦 著, 日経ビジネス人文庫に詳しいので、興味を持たれた方は是非図書館での貸し出し, もしくは ご購入をご検討下さい(他の旧軍が起こした事件以外にも、連合国軍の戦争犯罪行為についても記述があります)。

 

 ぶっちゃけた話、当時の連合国軍側も日本全土をB-29で無差別爆撃をしたり, 原爆を2発も投下したり, 本土上陸作戦計画で毒ガス使用に言及したりと、現代の価値観からしても滅茶苦茶なことをしていますが、一部界隈で「アジア解放の為に戦った」とか, 「傲慢な米英を蹴散らした」とか持て囃される旧軍の戦争犯罪も決して軽視されるべきものではないと思います。そもそも、「あれは戦時中だったから仕方ない」とか, 「敵側もそれなりに酷いことをしてから」などという考えが許容され主流となってしまったら、虐殺行為や略奪行為, 捕虜や民間人の強制労働や虐待, 大量破壊兵器核兵器化学兵器生物兵器など)の使用が国際社会のコンセンサスとして定着してしまいかねません(それを防ぐ為に、国際条約・国際法や国連のような枠組みが存在するのです)。