Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

米国の12~20歳における小児他系統炎症症候群の症例に関する研究

 こんばんは。現役救急医です。COVID-19に罹患後の小児でたまに『小児他系統炎症症候群(MIS-C; multisystem inflammatory syndrome in children)』を来すことがあるのですが、コロナワクチン接種後のMIC-C症例に関する論文(Yousaf AR, Taylor AW. et al. Lancet Child Adolesc Health. 2022. https://doi.org/10.1016/S2352-4642(22)00028-1 )をざっと紹介してみます。

 

(1) 導入

 MIS-CはSARS-CoV-2(新型コロナウイルス)感染の2~6週間後くらいに小児・思春期青少年で発症する稀だが重篤な合併症で, 発熱・全身性炎症・多臓器障害を特徴とするものであり、2020年4月に初めて認識された。米国では2020年5/14~2021年11/30の間に、米国CDC(Centers for Disease Control and Prevention)のMIC-C全国サーベイランスシステムへ報告されたMIS-Cは5,973症例であった。

 米国では2020年12/11に食品医薬品局(FDA; Food and Drug Administration)が16歳以上へのBNT162b2 mRNAワクチン(ファイザー・BionNTech製)の緊急使用承認を行い、翌年5/10には12~15歳への接種も承認された。

 今回Yousafらはコロナワクチン接種後のMIC-Cへのサーベイランスを、1) CDCのMIS-C全国サーベイランスシステム(保健関連部署が自発的に報告したMIC-C症例を収集するシステムで、コロナワクチン接種歴の収集は2021年5/21に開始), 2) Vaccine Adverse Evemt Reporting System(VAERS; CDCとFDAが運営するワクチン有害事象のサーベイランスシステムで、医療従事者・保健関連部署・ワクチン製造元・一般からの自発的な報告を受理するもの), 及び 3) Clinical Immunization Safety Assessment(CISA)といった臨床医or保健関連部署からCDCへのoutreach, という手段を用いて行った。米国でコロナワクチンプログラムが開始された最初の数ヶ月の期間における、12~20歳のコロナワクチン接種歴のある集団でのMIS-Cの可能性がある報告を調査した。

 

 

(2) 方法

① 調査方法など

 MIS-C全国サーベイランスシステム, VARES, 臨床医or保健関連部署のoutreach・CISAを通じて、コロナワクチン接種後の12~20歳で生じたMIC-Cの可能性がある症例を特定した。報告された症例がCDCのMIC-C症例定義に合致するか検証した。CDCのMIS-C症例定義(≒診断基準)では、下の項目全てを満たした場合にMIS-Cと診断する。

  • 発熱
  • 多臓器障害による入院
  • 検査にて炎症のevidence
  • RT-PCR, 抗原, or 血清検査(e.g. 抗スパイク抗体 ないし 抗ヌクレオカプシド抗体陽性)でSARS-CoV-2陽性, または 直近にCOVID-19確定症例への曝露歴あり, のいずれかを満たす

 他職種チームが、月に2回以上の頻度で症例を判定した。CDC所属の医師が医療記録を再検討し、チームへ症例のプレゼンを実施した。一部のMIS-Cの可能性がある症例については、治療担当医や保健関連部署の職員とも討議を行うこともあった。

 ワクチン接種後のMIS-Cの可能性がある人は次の2集団に分類された:

1) CDCのMIS-C診断基準に合致する

2) CDCのMIS-C診断基準に合致しない

症例を判定する際には、「発症する前4週間以内のCOVID-19症例への曝露」という基準は今回使用しなかったMIC-C患者は更に、検査上の過去or直近のSARS-CoV-2感染のevidenceによって階層化された「検査上の感染のevidence」とは、1) RT-PCRを含めた核酸増幅検査(NAAT; nucleic acid amplificarion test)全般, または MIC-C発症前 or MIS-C病態評価の過程で行った抗原検査で陽性となる, 或いは 2) MIC-C病態評価の過程で行った抗ヌクレオカプシド抗体検査が陽性となる, ことを指す。また患者は、以下の項目全てを満たした場合はSARS-CoV-2感染の検査上のevidenceなしと判断された:

  • MIS-C発症前のSARS-CoV-2検査陽性歴なし
  • MIS-C病態評価の過程で、NAAT or 抗原検査が陰性
  •      〃      抗ヌクレオカプシド抗体陰性

また、上記基準を満たし, 抗スパイク抗体陽性となった人もSARS-CoV-2感染の検査上のevidenceなしと判断された。

 MIS-Cに罹患した人の人口統計学的データと臨床的特徴を収集した。CDCのMIC-C臓器合併症基準を用いて、臨床的な表現型を定義した。過去の感染からMIS-C発症(SARS-CoV-2感染を検査で確認)までの時間 or 直近のコロナワクチン接種からMIC¥S-C発症までの時間といった時間的要素, 及び ワクチン接種回数で患者を階層化した診断基準に合致しない人についても、人口統計学的データと臨床的特徴を記述した。またMIS-C診断基準に合わない人の病態の特徴や, 他に可能性がある診断をまとめた

 

 ※: CDCのMIS-C診断基準とは

以下の臨床・検査基準全てに合致すること

  • <21歳で、24時間以上>38.0 ℃の発熱あり
  • 入院が必要な重症度
  • 多臓器(2個以上)障害あり:  循環器, 腎臓, 呼吸器, 血液, 消化器, 皮膚, 神経系
  • 他に可能性のある診断名が挙がらない
  • 検査上、炎症のevidenceあり:  CRP, 赤血球沈降速度, フィブリノゲン, プロカルシトニン, D-dimer, フェリチン, LDH, インターロイキン6 or 好中球の上昇, もしくは リンパ球 or アルブミンの低下
  • 現在 or 直近でRT-PCR, 抗原検査, or 血清検査でSARS-CoV-2陽性, もしくは 発症前の4週間以内にCOVID-19疑いor確定診断例への曝露あり

 

統計学的解析

 この研究は記述的研究であり、患者は年齢集団で現し, また 人口統計学・臨床上の詳細は集合体として表した。

 2021年8/31までにコロナワクチンを1回以上接種された12~20歳の人数を収集した。MIS-C診断基準に合う人の人数をコロナワクチンを1回以上接種された12~20歳の人数で割る, そして SARS-CoV-2感染のevidenceがない人の人数をコロナワクチンを1回以上接種された12~20歳の人数で割ることで、MIS-C報告率を求めた

 

 

(3) 結果

f:id:VoiceofER:20220309134118p:plain

Figure: コロナワクチン後の人でMIS-Cの可能性がある患者の調査の流れ

 2020/12/14~2021/8/31の期間で、MIS-Cの可能性がある人62名が特定された(Figure)うち15名は記録が不完全との理由等で除外され、47名が調査対象になった。この47名のうち、CDCのMIS-C診断基準に合致したのは21名(45%), 合致しなかったのは26名(55%)だった。診断基準に合致した21名を評価したものの、MIS-C以外の診断は可能性ありと考えられなかった診断基準に合致しない26名のうち、

  • MIS-Cの臨床・炎症診断基準に合致して他の診断名は挙がらなかったものの、診断基準には合致しなかったのは3名(12%) (Figure)
  • 他のより可能性のある診断があるので診断基準に合致しなかったのは18名(69%)
  • 診断基準のその他臨床or炎症基準に合致しなかったのは5名(19%)

だった

 2021/8/31までに、米国内でコロナワクチンを1回以上接種された12~20歳は21,335,331名だった: そのうち、

  • BNT162b2を接種されたのは18,030,614名
  • mRNA-1273を接種されたのは2,603,078名
  • Ad26.COV2.Sを接種されたのは697,281名
  • 種類不明は4,358名

だった。

 MIS-Cだった21名のうち、SARS-CoV-2感染のevidenceがあったのは15名(71%)だったこの15名中、

  • NAATもしくは抗原検査で陽性だったのは10名(67%)
  • MIS-C罹患中は抗ヌクレオカプシド抗体陽性・NAAT陰性だが, 罹患以前に陽性歴なしだったのは5名(33%)

であったNAATもしくは抗原検査で陽性だった10名の内訳は

  • MIS-C病態評価の過程で検査陽性だったのは4名
  • MIS-C発症111日前とMIC-C罹患中の両方で陽性だったのは1名
  • MIS-C発症前だけで陽性だったのは5名:  このうち、MIS-C罹患中に抗ヌクレオカプシド抗体陽性だったのは4名。

であった。

 SARS-CoV-2感染evidenceありの15名の内訳は、

  • 年齢・・・12~15歳:  7名(47%), 16~17歳:  5名(33%), 18~20歳:  3名(20%)
  • 性別・・・男性:  10名(67%), 女性:  5名(33%)
  • 人種・・・ヒスパニック:  4名(27%), 非ヒスパニック白人:  4名(27%), 非ヒスパニック黒人:  3名(20%)
  • MIC-C罹患中に多くみられた臓器障害・・・消化器:  14名(87%), 血液:  13名(87%), 循環器:  13名(87%)

だった

 検査上SARS-CoV-2感染evidenceありの15名全員がBNT162b2ワクチンを接種されていた(MIS-C発症前に1回接種済:  7名[66%], 2回接種済:  5名[33%])。最後のワクチン接種からMIS-C発症までの期間の中央値は、

  • 1回接種後:  8日
  • 2回接種後:  5日

だった。

 この15名がMIS-Cにて入院している間に受けた治療は

であった。入院期間中央値は7日だった。15名全員が改善し、自宅退院した。

 MIS-Cだった21名のうち、抗スパイク抗体検査陽性のみは6名(29%)であり, これらの患者は「検査上SARS-CoV-2感染evidenceなし」と判断された(Figure)この6名全員でMIS-C罹患以前にSARS-CoV-2検査陽性歴が無く, また MIS-C罹患中の評価でNAATと抗ヌクレオカプシド抗体検査が陰性だったこの6名の内訳は

  • 年齢・・・12~15歳:  3名(50%), 18~20歳:  3名(50%)
  • 性別・・・男性:  3名(50%), 女性:  3名(50%)
  • 人種・・・非ヒスパニック白人:  4名(67%)
  • 臓器障害・・・循環器:  6名(100%), 血液:  5名(83%)

だった。

 6名全員がBNT162b2ワクチンを接種済みだった(MIS-C発症の5日前に1回目接種:  1名[11%], 発症前に2回接種済:  5名[83%])。2回接種〜MIS-C発症までの期間の中央値は14日だった。この6名が受けた治療の内訳は

であり、入院期間中央値は6日だった。6名全員が改善し, 自宅退院した

 ワクチン接種後の人における全MIS-C症例の報告率は、コロナワクチンを1回以上接種された12~20歳では百万人中1症例(21,335,331名中21名)だった「検査上SARS-CoV-2感染のevidenceなし」のMIS-C症例の報告率は、コロナワクチンを1回以上接種された12~20歳では百万人中0.3症例(21,335,331名中6名)だった

 

 

(4) 考察

 この症例シリーズにて、CDCのMIS-C診断基準に合致する21名を記述した。全員がBNT162b2ワクチンを接種されていた。大半の症例が「検査上、SARS-CoV-2感染のevidenceあり」だったが、MIS-Cの典型的な時間経過の枠外でNAAT陽性歴がある患者3名と, 典型的な時間経過の枠外で家庭内曝露があった患者が1名居たその他の4名では、感染時期を確認できる曝露歴が認められなかった直接比較できるbackgroundの率は存在しないものの、コロナワクチン接種後の人におけるMIS-C診断基準に合致する疾患の報告率は、過去に発表されたSARS-CoV-2に感染した未接種者におけるMIS-C罹患率よりも顕著に低かった未接種者において, SARS-CoV-2感染を分母に用いた過去の研究では、2020年4~6月の間のMIS-C調整罹患率の推定値は、

  • 11~15歳で百万人中224症例(95%CI: 160~312)
  • 16~20歳で百万人中164症例(95%CI: 110~243)

だった。

 コロナワクチン接種後に発症し, SARS-CoV-2感染のevidence無しのMIS-C症例の報告率は、12~20歳のワクチン接種済の人では百万人中0.3症例だった。

 SARS-CoV-2感染evidenceの無い人におけるMIS-Cへのワクチンの関与は不明であり、今回のサーベイランスデータにより断定は不可能であるパンデミック前の時期における, MIS-C診断基準に合致するような診断名不詳である疾患のbackground罹患率は不明であるため、偶然ワクチンが時間的経過上関与した, 同様の疾患が発生する頻度は推計不可能である。加えて、検査のキャパが限られ, 各検査の感度も限界があることから、6名の一部では直近でSARS-CoV-2感染があったかもしれず, ワクチン接種は感染後のMIS-C発症と偶然重なっただけなのかもしれない小児のSARS-CoV-2感染は軽症ないし無症状であり、感染が認識されないことも多い。軽症ないし無症状の患者では抗ヌクレオカプシド抗体が発生する可能性が低い可能性があり, また抗ヌクレオカプシド抗体は感染後、時間経過とともに減少する。こうしたlimitationが、SARS-CoV-2感染状況の誤分類に繋がった可能性があるSARS-CoV-2感染evidence無しの患者6名に加えて、臨床・炎症診断基準に合致し, SARS-CoV-2感染のevidenceが無く, MIS-C診断基準に合致しない3名も特定された。

 今回の調査は、MIS-C診断の困難さと, 徹底的な診断的評価の重要性を強調するものである。CDCのMIS-C診断基準はあらゆるタイプのSARS-CoV-2抗体検査に合致しているものの、ワクチン接種後のMIS-C疑い患者への抗ヌクレオカプシド抗体検査は、感染によって発生した抗体を持つ人を特定するに当たって有用であるかもしれない。しかしながら、抗体価は時間経過とともに減少する。その反面、SARS-CoV-2感染罹患率が累積して高くなっている時には抗ヌクレオカプシド抗体検出は偶然である可能性があり, また その他の同様な症状を呈する症候群とMIS-Cの分類が出来ない可能性もある。従って、MIS-Cと似た症候を呈する疾患は多いので、その他の鑑別疾患を除外する徹底的な臨床的評価が重要である。

 

 

 最近日本国内でも、ようやく5~11歳へのコロナワクチン2回接種が開始されましたね。以前も述べたように、私の同僚にも高校生以下のお子さんが居る方が多く、中にはお子さんが感染したり, お子さんからスタッフ本人・その他ご家族へ感染が拡大してしまう事例も多く見聞きしてきました。私は小児科専門医ではないこともあり、MIS-Cの実際の治療方針とか, 現状の日本における発生事例の詳細等を実は把握していないのですが(憂いている割に不甲斐ないですね。申し訳ない)、今後日本国内でMIS-Cに苦悩する子供たちが増えないか心配です。