Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

【医療関係者向け】機械的血栓回収術で再開通できなかった急性期脳梗塞へのウロキナーゼ動注は有効か?

 今回はCOVID-19から少し離れて、救急医療にも関係する別の論文を紹介します。2019年12月9日にオンライン公開された論文"Safety and Efficacy of Intra-arterial Urokinase After Dailed, Unsuccessful, or Incomplete Mechanical Thrombectomy in Anterior Circulation Large-Vessel Occlusion Stroke"(Kaesmacher J, Bellwalf S. et al., JAMA Neurol. 2020;77(3):318-326)です。

 

(1) Introduction

 主幹脳動脈閉塞による脳梗塞の急性期に機械的血栓回収術(mechanical thrombectomy; MT)で治療を受けた患者において、完全再開通(Thrombolysis in Cerebral Infarction grade 3[TICI 3])を達成することは、機能予後へ最も影響する要素である。しかしながら、およそ1/10の患者においてTICI 3の再開通が得られないことが明らかになっている。

 そうした症例に対応するため、線溶薬(t-PA, もしくは プロウロキナーゼ/ウロキナーゼ)を動注する治療法が試みられているが、第二世代MTに追加して行う本療法の安全性や効果に関するデータは乏しい。

 本研究においては、「選択した患者において、MT中, ないし 治療後に行うウロキナーゼ動注は安全であり、尚且つ再開通に失敗or不完全であった症例においてはTICIの改善を促進する」という仮説を立てた。

TICI grade:  閉塞した脳動脈の再開通の程度を示す数値。数字が上にいくほど再開通の程度が良好であり、TICI grade 2b, 3を有効な再開通とすることが多い。

 

(2) Method

① Patient Selection

 2010年1月1日~2017年8月4日の間に血管内治療を行われた全ての患者がBernese Stroke registryへ含まれた(n=1247)。そのうち、

  • 69名が研究への参加を拒否
  • ウロキナーゼ動注だけで治療した患者は除外
  • 後方循環主幹動脈閉塞, または 前方循環でも末梢の閉塞は除外

した結果、993名がMTで治療を受けた(Figure 1)。

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 なお、脳梗塞が疑われた患者のうち445名で入院時にCTを, 548名で入院時にMRI撮影を行っている。血管内治療は第二世代デバイスのみ(大半はステントレトリーバー)で行われた。

② Intervention

 993名中、100名(10.1 %)で追加のウロキナーゼ動注が行われた。ウロキナーゼの投与は手動にて、1. 血栓の手前 or 隣, 及び 2. 血栓より抹消側へ行われ、投与量は50,000~1,000,000 IUであった。通常、ウロキナーゼ投与はおよそ45~60分かけて行ったが、投与中に撮影した診断的脳血管撮影で再開通が見られれば、投与を中止した。

③ Comparison

 MTのみで治療した患者893名。

④ Outcome

 以下の項目を評価した。

  • 発症90日後の時点における機能的予後(mRS)
  • MT施行後に再開通が失敗, もしくは 不完全であった症例に対して、ウロキナーゼ動注前後における脳血管撮影画像の改善があったかどうか
  • 全ての脳血管撮影画像に対し、ウロキナーゼ動注に関連した周術期合併症の有無を評価

  ウロキナーゼ動注群と動注群の単変量比較は、Mann-Whitney, もしくは Fischer exact testで行った。データは頻度, ないし 中央値・四分位範囲(interquartile range; IQR)として表示した。

  • Model A:  あらゆるbaselineの差異を調整するため、logstic regression( 2-sided P<.15, 単変量解析)を用いて1. 複数のoutcome parameterに関するadjusted odds ratios(aORs)と,  2. それに対応する追加されたウロキナーゼ動注の95%CI, を計算。
  • Model B:  機能予後と, ウロキナーゼ動注 間の潜在的な関連性を推定するために、技術的な症例選択(i.e. 来院から鼡径穿刺までの時間の延長, poorなTICI grade)を考慮した追加の調整を行った。

 

(3) Result

① Study Population (Table 1)

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 患者は来院時、NIHSS中央値が15(IQR 10~20)と重症であり、419名(42.2 %)がt-PA静注を受けた。上記のように、993名の前方主幹動脈閉塞患者のうち100名(10.1 %)に、血管内治療中にウロキナーゼ動注が行われた。100名中98名において、発症後, もしくは 最後に目撃されてから中央値275分(IQR 229~313分)にウロキナーゼ動注が開始された。9名(9.0 %)は発症後6時間を超過した時点で治療を受けていた。発症 or 最終目撃からの経過時間と、ウロキナーゼ投与量の間に相関は見られなかった(P=.77)。

 ウロキナーゼ投与の理由は、

1. 複数回の操作を経ても血栓回収ができなかったので、それに対するrescue (100名中15名; 25.0 %)

2. 残っている閉塞病変が到達できないTICI 2a or 2b (53名/100名; 53.0 %)

3. 初回, 2回目, もしくは 3回目のステント留置の間, もしくはその前に、血栓回収を用意とするため (25名/100名; 25.0 %)

4. 新たな領域に生じた閉塞に対して (7名/100名; 7.0 %)

の4つだった。またウロキナーゼ動注を受けた患者は若く(年齢中央値; 71.1[IQR 58.6~78.1] vs 75.0[IQR 63.0~82.5], P=.007), 女性が少なく(42名/100名[42.0 %] vs 463名/893名[51.8 %], P=.07), 来院が早め(中央値; 83分[IQR 63~152] vs 145分[IQR 77~250], P<.001), 血小板数中央値がわずかに高め(215x10^3/μL[IQR 188x10^3~273x10^3] vs 215x10^3/μL[IQR 173x10^3~259x10^3], P=.07)だった。他に、動注群においては、

  • 末梢閉塞が数的に多い
  • 動注群のdiffusion wrightend imaging ASPECT scoreの中央値は7(IQR 5~8)であった一方、非動注群のscoreは8(IQR 6~9, P=.09)
  • 症例を選択したことによるものであるが(Inherent to the selection of cases)、鼡径穿刺~再開通の時間が長い(中央値72分[IQR 47~111] vs 中央値43分[IQR 28~69], P<.001)。
  • 最終TICI gradeが全体的に悪い(e.g. TICI3は16名/100名[16.0 %] vs 436名/892名[48.9 %], P<.001)

といった結果が得られた。

② Safety (Table2)

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 ウロキナーゼ動注群と動注群の間で、全身の出血症状(systemic bleeding)の頻度は同等だった。症状を伴う頭蓋内出血(symptomatic intracranial hemorrhage; sICH)の頻度に有意差はなかった(5/97名[5.2 %] vs 60/875名[6.9 %], P=.67)。t-PA投与をせず直接MTを行った患者群においても、ウロキナーゼ動注後のsICHの比率は同等(4/55名[7.3 %] vs 33/507名[6.5 %]. P=.78)だったが、MT前にt-PA投与を受けていた患者群内では、ウロキナーゼ動注群でのsICHの比率は数的に少なかった(1/42名[2.4 %] vs 27/368名[7.3 %], P=.33)。両群(ウロキナーゼ動注群と動注群)における、ウロキナーゼ動注によるsICHのcommon ORは0.74と推定された(95%CI; 0.29~1.88)。他に、無症候性の出血はウロキナーゼ動注群で少なく(15/92名[16.3 %] vs 22/818名[27.2 %], P=.02), 90日後の死亡率は低い傾向が見られた(19/99名[19.2 %] vs 235/860名[27.3 %], P=.09)。他にも、

  • Baselineの差異を調整(model A)した後で、ウロキナーゼ動注は無症候性ICH(asymptomatic ICH; aICH)減少と関連し、sICH(aOR 0.81, 95%CI 0.31~2.13)ないし死亡率(aOR 0.78, 95%CI 0.43~1.40)の観点ではriskの差がかった(Table2 and Figure2)。
  • TICI scoreバイアスを含む技術的なcharacteristicsで展開したモデル(model B)では、ウロキナーゼ動注はsICH risk増加と関連性はなかった(aOR 0.46, 95%CI 0.15~1.42)ものの、aICHの率の低下(aOR 0.54, 95%CI 0.29~0.99)と死亡率の低下(aOR 0.48, 95%CI 0.25~0.92)に関連していた(Figure2)。

といった結果が得られた。

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③ Efficacy

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 複数回のステント展開でTICI grade 0ないし1だった症例15名のうち、ウロキナーゼ動注のみで再開通の状態が改善したのは8名(53.3 %)だった。その内訳は以下の通りである。

  • TICI 0が1へ; 2名
  • TICI 0 or 1が2aへ; 3名
  • TICI 1がTICI 2bへ; 3名

但し、再開通が成功したのは15名中3名のみであった(Figure3)。血栓回収施行後にTICI 2a~2bで到達可能な遺残閉塞病変がない症例(100名中53名)においては、ウロキナーゼ動注によって32名(60.4 %)で再開通の状態が改善した。さらに詳しい内訳を見ると、

  • 再開通の改善がTICI gradeと関連していたのは53名中18名(34.0 %)
  • TICI 2aから2bへ; 10名
  • TICI 2a or 2bから3へ; 8名
  • 改善のあった32名のうちの残り14名は、TICI gradeの変化が無いまま再開通の状態が改善した。

という状況であった。

 ウロキナーゼ動注群と動注群間では、機能的自立に関して有意差がなかった(45/99名[45.5 %] vs 329/860名[38.3 %], P=.19)。Baselineの差異を調整した場合に有意差は無かった(aOR 1.00, 95%CI 0.62~1.64)にも関わらず、技術的なend point(i.e. ウロキナーゼ動注群における、poor TICI gradeを支持するselection bias)を調整した場合においてはウロキナーゼ動注は機能的自立と関連していた(aOR 1.93, 95%CI 1.11~2.27) (Table 2, Figure 2)。

 

(4) Disucussion

 本研究の主な知見は次の通りである。

1. MT治療中, ないし 治療後のウロキナーゼ動注は、選択された患者において安全である(全身的な出血症状, sICH, aICHのriskを増やさない)。

2. 変化が常にTICI gradeと関連していた訳ではないものの、特にMTで完全な再開通を得られなかった患者において、ウロキナーゼ動注はしばしば患者の再開通の状態を改善することができた。

3. Baselineや技術的な因子に関する不均衡を調整した後、ウロキナーゼ動注と機能予後改善には関連性が見られた。

 これまで、MT中, ないし MT後の線溶薬動注の安全性・効果を評価した観察研究は2~3件程度しかない。最近発表されたNorth American Solitaire Stent-Retriever Acute Stroke registryのsecondary analysisにおいては、MT失敗後の線溶薬動注が再開通率改善を示した一方で、t-PA動注を受けた群でsICH率が数的に多かった(13.9 % vs 6.8 %, P=.29)。

 本研究を行った施設(スイスのベルン大学病院)では長らくウロキナーゼ動注が用いられてきた。同施設における過去の研究(PROACT-II)では、ウロキナーゼ動注は機能的自立における15 %の絶対的利益(a 15% absolute benefit)や, 優れた再開通率(66 % vs 18 %, P<.001)と関連していた。特により末梢の閉塞では、control群と比較して3倍の早期の再開通の増加と関連していた(53.6 % vs 16.7 %)。ウロキナーゼ動注の最も重症な合併症はsICHであり、PROACT-IIではウロキナーゼ動注群にて10 %の患者に発生した。それに対して本研究では、ウロキナーゼ動注群にてsICH, aICH, 全身的な出血のrisk増加は認めなかった。興味深いことに、ウロキナーゼ動注を受けた患者でaICH率は低く, sICH推定値はウロキナーゼ群における低リスクを示唆し, またウロキナーゼ動注を受けた患者の予後は良好な傾向があった。こうした転機の差は症例を選択したことで生じた可能性は除外できないものの、不均衡を調整した後、ウロキナーゼ動注の効果はより明らかなものとなった。

 不完全な再開通の大半はMTでアクセスできない血管閉塞で説明可能であることから、再開通の状態を改善するための線溶薬動注の追加はよりpolpularになるかもしれない。そしてそのような治療法には、MTやt-PA静注で前もって得られていた利益を危険に晒さないような安全性が求められる。

 MT後, ないし 治療中に線溶薬動注を追加する治療法が推奨できるようになるまでには、前向き他施設研究, ないしは ランダム化臨床研究で更なる評価が必要となるだろう。

 

(5) Limitation

 本研究では、ウロキナーゼ動注療法への患者の割り当てがランダム化されていないのが最大のlimitationである。MTで完全再開通を得られなかった患者をウロキナーゼ動注に割り当てたという強いselection biasがある一方で、ウロキナーゼ動注は神経内科医, 神経血管内治療医が安全とみなした場合のみ行われた。こうした差異のため、分析は過剰な調整や残余交絡の影響を受けやすい。つまり、ウロキナーゼ動注群において見られた低いaICH率, 良好な機能予後, 死亡率の低下は注意して解釈せねばならない。また本研究におけるウロキナーゼ動注を行う患者の選択は経験が豊富な神経内科医と神経血管内治療医により行われており、他の施設では本研究のような成績や安全な症例選択が出来ないと思われる。加えて、1,274名中69名が研究参加を拒み、尚且つフォローアップ期間中の最後のstudy polulationの損耗率は3.4 %であり、これらもバイアスとなった可能性がある。