Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

COVID-19 vs トシリズマブ Part 3 - "STOP-COVID" -

 今日も前回, 前々回に続いて、COVID-19患者におけるトシリズマブの臨床試験を紹介していきます。今回参考にした論文は、2020年10/20にJAMA Internal Medicineへ掲載された"Association Between Early Treatment With Tocilizumab and Mortality Among Critically Ill Patients With COVID-19."(Gupta S., Wang W. et al.)です。

 

(1) Intruduction

 ランダム化試験の結果が出ていない場合(2020年当時[10月以前]、トシリズマブのランダム化試験の結果は出ていなかったから?)、target trial emulation approachを採用することで、観察研究の分析を実践の指針にできる可能性がある。従って、多施設コホート研究由来のデータを、COVID-19重症患者の死亡率に対する早期のトシリズマブ治療の効果の推定に使用した。

 

(2) Method

① Study Design

 この研究では'Study of the Treatment and Outcomes in Critically Ill Patients With COVID-19(STOP-COVID)'由来のデータを使用した。'STOP-COVID'とは、米国内の68施設のICUに入室し, COVID-19確定診断が得られている患者を連続して登録した多施設コホート研究である。

② PICO

1. Patient Selection

 以下の条件を満たす患者がこの研究に登録された。

  • 検査でCOVID-19と確定診断されている
  • 年齢; ≧18歳
  • 2020年3/4〜5/10の間に、COVID-19と直接関係のある病態でICUへ入室した

 また、以下の条件に該当する患者は除外された。

  • トシリズマブ, または その他IL-6 antagonistを使用するプラセボコントロール試験に参加している
  • ICU入室前に1週間以上入院している
  • ICU入室時に肝機能障害あり(AST or ALT>500 U/L)
  • トシリズマブ以外のIL-6 antagonistを、ICUへ入室した最初の2日間に投与された
  • ICU入室前にトシリズマブを投与された

2. Intervention&Comparison

 患者は、ICUへ入室した最初の2日間にトシリズマブを投与されたか否かによって組み分けされた。最初の2日間より後でトシリズマブを投与された患者は、トシリズマブ群へ分類された。

3. Outcome

 患者のフォローアップは退院, 死亡, もしくは 2020年6/12, のいずれかに達するまで行われた。Primary outcomeは院内での死亡("in-hospital death")だったが、他にも以下の項目が評価された。

 1) 2次感染(ICU入室後に発症したCOVID-19以外の感染症)の非調整発生率

 2) 高トランスアミナーゼ血症(AST>250 U/L or ALT>500 U/L)

 3) 不整脈(心房細動, 心房粗動, 心室頻拍, 心室細動

 4) ICU入室後14日以内に起きた血栓性合併症(DVT, 肺塞栓症, 脳卒中

③ Statistical Analysis

 交絡因子を調整する為に'inverse probability weighting(IPW)'が行われた。それを行う為に、トシリズマブ投与をoutcomeとし, 以下の共変量を条件としたlogistic回帰モデルを当てはめた。

  • 年齢
  • 性別
  • 人種
  • BMI
  • 高血圧
  • 糖尿病
  • 冠動脈疾患
  • うっ血性心不全
  • 喫煙
  • 活動性の癌
  • 元の内服薬(スタチン, ACE阻害薬, アンギオテンシン2受容体拮抗薬)
  • 発症からICU入室までの日数(3日以内 vs 3日超)
  • ICU入室時に評価した重症度の共変量(発熱, SOFA score, PaO2/FiO2比, 使用している昇圧薬の数, WBC数, 炎症反応)
  • ICU入室時に併用されていた治療法(ヒドロキシクロロキン, アジスロマイシン, ステロイド, 抗凝固薬, 伏臥位療法, 筋弛緩薬)

 

(3) Result

① Patient Characteristics

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 登録された4,485名の患者のうち、3,924名(87.5%)が分析に含まれた(Fig. 1)年齢中央値は62歳で、2,464名(62.8%)の患者が男性, 1,460名(37.2%)が女性だった。合計433名(11.0%)の患者がICUに入室した最初の2日以内にトシリズマブ投与を受けた。IPWを当てはめる前のトシリズマブ群(以下、介入群と呼ぶ), 及び トシリズマブ群(以下、コントロールと呼ぶ)のcharacteristicsをTableに示す。介入群とコントロール群間での違いを以下に示す。

  • 年齢: 介入群の方が若い(介入群 58歳 vs コントロール群 63歳
  • 併存疾患: 介入群の方が少ない(高血圧; 介入群 234名[54.0%] vs コントロール群 2,186名[62.6%], 冠動脈疾患; 介入群 39名[9.0%] vs コントロール群 504名[14.4%], うっ血性心不全; 介入群 23名[5.3%] vs コントロール群 386名[11.1%]
  • 低酸素血症(人工呼吸器使用中でPaO2/FiO2比<200): 介入群で多い(介入群 205名[47.3%] vs コントロール群 1,322名[37.9%]
  • ICU入室時の炎症マーカー上昇: 介入群で多い(介入群 371名[85.7%] vs コントロール群 2,290名[65.6%]
  • ICU入室時のステロイド投与: 介入群で多い(介入群 81名[18.7%] vs コントロール群 440名[12.6%]

 IPWを適用後、両群間でbaselineと重症度のcharacterisiticsはバランスが良好となった(Table)。例えばIPW適用前の年齢中央値は介入群 58歳, コントロール群 63歳だったが、適用後は両群ともに62歳となった。なお以下のデータが欠落している。

  • BMI: 介入群 8(1.9%) vs コントロール群 17(4.9%)
  • ICU入室時のWBC数: 介入群 26名(6.0%) vs コントロール群 193名(5.5%)
  • 炎症所見(CRP, IL-6, フェリチンの上昇: 介入群 19名(4.4%) vs コントロール群 598名(17.1%)
  • ICU入室時のPaO2/FiO2比(人工呼吸器装着中): 介入群 282名中40名(14.2%) vs コントロール群 2,096名中335名(16.0%)

② 死亡率(Mortality)

 分析対象となった3,934名の中で、フォローアップ期間の中央値は介入群で26日, コントロール群で27日だった(全体では27日)。合計2,058名(52.4%)が生存退院し, 1,544名(39.3%)が死亡, 322名(8.2%)が最終フォローアップでも入院中だった。死亡した1,544名中、介入群は125名(介入群は合計433名なので、同群に占める割合は28.9%), コントロール群は1,419名(コントロール群は合計3,491名なので、同群に占める割合は40.6%)であった(非調整hazard ratio[HR] 0.64, 95%CI 0.54-0.77)。

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 Primary analysisにおいて、介入群はコントロール群と比較して死亡調整riskが低かった(HR 0.71; 95%CI 0.56-0.92) (Fig. 2 and Fig. 3)。予測30日間死亡率は介入群で27.5%(95%CI 21.2%-33.8%), コントロール群で37.1%(95%CI 35.5%-38.7%)だった(risk difference 9.6%; 95%CI 3.1%-16.0%)。5つのsensitivity analysisでも類似した結果であった(Fig. 3)

 また以下のsubgroupでもトシリリズマブ治療と死亡の関連性は類似していた(Fig. 3)

  • 年齢:  <60歳; HR 0.80(95%CI 0.57-1.12) vs ≧60歳; HR 0.66(95%CI 0.49-0.89); P=0.40
  • 性別:  男性; HR 0.71(95%CI 0.52-0.96) vs 女性; HR 0.72(95%CI 0.48-1.08); P=0.96
  • ICU入室時のPaO2/FiO2比:  ≧200 or 人工呼吸器なし; HR 0.88(95%CI 0.58-1.35) vs <200 or 人工呼吸器管理中; HR 0.59(95%CI 0.43-0.81); P=0.14
  • ICU入室時に昇圧薬使用:  使用なし; HR 0.76(95%CI 0.53-1.07) vs 使用あり; HR 0.66(95%CI 0.47-0.93); P=0.60
  • ICU入室時にステロイド使用:  なし; HR 0.71(95%CI 0.53-0.96) vs あり; HR 0.68(95%CI 0.46-0.99); P=0.83

 なお、トシリズマブと死亡の関連性は、発症から3日以内にCUへ入室した患者(HR 0.41; 95%CI 0.23-0.74)の方が、3日より後に入室した患者(HR 0.85; 95%CI 0.65-1,11)よりも大きかった(P=0.03) (Fig. 3)

③ Adverse Events

 介入群とコントロール群での有害事象は以下の通り。

  • 2次感染:  介入群 140名(32.3%) vs コントロール群 1,085名(31.1%)
  • AST or ALT>250 U/L:  介入群 72名(16.6.%) vs コントロール群 452名(12.9%)
  • AST or ALT>500 U/L:  介入群 37名(8.5%) vs 196名(5.6%)
  • 不整脈介入群 63名(14.5%) vs 602名(17,2%)
  • 血栓性合併症:  46名(10.6%) vs 342名(9.8%)

 

(4) Disucussion

 ICU入室最初の2日間にトシリズマブで治療された患者は、そうでない患者と比較して死亡riskが低かった。

 この試験での知見は、複数のsensitivity analysis間でも一致していた。トシリズマブの効果は複数のsubgroup間で検証された。トシリズマブの死亡率への効果は、発症から3日以内にICUへ入室した患者で特に顕著であった。この患者集団における大きな効果は、病勢進行が急速な患者ほどトシリズマブの効果が大きくなることを反映している。或いは、不可逆的な臓器傷害を来す前の早期にトシリズマブを投与することが効果的である可能性がある。

 重症患者にトシリズマブが有効である可能性はあるが、投与と薬剤副作用の双方を評価することが重要である。トシリズマブ投与を受けた患者はそうでない患者と比べて高トランスアミナーゼ血症の発生率が高かったが、2次感染症の発生率は2群間で類似していた。それにも関わらず、トシリズマブ投与を受ける患者は、2次感染症及び肝毒性の緊密なモニタリングを受ける必要がある。

 なおこの研究には次のstrength, 及び limitationがある。

Strength

  • 仮説上のtarget trialをまねた方法を用いた("it uses methods to emulate a hypothetical target trial)
  • 複数のsensitivity analysisが行われ、全てのmodelで結果が一致した
  • 連続的なCOVID-19重症患者多数からなる包括的なデータを用いて行われた研究である
  • 患者は全米の地理的に異なる68箇所から登録している
  • 収集したデータは全て、管理上もしくは請求書のコードよりも寧ろカルテ記録見直しによりなされた
  • 過去の研究ではCOVID019重症患者へのフォローアップ期間は短かったが、この研究では最初の退院, 死亡, もしくは 2020年6/12までフォローアップが行われた。

Limitation

  • IPW適用前、両群間でbaselineに差異があった
  • 収集したデータにトシリズマブ投与量や, 併用した薬剤の投与期間が含まれていない
  • 複数のsubgroup analysisを行ったにも関わらず、「治療前の炎症パラメーター値によってトシリズマブへの反応が変化したか」は検証されなかった
  • 生前の"living will", もしくは "Medical Orders for Life-Sustaining Treatment forms"の存在に関するデータは収集されなかったので、一部のコントロール群でトシリズマブ投与を拒んだ可能性がある
  • CRP, IL-6といった一部の検査値の検査は低頻度であり、長期間の分析, もしくは subgroup分析に適しなかった

 

(5) Conclusion

 このコホート研究に含まれる重症COVID-19患者において、ICU入室最初の2日間でトシリズマブ投与を受けた患者の入院中死亡率は、そうでない患者と比べて低かった。しかしながら、この知見には交絡因子があり, 更なるランダム化臨床試験が必要である。