Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

東日本の某県に勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

ニューヨークにおける麻疹アウトブレイク(2018~2019)に関する論文を紹介します

 COVID-19の話題で持ちきりですが、今回はワクチンで防げる感染症, 麻疹について取り上げます。参考にしたのは、今年3月12日に発表された論文"Consequences of Undervaccination - Measles Outbreak, New York City, 2018-2019"(N Engl J Med 2020;382:1009-17)です。

 

(1) Background

 米国では、1963年に最初の麻疹ワクチンが承認される前まで500,000例の麻疹と500例の麻疹関連死が毎年報告されていた。しかし2000年に米国で麻疹根絶が宣言された。但し、海外から輸入し伝播するリスクは続いていた。

 ニューヨーク市では2000年以降、複数回の麻疹アウトブレイクが報告されている。最も最近の事例は、イスラエルから帰国したワクチン未接種の小児が、帰国後9日目の2018年9月30日に発疹で発症したことで始まった他にもイスラエルやヨーロッパの一部からの輸入症例があったことが、1992年以降の米国においては最大規模になる麻疹アウトブレイクのきっかけになった。この研究では、アウトブレイクの疫学的特徴を記述する。

 

(2) Method

① 麻疹症例の特定

 ニューヨーク市の5つの自治区で発生した麻疹疑い症例は全例、直ちにニューヨーク市の保健・精神衛生部に報告せねばならない。全ての症例について、患者や患者の保護者へのインタビュー, 医療記録, ワクチン接種記録と感染源の調査を行った。1957年以前に生まれた人は麻疹に免疫があると考えられた。また麻疹に感染した人と同時(もしくは2時間以内)に同じ場所に居た人は、麻疹に曝露した可能性があると定義された。

 ニューヨーク市の公衆衛生研究所が麻疹の診断的検査を行った。患者の血清に対し、麻疹特異的なIgMの定性enzyme-linked immunosorbant assay(ELISA)法, 及び 麻疹特異的なIgGの定性chemiluminescent immunoassayを行った。またreal-time RT-PCRで麻疹ウイルスRNAを検出した。

アウトブレイク症例は、1. 発疹があり, 尚且つ 2. 検査で感染の証拠がある or 検査で確定診断された症例と疫学的な繋がりがあり、発症が2018年9月30日以降の患者, と定義された。今回のアウトブレイクの一部と考えられた麻疹患者には、1. ニューヨーク市の住民と, 2. 正統派ユダヤ教コミュニティへの訪問者or居住者, もしくは コミュニティ内感染のあった地区に繋がりのある海外からの渡航客, が含まれている。なおニューヨーク市の訪問客は計上していない。臨床経過に関する情報が手に入らなかった場合でも、検査で陽性(RT-PCR もしくは IgM assayで)であり, 尚且つ 上記の基準に合致する時は症例に計上された。IgM assayでは偽陽性の可能性があるので、臨床経過に関する情報がなくIgM assayのみが陽性である患者については、ワクチン接種歴が無い場合のみ症例に含めた。

② Measles-mumps-rubella(MMR)ワクチン接種とmeasles-mumps-rubella-varicella(MMRV)ワクチン接種

 ニューヨーク市では、18歳以下へのワクチン接種量は全てCitywide Immunization Registryに報告する義務がある。

 人口レベルでの分析のため、Citywide Immunization Registryへ報告されたワクチン投与量を基に、ニューヨーク市在住の12~59ヶ月の小児のうち麻疹を含むワクチンを1回以上接種された子供の割合を計算した。またニューヨーク市内の各ZIP Code(郵便番号)についてもMMRワクチンを受けた小児の割合を計算した。また麻疹が確認されている地区におけるMMRワクチン接種を集計し、地区別の接種率(neighborhood-level coverage)を決定した。またそれとは別に、12~59ヶ月の小児に接種されたMMRワクチン投与量を追跡。このデータを週ごとに分析し、前年の同時期の投与量と比較した。

③ Resource mobilization

 保健・精神衛生部はアウトブレイクへの対応を拡大し、つい2019年3月27日には組織全体を巻き込む緊急時対応が発動された。

④ Cost evaluation

 保健・精神衛生部の直接的なコストの総計は、inputs(i.e. 用品, 物資, 装備, サービス)と人件費(i.e. 給与)の合計で計算された。

 

(3) Results

アウトブレイクの詳細

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 アウトブレイク収束が宣言された2019年9月3日時点で、649名の麻疹症例が確認されており、皮疹の発症は2018年9月30日〜2019年7月15日の間だった(Figure 1)。患者年齢の中央値は3歳(range; 1ヶ月~70歳)で、60.1 %が男性だった。患者のうち81.2 %が18歳以下で、接種歴がわかっている患者の85.8 %はワクチン未接種だった(Table 1)。

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 患者の大半(93.4 %)が正統派ユダヤ教コミュニティに属し、BrooklynのWilliamsburg地区(473名[72.9 %]) もしくは Borough Park地区(121名[18.6 %])に住んでいた。2019年4月にアウトブレイクはBorough Parkから隣接するSunset Park(同じBrooklyn)へ拡散し、そこで限定的な麻疹の感染(limited measles transmission)が発生した。限定的な感染はCrown Height(Brooklyn)でも発生(8名[1.2 %])し、その症例の半分は18歳以上だった。他の影響を受けた患者はニューヨーク市内の他の地区に住んでいたが、多くはWilliamsburg, Borough Park, もしくはニューヨーク市外の麻疹が存在する地域に繋がる曝露と関連性があった。正統派ユダヤ教コミュニティに所属していない43名(6.6 %)の大半(38名)はラテン系だった。

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 649名における合併症は下痢(14.2 %), 中耳炎(9.7 %), 肺炎(5.7 %)だったが死者は報告されなかった(Table 2)。入院した49名(7.6 %)のうち20名(40.8 %)がICUへ入り、10名(20.4 %)が非侵襲的機械的換気を受け, 40名(81.6 %)が1つ以上の合併症を発症していた。入院した37名の小児のうち、35名(94.6 %)はワクチン未接種であった。残りの小児に関しては基礎疾患はなく、1名はMMRVワクチン接種を1回受けており、他の小児に関してはワクチン接種歴が不明だった。入院した成人患者12名全員のワクチン接種歴は不明だった。また妊婦3名(それぞれ14週, 33週, 34週)への感染が報告されたが、麻疹合併症はなく、生まれた小児は健康かつ麻疹は陰性だった。

 649名の麻疹患者のうち、564名(86.9 %)は検査で診断し(うち20名は臨床経過の情報なし), 85名(13.1 %)は検査で診断した症例との疫学的な繋がりに基づいて診断した。世界中で最もよく見られるgenotypeの1つであるgenotype D8の麻疹ウイルスが、アウトブレイクと関連した患者255名全員で検出された。10名はアウトブレイクの期間中に麻疹と診断されたが、正統派ユダヤ教コミュニティの一員でなく, コミュニティ内感染があった地区へつながらなかったためアウトブレイクの一部とは考慮されなかった。6名の患者は海外からの輸入症例, または輸入症例と繋がりがあった(うち1人はgenotype B3のウイルス)。1名の輸入症例でない患者はgenotype B3で, 1名はこの症例と疫学的な繋がりがあった。他の33名は麻疹の有無につて調査を受けたが、MMRワクチン接種歴があり, 麻疹ワクチンの系統(genotype A)が検出されたために、確定診断症例には計上されなかった。

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 感染は多くの場合、家庭(家族・親族, 友人, 近隣住人との接触を介して), 学校, childcare programを含む環境で発生していた。11名の患者では麻疹をニューヨーク市外からの麻疹に罹患していた(イスラエル; 4名, 英国; 2名, ウクライナ; 1名, ニューヨーク市外のニューヨーク; 3名, ニュージャージー; 1名)。40.8 %の患者が、コミュニティ内感染で麻疹に罹患したと考えられる(Table 3)。

② Control measures

 20,000超の接触者が名前付きで特定され(More than 20,000 named contacts were identified)、そのうち1歳未満の間での曝露は1000, 妊婦での曝露は400, 免疫不全の可能性がある人での曝露は400と推定された。曝露があった場所(e.g. 学校, 医療機関)の職員, もしくは 保健・精神衛生部から接触者へ麻疹への曝露の通知が行われ、曝露後予防のためにMMRワクチン, 免疫グロブリン, もしくは自宅への隔離が適用された。またMMRワクチン接種勧奨が、麻疹感染の発生している地区に居住, ないし 定期的に滞在している人向けへと変更された。勧奨基準には 1. 6~11ヶ月の乳児への早期のMMRワクチン追加接種, 2. 1~4歳の小児への早期の2回目のMMRワクチン接種, 3.  1957年以降に生まれた成人のうち、麻疹を含むワクチン接種2回の履歴がない or ワクチン接種歴が不明 の人への早期のMMRワクチン2回の接種, も含まれる。

 2018年12月6日、WilliamsburgとBorough Parkの学校とchildcare programに、年齢に適したMMRワクチンを受けていない, もしくは 麻疹免疫の証明がない小児の利用を禁止する通達が出された。保健・精神保健部の部長命令により、指示に従わないprogramは罰金, 閉鎖, もしくはその両方へ従うことになった。その結果、3つの学校と9つのchildcare programが閉鎖された。2019年4月9日には、麻疹アウトブレイクの影響を受けたWilliamsburgの4つのZIP Code areaに居住, 勤務 or 通学している全ての人に対し、MMRワクチン接種, もしくは 麻疹への免疫を証明することが命じられた。そして命令に応じない人へ232通の召喚状が発行された。

③ ワクチン接種率

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 2018年10月1日から2019年9月1日の間に、12~59ヶ月の小児へ合計188,635回(dose[s])のMMRワクチンが接種された。Williamsburgでは11,964回のワクチンが接種された。昨年の同時期と比較すると、ニューヨーク市全体では23,320回, Williamsburgでは4,216回多く接種された。2018年10月1日から2019年9月1日の間に、Willamsburgで少なくとも1回のMMRワクチンを受けた12~59ヶ月の小児の割合は79.5 %から91.1 %へ増加した(Figure 2)。

④ コストの計算

 2019年9月9日の時点で、保健・精神衛生部の計559名の職員が麻疹の対応に当たっていた(全職員の7 %)。2019年3月末に同部署の関与がピークに達していた時、合計261名が麻疹への対応で働いていた。2019年8月31日の時点で、840万ドルが対応のため支出されていた(うちinputsは150万ドル, 人件費は690万ドル)。

 

(4) Disucussion

 この麻疹アウトブレイクは1992年以降米国内で報告されたものの中で最大規模となった。このアウトブレイクの原因は、反ワクチングループの標的となっていたコミュニティに複数の麻疹輸入があったことが原因であり、その結果ワクチン未接種で感受性がある多くの小児(特に1~4歳)が影響を受けた。

 同じ集団において2009~2010年の間に流行性耳下腺炎ウトブレイクがあった後、保健・精神衛生部が焦点を集めている間に(During focus group conducted by the Department of Health and Mental Hygiene after a mumps outbreak in 2009-2010 in this same community)、母親たちはワクチンと自閉症の関連性, ワクチンの安全性, 子供たちが人生の早期に多くのワクチンを接種されることを心配していた。これらの懸念に取り組むため、保健・精神衛生部はBorough ParkとWilliamsburgの29,000世帯宛てにワクチンについて正確な情報を提供する2冊の冊子を送付し、影響を受けたコミュニティにおいてはワクチンに関する嘘と闘うキャンペーンを開始した。

 輸入症例によって悪化した多くの感染連鎖や, 保健・精神衛生部の指導に従わない学校・childcare center, 宗教的な理由でワクチン免除となった人が多い学校・childcare centerにおける感染 等が複雑に絡み合ったアウトブレイクだったため、麻疹の感染阻止は難航した。親が免疫のない子供をわざと"measles parties"(麻疹パーティ)へ参加させた事例もあった他、発症して数週間から数ヶ月後に子供を医療機関に連れて行って血清学的検査を受けさせ、麻疹の診断を受けてから学校への通学再開を果たした(the diagnosis of measles was made several weeks to month after illness had begun, when the children's parents brought them to a medical provider for serologic testig so they could return to school)事例もあった。このような麻疹覚知の遅延は、保健・精神衛生部がreal-timeで感染を封じ込める能力を妨害した。

 このアウトブレイク期間中に報告された合併症は、麻疹の深刻さを思い出させるための警告である。今回合併症を起こした患者の割合は、過去の事例とも一致する。1985年から1992年にかけて、下痢は麻疹患者の8 %, 中耳炎は 7%, 肺炎は6 %で見られ、死亡は1 %未満だった。これとは対照的に、麻疹ワクチン接種後の有害事象は、100万回投与中30.5回だと推定される(<0.001 %)。

 アウトブレイク封じ込めのため、保健・精神衛生部はいくつもの独特な政策決定を行った。ワクチン未接種小児を学校・childcare programから排除する措置は、こうした環境が感染において重要な役割を担うため正当化される。ある学校では、1人の感染した生徒が25名の生徒への感染に繋がり、これは更に学校外の多くの人への拡散にも繋がった。合計すると、学校とchildcare facilityで麻疹に罹患した9.7 %の患者に加え, 48名が学校 もしくは childcareの出席者から麻疹をもらった。保健・精神衛生部は特定のエリアにおけるワクチン接種を命じた。またニューヨーク市保健委員会はこの政策に賛同し、支援することを票決した。更に、Kings Countyの最高裁判所は保健・精神衛生部のワクチン接種を命じる権限を支持した。これらの政策が実行された後にMMRワクチン接種が増加し, 麻疹症例が減少したことは、この2政策が成功であった証拠である。

 麻疹アウトブレイクへの効果的な対応を実行するに当たって、既存のインフラの重要性を誇張しすぎることはない。Citywide Immunization Registryは1996年に設立され、10年にわたる投資は、高い医療従事者の参加率と質の高いデータを有するワクチン接種情報システムを構築した。2002年9月11日以後、保健・精神衛生部は連邦公衆衛生・ヘルスケアシステム準備基金(federal public health and health care system preparedmess fund)を投資することでスタッフに投資し, 対応プランを作成・演習し, 強力なincident command structureを開発。これによって迅速に資源を動かす機構を提供した。

 麻疹は最も感染性がある疾患の一つである。集団の免疫力を維持するのに必要な基準を下回るワクチン接種率の地域にウイルスが導入された場合、たった一人の麻疹患者すら大規模なアウトブレイクに繋がる可能性がある。臨床的に一致する症候で患者が受診した場合、麻疹の疑いは常に念頭に置いておくべきであり(an index of suspicion for meales should be mainteined when a person presents with a clinically compatible illness)、それによって迅速な感染封じ込めの実行と診断的検査が可能になる。麻疹の封じ込め, ないし撲滅のための国際的な努力は国際社会への麻疹による負担を減らす可能性があり、反ワクチン偽情報と闘うことは、地域, 国内, そして国際社会のレベルにおいて最優先事項であり続けているニューヨークにおける、正統派ユダヤ教コミュニティを跨いだアウトブレイクにおける限定的な感染は、高品質かつ国家レベルのMMRワクチン2回接種プログラムが、人口内での高い免疫を維持するのに効果的であることを強調している(In New York City, the limited transmission of this outbreak beyond the Orthodox Jewish community hightlights the effectiveness of a high-quality, national two-dose MMR vaccination program in maintaining high population-level immunity)。

 

 こうして見ても、反ワクチン運動は百害あって一利なしの陰謀論ですね。そして麻疹アウトブレイク封じ込めに対し、思い切った政策を断行したニューヨーク市当局のリーダーシップ(とそれを支援した司法や行政)には我ながら脱帽しました。