Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

チェルノブイリのロシア兵は本当に『被曝』だったのか

 こんばんは。現役救急医です。ロシアのウクライナ侵攻は、ロシアが首都キーウ攻略から手を引き, 2014年以降占領を続けているクリミア・東部(ルガンスク, ドネツク)からの攻撃に重点を置き始めているようです。そんな中、4月1日ごろから気になる情報が出回っています。曰く、ロシア軍は今年2月下旬にチェルノブイリ原発とその周辺地域を占領していましたが、3月31日、同原発から撤退して, ウクライナ側に管理を委ねることにしたそうです。

www.cnn.co.jp

また、ロシア軍のチェルノブイリからの撤退に関して、「ロシア軍が原発周辺の最も汚染された地域『赤い森』で塹壕等を掘っていた」, 「そのせいでロシア軍兵士が大量被曝した」という情報や、「兵士らに急性放射線症の症状が出た」という情報も出回っています。

 率直に言うと、私はこうした情報に関して懐疑的です。ですがその前に、放射線が人体に与える影響などについてざっとまとめてみてから, 「何故私が懐疑的なのか」を述べようと思います。

 

 

(1) 放射線が人体に与える影響

 放射線が人体に与える影響についてまとめる前に、放射線の定義や, その単位についてまとめておく必要があります。放射線医学総合研究所(注:今は別名称の組織へ改編されています)が作成した『医学教育における被ばく医療関係の教育・学習のための参考資料』によると、放射線とは、

物質(分子・原子)を電離(+電荷のイオンと−電荷の粒子に分離)する能力を持つ粒子線, あるいは 電磁波

のことを指します。放射線にはα線β線中性子など様々なものが含まれますが、以下の2群(?)に分類されます。

実はα・β・γ・X線中性子の性質もそれぞれ異なるのですが、話が長くなるので今回は割愛します。

 原子炉では、ウラン235(U-235)・プルトニウム239(Pu-239)といった放射性元素中性子を吸収することで2個の原子核に分裂する核分裂が起きています。この核分裂によって中性子が放出され、それが周囲のU-235・Pu-239に当たって更に核分裂を起こすことで連鎖反応を起こします。核分裂の際にできた『2個の原子核』には、ストロンチウム90(Sr-90), セシウム137(Cs-137), ヨウ素131(I-131)といったものが含まれますが、いずれも不安定な放射性元素であり, β線γ線を放出します。

 放射線の単位にはベクレル(Bq), シーベルト(Sv), グレイ(Gy)と様々なものがありますが、それぞれ定義が異なりますので注意が必要です。

  • 放射性物質放射能の単位がBqで、放射線発生装置(CTやレントゲンなど)の出力の単位がkV, mAであり、これら装置の性能試験等に用いられ, 放射線と空気の相互作用(で生じる電荷)に注目した『照射線量』の単位がC/kg, Rである。
  • 放射性物質放射線発生装置が放射線を出している環境に人が居る(または空気などがある)場合、人体と放射線のエネルギーのやりとりを表す量を『放射線定量と呼ぶ。
  • 放射線定量のうち、人体・空気といった物質が吸収した単位質量当たりのエネルギー『吸収線量』と呼び、単位はJ/kg, Gyであ。これは全ての放射線量に適用でき, 放射線防護量を導く重要な量である。
  • 等価線量』・・・単位はSv放射線(e.g. α線, β線など)による吸収線量放射線加重係数』(放射線の種類等を加味したもの)を掛けて, 次に各放射線の数値を足し合わせたもの。単独の臓器・組織に関する数値である。

 例) γ線放射線加重係数=1)が10 mGy, 中性子(ここでは放射線加重係数=21とする)が5 mGyなら、10[mGy]x1 + 5[mGy]x21 = 115[mSv]

  • 実効線量』・・・単位はSv組織加重係数』(組織ごとの影響を加味したもの)各臓器の等価線量に掛けて, 次に各臓器の数値を足し合わせたもの。全身への影響を表す数値である。

 例) 肝臓(組織加重係数=0.04)が100 mSv, 胃(組織加重係数=0.12)が50 mSvの等価線量を受けたとすると、100[mSv]x0.04 + 50[mSv]x0.12 = 10[mSv]

 なお実際の現場(e.g. 医療機関など)では各臓器・組織ごとの等価線量を測定することは困難(よって、実効線量測定も困難)なので、サーベイメーター・個人被ばく線量計等で測定した『線量当量』(単位はSv)が使用されます。また、1時間当たりの線量当量を『線量当量率』と呼びます。測定装置には、次のようなものがあります。

  • 電離箱検出器, 電離箱式サーベイメーター:  照射線量(単位: C/kg, R)から吸収線量(Gy), 次に空間線量率(単位: μSv/h)を求める。特に後者はγ線による空間線量率を測定するものである。
  • ヨウ化ナトリウムシンチレーション式サーベイメーター:  γ線による空間線量率を求める。
  • 個人式被ばく線量計:  個人の被ばく線量(Sv)を求める。なおガラスバッジは、1ヶ月の積算線量を求めるものである。
  • ガイガーミュラー管式サーベイメーター, プラスチックシンチレーション式サーベイメーター:  表面汚染検知に使用し、β線を測定。単位はcmp(1分間あたりの放射線をカウントしたもの)。
  • 硫化亜鉛シンチレーション式サーベイメーター:  表面汚染検知に使用し、α線を検知。単位はcpm。

 

 では、本題である(?)人体への放射線への影響についてのまとめに移ります。まず、放射線の人体への影響は、以下の2つに大別されます。

  • 『確定的影響』 放射線によって、多くの細胞が細胞死を来すことが原因。不妊急性放射線等を来す。一定の線量(閾値)を超えることで発生率が急増する。
  • 『確率的影響』放射線によって、単一の細胞にて突然変異が惹起されることが原因。一定期間の潜伏期間をおいて癌を来す。閾値なく、線量増加と発生率が比例する。

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確定的影響と確率的影響の違い(旧『放射線医学総合研究所』の資料より転載)

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組織・症候別の急性吸収線量の閾値など(旧『放射線医学総合研究所』の資料より)

また放射線の人体への影響は、「急性か晩発か」によっても分類されます。

  • 急性:  一般的に細胞分裂の頻度が多い組織ほど, 形態や機能が未分化な組織ほど放射線の影響を受けやすい。特に、1 Gy以上の急性外部被ばくを全身に受けた後に数週間以内に発症する病態を『急性放射線症(ARS; acute radiation syndrome)』と呼ぶ。
  • 晩発:  被ばく後数週間以降に現れる影響のこと。線量や臓器により、現れる症状は様々である。特に重要なのが発癌性であり、癌の発生頻度は確率的影響と考えられている。低線量被ばくの場合、およそ100 mSv当たり生涯癌死亡確率は約0.5%上昇するとされている。

 ARSの臨床経過・症状には以下のような特徴があります。

  • 線量増加とともに、細胞分裂が盛んな組織・臓器から症状が発現する。すなわち、造血器→消化管→神経・血管系の順に障害が現れる
  • 時間経過上、前駆期, 潜伏期, 発症期に分けられ、その後回復ないし死亡する。
  • 吐き気・嘔吐・下痢・発熱・意識障害『前駆症状』と呼ばれる。被ばく〜前駆症状発症までの時間と被ばく線量は関連性があり、特に被曝後3時間以内に前駆症状が認められた場合は、1 Gy≦の高線量被ばくが疑われる
  • 具体的には、数日で急激なリンパ球減少が起こり, その後汎血球減少が出現する。4~6 Gy≦では腸管上皮が再生不能となって下痢・吸収障害・下血等が起こり, 8 Gy≦になると中枢神経症状によって意識障害などが出現する。

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線量と症状の関連

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ARSの病期

 

(2) で、実際チェルノブイリ周辺の線量はどうなの?

 ネット上で検索していたら、チェルノブイリ周辺の放射線量をマップ上に示しているウェブサイトを発見しました。今回の戦争の影響で、今年の2月末を最後に数値の更新が停止しています。

chernobyl.satoru.net

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チェルノブイリ原発近隣『赤い森』周辺の線量

マップ上に表示された単位(nSv/h)から察するに、当該時刻における空間線量率を示しているのでしょう。冒頭で言及した『赤い森』の空間線量率は示されていませんが、周辺のものが閲覧可能でした。以下に具体的数値を列挙します。

  • プリピャチ(2022/2/25の現地時間0:10):  10,200 nSv/h(=10.2 μSv/h
  • Yanov(2022/2/25の15:00):  612 nSv/h(=0.612 μSv/h
  • Christogalivka(2022/2/25の9:00):  11,100 nSv/h(=11.1 μSv/h
  • 原発敷地内:  場所により3,150 nSv/h(2022/2/25の9:20)〜93,000 nSv/h(2022/2/25の10:40)と開きがある。(=3.15〜93.0 μSv/h

 ※1: "n"とはナノのことで、ナノの1,000倍が"μ"(マイクロ)です。マイクロの1,000倍が"m"(ミリ)であり、みなさんご存知のように、ミリは1の千分の一です。

 ※2:  ちなみに、自然の空間線量率は海面レベルにて0.03 μSv/h, 高度1万メートルにて5 μSv/hであり、自然放射線による被ばくは、世界平均で年間2.4 mSv(=2,400 μSv)だそうです。

 「吸収線量=1 Gy(ARSを来しうる線量)と仮定した場合、線種別の等価線量はそれぞれ

  1. γ・X・β線(放射線加重係数=1):  1[Gy] x 1 = 1[Sv]
  2. α線(放射線加重係数=20):  1[Gy] x 20 = 20[Sv]
  3. 中性子(放射線加重係数=2.5~20):  1[Gy] x 20 = 20[Sv]

となります。こうしてみると、上記のチェルノブイリ原発周囲の空間線量率がγ線を計測したものだと仮定した場合、この外部被ばくのみにより, 短時間で1 Svという高線量に達するのは無理があるかと思われます。

 今回の『急性放射線症疑惑』に『赤い森』が関係しているとする言説は冒頭で紹介した通りですが、ネットで検索していたところ、環境省の資料が見つかり、

ロシアの一部の地域では、汚染が1,480 kBq/m2を超える森林へは、森林の保護消火活動及び疾病や災害対策を除いて立ち入り禁止とされ、森林内での活動や一般人の進入(植物の採取を含む)は禁止された

http://josen.env.go.jp/material/session/pdf/001/mat01-5.pdf

という記述を認めました。同じ資料内では、「チェルノブイリ原発事故による長期的な土壌汚染に関与しているのは半減期が30年であるCs-137」という趣旨の記述もありました。これらを踏まえると、「『赤い森』は主にCs-137によって、土壌汚染が1,480 kBq/m2を超えているのでは?」という推測も可能です。これまた環境省の資料によると、Cs-137の『実効線量係数』(BqをSvへ換算する際に用いる)は1.3x10-5[mSv/Bq]だそうです。

https://www.env.go.jp/chemi/rhm/kisoshiryo/attach/201510mat3-01-06.pdf

そうなると、1平方メートル当たり1,480 kBqの汚染がある土壌(或いは、同じくらい汚染された動植物)を経口摂取してしまった」と仮定すると、実効線量は

 1,480,000[Bq] x 1.3x10-5[mSv/Bq] = 19.24[mSv]

を超える推測されます。「場所や深さ, ないし 経口摂取したモノによっては、100~1,000 mSvくらい被ばくしてもおかしくないのでは…」とも思いたくなります(セシウムは雲母鉱石に固着してしまうので、森の生態系内を循環してしまい, 水により森から出ていくことも少ないのだそうです)。

 

 

(3) でもちょっと待って

 ただ、「下痢・吐き気・嘔吐・発熱・意識障害」を起こす疾患は、ARS以外にも沢山あります。依然SARS-CoV-2が世界中で流行している現状を鑑みると、多人数が集団で行動する軍隊内でCOVID-19が蔓延してしまっても不思議ではありません。また、飲料水や食料が汚染されていたり, 手洗い等の基本的な衛生管理が出来ていなかった場合、ノロウイルスサルモネラ菌等による胃腸炎が部隊内で流行してしまってもおかしくないとは思います。というか、「胃腸炎・COVID-19以外でも発熱・嘔吐・下痢等を来しうる疾患(というか、感染症)の鑑別診断を示してみろ」と言われたら、色々な疾患(というか感染症)が候補に挙がります言い換えると、「チェルノブイリから撤収したロシア兵の中にARSを疑う症状を呈する者が複数いた」という『噂』は、「部隊内で感染症アウトブレイクしてしまった」という事象を誤解した結果である可能性も十分あるのです。

 

 

(4) 参考資料

 最後に、上記リンク以外に今回参照したものを紹介して今日の記事を締めます。

痙攣性てんかん重積状態(convulsive status epilepticus)の治療

 みなさんこんばんは。現役救急医です。研修医・医学生向けのものも含め、様々な医学書/参考書には、痙攣の診断/評価や治療に関する記載があります。今日は私の知識整理も兼ねて、UpToDateを参考に、痙攣性てんかん重積状態(convulsive status epilepticus)の治療についてまとめてみます。原因となる疾患/病態や, それらの診断方法の詳細については、色々な参考書に書いてあるので今回は割愛します。

 

(1) まず、定義について

 UpToDateによると、全般性痙攣性てんかん重積状態(GCSE; generalized convulsive status epilepticus)の定義には次の2つがあるそうです。

 1) 一般的な定義("operational definition"):   5分以上持続する痙攣, もしくは 意識の十分な回復がないまま発生する別個の痙攣が2回以上発生すること

 2) 対てんかん国際連盟(ILAE; International League Against Epilepsy):  痙攣に関与する機構, もしくは 異常に長い痙攣の原因となる機構 のいずれかの欠陥によるもの。痙攣の型や持続時間によっては神経死・神経傷害・神経ネットワーク変性を含む長期的合併症を起こしうるもの」と定義され、"t1", "t2"と呼ばれる時間的概念を取り入れている。

  • t1・・・現在発生している痙攣が異常に長く, 自然停止する可能性が無い時間のことであり、この時点でてんかん重積への治療を開始すべきである。具体的には、5分経過した時点で"t1"である。
  • t2・・・現在発生している痙攣が長期的合併症を起こす重大なリスクを来す時点より後の時間のこと。具体的には、30分経過した時点で"t2"である

 

 

(2) 治療

 抗痙攣薬投与と同時並行的に、補助的治療を直ちに行う必要があります。治療の目標は主に1) 気道・呼吸・循環の安定化, 2) 痙攣の頓挫, 3) てんかん重積の致死的原因の診断と治療, の3つです。1)の『気道・呼吸・循環の安定化』を大雑把にまとめると、様々な参考書で「さるもちょうしんき(酸素投与, ルート[末梢静脈路], モニター[心電図・血圧・SpO2], 超音波, 十二誘導心電図, 胸部X線)」と略称されるような一連の処置です(超音波の要否は循環動態次第かと思われますが…)。嘔吐・誤嚥・舌根沈下などによって気道確保(や自発呼吸)が怪しくなったら、気管挿管が必要となるでしょう(SpO2だけを参考にしないように注意しましょう)

 あと、3)の『原因の診断』の一環として最初に検査すべき項目として、

  • 血糖:  採血のみならず、簡易血糖測定器の使用も推奨
  • 血中電解質濃度:  Na, K, Clに加えて、Ca, Mg, リン酸も
  • 肝機能
  • 血算
  • 抗痙攣薬血中濃度:  もし内服している患者ならば
  • 尿or血中毒物検査
  • 妊娠可能年齢女性なら、尿or血液妊娠検査
  • 必要に応じて、血中乳酸濃度, 血中ビタミンB6濃度, 血中トロポニン検査も追加

が挙げられています。

 では、今回の本題である2)『痙攣の頓挫』- 即ち、抗痙攣薬投与について紹介して行きます。もし低血糖が判明した場合はチアミン 100 mgと50%ブドウ糖 50 mLを静注します。最初に投与すべき抗痙攣薬はベンゾジアゼピンであり、具体的には以下のような薬剤が選択されます。

 

① 病院治療

 いずれも、医療機関外で発症した時(即ち、末梢静脈路確保がすぐにできない環境で)に使用可能な手段です。もしかしたらドクターヘリ・ドクターカーで現場まで出動した時に応用できるのかもしれません。

 

② 病院内での治療

1. 初期治療(first therapy)ベンゾジアゼピン

 最初にロラゼパム 0.1 mg/kgを2 mg/min.の速度でIVし, 効果を見極める為に投与後は最長5分待機します。その後も痙攣が持続している場合は、同じ用量を同じ速度で投与します。ロラゼパムが無い場合、ジアゼパム(セルシン®︎) 0.15 mg/kg IV(1回の最大投与量は10 mgまで)も使用可能です。

 これらの薬剤の投与によって痙攣が収束した後でも、痙攣の制御をつける為に非ベンゾジアゼピン系の抗痙攣薬のloading doseが必要となります。

2. その後の治療(second therapy) − 抗痙攣薬

 ベンゾジアゼピン系の作用時間が短いということもあり、ベンゾジアゼピン系投与後であっても、てんかん重積の再発はかなり多いですよって、非ベンゾジアゼピン抗痙攣薬の投与も必要となります。具体的には、以下のような薬剤が選択されます。

  • レベチラセタム(イーケプラ®︎):  loading doseとして、60 mg/kg(最大4,500 mgまで)を15分かけ投与。
  • ホスフェニトイン(ホストイン®︎):  loading doseとして、フェニトインに換算して(PE; phenytoin equivalents)20 mg/kgを100~150 mg/min.の速度で投与。これでも痙攣が持続している場合、laoading dose投与から10分後に5~10 mg PE/kgを追加投与。最大で合計30 mg/kgまで投与可能。
  • フェニトイン(アレビアチン®︎):  loading doseとして、20 mg/kgを25~50 mg/min.の速度で投与。これでも痙攣が持続している場合、loading dose投与から10分後に5~10 mg/kgを追加投与。最大で合計 30mg/kgまで投与可能。

上記1.~2.の治療は、全て10~20分以内に完了するのが理想的とされています。

3. 難治性GCSE

 3. – I:  持続的IV療法について

 ベンゾジアゼピン系投与を2回行い, 非ベンゾジアゼピン系抗痙攣薬の投与を1~2回投与したにも関わらず痙攣が30分持続している場合は、ミダゾラム, プロポフォール等の持続的 IVが必要となります。また、気管挿管・人工呼吸器管理や専門医へのコンサルテーション, ICUへの移動と持続的脳波モニタリングが必要となります持続的IV薬の具体的な投与量は以下の通りです。

  • ミダゾラム:  0.2 mg/kgを2 mg/min.の速度でボーラス投与。痙攣が止まるまで、5分ごとにボーラス量を追加投与する。その後、持続投与を0.1 mg/kg/hr.で開始(最大 3 mg/kg/hr.まで)。 45~60分以内に効果が出なければ、プロポフォール or ペントバルビタールへ変更。
  • プロポフォール(ディプリバン®︎)loading doseは1~2 mg/kgを5分かけ投与。痙攣が止まるまで、0.5~2 mg/kgを繰り返し投与(最大10 mg/kgまで)。その後、持続投与は1.2 mg/kg/hr.で開始し, 20~60分間で痙攣消失を目指す。
  • ペントバルビタール 日本国内ではもう静注製剤を製造していないそうです。最初は5 mg/kgを10分かけて投与。痙攣が持続している場合、5 mg/kgを再度ボーラス投与。 その後、持続投与は1 mg/kg/hr.で開始し, 痙攣が制御される or 脳波上burst supression波形が見られるまで、12時間ごとに0.5~1 mg/kg/hr.ずつ速度を調整する(最大5 mg/kg/hr.まで)。
  • ケタミン(ケタラール®︎):  loading doseは2 mg/kg。その後、脳波上の痙攣が制御されるまで1.5~10 mg/kg/hr.の範囲で持続投与速度を調整する。

ペントバルビタールと比べると、ミダゾラムプロポフォールは短時間の鎮静で痙攣重積の急速な改善が可能になるため、好まれる傾向があるそうです。なおペントバルビタールプロポフォールは循環抑制作用があるので、循環が不安定な患者には使えません。またプロポフォールは、高用量(速度が5 mg/kg/hr.<)の投与・長時間(48時間<)の投与・小児への投与がプロポフォール症候群と呼ばれる副作用(腎不全, 横紋筋融解症, 心不全などを呈する)を来すので注意が必要です。

※1: 難治性てんかん重積状態への薬物療法に関するsystematic reviewによると、

 持続的IV薬投与は一般的に、臨床・脳波上の痙攣抑制が得られた状態で24時間継続し, その後は12~24時間かけて減量されることが多いそうです。なおペントバルビタール半減期が長いので、減量する必要はありません(≒痙攣抑制が十分得られたら中止?)。

※2: 難治性てんかん重積状態への薬物療法に関するsystematic reviewによると、

  • 持続的IV薬投与の治療目標について『脳波上のbackgorund supression(大半でペントバルビタール使用)』は『臨床・脳波上の痙攣抑制(大半でミダゾラムorプロポフォール使用)』よりも、'breakthrough seizure'の可能性が低かった('background supression': 4% vs 『痙攣抑制』: 53%)。
  • 上記治療目標の合併症について:    'background supression'は、『痙攣抑制』よりも低血圧の可能性が有意に高かった('background supression': 76% vs 『痙攣抑制』: 29%)。
  • 死亡率について:  両群で48%と高かったが、治療目標による差は見られなかった。

 3. − Ⅱ:  長時間作用型抗痙攣薬について

 痙攣の制御と持続的IV薬の減量を達成する為に、上記の持続的IV薬と並行して, 長時間作用型の抗痙攣薬を1剤以上併用する必要があります。そして持続的IV薬を投与中 ないし 減量前に長時間作用型抗痙攣薬の血中濃度が高い治療域を維持しているのを確認することが極めて重要です頻用される長時間作用型抗痙攣薬には、以下のようなものが含まれます。

  • レベチラセタム
  • ホスフェニトイン, フェニトイン
  • バルプロ酸:  海外にはIV用製剤があるみたいです40 mg/kgのloading doseを10 mg/kg/min.の速度で投与(最大量は3,000 mgまで)。
  • フェノバルビタール(フェノバール®︎):  20 mg/kgを30~50 mg/min.の速度で投与。
  • ラコサミド(ビムパット®︎):  200~400 mg ボーラスIV。
  • トピラマート(トピナ®︎):  経鼻胃管から投与(最大1,600 mg/dayまで)
  • ペランパネル(フィコンパ®︎):  内服用製剤しかない。2~12 mg/dayで投与。

4. GCSE回復後の治療・精査について

 大半のGCSE患者では、全般性痙攣後10~20分以内に反応性の回復が見られるようになりますこの段階においても、緊密なmontoringが必要です。もし全般性痙攣収束後も意識回復が遅い場合、脳波のmonitoringを開始すべきとされます。また、初発の痙攣/てんかんてんかん重積状態として発症した患者に対しても、痙攣収束後直ちに脳波を測定すべきです(backgoroundの電気活動を調べる為)。なお、ベンゾジアゼピン拮抗薬であるフルマゼニル(アネキセート®︎)は投与すべきではありません(痙攣を再燃させるリスクがあるため)。

 頭部CT・MRIは、1) 初発の痙攣/てんかんてんかん重積状態として発症した患者, 2) てんかん重積を焦点発作で発症したと疑われる患者, または 3) 予想通りに回復しない患者において、痙攣が制御された後に撮影すべきとされています。

 腰椎穿刺の適応は、1) 中枢神経系感染症が疑われる場合, ないし 2) 悪性腫瘍の既往があり、中枢神経への転移/播種が疑われる場合 の2つです。但し、腰椎穿刺は頭蓋内占拠性病変が無いことを確認後に実施する必要があります

肝シトクロームP450と抗血小板薬

 みなさんおはようございます。現役救急医です。神経内科・脳外科・循環器内科領域では特に、抗凝固薬のみならず, 抗血小板薬が処方される機会が多いのです。この抗血小板薬には抗血小板薬には様々なものがあり、人によっては十分効果が発揮されない場合もあるようです。今日は、抗血小板薬による脳梗塞再発予防に関連した臨床試験の論文(Wang Y. et al. N Engl J Med. 2021;385:2520-30)を紹介してみます。和訳が雑だったり, 面倒and/or難解なので飛ばしている箇所もあると思いますがご了承下さい。

 

(1) 背景

 急性期脳梗塞ないし一過性脳虚血発作(TIA; transient ischemic attack)の患者では、3ヶ月以内の脳梗塞再発リスクは約5~10%と言われている。軽症脳梗塞またはTIA患者において、クロピドグレルアスピリン併用療法は、アスピリン単独よりも再発イベント抑制の効果が高いということが示されている。しかしクロピドグレルは、肝シトクロームp450(CYP; cytochrome p450)によって活性を有する代謝産物に変換される必要がある。CYP2C19機能喪失対立遺伝子を持つ人(白人の35%, アジア人の60%)では、脳卒中の2次予防にクロピドグレルの効果が乏しいことが分かっている。

 チカグレロル(ticagrelor)は、血小板P2Y12受容体を直接拮抗する可逆性経口antagonistであり, 代謝による活性化を必要としない。チカグレロルはクロピドグレルと同等, ないし それを超える血小板凝集抑制能力を有している可能性がある。事実、チカグレロル・アスピリン併用は、急性の軽症〜中等症脳梗塞ないしハイリスクTIA患者において、脳卒中または死亡のリスク低減効果がアスピリンに優っていることが示されている。軽症脳梗塞orTIA患者にて、クロピドグレル・アスピリンを併用された患者は、チカグレロル・アスピリン併用患者よりも血小板の反応性が低く, 特にCYP2C19機能喪失対立遺伝子保有者でこの傾向が顕著であった。'CHANCE-2'臨床試験では、「CYP2C19機能喪失対立遺伝子を持つ軽症脳梗塞 or TIA患者にて、チカグレロル・アスピリン併用がクロピドグレル・アスピリン併用に対し脳梗塞再発リスク減少という点で優っている」という仮説を検証する為に設計されている。

 

 

(2) 方法

① Trial design

 これは中国の202施設で実施された、研究者主導・多施設型ランダム化・二重盲検化・プラセボ対照試験である。

 

② 参加者について

  • CYP2C19機能喪失対立遺伝子を持っている
  • 40歳以上
  • NIHSS(National Institute of Health Stroke Scale)3点以下の脳梗塞, ないし ABCD2スコア4点以上のTIAのいずれかである
  • 最後に通常通りであると申告されてから24時間以内に治験薬開始が可能である

という条件を全て満たす患者が参加登録可能となった。一方、以下のいずれかに該当する患者は除外された。

  • 静注抗線溶療法または機械的血栓回収術を実施した
  • 治験薬を中止する必要のある手術または放射線科的治療("interventional treatment"; 経カテーテル的治療やCTガイド下生検のようなもの?)
  • modified Rankin scale 3~5点
  • アミロイドアンギオパシーないし脳出血の既往あり
  • ランダム化72時間以内に抗血小板薬2剤併用
  • ヘパリンないし経口抗凝固薬で治療中
  • チカグレロル, クロピドグレル, アスピリンのいずれかの禁忌に該当

 被験者から同意を得た直後に迅速遺伝子typingが行われた。患者は遺伝子解析結果によって、"poor metabolizer"(代謝不良), "intermediate metabolizer"(中程度代謝), (CYP2C19の)"loss-of-function carriters"(機能喪失)へと分類され、機能喪失を持つ患者が臨床試験へ参加登録された。

注釈1:  NIHSSは0~42点の範囲で脳卒中の重症度を示し、高いほど重症である。

注釈2:  ABCD2は0~7点の範囲で脳梗塞発祥リスクを示し、高いほどハイリスクである。年齢, 血圧, 臨床症状, TIA症状持続時間, 糖尿病の有無の5項目で評価する。

注釈3:  modified Rankin scaleは0~6点の範囲で身体障害の程度を示し、0~1は「障害なし」, 2~5では「障害の程度が悪化」, 6点は「死亡」

 

② 治療の内容

 発症から24時間以内に、参加登録可能基準を満たす患者は、1:1の比でチカグレロルアスピリン投与クロピドグレルアスピリン投与にランダムに割り振られた。

 1. チカグレロル群:  第1日にクロピドグレルのプラセボ+チカグレロル180mg loading doseを投与。2日目〜90日目まではチカグレロル90mg1日2回を投与。

 2. クロピドグレル群:  第1日にチカグレロルのプラセボ+クロピドグレル300 mg loading doseを投与。2日目〜90日目まではクロピドグレル75 mg/day継続。

また両群の患者へ、アスピリン投与(loading dose: 75~300 mg, その後21日間は75 mg/day投与)が行われた。3ヶ月間の治療後、患者は地域ごとの標準的治療に則って治療され, 更に9ヶ月後までフォローされた。

 

転帰

1. 主要転帰評価項目("primary outcome")

  • 90日後の虚血性or出血性脳卒中の新規発症
  • 安全性に関するoutcome:  90日後の重症or中等度の出血

2. 副次転帰評価項目("secondary outcome")

  • 30日以内の新規脳卒中発症
  • 血管系イベント全般(TIA, 脳卒中心筋梗塞, 血管系疾患による死亡)
  • 90日後の虚血性脳卒中
  • 90日後のmodified Rankin scale≧2点の(=障害を伴う)脳卒中
  • 3ヶ月後のTIA or 脳卒中の重症度
  • 安全性に関するoutcome:  90日目までの出血・死亡・有害事象・重篤な有害事象の全般

 

統計学的解析

 主要な有効性に関する転帰の単独中間解析の為に、0.05のP値は0.048に調整された。独立データ・安全性監視委員会が転帰の合計発生率をreviewし、盲検化を行わずに臨床試験を継続することを提案した。合計のイベント発生率の検証に基づき, 委員会が「治療割り振りの盲検化の必要なし」と判断したので、中間解析では2つの治療群間での有効性・安全性に関するoutcomeの比較が行われなかった。

 有効性と安全性に関する解析はintention-to-treat populationで行われた。90日間の虚血・出血イベント全般の主要転帰の累積相対リスクは、Kaplan-Meirという方法で推計した。治療群間での90日間の脳卒中発生率の差は、Cox比例ハザードモデルという方法で評価した。; ハザード比と95%信頼区間(CI; confidence interval)を求めた。患者データの削除は、臨床的イベントが発生した場合は最終フォローアップにおける評価時, 臨床試験終了時, 被験者が臨床試験からの離脱を表明した時, ないし 主要転帰が不明な場合は最後の訪問時に行われた。新規脳卒中イベント・臨床的な血管系イベント・虚血性脳卒中・障害を伴う脳卒中の副次転帰の比較, 及び 重症or中等症の出血・出血全般・死亡の安全性に関する転帰の比較にも同様の方法が用いられた。2群間でのTIAor脳卒中の重症度の副次転帰の比較はshift解析が行われ、common odds比・95%CIが算出された

 

 

(3) 結果

① 参加者について

 2019年9/23〜2021年3/22の間に11,255名の患者へscreeningが行われた; 参加登録されたのは6,412名だった。チカグレロル群には3,205名, クロピドグレル群には3,207名が割り振られた。CYP2C19機能喪失対立遺伝子を持っていない4,527名が除外された。全体で、536名で治療が恒久的に中止され, 15名が脳卒中以外の原因で死亡した。全患者が90日間フォローアップを完了した(Fig. 1)。2治療群間でbaselineの患者の特徴は類似していた。年齢中央値は64.8%, 女性は33.8%だった。80.4%の患者が虚血性脳卒中で発症し, 19.6%がTIAで発症した。参加登録された患者のうち、中程度代謝は5,001名(78.0%), 代謝不良は1,411名(22.0%)だった。

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Fig. 1: 患者の参加登録とランダム化

 

② 主要・副次転帰

 90日以内の虚血性or出血性脳卒中新規発症の主要転帰イベントは

  • チカグレロル群:  191名/3,205名(6.0%)
  • クロピドグレル群:  243名/3,207名(7.6%)

で、ハザード比 0.77(95%CI: 0.64~0.94), P=0.008だった(Fig. 2 and Table 2)

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Fig. 2: 脳卒中の累積発症率

 副次転帰に関しては、

  • 30日以内の脳卒中新規発症・・・チカグレロル群:  156名(4.9%), クロピドグレル群:  205名(6.4%), ハザード比:  0.75(95%CI: 0,61~0.93 (Table 2)
  • 血管系イベント発症・・・チカグレロル群:  229名(7.2%), クロピドグレル群:  293名(9.2%), ハザード比:  0.77(95%CI: 0.65~0.92)
  • 虚血性脳卒中発症・・・チカグレロル群:  189名(5.9%), クロピドグレル群:  238名(7.4%)

という結果だった。その他の副次転帰Table 2に示す。

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Table 2: 有効性と安全性に関する転帰

 

安全性に関する転帰

  • 中等症or重症出血・・・チカグレロル群:  9名(0.3%), クロピドグレル群:  11名(0.3%), ハザード比:  0.82(95%CI: 0.34~1.98) (Table 2)
  • 頭蓋内出血・・・チカグレロル群:  3名(0.1%), クロピドグレル群:  6名(0.2%), ハザード比:  0.49(95%CI: 0.12~1.96)
  • 致死的出血・・・両群とも3名(0.1%), ハザード比:  0.97(95%CI: 0.20~4.81)
  • 出血全般の発症率・・・チカグレロル群:  5.3%, クロピドグレル群:  2.5%, ハザード比:  2.18(95%CI: 1.66~2.85) (Table 2)
  • 有害事象・・・チカグレロル群:  540名(16.8%), クロピドグレル群:  427名(13.3%)

クロピドグレルと比べるとチカグレロルでは呼吸困難と不整脈が多く、治験薬を中断する原因が両群間で異なる主な理由となった重篤な有害事象が発生したのは、チカグレロル群で78名(2.4%), クロピドグレル群84名(2.6%)だった。

 

 

(4) 考察

 大半の参加者が漢人であったこのランダム化・二重盲検化・プラセボ対照試験では、CYP2C19機能喪失対立遺伝子を持つ軽症虚血性脳卒中orハイリスクTIA患者において、クロピドグレル・アスピリン併用よりもチカグレロル・アスピリン併用では90日目の脳梗塞リスクが低かった。全体として、主に軽症出血(の発症率?)により、有害事象と, 合計した出血イベントの発症率はチカグレロル・アスピリン併用治療で高かったが、中等症or重症出血の発症率の増加は見られなかったチカグレロル群では呼吸困難と不整脈が多かった

 急性冠症候群, ないし 経皮的冠動脈治療を行なわれる患者において、P2Y12抑制薬使用に当たって遺伝子検査を参考にする方法を用いることで有害事象が減少したとする臨床試験がある一方で、そうでない臨床試験もある。'CHANCE-2'は、CYP2C19機能喪失遺伝子保有する軽症虚血性脳卒中orハイリスクTIAの患者において, 脳卒中新規発症のリスク低減という観点でクロピドグレル・アスピリンよりもチカグレロル・アスピリンを使用することを支持しうるものであるものの、チカグレロル使用群では出血イベントが多かった

 'CHANCE-2'では、脳卒中累積ハザードを示す曲線は、第1週またはその少し後から分岐し, その後は同等となった。これはCYP2C19機能喪失対立遺伝子保有者においては、チカグレロルの効果がクロピドグレルに優っており, 脳卒中発症直後からこの効果が現れることを示唆している。特に軽症出血, 呼吸困難, ないし 不整脈により、チカグレロル・アスピリン群では合計の有害事象と, 治験薬中止に繋がったイベントの発症率が高くなった

 チカグレロルは、CYP2C19機能喪失対立遺伝子を持ち, 故にクロピドグレルの有効性が減少する脳卒中患者 特に脳卒中再燃の負担が多く, CYP2C19機能喪失対立遺伝子の有病率が高い東アジアの集団 − において、臨床上有用な代替抗血小板薬になりうるしかしながら、薬理遺伝学による抗血小板薬選択の臨床上の有用性は、迅速CYP2C19遺伝子typing法, 及び 検査キットの入手し易さによって制約を受け, また 遺伝子typingを用いる方法の費用対効果には更なる検証が必要である

 CHANCE-2の結果は、漢人以外に一般化することはできない。漢人では非漢人よりも頭蓋内動脈硬化の発症率が高く, また、CYP2C19機能喪失対立遺伝子を持つ非漢人では、チカグレロルとクロピドグレルは異なる作用を持つかもしれない。

低マグネシウム血症の治療

 みなさんこんにちは。現役救急医です。先日に引き続き、マニアックな(?)電解質異常の治療について、UpToDateを参考にまとめてみようと思います。今回は、低マグネシウム(Mg)血症についてまとめてみました。

 

(1) 低Mg血症の原因と症状

① 症状

 低Mg血症の症状は主に以下の4つです。

  • 神経筋症状:  振戦, テタニー, 筋力低下, 痙攣, せん妄, 昏睡など
  • 循環器症状:  心電図上、軽症例ではQRS延長・T波増高。重症例ではPR間隔延長・T波平坦化・心室不整脈
  • カルシウム(Ca)代謝異常:  低Ca血症, 副甲状腺機能低下症など
  • カリウム(K)血症

 

② 原因

 主な原因は、1) 消化管からの喪失, 及び 2) 腎臓からの喪失です。

 消化管からの喪失を起こす病態には下痢, 短腸症候群, 急性膵炎, 医薬品(プロトンポンプ抑制薬)などが含まれます。一方、腎臓からの喪失を起こす病態には医薬品(利尿薬, アミノグリコシド, アムホテリシンなど), コントロール不良の糖尿病, アルコール依存症, 先天性疾患(Bartter症候群など)など多くのものが含まれます。

 こうした原因の鑑別に有用な検査には、以下の2種類があります。

1. 24時間尿中Mg排泄量:  10~30 mg<で腎機能正常ならば、腎臓からの喪失10 mg>で腎機能正常ならば、腎臓以外からの喪失。

2. Fractional Excretion of Magnesium(FEMg):  ([尿中Mg濃度]x[血中クレアチニン濃度])/{(0.7x[血中Mg濃度])x[尿中クレアチニン濃度]} x 100という公式で求める。

 3~4%<で腎機能正常ならば、腎臓からの喪失2%>で腎機能正常ならば、腎臓以外からの喪失。

 

 

(2) 低Mg血症の治療 − 補充を中心に −

 Mgの投与量とルートは、臨床症状の重症度と低Mg血症の程度に左右される。

① 重症

 テタニーや不整脈, 痙攣といった症状がある場合、Mgの静注(IV)が行われる。

  • 循環不安定だった場合:  まず硫酸Mg 1~2 g(8~16 mEq)2~15分かけて投与。初回投与後でも不安定だった場合は追加投与。
  • 血中Mg濃度≦1 mg/dLで循環安定の場合:  5%ブドウ糖液50~100 mLへ硫酸Mg 1~2gを混注したもの5~60分かけて投与。その後、後述する持続点滴投与を実施。
  • 緊急例への持続点滴投与:  硫酸Mg 4~8 g(32~64 mEq)12~24時間かけて投与。血中Mg濃度>1 mg/dLを維持できるまで反復投与。
  • 腎機能低下(クレアチニンリアランス<30 mL/min./1.73m2):  Mg投与量を50%削減し、血中Mg濃度をより緊密に監視。

血中Mg濃度は、Mg製剤IVの6~12時間後に再測定する必要がある。この値を元に、追加投与の是非を判断する。

 

② 無症状〜軽症

 無症状・軽症の低Mg患者で患者本人が経口製剤に耐えられる場合、経口投与製剤が投与可能である(酸化マグネシウムの場合、800~1,600 mg/day)。しかし、経口製剤を摂取できない患者も居る他、経口製剤には消化管症状といった副作用が伴うそのため、多くの場合はIVによる補正が行われることが多い。

 IVする場合、血中Mg濃度により投与量が左右される。

  • 血中Mg濃度<1 mg/dL:  硫酸Mg 4~8 gを12~24時間かけて投与し, 必要に応じて反復
  • 血中Mg濃度1~1.5 mg/dL:  硫酸Mg 2~4 gを4~12時間かけて投与し, 必要に応じて反復
  • 血中Mg濃度1.6~1.9 mg/dL:  硫酸Mg 1~2 gを1~2時間かけて投与

Mg血中濃度は毎日測定するか, 必要時には更に頻回に測定すべきである。この再検時の値により硫酸Mg再投与の是非を判断する。

 

③ 治療期間

 血中Mg濃度は治療後急速に上昇するが、細胞内のMgが補充されるまで時間がかかる。従って、腎機能が正常な患者の場合は、血中Mg濃度が正常化してから少なくとも1~2日はMg補充を継続する必要がある