Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

アルゼンチンにおけるコロナワクチン接種とSARS-CoV-2感染・死亡率

 こんばんは。現役救急医です。実は私事ながら救急専門医試験に合格し、来年1/1から救急専門医になります(日本救急医学会と日本専門医機構へ、合計4万円以上の認定料を期日までに忘れることなく振り込めば)。

 今日もまたコロナワクチン関連の文献を紹介してみます。今年10/29に発表されたアルゼンチンの論文(Macchia A, Ferrante D. et al., JAMA Network Open. 2021;4(10):e2130800)です。コロナワクチンを十分量確保できない中所得国の状況が垣間見えて非常に興味深い論文です。

 

(1) Introduction

 ランダム化臨床試験は被験者選抜が厳格であり, また薬品等の供給が制御されていることから、有効性の実用的な評価と, コロナワクチン接種キャンペーンの実現は不可欠である。ワクチン接種キャンペーン実施後の評価は複数報告されているものの、これらの報告は高所得国, ないし mRNAワクチンのものに限られている。

 アルゼンチンのブエノスアイレス市は2020年12/29にワクチン接種キャンペーンを開始した。80歳以上と医療従事者が最初に対象となった。今回の解析を実施した時に、アルゼンチンでは3種類のワクチンが入手可能だった(詳細は後述)。本報告時、アルゼンチンではワクチンの不足に直面していた。このため、保健当局は、少なくとも1回目接種をより多くの人に接種する為に、2回目接種延期を決定した。

 世界中の多くの人はmRNAワクチンを入手できず, また, コロナワクチンの有効性の実用的な評価が不足していることを考慮し、今回の解析では、アルゼンチンで入手可能な3種のコロナワクチン接種が罹患率・死亡率(あらゆる原因によるもの)・COVID-19による死亡率の減少と関連しているかどうか決定することにした。

 

(2) Method

① Study Design

 ブエノスアイレス市在住の60歳以上の住民をカバーする後方視的観察研究コホートを作成した。COVID-19症例(reverse transcription-polymerase chain reaction[RT-PCR]で診断), 入院例, 死亡例全例はArgentine Integrated Health Information System(SISA)により登録されている。

 今回の解析では、保健省のデータベース2個を使用した。

  • ブエノスアイレス市でワクチン接種を受けた全員の記録:  性別・年齢・接種されたワクチンの種類等が記録されているデータベース。
  • SISAブエノスアイレス市住民に関するデータブエノスアイレス市でRT-PCR検査を受けた人全員分のデータや, 検査を受けた人の検査結果・入院データ等を含む。

ブエノスアイレスでは、COVID-19の診断はRT-PCRの結果に基づいている。そのため、疑わしい症状のある人全例がRT-PCR検査を受け, 結果は24時間以内に判明した。また、フォローアップ期間中の死亡者数をダブルチェックする為に、ブエノスアイレス市住民の死亡記録の情報アップデートを閲覧可能となるようにしていた

② アルゼンチンで採用されているワクチン

 以下の3種類である。いずれも3週間以上の間隔を置いて2回接種を行う必要がある。

  • 遺伝子組み換えアデノウイルス26(recombinant adenovirus26; rAd26)と同アデノウイルス5(rAd5):  ロシアのGamaleya研究所が製造SARS-CoV-2糖タンパク質遺伝子を持つ。"Sputnik V"とも。
  • ChAdOx1ワクチン英国のアストラゼネカ社, オックスフォード大の共同開発SARS-CoV-2スパイクタンパク質と, 組織プラスミノーゲンアクチベーター(tissue plasminogen activator; tPA)のコドン最適化された塩基配列全長を持つ、遺伝子組み換えアデノウイルス
  • BBIBP-CorVワクチン中国のSinopharm社と北京生物学的製剤研究所が共同開発。不活化SARS-CoV-2抗原から成る単価ワクチン

③ Outcome

 この解析のprimaty objectiveは、コロナワクチン未接種者コロナワクチン1回目ないし2回目被接種者における1)COVID-19診断のincidence density(単位: 症例数/100,000人日), 2)あらゆる原因による死亡率, 3)COVID-19と診断されてから30日以内の死亡率 を決定することであった。この目的の為に、

  • ワクチン接種者全員・・・ワクチン接種から、上記1)〜3)いずれかのイベント発生までフォローアップ継続。
  • 感染or入院の記録が無く, 情報アップデート後も死亡者に含まれていない接種者・・・生存しているとみなされ、2021年5/15を以ってフォローアップ終了。
  • 何らかの"index event"が検査陽性となった(=SARS-CoV-2陽性全例??)接種者・・・index event発生時にフォローアップ終了。

となった。死亡率解析の為に、直近のデータが判明している期日まで参加者全員をフォローした。

 接種者における発生率計算の為に、ecological approachという方法が用いられた。この目的の為に、母集団からその日のワクチン接種済の人数を減算し, 発生率は年齢集団別に計算した未接種者の発生率は、各年齢集団において被接種者に属していない症例から求めた。これに加えて、使用されたワクチンの種類別のoutcomeの関連性についてexploratory studyを行った。

統計学的解析

 ワクチン未接種者と被接種者のコホートにおける曝露とフォローアップ期間の乖離を避ける為に、結果は「発生率/100,000人日」という単位を用いるincidence densityにより解析された。フォローアップ期間は、

  • 接種者・・・2020年12/29(コロナワクチン接種キャンペーン開始)から、COVID-19の診断ないし死亡の発生まで
  • 接種者・・・ワクチン接種前の時期に関しては2020年12/29からフォローアップを開始。その後、コロナワクチン1回目接種当日〜15日後より、上記イベント発生ないし2021年5/15まで

となっていた。

 上記フォローアップ期間終了時における発生率は、2回接種を完了した人, 1回目接種のみの人, 未接種の人の間で比較された。

 

(3) Result

 60歳以上のブエノスアイレス市住民663,602名の中で、2020年12/29~2021年5/15の間に少なくとも1回コロナワクチンを接種されたのは540,792名(81.4%)だった。集団全体の平均年齢は74.4歳であった。被接種者のうち、334,488名(61.8%)は女性だった

1回接種のみの被接種者(457,066名)の特徴は、

  • 平均年齢:  74.5歳
  • 女性:  281,284名(61.5%)
  • ChAdOx1ワクチンを接種:  135,036名(29.5%)
  • BBIBP-CorVを接種:  11,043名(2.4%)
  • rAd26-rAd5を接種:  310,987名(68.0%)

であった。2回接種を受けた被接種者(83,726名)の特徴は、

  • 平均年齢:  73.4歳
  • 女性:  53,204名(63.5%)
  • ChAdOx1を接種:  51名(0.1%)
  • BBIBP-CorVを接種:  51,436名(61.4%)
  • rAd26-rAd5を接種:  32,239名(38.5%)

であった。

 ブエノスアイレス市には合計148,787名の80歳以上の住民が住んでいた。この中で、

  • 1回目接種のみは134,249名(90.2%)
  • 2回目接種済は9,089名(6.1%)

だった。また70~79歳の住民221,903名のうち、

  • 1回目接種のみは153,207名(69.0%)
  • 2回目接種済は54,441名(24.5%)

だった。60~69歳の住民292,327名のうち、

  • 1回目接種のみ:  169,610名(58.0%)
  • 2回目接種済:  20,196名(6.9%)

だった。COVID-19罹患の記録は、全体の4.3%(23,251名)で認められた。

 

 接種者において、COVID-19発症率は36.25症例/100,000人日(95%CI 35.80~36.70)だった接種者に関しては、

  • 1回目接種のみ:  19.13症例/100,000人日(95%CI 18.63~19.62)
  • 2回目接種済:  4.33症例/100,000人日(95%CI 3.83~4.81)

となっていた。これは、

  • 2回目接種済の人においては、88.1%(95%CI 86.8~98.2)の感染率低下
  • 1回目接種のみの人においては、47.2%(95%CI 44.2~50.1)の感染率低下

と関連している(Figure)

 70~79歳の集団に関して、2回接種の完了は94%(95%CI 93~94.8)の感染率低下と関連している。80歳以上の集団においては、2回目接種完了は88.4%(95%CI 86.9~89.8)の感染率低下と関連していた(Figure)

f:id:VoiceofER:20211101144058p:plain

Figure: 1回目・2回目接種と、COVID-19症例・あらゆる原因による死亡・COVID-19関連死との関連性

 

 未接種者において、あらゆる原因による死亡のincidence densityは11.74例/100,000人日(95%CI 11.51~11.96)だった。一方被接種者におけるこれらのincidence densityは、

  • 1回目接種のみ:  4.01例/100,000人日(95%CI 3.78~4.24)
  • 2回目接種済:  0.40例/100,000人日(95%CI 0.26~0.55)

であった。1回目接種のみは65.8%(95%CI 61.7~69.5)の死亡率減少と関連しており, また2回接種済は96.6%(95%CI 95.3~97.5)の死亡率減少と関連していた(Figure)

 2回目接種済は、全ての年齢subgroupにおいて、あらゆる原因による死亡の減少と関連していた。

  • 80歳以上の集団:  94.2%(95%CI 93.1~95.1)の減少
  • 70~79歳の集団:  98.2%(95%CI 97.2~98.9)の減少

 COVID-19診断から30日以内の死亡についても同様の結果が認められた。

  • 未接種者:  2.31例/100,000人日(95%CI 2.19~2.42)
  • 1回目接種のみ:  0.59例/100,000人日(95%CI 0.5~0.7)
  • 2回目接種済:  0.04例/100,000人日(95%CI 0~0.01)

COVID-19関連死の減少は、

  • 2回接種済:  98.3%(95%CI 95.3~99.4)
  • 1回目接種のみ:  74.5%(95%CI 66~80.8)

という結果だった。

 

 rAd26-rAd5の2回接種済の人ChAdOx1の2回接種済の人の間で、上記3個のoutcomeに関して有意差は見られなかったrAd26-rAd52回接種の人と比較するとChAdOx1の2回接種の人はCOVID-19リスクと, あらゆる原因による死亡のriskが同等だった

  • COVID-19のhazard ratio(HR):  1.05(95%CI 0.80~1.37; P=0.74)
  • あらゆる原因による死亡のHR:  0.69(95%CI 0.33~1.45; P=0.33)

BBIBP-CorV2回接種済の人は、COVID-19リスクが有意に高かった(HR 1.65[95%CI 1.40~1.93]; P<0.001)ものの、あらゆる原因による死亡については有意差が見られなかった(HR 2.05[95%CI 0.79~5.30]; P=0.14)

 

(4) Discussion

 大半の高所得国では、コロナワクチンの臨床試験での有効性証明後に、実用的な有効性評価が行われる。しかし世界の多くの国では、コロナワクチンの十分な備蓄や, 大規模に実臨床で評価されたものと同一のコロナワクチンが不足している。知られている限り、低所得・中所得国でコロナワクチンの実用的な有効性を評価した研究は存在しない。

 低・中所得国におけるコロナワクチン不足という文脈において、今回の知見は、特定の種類のワクチンが選択できないまま実施した接種スケジュールがCOVID-19症例・あらゆる原因による死亡・COVID-19関連死の劇的な減少と関連していることを示した

 今回のブエノスアイレスにおける試みでは、1回目接種は軽度のSARS-CoV-2感染予防効果と関連していたが、あらゆる原因による死亡・COVID-19関連死の予防効果は十分であった80歳以上集団の1回接種はCOVID-19関連死の有意な減少を実現できなかったものの、あらゆる原因による死亡の減少と関連していたこれはおそらく死因属性が、あらゆる原因による死亡よりも厳密性に乏しいことによるものと思われる病院外でCOVID-19により死亡した高齢者への診断が即時に成されていない可能性がある。しかしながら、全年齢集団で1回目接種が死亡率の減少と関連していた

 2回接種完了は、COVID-19に対する2倍の予防と, COVID-19関連死・あらゆる原因による死亡の減少と関連していたこの研究で評価されたoutcomeは記録されたCOVID-19症例であり、無症候性感染ではない点に注意すべきである

 アルゼンチンでは、60歳以上へ2回接種を行うに足るワクチンが依然確保できていない。事実、2021年5月中旬までに2回目接種を終えたのは5人中1人だったこれにも関わらず、1回目接種だけでも各イベントを減少させるには十分であり、1回目接種を受けられる人数を増やす為に2回目接種を遅らせるという政策を支持している

 あらゆる原因による死亡に対する予防効果について、どの種類のワクチンも効果に有意差を認めなかった。しかし、BBIBP-CorVは他の2種のワクチンと比較すると、より高い感染リスクと関連していた。今回の研究では、異なる種類のワクチンを接種された集団において今回死亡率に有意差は見られなかったものの、各ワクチン間の有効性に差があるのがどうか検証する為に、より多くの症例数・イベント数を含めて, これから先も評価を継続すべきである。