みなさんこんばんは。現役救急医です。日本では最近、コロナワクチン接種率が7割を超え、感染者数が落ち着いています。但し、ワクチンを接種したからといって感染を100%防げる訳ではないし, 感染した以上、周囲を感染させる可能性もある訳です。今回は、「ワクチン接種後に感染した人は、周囲へどれくらいSARS-CoV-2をうつすのか?」というトピックの論文をたまたま発見したので紹介してみます。元ネタは、今年11/4に"Eurosurveillance"というジャーナルに掲載されたオランダの論文(https://doi.org/10.2807/1560-7917.ES.2021.26.44.2100977 )です。
(1) Introdutcion
2021年8月初頭、論文筆者ら(オランダのCenter for Infectious Disease Control, National Institute for Public Health and the Environment[RIVM]; 『国立公衆衛生・環境研究所附属の感染症制圧センター』?の研究者ら)は、SARS-CoV-2確定診断例の家庭内及びその他の環境での濃厚接触者内での、他者への感染(or 伝染; "transmisson")や, SARS-CoV-2感染("infection")に対するコロナワクチンの有効性を報告した。この研究は野生型とアルファ株のSARS-CoV-2が優勢だった2021年2〜5月の期間に収集したデータを元にしてなされている。だが2021年5/29~7/4の間にデルタ株が優勢となり, 7/5以降では、配列解析が行われたもののうち85%超がデルタ株となっていた。
(2) Method
オランダでは2021年6月末にCOVID-19症例数の大幅な増加が起こり、市立保健サービス(Municipal Health Services; MHS)では7月〜8月初頭の間、材料と追跡調査能力が不足していた(Figure)。そのため、デルタ株による伝染に対するワクチン有効性(VET; vaccine effectiveness against transmisson)解析は、8/9以降(材料が補充され, 追跡調査が再開された期日)のデータのみによって可能となった。今回の研究は9/24までを対象としている。この研究期間中、オランダ国内で配列解析されたウイルスのうち97%超がデルタ株だった。
2021年7月まで、SARS-CoV-2感染確定例の家庭内濃厚接触者全員に対して10日間の隔離("quarantine")が課され, 曝露後ないし症状ありの場合、1日目と5日目に検査を受けるよう求められた。5日目に陰性となった場合、濃厚接触者は隔離を終了可能となった。7/8日に方針変更が行われ、感染確定例濃厚接触者がコロナワクチン完全接種済("fully vaccinated"; ここでは、2回目接種から14日以上経過した or ワクチンが単回接種のみのものである場合、接種から28日以上経過した人を指す)であれば隔離不要とされた。但し完全接種済濃厚接触者は5日目に検査を受けること, 及び 10日目までは周囲と身体的距離を取るように強く勧められた。
匿名化された最小限の濃厚接触者monitoringのデータが使用され, "index case"(定義は後述)に関するデータは、全国規模の感染症届出登録データベースから抽出した。VETは、感染確定例との濃厚接触者におけるsecondary attack rate(SAR; 2次感染率?)と, index caseのワクチン接種状況を比較することで推計した。
VETの公式: 1-(ワクチン接種済indexのSAR/ワクチン未接種indexのSAR)x100 [単位: %]
Index caseとはここでは、家庭内で感染していないと思われるSARS-CoV-2陽性者のことを示す。ここではindex caseと, 12歳以上の家庭内濃厚接触者を解析に含めている。
(3) Result
最終的に、4,921名のindex caseと7,771名の濃厚接触者が対象となった。濃厚接触者中、
- 完全接種済は4,189名(53.9%)
- 未接種は2,941名(37.8%)
だった。Index case中、
- 未接種は2,641名(53.7%)
- 完全接種済は1,740名(35.4%)
であり、一般人口よりも接種率が低かった(一般人口成人における接種率は、この研究の開始時期において71%だった)。Table 1にindex caseと濃厚接触者の特徴を示す。年齢別のワクチン接種状況は、ワクチン接種が高齢者から始まり若年者へ広まったことを反映していた。Index caseのワクチン接種状況によって分類した濃厚接触者のワクチン接種状況をTable 2に示す。未接種index caseの場合、家庭内濃厚接触者の59.1%が同様に未接種であった。一方、接種済index caseの場合は家庭内濃厚接触者の11.6%のみが未接種だった。
※注釈: Tabe 1~3中の"partly vaccinated"とはここでは、2回接種のうち1回目を接種後14日以上経過した人を指す。
Table 3は、未接種index caseの未接種家庭内家庭内濃厚接触者と比較すると、接種済index caseの未接種家庭内濃厚接触者の粗SARは低いことを示している。
- 接種済index caseの未接種濃厚接触者における粗SAR: 13%
- 未接種index caseの未接種濃厚接触者における粗SAR: 22%
- (Index caseが接種済であることの)調整VET: 63%(95%confidence interval[CI]: 46~75)
完全接種済である濃厚接触者のSARは、
- Index caseが完全接種済の場合: 11%
- Index caseが未接種の場合: 12%
と同等であったが、これはindex caseの年齢が交絡因子となっている。Index caseが完全接種済であることの調整VETは40%(95%CI 20~54)だった。
(4) Discussion
以前の研究では、アルファ株が流行している時期において、未接種濃厚接触者のVETが高い(73%; 95%CI: 65~79)ことが示されている。同期間における未接種濃厚接触者のSAR(31%)も、デルタ株流行期のそれ(22%)より高かった。これはSARS-CoV-2による免疫の有病率(or 普及率; "prevalence")が増加した結果かもしれない。前回の解析と比較して、index caseの多くが30歳未満と若年であり, またSARはindex caseが若年となるほど低くなった。
この研究では検査結果陰性に関する情報を含めていない。そのため、濃厚接触者が陰性だったのか, 或いは 検査を受けていなかったのかどうかは不明である。
今回の研究期間中、オランダの成人の大半にコロナワクチン接種の機会が与えられていた(12~17歳への接種率はこの期間中、増加途上だった[研究期間終了時に約60%])。現在の接種済集団及び未接種集団は、リスクを伴う行動, 検査を受けて隔離に従う意思といった複数の要因が異なっている可能性がある。こうした側面が、次の2方向でVET推計に当たってバイアスとなった可能性がある: ワクチン接種済集団では感染のリスクへの受け止めが小さい可能性がある一方で、未接種集団内での感染リスクへの受け止めも小さい可能性がある。2021年春のMHSの検査施設における1日の検査数は平均で約60,000件だったが、8~9月では平均で約20,000件だった(家庭での迅速抗原検査の使用増加によって影響を受けた可能性もある)。更に、ワクチン接種済の人, 及び 未接種の人は家庭内でクラスター化する傾向が強かった。
デルタ株はアルファ株と比べて感染力が強く, また ワクチン接種後ブレークスルー感染を起こす可能性が高いことが知られている。そのため、アルファ株と比較してデルタ株へのVETが低いことは想定外ではなかった。
(5) Conclution
今回の結果は、ワクチン接種済のindex caseからのSARS-CoV-2伝染に対し、ワクチン接種が予防に寄与することを示している。しかしながらアルファ株に対する効果と比べて、デルタ株に対する効果は低い。接種済濃厚接触者に対するVETと比べると未接種濃厚接触者に対するVETの方が高く, 接種済濃厚接触者はワクチンが誘導した免疫により、とりわけ重症化から守られている(感染からも大いに守られている)。未接種濃厚接触者と完全接種済濃厚接触者間のVETの違いは、年齢分布 and/or 不明な交絡因子(リスクを伴う行動, 臨床的な脆弱性など)によるものかもしれない。ワクチンのSARS-CoV-2感染・他者への伝染に対する有効性の減少は、ワクチン接種率が高い集団においてSARS-CoV-2流行を増加させるかもしれない。