Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

交通事故を起こした運転手の大麻成分血中濃度に関する研究

 こんにちは。現役救急医です。New England Journal of Medicineからのメルマガをチェックしていたら、非常に興味深い論文を見つけました。カナダで大麻合法化後に、交通事故を起こした運転手における大麻成分血中濃度を解析した研究です(N Engl J Med. 2022;386:148-56)。

 

(1) Introduction

大麻の運転に与える影響など

 大麻の使用は、認知機能障害・精神運動障害と関連しており, 特にtetrahydrocannabinol(THC; 大麻の主要な精神活性成分)の濃度が高いほど交通事故のリスクが上がると示すevidenceもある。大麻合法化が交通安全に与える影響は米国で研究されているが、「合法化後に致命的な事故が増加した」とする研究がある一方で, そうでないと示す研究があったりと結論が出ていない。カナダでこれまで行われた研究も、バイアスが伴っている等して正確とは言えない。

 

② カナダにおける大麻合法化と、交通安全に関する規定

 カナダでは2001年に医療目的で, 2018年10月に娯楽目的で大麻が合法化された。カナダの"Cannabis Act(Bill C-45)"は、若者の大麻へのアクセスの制限, 大麻に関連した非合法的活動の低減, 大麻製品の安全性向上, 大麻の健康リスクについて公衆の認知度を上げることにより、公衆衛生と安全を守ことを目標としている。またカナダ政府は、全血中THC許容量を規定し, 警察がドラッグ使用運転の証拠を採集する権限を拡大することによって、大麻を使用した運転を防止することを目的とするBill C-46を導入した。Bill C-46では、全血中THC濃度が2 ng/mLを超える運転手に対する罰則を規定している。また、THC濃度>5 ng/mL もしくは THC濃度>2.5 ng/mLで血中アルコール濃度>0.05% だった場合は、より重い罰則が規定されている。

 

③ この研究の背景や目的

 大麻使用後の運転のprevalence(有病率)を調べる方法の1つに、事故後病院で治療を受けた運転手を調べることが含まれる。この研究グループは2011年以来、ブリティッシュコロンビア州の外傷センターで治療された運転手のアルコール濃度・ドラッグ濃度を調査している。最初の解析は、大麻陽性or法律で規定されたTHC許容量を超える運転手の有病率を, 合法化前と後で比較することを目的としていた。大麻のavailability(入手のし易さ)上昇は、運転手がアルコールの替わりに大麻を使用していた場合、飲酒運転事故の減少と関連している可能性が示された。今回この研究では、事故前に飲酒単独ないし飲酒・大麻併用をした交通事故運転手の有病率の変化を調査することを目的とした。

 

 

(2) Method

① Study Design

 交通事故による中等度の外傷の患者には全例にて、診療の一環で採血が行われている。そこで、交通事故後に病院で治療を受けた中等度外傷患者の採血で, 診療のための検査後に余剰となり, かつ -40℃で保存されていた血液検体を使用した。

 

② 参加者について

 2013年1月から2020年3月の間に、ブリティッシュコロンビア州の外傷センター4ヶ所で治療を受けた運転手への研究を前方視的に行った。採血を行われた交通事故の運転手全員が対象となった。採血適応の判断は、ドラッグ使用の疑いに基づいては行われなかった; 参加施設では、大麻とその他ドラッグの検査を尿検体で実施した。低速度の交通事故による軽症外傷の運転手(採血されない)この研究から除外され、また、事故から6時間超過して採血された場合, もしくは 採血検体の余りがない場合除外された。

 

統計学的解析

 この研究ではTHC濃度だけでなく、血中アルコール濃度も評価した。合法化(2013年1月〜2018年9月)合法化(2018年11月~2020年3月)の2期間で有病率を計算し、全ての外傷運転手, 及び 関連するsbgroupにおいて粗有病率比("crude prevalence ratios")を報告した2018年の10月に事故を起こした運転手は除外した(合法化が実施された月であり、事故発生期日は個人情報保護の為伏せられている)。

 

 

(3) Result

 7年間で4,409名が対象となり, 血液検体の解析が実施された:  合法化前は3,550名, 合法化後は789名だった(合法化が実施された月の70名は解析より除外)。

  • 男性:  約2/3(4,409名中2,728名[61.9%])
  • 年齢中央値:  40歳
  • 入院:  1/5(21.8%)

合法化前後で、運転手及び事故の特徴は類似していた。研究期間中、時間経過とともに大麻使用の有病率は変化した(Figure 2)

f:id:VoiceofER:20220114215306p:plain

Figure 2

 合法化前、3,550名中325名(9.2%)でTHCが検出された。

  • THC濃度≧2 ng/mLの運転手:  136名(3.8%)
  • THC濃度≧5 ng/mLの運転手:  38名(1.1%)

だった。合法化後、789名中14名(17.9%)でTHCが検出された。

  • THC濃度≧2 ng/mLの運転手:  68名(8.6%)
  • THC濃度≧5 ng/mLの運転手:  28名(3.5%)

であった。アルコールが検出された運転手は、合法化前:  409名/3,550名(11.5%), 合法化後:  77名/789名(9.8%)だった。

 合法化、中等度外傷の運転手における有病率の増加が見られた。

  • THC濃度>0:  調整後有病率比: 1.33, 95%信頼区間(confidence interval; CI): 1.05~1.68
  • THC濃度≧2 ng/mL:  調整後有病率比: 2.29, 95%CI: 1.52~3.45
  • THC濃度≧5 ng/mL:  調整後有病率比: 2.05, 95%CI: 1.00~4.18

 THC濃度≧2 ng/mL(=大麻使用増加が最大)が見られたのは50歳以上(調整後有病率比: 5.18; 95%CI: 1.60~3.74)男性(調整後有病率比: 2.44; 95%CI: 1.60~3.74)だった。アルコール検査陽性, もしくは アルコールとTHCが陽性である運転手の有病率に有意な変化は見られなかった(Figure 3)

f:id:VoiceofER:20220114215619p:plain

Figure 3: 中等度外傷運転手への大麻合法化の影響を現す調整後有病率比

 

 

(4) Discussion

 娯楽目的の大麻使用合法化は、中等度外傷運転手におけるTHC陽性・THC濃度≧2 ng/mL・THC濃度≧5 ng/mLの有病率増加と関連していた。こうした増加は、大麻使用運転を抑制するための交通法規導入と同じ時期に発生した。カナダ統計局によると、大麻使用を報告した成人は合法化の14.9%から, 合法化は16.8%にまで増加した。合法化後により多くの人が大麻を使用するようになったことに加え, THC陽性運転手の有病率が大幅に増加したという知見は、合法化前よりも多く運転前に大麻が使用されるようになったという可能性を示している。Figure 2は、連邦政府が合法化を予告したものの, 法律自体は施行されていない時期からこうした傾向が始まったことを示している。こうした『移行期間』は大衆に「大麻はもう合法化された」, ないし 「大麻使用を禁ずる法律は施行されない」という誤った認識を抱かせた可能性がある。THCの存在 − 特に低濃度は、必ずしも大麻による事故を引き起こすとは限らないことに注意する必要がある。THC濃度>5 ng/mLの運転手では交通事故を起こすoddsが増加したものの、THC濃度<5 ng/mLでリスクが増加するというevidenceは乏しい

 ワシントン州では、2012年の大麻合法化後に致死的交通事故を起こしたTHC陽性運転手の割合が2倍となり, 2017年まで高値が維持された。コロラド州でも、大麻合法化後のマリファナ関連交通事故死増加が報告された。大麻合法化後4年間で大麻使用の有意な増加が見られたという点で、今回の研究の知見とワシントン州での調査は一致している。

 THC有病率の最大限の増加は、50歳以上で見られた。大麻使用有病率の研究のレビューによると、過去20年間で50歳以上における大麻使用に増加傾向があることが示された。同様にして、オンタリオ州では合法化前の時期でも、50歳以上の成人が大麻使用者の割合の増加に寄与した。合法化前、高齢運転者は、仮に若い時期に使用歴があったとしても、若年者よりも強く大麻禁止の影響を受けていた可能性がある。しかし合法化後、娯楽目的の使用を再開している可能性がある。この高齢者における大麻使用後の運転の増加は、懸念すべきことである。安全運転に必要な認知・精神運動機能は加齢とともに低下するので、高齢運転手は大麻の影響をより強く受ける可能性すらある。

 Bill C-46は警察が、体内にドラッグが存在するという合理的な疑いのある運転手に路上で口腔検体採取を求め, また, その前の3時間以内に運転手がドラッグ使用運転を行なったと合理的に信じるに足る場合には血液検体採取を求めることを可能とした。ブリティッシュコロンビアMotor Vehicle Actは、大麻使用運転を抑制する為に新たな罰則を規定した。外傷運転手におけるTHC陽性の顕著な増加は、新法が大麻使用後運転を抑止するに至っていないことを示している。これはおそらく、警察が大麻を使用した運転手を特定するのに難渋しているからであろう。

 大麻と関連した交通事故リスクは、飲酒運転の事故リスクと比較して低いように見える。また大麻入手が容易となったことは、運転手がアルコールの替わりに大麻を使用している場合、合計の事故発生率減少と関連している可能性が示されている。しかしながら、大麻合法化後に、中等度外傷運転手における血中アルコール濃度>0.08%の有病率(調整後有病率比: 0.98; 95%CI: 0.74~1.30)が減少したというevidenceは今回の研究で示されなかった。この知見は、大麻合法化でも飲酒運転に有意な変化が無かったことを示すワシントン州の調査と一致する。