Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

胸水を検査に出す時、何をオーダーすべきか?

 みなさんおはようございます。現役救急医です。今日は、胸水を検査に提出する際に調べる項目などについて, UpToDateを参考にしてまとめてみようと思います。本当は胸腔穿刺やドレナージの手技についてもまとめてよかったのですが、冗長になりそうなので今回は割愛し, 別の機会にやります。

 

(1) 胸水は漏出性("transudates")か, 滲出性("exudates")か?

 胸水を採取したら、まず「漏出性なのか, 或いは 滲出性なのか」を鑑別する必要があります。それぞれの定義等を以下に示します。

  • 漏出性・・・胸部の静水圧と膠質浸透圧の不均衡により生じる。漏出性胸水は、患者の臨床経過から絞り込むことが容易いとされる。主な原因病態:  慢性心不全, ネフローゼ症候群, 胸腔外の疾患(e.g. 腹腔・脳脊髄腔・後腹膜腔からの体液の移動, 医原性など)
  • 滲出性・・・主に胸膜や肺の炎症, ないし 胸腔内のリンパ管の障害により生じる感染症・悪性腫瘍・横隔膜下からの体液移動など、原因となる病態は多い

 「漏出性か、滲出性か」を鑑別する基準も当然存在します。まず古典的なものとして"Light's Criteria Rule"があり、

  • 胸水/血清タンパク比>0.5
  • 胸水/血清LDH比>0.6
  • 胸水LDH値が、血清LDH正常上限値の2/3を超える

1個以上を満たした場合に滲出性と診断します。なお「2項目以上」を基準にした場合、特異度は低下する一方で感度は上昇するそうです。但しこのLight's Criteriaは、胸水/血清LDH比・胸水LDHの双方を含んでおり, これらは高い相関性を有しているので、批判されています。よって、次のような代替基準が提案されています。

1) "Two-test rule"

いずれかを満たせば滲出性

2) "Three-test rule"

  • 胸水タンパク濃度>2.9 g/dL
  • 胸水コレステロール濃度>45 mg/dL
  • 胸水LDH値が、血清LDH正常上限値の0.45倍を超える

いずれかを満たせば滲出性

 

 

(2) 検査に提出する項目

1. タンパク

 漏出性胸水の大半でタンパク濃度<3.0 g/dLであるものの、心不全時の急激な利尿でも胸水タンパク濃度の濃度上昇(=滲出性胸水の特徴)をきたすこともあるそうです。また結核による胸水は、常に胸水タンパク濃度>4.0 g/dLであると言われています。

 

2. LDH

 膿胸, リウマチ性胸膜炎, 肺吸虫症では、胸水LDH濃度>1,000 U/Lが特徴的とされています。結核による胸水と, 複雑化した肺炎による胸水(=膿胸)の双方で胸水LDH濃度上昇は見られるものの、結核の方が数値が低いので、両者の鑑別の際に有用とされています。

 

3. コレステロール

 胸水コレステロール濃度>250 mg/dLはコレステロール滲出液("cholesterol effusion")』と呼ばれます。

 

4. トリグリセリド

 胸水トリグリセリド濃度>110 mg/dLで『乳糜胸』と診断されます(他方、<50 mg/dLでは乳糜胸を除外でき, 50~110 mg/dLでは胸水のリポプロテイン分析を行う必要があります)。

 

5. グルコース

 1) 胸水グルコース濃度<60 mg/dL, または 2) 胸水/血清グルコース比<0.5を認めた場合、滲出性胸水の鑑別診断の候補は以下に絞られます。

  • リウマチ性胸膜炎
  • 複雑化した肺炎による胸水 もしくは 膿胸
  • 悪性腫瘍の滲出液
  • 結核性胸膜炎
  • ループス性胸膜炎
  • 食道破裂

それ以外の要因による滲出性胸水では、胸水と血清のグルコース値が同等となります。

 

6. クレアチニン

 漏出性胸水の胸水/血清クレアチニン比が1.0を超えていた場合、"urinothorax"と診断されます。

 

7. pH

 胸水のpHは血液ガス測定器で計測すべきとされています。血液ガスpHが正常で、胸水pH<7.3だった場合、胸水グルコース濃度も低いことが多いそうです。胸水と血液では重炭酸に勾配があるので、正常な胸水のpHは約7.60です。従って、胸水のpH<7.30は異常です。

 胸水pH<7.30となる原因には、

  • 胸水中の細胞や細菌によって、酸の産生が増加する
  • 胸膜炎, 腫瘍, もしくは 胸膜線維化によって、胸腔からの水素イオン流出が減少する

の2つがあります。

 

8. アミラーゼ

 膵臓ないし食道が胸水の原因である可能性がある場合、アミラーゼ計測が有用となり得ます1) 胸水アミラーゼ濃度が血清アミラーゼ濃度正常上限を超えている場合, ないし 2) 胸水/血清アミラーゼ比>1 のいずれかを認めた場合、滲出性胸水の原因の鑑別診断は以下の候補に絞られます。

  • 急性膵炎
  • 膵臓が原因である慢性の胸水
  • 食道破裂
  • 悪性腫瘍

 

9. アデノシンデアミナーゼ(ADA; adenosine deaminase)

 胸水ADA計測は、滲出性胸水がリンパ球優位だが初回の細胞診・塗沫染色・培養で結核が陰性だった場合において、悪性腫瘍による胸膜炎と結核性胸膜炎を鑑別するのに有用である可能性があります。通常、胸水中のADAは結核性胸膜炎で35~50 U/L, 悪性腫瘍による胸膜炎で<40 U/Lです。また結核性胸膜炎の診断に用いられる胸水中ADA濃度の診断的閾値は40 U/L<です。しかしながら、尿毒症性胸膜炎などの他に滲出性胸水を起こすような併存疾患によってADAの診断上の有用性は減少します。

 

10. 細胞診

 胸水細胞診によって悪性腫瘍による胸水が診断可能であるものの、全体的な感度は約60%です(2回目の胸水検査を実施したら15%上昇する可能性がある)。なお胸水細胞診の感度は原因となった悪性腫瘍の組織型によって異なり、肺癌患者では

  • 腺癌・・・感度は78%
  • 小細胞癌・・・感度は53%
  • 扁平上皮癌・・・感度は25%

なのだそうです。

 

11. 有核細胞数

  •  胸水中有核細胞数>50,000/μLは大抵、複雑化した肺炎による胸水でしか見られません
  • 細菌性肺炎・急性膵炎・ループス性胸膜炎による滲出性胸水では多くの場合、有核細胞数は>10,000/μLとなります。
  • 慢性的な滲出性胸水では、有核細胞数は<5,000/μLであることが典型的です。

胸膜侵襲への細胞による早期の反応は好中球優位です。急性侵襲から時間が経つにつれて、胸膜侵襲が持続していない場合, 胸水は単核球優位となります。

 胸水でのリンパ球上昇は、反応性or良性疾患, もしくは 腫瘍(リンパ腫など)の可能性を示唆しているそうです。有核細胞の85~95%がリンパ球である場合、結核性胸膜炎, リンパ腫, サルコイドーシス, 慢性リウマチ性胸膜炎, 'yellow nail syndrome', ないし 乳糜胸である可能性があります悪性腫瘍による胸水は半分以上がリンパ球優位ですが、有核細胞に占めるリンパ球の割合は大抵50~70%です

 有核細胞の10%<が好酸球である状態を"pleural fuild eosinophilia"と呼びます。"Pleural fluid eosinophilia"は悪性腫瘍と良性疾患のいずれでも起こります。"Pleural fluid eosinophilia"の鑑別診断には以下のような疾患が含まれます。

 

 あと、細菌培養・抗酸菌培養検査や, グラム染色・抗酸菌染色も忘れないで下さい

 

 

(3) まとめ

 胸水を採取して検査に提出する際にオーダーする項目は、背景にあると思われる疾患/病態を基に考える必要があることは上記から察しがつくと思われますが、最低でも

をオーダーしておけば良いのではないでしょうか。