Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

COVID-19に合併したムーコル症のReview

 こんにちは。現役救急医です。今日はLancet Microbiologyへ今年1/25に発表された、COVID-19に合併したムーコル症(真菌感染症の一種)に関するreviewを紹介してみようと思います(https://doi.org/10.1016/S2666-5247(21)00237-8 )。

 

(1) 背景

 COVID-19が重症化した患者へのステロイド投与は死亡率を下げるものの、2次性の真菌感染症の素因となる可能性もある。COVID-19の2次感染症では当初肺アスペルギルス症が注目されていたが、カンジダ, フザリウム感染症(fusariosis), ムーコル症といった他の真菌感染症が十分報告されていない可能性も出てきた。

 ムーコル症の素因となるrisk factorは、コントロール不良の糖尿病, 好中球減少症, 造血器腫瘍, 臓器移植後, 外傷・熱傷, 及び 免疫抑制薬の使用である。さらに、糖尿病はCOVID-19診療において問題となる、特に重要な併存疾患である。

 COVID-19に合併したムーコル症の診断は、肺ムーコル症・播種性ムーコル症の臨床的・画像上の特徴が非特異的であり, また, COVID-19の所見と重複することもあるので、困難を伴う。またCOVID-19に合併したムーコル症は、アスペルギルス症といった他の血管侵襲的な真菌感染症と間違われる可能性もある。肺の末梢側に多い'reversed halo sign(逆転した光輪像?)'は肺ムーコル症を示唆するとされる。しかしCOVID-19患者では、この所見は特異的でない肺空洞病変'reversed halo'よりもCOVID-19合併真菌症に特異的かもしれないが、こうした病変はCOVID-19関連アスペルギルス症とCOVID-19関連ムーコル症の双方で多く見られる。血清抗原バイオマーカーが無く, PCR検査も入手が困難な場合もあるので、COVID-19関連ムーコル症の診断は困難である。感度こそ低いものの、培養検査と, 組織中にムーコルを証明することが診断の主流である。

 このReviewの目的は、COVID-19関連ムーコル症の症例を解析することで、この病態の疫学, risk factor, 治療, 転帰を記述することである。

 

 

(2) 結果

 今回、80例のCOVID-19関連ムーコル症が特定された。複数症例が報告されたのは18カ国で、多くがインドだった(他に米国, パキスタン, イラン, メキシコ, ロシア)。1症例の報告があったのはオーストリア, バングラデシュ, ブラジル, チリ, チェコ, ドイツ, イタリア, クウェート, レバノン, トルコ, 英国だった。

 

① 人口統計, 基礎疾患, COVID-19への治療について

 患者の大半(78%[80名中62名])は男性で、年齢中央値は55歳(10~86歳)だった。COVID-19関連ムーコル症と診断された時点で、COVID-19のため入院中だったのは74名(93%), ムーコル症の症状で入院する前にCOVID-19に感染していたのは6名(8%)だった。

 患者の大半(95%[80名中76名])でrisk factorがあり、糖尿病が最多を占めた(83%[80名中66名])。糖尿病のある66名の大半(83%[66名中55名])で糖尿病はコントロール不良であった糖尿病は、他の国よりもインドの患者で優位なrisk factorであった。高血圧は2番目に多い基礎疾患(19%[80名中15名])であり, その次が慢性腎臓病(6%[15名/80名]), 造血器腫瘍(6%[5名/80名])という順番だった。

 ステロイド投与は80名中63名(79%)で行われ、この63名中51名ではムーコル症と診断される前にステロイド投与が開始されていた。

 

② 臨床症状と診断について

 ムーコル症患者の多くで鼻腔-眼窩・頭部感染を伴って(74%[59名/80名])おり中枢神経浸潤があったのはこの59名中22名(37%)だった鼻腔-眼窩・頭部感染症は特にインドの患者で多く、42名中41名(98%)で生じていた。肺病変は20名(25%)で報告され、うち3名で鼻腔ないし中枢神経病を, 1名で消化管病変を認めた。肺病変のある患者のうち90%(18名/20名)ICUに入室しており, 多くは重症だった(83%[15名/18名])。鼻腔-眼窩・頭部ムーコル症は糖尿病のある患者で多く見られた(鼻腔-眼窩・頭部ムーコル症患者の93%[55名/59名])のに対し、その他の臨床症状を呈するムーコル症は糖尿病を合併している可能性が低かった(52%[11名/21名]; このうち4名は血糖コントロール良好)。造血器腫瘍のある患者5名のうち4名はICUにて重症COVID-19を加療中に肺ムーコル症を発症しており, 残り1名は重症COVID-19と診断された3ヶ月後に鼻腔-眼窩・頭部感染を発症した。, 消化管 ないし 播種性ムーコル症の患者では大半(81%[17名/21名])が重症COVID-19であった一方、鼻腔-眼窩・頭部感染の患者においてCOVID-19は主に軽症ないし中等症だった(59%[35名/59名])ムーコル症と診断された時期は、COVID-19と診断されてから中央値で10日後だった(0~90日); COVID-19で入院した時点にムーコル症の症状があったのは19名だった(うち18名は鼻腔-眼窩・頭部ムーコル症であり, この18名中16名にはコントロール不良の糖尿病があった)

  • 入院時にムーコル症の症候が無かった患者61名では、入院〜ムーコル症診断までの時期は中央値で14.5日(1~90日)だった。
  • コントロール不良な糖尿病のある患者55名では、COVID-19診断〜ムーコル症診断までの期間は中央値で3.5日(0~50日)だった。
  • コントロール良好な糖尿病のある患者11名では、COVID-19診断〜ムーコル症診断までの期間は中央値で20日(0~60日)だった。
  • ムーコル症発症の少なくとも1日前に集中治療を要したのは25名(31%)であり、その患者群でICU入室〜ムーコル症診断までの時期は中央値で8.0日(1~35日)だった。

 組織ないしその他検体の培養or病理診断によってムーコル症と診断された患者は63名(79%)だった(うち5名は死後に検体を採取している。画像上に異常を指摘されていたのは40名[64%]だった)。肺ムーコル症が"probable(可能性あり)"との診断が、

  • 画像所見 及び 呼吸器検体のPCR or 培養で陽性となったことで成立したのは、鼻腔-眼窩・頭部感染患者17名のうち14名(82%)
  • 拭い液 or 掻爬検体の培養で陽性となったことで成立したのは、上記17名のうち3名(18%)

だった

 

③ 治療と転帰について

 大半の患者(89%[71名/80名])でアムホテリシンB製剤が使用され, 

  • Posaconazole:  アムホテリシンBと併用で、鼻腔-眼窩・頭部ムーコル症患者6名へ投与
  • Isavuconazole:  5名へ投与(アムホテリシンBと併用, サルベージ療法, 単独療法のいずれか)

という結果だった。外科的切除が行われたのは45名(58%)であり、このうち43名(96%)は鼻腔-眼窩・頭部ムーコル症だった

 あらゆる原因による死亡は80名中39名(49%)で発生した。

  • 鼻腔-眼窩・頭部ムーコル症患者の死亡率:  37%(22名/59名), この患者群で、中枢神経浸潤がある患者の死亡率(59%[13名/22名])は、中枢神経浸潤が無い患者の死亡率(24%[9名/37名])よりも高かった
  • , 消化管 or 播種性ムーコル症患者の死亡率:  81%(17名/21名)

生存者内にて、視覚喪失は41名中19名(46%)で報告された。

 手術は、中枢神経浸潤が無い鼻腔-眼窩・頭部ムーコル症患者において転帰改善と関連していた。中枢神経浸潤の無い鼻腔-眼窩・頭部ムーコル症患者内では、抗真菌薬・手術を併用した人(14%[4名/29名])よりも, 抗真菌薬単独で治療した人(63%[5名/8名])の方が死亡率が高かった中枢神経浸潤を伴う鼻腔-眼窩・頭部ムーコル症の患者にて、手術は生存へ有意に影響しなかった(抗真菌薬単独: 71%[5名/7名] vs 抗真菌薬+手術: 57%[8名/14名])。

 ムーコル症の診断後、14名(18%)はICU治療が必要となった。軽症or中等症COVID-19患者(26%[7名/37名])よりも、重症COVID-19患者(86%[30名/36名])の方がICUで治療される頻度が多かった。合計すると、ICU入室は転帰悪化と関連していた。

  • ICUで治療を受けた患者の合計死亡率:  71%(27名/38名)
  • ICUで治療を受けていない患者の合計死亡率:  32%(11名/34名)

 ムーコル症診断期日からの生存期間中央値は、

  • 鼻腔-眼窩・頭部ムーコル症:  106日(95%信頼区間[confidence interval: CI]: 9.4~202.3)
  • 肺ムーコル症:  9日(95%CI: 2.4~15.6)

だった。Kaplan-Meier生存解析では、その他の病型よりも, 中枢神経浸潤が無い鼻腔-眼窩・頭部ムーコル症で生存確率が高いことが示された(Figure 2)中枢神経浸潤を伴う鼻腔-眼窩・頭部ムーコル症患者の生存期間中央値は26日(95%CI: 17.4~34.6)であり、経過中の生存は中枢神経浸潤の無い患者と, その他の病型の患者の間では有意差が無かった

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Figure 2: COVID-19関連ムーコル症の生存推計。"ROCM"は鼻腔-眼窩・頭部ムーコル症のこと。"CNS"とは中枢神経のこと。"Other"とは肺や消化管, 播種性ムーコル症などのこと。

 

 

(3) 考察

 このreviewの主要な知見は次の3点である:

  1. ムーコル症患者の大半でコントロール不良の糖尿病があり, ステロイド治療が行われていた
  2. 鼻腔-眼窩・頭部ムーコル症が最も多い主訴で, インドの患者で多く見られた一方で、肺ムーコル症はICUのみで発生し, インド以外の国からの患者の50%で見られた。
  3. アムホテリシンBと手術は主要な治療方法だが、主に肺or播種性ムーコル症患者と中枢神経浸潤のある患者における高い死亡率のため、死亡率は49%と高かった。

更に生存患者の中で、生活に支障を来たす後遺症(視覚喪失)の割合は顕著であった。

 COVID-19関連ムーコル症のコホートの大半でコントロール不良の糖尿病があり, ステロイド治療が行われているということは、糖尿病にCOVID-19を併発し, ステロイドを投与されている患者がCOVID-19関連ムーコル症への感受性が特に高いということを示唆している。特に、インドの患者では糖尿病がほぼ全員で伴っていたしかし肺ムーコル症の多くは欧州・米国の患者で報告され、糖尿病はCOVID-19関連ムーコル症患者の55%で見られた。糖尿病は基礎疾患として多く見られたものの、血糖コントロール不良は鼻腔-眼窩・頭部COVID-19関連ムーコル症を特異的に予測するものであるかもしれない。コントロール不良な糖尿病のある患者(64%の患者は鼻腔-眼窩・頭部ムーコル症だった)は、コントロール良好な糖尿病患者よりも中央値で2~3週間早くCOVID-19診断後にムーコル症を発症していた。

 このReviewで報告されたCOVID-19患者の78%が男性であった。こうした性差が感受性の差によるものなのか否かについて、更なる研究が必要である。

 インドのCOVID-19関連ムーコル症患者(鼻腔-眼窩・頭部ムーコル症が41名/42名)とインド以外の患者(鼻腔-眼窩・頭部ムーコル症が18名/38名)の間の差に関しては、複数の説明が可能と思われる。

  1. ムーコル目の分布は地域によって異なり、インドではRhizopus arrhizusが多いが, スペインではCunninghamella属が多い。
  2. インドでは土壌中に多くの種のムーコル目がおり, 屋内(エアコンのフィルターや病院内の空気)と屋外の空気でも多数の胞子が漂っていることを示す研究があり、病原体へ曝露するような環境といった差があるかもしれない。

肺ムーコル症患者20名中16名(80%)が重症COVID-19・18名(90%)がICUで治療を必要とした一方で、鼻腔-眼窩・頭部ムーコル症患者は59名中19名(32%)が重症COVID-19・20名(34%)がICUに入室したこうした知見は、他の病型のCOVID-19関連ムーコル症よりも, 鼻腔-眼窩・頭部COVID-19関連ムーコル症はICU外で多く見られるという概念を支持するものであろう。

 剖検で診断された症例は6%のみであり、ムーコル症の診断の難しさを示すとともに, COVID-19関連ムーコル症の有病率が過小評価されている可能性も示している。血液検体や肺胞洗浄液or組織検体といった材料へのムーコル目PCRは迅速で感度が高く, 特異的で, 非侵襲的な診断・治療効果モニタリングの手段であることを示す研究が複数存在している。'In-house assay(家屋内アッセイ?)'は大半の関連するムーコル目を検出できるように設計されている。ムーコル目multiplex real-time PCRは肺胞気管洗浄液と血清の両方に関して有用であることが示されている。PCRは種レベルの同定を可能とするが、試験管内感受性試験には陽性の培養結果が必要である脂肪製剤のアムホテリシンB ないし isavuconazoleに対する感受性減少が一部の属で報告されている; そのため、種レベルの同定は臨床医にとって有用かもしれない。

 ムーコル症の治療原則は次の3つである: 基礎疾患やrisk factorのコントロール, 壊死した感染組織の外科的デブリドマン, 特異的な抗真菌薬治療。

  1. まずグルコース不耐性を注意深くコントロールし, ケトアシドーシスは迅速に治療する。長期にわたる高用量ステロイドの減量と中止も考慮すべき。
  2. 壊死組織を注意深くデブリドマンする。必要な外科的デブリドマンを遅らせ, 抗真菌薬単独が治療を奏効させると考えることは、よくある間違いであるこのReviewでは、中枢神経浸潤の無い鼻腔-眼窩・頭部COVID-19関連ムーコル症に関して、手術がpositiveな転帰と関連してることが示された。
  3. 抗真菌薬投与は治療に不可欠である。重篤・致死的なムーコル症への抗真菌薬は一般的に、最も効果的かつ広域な薬剤であるポリエン系(アムホテリシンBなど)である。可能であれば、他の製剤よりも腎毒性が低いアムホテリシンB脂肪製剤が好ましい。

しかしながら、ムーコル症が多様な属・種によって発症し, また ムーコル目の一部は試験管内でアゾール系への反応が不良であることを認識することが重要である従って、アムホテリシンB脂肪製剤は治療の第1選択にとどまるあらゆる原因による死亡率49%という結果は、アムホテリシンB投与と手術を以てしても、SARS-CoV-2に伴うムーコル症の予後は極めて不良ということを示唆している。このReviewでは、糖尿病患者に発症したムーコル症患者の大規模reviewにおける死亡率(44%)よりも高かった。

 現在使用可能な治療法は、ムーコル症による高い死亡率を十分下げるに至っていない。幸運にも、遺伝子研究はムーコルにて新規の遺伝子と, 広範囲にわたる遺伝子の重複を同定し、研究者は病原性因子を特徴付けることは可能とした。多くの抗真菌薬は、アスペルギルス症と比較すると, ムーコル症への治療においては有効性が劣っている。現在新規開発中の抗真菌薬は試験管内でムーコル目への活性を示しているものの、robustな臨床研究は困難であり, 短期間では実施できないと思われる。