Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

ジゴキシン中毒の治療 − 特に血液浄化療法について −

 こんばんは。現役救急医です。救急科にいると急性中毒患者を診療する機会も多いのですが、元々医師から処方された薬剤(睡眠薬, 抗うつ薬など。なお近年は三・四環抗うつ薬中毒は稀)や, 市販薬による中毒が多いです。以前、研修医向け勉強会か何かでジゴキシン中毒について学んだ記憶があるのですが、私自身、過去に1名程度しか経験したことがありません。そこで、後学の為にも、色々調べて出てきた文献をまとめてみようと思います。今回の文献は、中毒への体外的治療法(ECTRs; extracorporeal treatments; 『血液浄化療法』とも)の使用に関する推奨を提示している国際的な専門家集団'EXTRIP(Extracorporeal Treatments in Poisning)' workgroupが作成したものであり、ジゴキシン中毒へのECTRs使用に関してsystematic reviewを行い, 臨床的な推奨を提示するものです。

 ※1: 参考文献はMowry JB. et al., Extracorporeal treatment for digoxin poisoning: systematic review and recommendations from the EXTRIP Workgroup. 2016. 54(2)103-114.

 

(1) 薬理学的側面

 ジゴキシンの分子量は781 Daであり、約20~30%がタンパクに結合する。治療用量の場合、経口投与されたジゴキシンの60~80%が吸収される。吸収とその後の分布は6時間以内で完了するが、大量服用した場合は34時間後まで遷延することもある。ジゴキシン分布容積(Vd; volume of distribution)は6.2±2.6 L/kgと大きい; 体内に分布するジゴキシンのうち血中に局在するのは0.5%未満である一方、心臓と腎臓で組織濃度が最高となり, 骨格筋は体内で最大の貯留器官である("skeletal muscle represents the largest single store in the body.")。長期間ジゴキシンで治療されている患者では、Vdは腎機能低下とともに減少する。腎機能が正常な患者では、ジゴキシン主に腎臓から未変化対で排泄され(60~70%), 肝臓からは水酸化物としてより少量が排泄される。分布半減期("distribution half-life")は約2時間で, 最終排泄半減期("a terminal elimination half-life")は平均44.1±6.0時間である。過量内服時のジゴキシン排泄速度は議論が分かれているものの、大半の症例では分布半減期の延長が報告されており、吸収の持続と, 最終排泄半減期への多様な影響を反映している可能性がある。ジゴキシンの治療濃度は0.5~2.0 ng/mLであるが、多くの場合0.5~0.8 ng/mLが好まれている中毒の証拠がある患者の87%で、血中ジゴキシン濃度は2.0 ng/mL<であった。但し、低K・高Ca・低Mg血症のある患者では、より低い血中濃度でも中毒症状が発現することもある。

 

 

(2) ジゴキシン中毒について

 2013年、米国中毒コントロールセンターは3,761名のジゴキシン中毒を報告しており、1/3は転帰が中等度以上であった(26名の死者を含む)。

 ジゴキシンの中毒作用は、治療の際の作用機序の延長線上にある; 心筋細胞膜に結合しているNa+-K+ ATPaseの抑制によって細胞内のカリウムが低下し, 細胞内のナトリウムとカルシウムが増加することによって"delayed after depolarization"が発生して不整脈を来すジゴキシンの中毒量はほぼ全種の不整脈を来しうる(e.g. 心房・心室の早期脱分極, 心室細動, 心室頻拍)。心疾患既往のない患者の場合、AV blockを伴う徐脈や上室性不整脈("supraventricular dysrhythmias")を発症する。死亡は大抵、高度ブロックと関連した心静止や, 電気的ペーシングへの不応が原因となる心疾患既往のある患者の場合、既存の不整脈悪化, AV block, 心室不整脈で発症する。こうした患者集団の場合、死亡は心室細動が原因の多くを占める。

 ジゴキシン中毒患者のmanagementには、1) 更なる曝露の防止と, 2) 電解質異常補正・不整脈治療・適切かつ安全である場合に行う経皮的ペースメーカー からなる全身管理, が含まれる急性中毒の場合、吸収が遅れて起きる可能性があるので, 消化管除染が重要となる可能性がある。加えて、組織内へのジゴキシン分布は遅延するので、急性中毒の場合はジゴキシン血中濃度の解釈に注意が必要である。通常の治療用量投与中であっても、分布期に採取した血中濃度は治療域を上回る。そのため、内服から6~8時間後の血中濃度が全身への貯留の推定により適している。しかし、明白な中毒症状がある患者の場合、ジゴキシン血中濃度を直ちに測定し, 最後の内服時間を把握した上で解釈すべきである。

 活性炭複数回投与(MDAC; multi-dose activated charcoal)は動物と健康なボランティアでジゴキシン排泄を促進していることが確認され、また'oleandrin'と呼ばれる別種の心臓作用性グリコシドに関するランダム化臨床試験1件でも同様の効果が認められた。なお、欧州と米国の臨床毒物学会の共同声明では現在、心臓作用性グリコシド中毒へのMDACは推奨されていない。MDACの効果を最大化するには、毒物が血管外組織へ完全に分布する前の早期に開始するべきである血液透析 and/or 血液吸着は、ジゴキシンのVdが大きいので、一般的にはジゴキシン中毒に有効とは考えられていない。にも関わらず、ジゴキシン除去の為のECTRを実施した症例は今日も発表され, また一部では、ジゴキシン中毒へのECTR使用は支持され続けている。

 ※2: 海外ではジゴキシン特異的抗体('Fab'と呼ばれる)が実用化されており、この論文でも、ECTRにFabを併用した場合の効果について言及されていますが、日本では未承認なので割愛します。

 

 

(3) 方法

 最初の文献検索はMedline, EMBASE, Cochrane libraryを用いて、2012年7/12に行われた。文献検索のアップデートは2014年11/15に行われた。

 検索に関するconferenceは欧州中毒センター・臨床中毒学専門家学会と, 北米臨床中毒学会の定期学術総会(2002~2014), 及び Google Scholarに引き続いて行われ、各articleの著者目録は文献検索時に収集された。ETCRが尿毒症, 電解質/酸-塩基平衡補正, 体液過剰, もしくは これらの複合へ用いられた症例は除外された。

 EXTRIPのsubgroupが文献検索を完了させ, 各articleをreviewし, データを抽出し, 知見をまとめた。疫学専門家とこのsubgroupのメンバーが、それぞれの臨床上の推奨に対するevidenceのレベルを決定した。透析可能性("dialyzability")は、Table 2に示す基準に基づいて決定された。治療が有効である可能性は、その治療法のコスト, 入手の難易度("availability"), 代替治療法, 合併症と比較して検討された。

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Table 2: 『透析可能性(dialyzability)』の定義

 

 

(4) 臨床上の推奨

Fabを投与された場合、重症ジゴキシン中毒へのECTRは推奨しない。また、Fabを投与されていない場合でもECTRは推奨しない

 ECTRを支持する人の主張は以下の通りである。

  • 腎機能低下患者におけるジゴキシンのVdは小さく, こうした患者は内在的な排泄が低下しているので、ECTRの効果を最も受けると考えられる。
  • 中枢compartmentからの少量のジゴキシン除去は、心筋中のジゴキシン濃度の顕著な低下に繋がり, また 臨床上も有意義であるかもしれない。
  • 大量内服の6時間以内であればジゴキシンはまだ分布し切れておらず, ECTRによる除去にも堪えることができると思われる。
  • ジゴキシン特異的Fabは常に入手可能とは限らず, 多くの場合ECTRより効果である。

 ジゴキシンは他の医薬品よりも比較的大きな分子量であるものの、この分子量と低いタンパク結合性は、今日のECTRによる除去を阻害するものではない。ジゴキシンの透析可能性を制限する主要な原因は、分布後におけるVdの大きさであるジゴキシンの多くは、血液以外の部分に局在してしまう)。

 Vdの大きな毒物の透析可能性の薬物動態学的・毒物動体学的評価には注意が必要である:  ECTR後に組織中のジゴキシンの大量のreboundが予想されるので、ECTR中の血漿中濃度の低下と, 見かけ上の血漿半減期の計測は信頼性に欠ける。同様にして、血漿 ないし 全血からのECTRによる除去の信頼性は、血液compartmentからの除去としか関連していないので、不正確である。短時間における血漿からの多量除去は、全身の貯留からの有意な除去には繋がらないであろう。高用量の持続的腎代替療法(CRRT; continuous renal replacement therapy)の常時間使用によって相当量の除去が可能となるかもしれないが、現在これを確認できるデータは無い

 透析可能性を分類する上で好ましい方法は、1) 成形カラム中のジゴキシン定量する or 透析液/廃液/限外濾過液中のジゴキシン量を計測し、服用/注射された量と比較する, もしくは 2) 6時間における全身の貯留を計測すること, である。Table 6に、今回対象となった個別の患者における透析可能性の分類を示す。これらのarticleでは、全例において、ジゴキシンの除去が極めて少量に留まったことが確認された上記の因子や, Table 6に示された結果に従い、workgroupはジゴキシンはわずかに透析可能である」と結論付けた。

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Table 6: 個別の患者に対する薬物動態学/毒物動態学的な分類

 発表された症例には多くの交絡因子が存在しており、それには基礎疾患(急性腎傷害, 慢性腎臓病, うっ血性心不全, 心房細動など)も含まれている。加えて気管挿管, 人工呼吸器, 抗不整脈薬, 血管作動薬, ペースメーカーといったその他多くの治療手段が使用されている全般的な転帰に対するRCTRの実質的な寄与を決定することは不可能である。また、出版バイアスが顕著である可能性も高い(米国中毒コントロールセンター連盟の定期報告では心臓作用性グリコシド過剰内服の重症症例の死亡率が10~17%とされているのに対し、合計81症例の報告中、死亡は6例[7%]だった)。

 逆に、ECTRがある程度現実的な効果を供する可能性も否定は出来ない。動物実験のデータは、ECTRが転帰を改善させる可能性を示唆している。

 中毒症状発症前・内服後最初の6~8時間以内にECTRを実施した場合、組織内へのジゴキシン分布に対して, より多量のジゴキシン除去が行われる機会が与えられる可能性がある。こうした早期シナリオの可能性を検証できるデータは乏しい。内服後8時間以内にECTRを受けた6例では「数時間〜数日の間に次第に改善した」と報告され, こうした改善へのECTRの影響は評価が困難である。従って、内服直後にECTRを行った場合の排泄促進の効果を断定することは困難であり、また、多くの症例では受診が遅れてしまうこと, 及び ECTR開始までの技術的問題から、内服直後のECTRは実用的ではない

 臨床的改善のevidenceは、受容体存在部位からのジゴキシンの大量除去がECTR中に達成された可能性を示しているかもしれないが、実質的に除去された量は常に内服された量or全身分布量の25%未満だった。しかしながら、受容体存在部位の薬物力学・薬物動態学はこうした仮説に反する。

 これらを考慮した結果、workgroup内では、Fab投与がされていない場合のECTRに対する支持が僅かに多かった(他方、Fabが使用可能な場合におけるECTRへの反対は強かった)それにも関わらず、workgroupは「報告された臨床上の効果は裏付けに乏しい可能性があり、電解質異常の補正と関係している可能性がある」と結論付けた。

 

通常ECTRが適応となる状況(e.g. 急性腎傷害, 高K血症, 体液過剰)を例外として重症ジゴキシン中毒に対するECTRのいかなる適応も支持できない。

 

ECTRは重症ジゴキシン中毒では有用でないと考えられるので、間欠的血液透析・血液吸着のいずれも支持せず, また、その他のECTR法の使用も推奨しないジゴキシン-Fab複合体は血漿交換療法によってしか除去されず(除去速度は遅いが)、そのため腎機能低下を伴う患者であっても推奨されない。透析依存患者で中毒が再発した場合、Fab再投与が可能であり, また、血漿交換療法(高価で, 血液透析よりも過敏症・高Ca血症等の合併症リスクが高く, 広く利用可能という訳ではない)が好ましい。

 

 

 本当は(3)と(4)の間に、文献検索の結果(ヒットした文献の内訳, 文献から収集した全症例の転帰, ECTRの方法に関する検証など)を示すべきだったのですが、ブログ記事が冗長になってしまうので割愛してしまいました。本当に申し訳ありません!とはいえ、その内容も内容でメチャクソマニアックになってしまうし, 私にも難解ではあるので、いちいち紹介していては時間が無くなってしまいます…🥺とりあえず、ジゴキシン中毒への血液浄化療法は、極力厳密な検証を以てしても『効果あり』と言えない」ということは覚えておいて良いのではないでしょうか。