Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

ブラジルの高齢者における不活化コロナワクチンの有効性

 こんにちは。今日は興味深い論文を見つけたので紹介します。今年8/12に受理された論文"Effectiveness of the CoronaVac vaccine in older adults during a gamma variant associated epidemic of covid-19 in Brazil: test negative case-control study."(Ranzani O, Hitchings MD. et al., BMJ 2021;374:n2015)を私なりに要約してみます。

 

(1) Introduction

 CoronaVacSinovac Biotech製の不活化ウイルスワクチンであり、32ヵ国で承認されている。CoronaVac2回接種の医療スタッフ及び一般集団を対象としたランダム化コントロール臨床試験における症候性COVID-19に対する有効性は、51~84%とバラバラである。WHOの緊急使用リスト(Emergeny Use Listing; EUL)へCoronaVacが承認されたのは2021年6月初旬だったが、60歳以上の成人における有効性のevidence gapが認められた。WHOのEULはチリの観察研究(60歳以上の成人において、2回目接種後14日以降の有効性が66.6%の結果を引用している。

 ブラジルではこのパンデミックで、世界有数のCOVID-19による負荷を経験した。2021年初頭に発生した変異型のガンマ(γ)株は最近のブラジルでの感染拡大で重要な役割を担った。γ株には感染力の増加があることが示されており, 試験管内での中和活性低下や, 重症化と関連している可能性も示されている。現在、γ株は2021年1/1以来ブラジルで最も多く分離されるSARS-CoV-2である。今回、サンパウロで70歳以上の成人におけるCorovaVac有効性を評価する為にmatched test negative case-control studyを行った。

 

(2) Method

① 研究時の状況

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Figure 1

 サンパウロ州には4,600万人が居住しており、そのうち70歳以上は323万人である。同州では2021年5/9までに、2,997,282名のCOVID-19症例(累積発症率: 6475/100,000名)と, 100,649名の死亡例(累積死亡率: 217/100,000名)が報告されている(Figure 1)2021年1/17にサンパウロ州は一般人口へのコロナワクチン接種キャンペーンを開始し, 1. CoronaVacを2~4週間間隔で2回接種と, 2. ChAdOx1 nCoV-10ワクチン(アストラゼネカ製)を12週間間隔で2回接種 を行っている。2021年4/29時点で、CoronaVacは863万回, ChAdOx1は206万回接種されていた。

② Study Design

 2021年1/17〜4/29の間に、70歳以上のサンパウロ州住民において、症候性COVID-19のodds低減に対するCoronaVacの有効性を推計する為にmatched test negative case-control studyを行った。この臨床研究の対象となった集団は、

  • サンパウロ州に居住している70歳以上
  • 研究対象期間中にSARS-CoV-2 RT-PCR検査を行われた
  • 年齢, 性別, 住所, ワクチン接種・検査の状況と期日に関する情報が揃っている

人であった。各COVID-19症例に対し、検査期日と参加者の特徴(性別, 年齢, 人種, 居住している自治体, COVID-19既往の有無)が同じtest negative controlをmatchさせた

 この研究protcolでは、Coronavac及びChAdOx1の有効性解析を行う為のpower thresholdを設定していた。これらのthresholdはCoronaVacで達成されたものの、研究期間中の接種率が低かったためChAdOx1はthresholdを達成できなかった。そのため、CoronaVacの有効性の評価のみ行った。

 個人レベルの情報は、2021年5/6に州の保健当局や全国規模のデータベースから抽出した。サンパウロ州で分離されたSARS-CoV-2の全遺伝子配列を解析することは不可能であり, この臨床研究で入手可能だった監視システムでこうしたデータは入手不能だった。サンパウロ州で分離されたSARS-CoV-2変異型に関する情報は、鳥インフルエンザに関するデータを共有する国際的なデータベース(GISAID)から取得した。

③ 症例とcontrolの選択について

 研究対象となった集団から選択されたCOVID-19症例は、

  • COVID-19の症状があり,
  • 呼吸器検体へのRT-PCR検査で陽性
  • その前の90日間にRT-PCR陽性ではない

人であった。他方、controlは

  • COVID-19の症状があり,
  • 呼吸器検体へのRT-PCR検査で陰性
  • その前の90日間, もしくは その後14日間にRT-PCR陽性ではない

人を集団内から選抜した。ChAdOx1を接種された症例とcontrolは除外された。

 1人のCOVID-19症例に対し、5人までのtest negative controlをmatchさせた。3回のsensitivity analysisが行われ、1回目は1症例に1人のランダムなcontrolをmatchさせ, controlの交換は無かった。2回目はcontrolの交換を容認する形で1症例と1人のランダムなcontrolをmatchさせ, 3回目は1症例へ2人のランダムなcontrolをmatchさせた(control の交換は容認)。

 

(3) Results

 サンパウロ州は、2020年7月にピークへ達した第1波, 2021年1月にピークへ達した第2波, 2021年3月にピークへ達した第3波を経験している(Fig 1)第2波の前には、2020年11月にゼータ株の増加が発生しており, 第3波の前にはγ株の増加が生じているこの臨床研究期間中、γ株は他の変異型に取って代わり, GISAIDに報告されたものの78.4%を占めるに至った。2021年4/29の時点で、70歳以上成人において、

  • CoronaVac1回目接種の接種率推計: 約85%(282万人)
  • CoronaVac2回目接種の接種率推計: 約65%(210万人)

であった。第3波の期間中、COVID-19発症率は増加し, 3月下旬には90歳以上を除く全年齢層でピークとなっていた。

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Figure 2

 研究に参加登録可能だった43,744名のうち、22,177名(50.7%)がCOVID-19症例及びcontrolのセットに含まれた。症例とcontrolのmatchingは、

  • 3,881組が1:1で
  • 1,963組が1:2で
  • 1,044組が1:3で
  • 678組が1:4で
  • 5,717組が1:5で

行われた(Figure 2)。全体で6,223名が1回以上controlとなり, 18名がcontrol・症例の両方になった。Matchingの過程が複雑であったため、matching後の両群の特徴は不均衡であり, 併存疾患を有する割合はcontrol群より症例群で多かった

 症候性COVID-19に対する調整後のワクチン有効性は、

  • 2回目接種後0~13日で24.7%(95%CI 14.7~33.4%)
  •   〃   14日以降で46.8%(95%CI 38.7~53.8%)

であり、1回目接種後0~13日目におけるoddsと統計学的な有意差は認めなかった。検査期日の共変量を含めたsensitivitiy analysisでは、

  • 2回目接種後0~13日目の有効性: 25.1%(95%CI 15.2~33.8%)
  •    〃  14日以降の有効性: 47.1%(95%CI 39.1~54.1%)

であった。

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Figure 3

 症候性COVID-19へのワクチン有効性(2回目接種14日以降)は、年齢上昇とともに減少しており(Figure 3)

  • 70~74歳: 59%(95%CI 43.7~70.2%)
  • 75~79歳: 56.2%(95%CI 43.0~66.3%)
  • 80歳以上: 32.7%(95%CI 17.0~45.5%)
  • p=0.007 

であった。

 入院に対する調整後のワクチン有効性は、

  • 2回目接種後0~13日: 39.1%(95%CI 28.0~48.5%)
  •   〃   14日以降: 55.5%(95%CI 46.5~62.9%)

だった。1回目接種後の期間におけるoddsからの統計学的有意な減少は見られなかった。入院に対する有効性も年齢上昇に伴って減少していた(Figure 3)

 死亡に対する調整後のワクチン有効性は、

  • 1回目接種後14日以降: 31.2%(95%CI 17.6~42.5%)
  • 2回目接種後0~13日: 48.9%(95%CI 34.4~60.1%)
  • 2回目接種14日以降: 61.2%(95%CI 48.9~70.5%)

だった。死亡に対する有効性も、年齢上昇に伴い減少していた(Fig 3)

 全体で13,150名(49.7%)のCOVID-19症例がcontrolとmatchできなかった。

  • 1回目のsensitivity analysisでは30.1%のCOVID-19症例(7,950のペア)がmatchされ、症候性COVID-19に対する有効性は41.6%(95%CI 26.9~53.3%)だった。
  • 2回目のsensitivity analysisでは50.3%のCOVID-19症例(13,283のペア)がmatchされ、症候性COVID-19に対する有効性は48.6%(95%CI 38.2~56.0%)だった。
  • 3回目のsensitivity analysisでは35.6%のCOVID-19症例(9,402のペア)がmatchされ、症候性COVID-19に対する有効性は47.8%(95%CI 38.2~56.0%)だった。

(4) Discussion

 この研究で、γ株が流行しているブラジルの70歳以上の成人における実際のCoronaVac2回接種の有効性は症候性COVID-19に対して47%, 入院に対して56%, 死亡に対して61%であることが判明した。加えて、CoronaVac使用に当たって以下のevidence gapも判明した。

  • CoronaVacがCOVID-19に対して有効であることが示された。
  • CoronaVac1回目接種のみは症候性COVID-19ないし入院に対する予防効果低下と関連していた。
  • 70歳以上の成人では年齢上昇に伴って有効性低下が認められた。

  トルコにおけるCoronaVacのランダム化コントロール臨床試験(参加者年齢中央値は45歳で、接種間隔は2週間)は有効性84%, ブラジルの医療関係者を対象とするランダム化コントロール臨床試験(参加者平均年齢は39歳で、接種間隔は2週間)では有効性51%だった。今回の研究で判明した有効性は後者と同じくらいで, 前者より低値だった。こうした有効性の差異が年齢分布, 接種間隔, 共同体における感染リスク, もしくは γ株の存在によるものなのかは不明である。

 加齢に伴う有効性低下はBNT162b2 mRNAワクチン(デンマークの長期滞在型介護施設や, 米国の介護施設, フィンランドの70歳以上及びイスラエルの80歳以上の一般人口における研究)でも報告されている。

 高齢者の全subgroupにおいて、ワクチンの有効性は症候性COVID-19よりは重症なoutcomeで高かった。この知見は、たとえ感染予防の効果が減少したとしても、高齢者にて罹患率・死亡率を減少させるであろうことを示唆している。入院の基準が異なるので、他国及び他種のワクチンとCoronaVacの入院に対する有効性との直接比較は簡単ではない。若年者と比較して80歳超の人は入院する確率が高く, またこの確率は施設や医療の逼迫程度で変動する。よって、この文脈を考慮することなく今回の知見を一般化することはできない。CoronaVacの予防効果持続期間の特定には、追加の研究が必要である。

 2回接種が完了するまではCoronaVacの有効性が証明されないという事実は、このワクチンの使用に関して深い意味を持つ。今回の研究の知見は、1. SARS-CoV-2感染が拡大し, CoronaVac供給が制限を受けている国では最も高いriskのある集団への2回接種を優先すべきであること, そして 2. 2回接種が確保されていない集団への接種拡大は回避すべきこと, を示唆している。

 

 これまでこのブログで紹介してきたmRNAワクチンの有効性に関する報告は大抵70数〜90%台くらいだったので、CoronaVacの有効性は見劣りするように感じます。

 ちなみに不活化ワクチンとは、薬品で失活させたSARS-CoV02そのものです。日本で導入されているmRNAワクチン(モデルナとファイザー製)はSARS-CoV-2の一部(=スパイクタンパク質)の情報を持つmRNAを含むものであり, 最近40歳以上へ接種を開始することが決まったベクターワクチン(アストラゼネカ製)はチンパンジーアデノウイルスに遺伝子操作を行い、自己複製能力を失わせると共にSARS-CoV-2スパイクタンパク質を発現させたものです。

 同じ免疫系へ作用してSARS-CoV-2に対する免疫を獲得させるのに、製造方法でここまで有効性が違うのは何故なのでしょうか?いずれにせよ、新技術で製造されたワクチンが従来の方法で作られたものに対して効果で勝る様を見ていると、我々が時代の転換点にいるのではないかと思わずにいられません。