Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

壊死性膵炎へのintervention時期に関する臨床試験

 こんにちは、現役救急医です。日本救急医学会は日本集中治療医学会と合同で敗血症診療ガイドラインを作成しているのですが、それに少しばかり、急性膵炎の合併症である感染性膵壊死に対する介入時期について言及があります。雑に言うと、「ドレナージ(膿などの排除)は早期に行わないことを推奨し、極力低侵襲にするように」といった感じのことが書いてあったと思います。

 今回は、それに関連する話題の論文を紹介してみます(Boxhoorn L., van Dijk S.M. et al. N Engl J Med. 385(15); 1372~81. 2021年10/7発表)。

 

(1) Introduction

 壊死性膵炎は急性膵炎患者の約20~30%に発症する。感染を合併した膵臓膵臓周囲の壊死は、必ずと言って良いほど侵襲的interventionを行われる。

 現在の感染性膵炎への標準的approachは、経カテーテルドレナージを第1選択とする, 低侵襲的な段階的アプローチである。国際的なガイドラインは、感染した膵臓・膵周囲壊死が被包化するまでドレナージを待機し, 抗菌薬を投与することを推奨している。この推奨を行う理由は合併症の予防であるものの、この理由は開腹壊死切除術を行っていた頃に考案されたものである。

 しかしながら、ドレナージの待機は議論の対象となっている。専門医への国際的なアンケートでは、「感染と診断したらすぐにドレナージを推奨する」と45%の専門医が回答した。それに加えて、米国のガイドラインは最近、仮に早期であっても、感染を懸念した時にはドレナージを強く推奨した。

 低侵襲的経皮的・内視鏡的経消化管的治療が行われる今日、理論上、被包化壊死("walled-off necrosis")は安全なドレナージの対象とならない可能性がある。しかし、早期の経カテーテル的ドレナージが患者転帰の改善に繋がるか否かは不明であるそこで今回、壊死性膵炎に感染を起こした患者において、早期ドレナージが遅いドレナージに勝るか否か調査する多施設ランダム化superiority臨床試験を行った。

 

(2) Method

① Trial Design

 POINTER(Postponed or Immediate Drainage of Infected Neccrotizing Pancreatitis) trialは、Dutch Pancreatitis Study Group(オランダ膵炎研究グループ)と協力し, 22ヶ所の施設で実施された研究者主導・多施設・ランダム化・コントロール superiority臨床試験である。

 患者は経カテーテル的ドレナージ即時施行と, 施行待機(遅延)へ1:1の比でランダムに割り振られた。ランダム化は、ランダム化時の臓器不全(1個以上)の有無, 罹患期間(20日以内 or 21~35日以内), 及び 病院のvolumeによって階層化した。

 ドレナージ治療の第一選択には、イメージガイド下経皮経カテーテル的ドレナージと, 内視鏡的経消化管ドレナージが許可されていた。ドレナージ実施後72時間以内に改善を認めない場合、太いドレーンへ交換された。経カテーテル的ドレナージが不成功だった場合、低侵襲的壊死切除術を実施した(ビデオ下経後腹膜的デブリドマン, 或いは 内視鏡的経消化管壊死切除術)。

 ランダム化から6ヶ月後に患者フォローアップを終了した。

感染性膵壊死(感染を起こした壊死性膵炎)の定義

  • 急性膵炎発症後14日間の時期:  感染性膵壊死は1) 穿刺吸引検体でGram染色陽性or培養陽性, もしくは 2) 造影CTで膵臓・膵周囲にガス像あり と定義した。なお、早期の全身性炎症反応を敗血症と誤診しないようにする為、感染性膵壊死の臨床症候の存在を唯一の診断基準とはしなかった
  • 急性膵炎発症後14日以後: 1) ICU入院患者で持続している臓器不全, もしくは 2) 一般病棟入院患者で炎症に関連した項目(体温>38.5℃ or CRP上昇 or 白血球上昇)2個が3日間連続して高値である場合 に感染性膵壊死と診断した。

③ PICO

1. Patients Selection

 急性膵炎発症35日以内に画像ガイド下経皮的, もしくは 内視鏡的経消化管的ドレナージを実施可能な感染性膵壊死患者がランダム化可能であった。35日より前に発症した急性膵炎と, 壊死性膵炎への治療歴がある人は除外された。

 急性膵炎患者は入院時からフォローされた。感染性膵壊死が診断ないし疑われた場合、Dutch Pancreatitis Study Groupの専門家委員会(全国から複数名が参加し、オンライン)によりランダム化の適否と, 治療適応を判断した。

2. Intervention:  早期経カテーテル的ドレナージ実施(以下、早期実施群と呼ぶ)

 抗菌薬投与を行いながら、ランダム化24時間以内にドレナージを実施した。

3. Comparison:  待機的ドレナージ実施(以下、待機的実施群と呼ぶ)

 抗菌薬投与を行い, また被包化するまでドレナージを待機する為の支持的療法を行った但し状態悪化が見られる場合、ドレナージを行うことも容認された。待機的実施群割り振り時点で患者に被包化した壊死を認めた場合、まず抗菌薬で治療され, その後改善が乏しい場合or臨床上悪化している場合にドレナージを行った。

4. Outcome

 Primary end pointは、ランダム化時から6ヶ月後までに発生した全合併症を評価したComprehensve Complication Index(以下、"CCI"と呼ぶ)のスコアとした。CCIは、重症度に従って重み付けされた全合併症を合計したもの(0点=合併症無し, 100点=死亡)である。

 Secondary end pointは以下の項目であった。

  • 死亡
  • CCIに含まれる重大合併症の一部: 新規発症臓器不全, 治療を要する出血, 治療を要する内臓穿孔, 消化管-皮膚瘻, 膵-皮膚瘻, 切開部ヘルニア, 創部感染, 内分泌・外分泌膵機能不全
  • 重症合併症を来した患者数
  • Clavien-Dindo分類(重症度分類。分類はI~Vまであり、高い点数ほど致死的な合併症を示す)点数別の患者数
  • 外科的・内視鏡的・放射線科的(=経カテーテル的ドレナージや壊死切除術)治療を行った数の合計
  • ICU滞在期間, 入院期間
  • 入院コスト

 

(3) Results

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Figure 1: Screeningとランダム化・フォローアップ

 2015年8月〜2019年10月の間に合計932名の患者が参加登録可能か評価され、104名がランダム化された(Fig. 1)

  • 早期実施群: 55名
  • 待機的実施群: 49名

早期実施群の93%(51名)で24時間以内にドレナージが行われたが、残り4名(7%)は、1名: 被包化壊死が自然に破裂, 3名: その他の理由で、ドレナージをランダム化後平均4日目に行った待機的実施群1名(2%)は、臨床的悪化の為ランダム化後24時間以内にドレナージを行った

 両群でbaselineの特徴は類似していた。発症〜ドレナージ実施までの時間は、

  • 早期実施群: 平均24日
  • 待機的実施群: 平均34日
  • 平均値差: -10日 (95%信頼区間[confidence interval; CI]: -19~-5)

だった。

 Primary end pointに関して、両群間で有意差は認めなかった(Table 2)

  • 早期実施群: CCI平均スコア 57
  • 待機的実施群: CCI平均スコア 58
  • 平均値差: -1 (95%CI: -12~10, P=0.90)

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Table 2: Primary end pointとsecondary end point

死亡率は

  • 早期実施群: 13%
  • 待機的実施群: 10%
  • 相対的危険度: 1.25 (95%CI 0.42~3.68)

であった。重大合併症の発生率に有意差は見られなかった。

  • 新規発症臓器不全:  早期実施群: 25%, 待機的実施群: 22%, 相対的危険度: 1.13 (95%CI 0.57~2.26)
  • 出血:  早期実施群: 15%, 待機的実施群: 20%, 相対的危険度: 0.71 (95%CI 0.31~1.66)
  • 内臓穿孔, 消化管-皮膚瘻, or 両者:  早期実施群: 9%, 待機的実施群: 8%, 相対的危険度: 1.11 (95%CI 0.32~3.91)
  • 膵-皮膚瘻:  早期実施群: 11%, 待機的実施群: 8%, 相対的危険度: 1.34 (95%CI 0.40~4.46)
  • 切開部ヘルニア:  両群で発生なし
  • 創部感染:  早期実施群: 0, 待機的実施群: 1%

 入院期間平均値は、

  • 早期実施群: 59日間
  • 待機的実施群: 51日間
  • 平均値差: 8日 (95%CI -9~23)

だった。ICU滞在期間に差は認めなかった(平均値差: 0; 95%CI -11~11(Table 3)

 外科的・内視鏡的・放射線科的治療回数の平均値は、待機的実施群よりも早期実施群で多かった(Table 3)

  • 早期実施群: 4.4
  • 待機的実施群: 2.6
  • 平均値差: 1.8 (95%CI 0.6~3.0)

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Table 3: 治療に関連するsecondary end point

待機的実施群では19名(39%)が抗菌薬のみで保存的加療を行われた; うち17名は生存していた。最終的に壊死切除術を必要としたのは、

  • 早期実施群: 28名(51%)
  • 待機的実施群: 11名(22%)

だった。

 6ヶ月後のフォローアップにて、内分泌・外分泌膵機能不全の発症(Table 2), 或いは 入院コスト(Table 3)に関して、両群間で差は無かった。

  • 入院コスト平均値差: 6,166ユーロ(2021年11/4のレートでは約812,000円)
  • 95%CI: -12,968~23,361(2021年11/4のレートでは-1,707,755~3,076,410円)

初回のドレナージで内視鏡的経消化管ドレナージを実施したのは、

  • 早期実施群: 31名(56%)
  • 待機的実施群: 保存的治療を行われなかった30名のうち20名(67%)

であった。

 

(4) Discussion

 感染性膵壊死患者において、合併症低減の観点で、待機的経カテーテル的ドレナージに対する早期経カテーテル的ドレナージの優位性を示せなかった。早期実施群にランダム化された患者で感染性膵壊死に対する治療の回数が多かったが、それに対し待機的実施群では患者の1/3超が治療を必要とした。

 「感染性膵壊死の診断直後に実施する経カテーテル的ドレナージが、待機的ドレナージより少ない合併症で患者転帰改善に繋がる」という仮説を、今回の結果は支持しない。壊死性膵炎患者193名を対象とした最近の後方視的研究では内視鏡的な段階的approachを用い、早期治療(急性膵炎発症後4週間未満)を行った患者(76名)の転帰を標準的治療(発症後4週間以上)の患者(117名)と比較し, その結果両群で合併症発生率が類似していることを示した。しかし早期治療群は標準的治療群よりも入院期間が長く, また早期治療群の患者で死亡の割合が高かった。同様にして、内視鏡的経消化管ドレナージを行った38名の患者(19名: 急性膵炎発症後4週間未満で治療 vs 19名: 発症後4週間以上にて治療)を比較し, 4週間以内に治療された患者群は、4週間以降に治療された患者群よりも入院期間が長いことが示されたものの、死亡率に差は認めなかった。しかしこの2研究は後方視的・非ランダム化試験であり、結果の解釈には注意を要する。

 今回の臨床試験では、両群間でCCIスコアと死亡率に有意差を認めなかった。にも関わらず、待機的ドレナージに関しては予期せぬ利益も幾つか認められた。

  • 待機的ドレナージ群患者では、感染性膵壊死へ必要とされた治療の回数が少なかった。
  • 待機的ドレナージ群患者の35%は、抗菌薬のみで保存的に治療が奏効した。

発症からドレナージまでの期間の両群間の平均値差は10日のみであったが、こうした待機期間は、抗菌薬治療のみで改善し得る患者を同定するのに十分であった抗菌薬治療が感染性膵壊死患者転帰改善に繋がるかどうかは、将来の研究において重要な課題である。

 一方、合併症・死亡率の観点で、早期のドレナージは転帰悪化に繋がらなかった従って、一般的に、急速な悪化を認める場合には、早期の経カテーテル的ドレナージは有効な治療選択肢であることも示された