Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

COVID-19により肺移植した患者の予後

 こんにちは。現役救急医です。新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症(COVID-19とも呼ぶ)は様々な合併症や後遺症を来しますが、今日は「重症COVID-19患者へ肺移植をしました」という米国の報告を紹介してみます(2022年1/27発表, doi: 10.1001/jama.2022.0204)。

 

(1) この研究の背景など

 COVID-19患者の6~10%は急性呼吸窮迫症候群(ARDS; acute respiratory distress syndrom)へ進行し, 人工呼吸器管理が必要となる。COVID-19は重篤かつ不可逆的な肺間質傷害を起こすこともある。

 肺移植は、重症・end-stageの慢性肺疾患(特発性肺線維症, 慢性閉塞性肺疾患, 嚢胞性線維症, 肺高血圧症)に対する確立された治療法である。COVID-19パンデミック前、ARDS患者が肺移植の適応となることは稀であった。2021年5/9、米・豪・伊・印の臓器移植専門施設からなる多国籍consortiumは、COVID-19によるARDS患者への肺移植を考慮するガイドラインを提案した。

 このcase series(=複数症例報告?)の目的は、米国の1施設において, ① COVID-19によるARDSのため肺移植を受けた患者の転帰を報告し, ② (比較の為に)COVID-19ではない, end-stageの慢性肺疾患のために肺移植を受けた患者の転帰も報告すること である。

 

 

(2) 方法

① Study designや参加者, データ収集について

 この研究はイリノイ州シカゴにあるNorthwestern大学医療センターで実施された。2020年1/21~2021年9/30の期間に肺移植を受けた, 連続した患者全員が対象となった。肺移植手術に同意したのは、COVID-19患者全員, 及び 合計30名のCOVID-19関連ARDS患者のうち29名だった

 

② データの収集や, 転帰評価について

 臨床的な特徴と検査データ, 治療内容, 転帰に関するデータは電子医療記録から取得した。Primary graft dysfunction(PGD; 移植後の臓器障害の程度を評価するもの?)は以下のように点数を付けた。

  • 0点:  PaO2/FiO2比(P/F比)が正常で, 胸部画像で肺水腫の所見なし
  • 1点:  肺水腫の所見があり, P/F比>300
  • 2点:      〃    , P/F比200~300
  • 3点:      〃    , P/F比<200, 或いは 肺浸潤影を認め、肺移植後もECMOを使用されている

(移植手術?)72時間後におけるPGDの全ての点数に関して累積罹患率を記録した。他に、急性腎傷害の程度・有無, 入院期間・集中治療室(ICU; intensive care unit)入室期間, 移植術後の生存に関しても記録された。

 

③ 人工呼吸器やECMOの管理

 気管挿管された患者の診療には、全例で多職種チームが参加していた。ECMOは

  • プラトー圧<35 mmHg, 筋弛緩薬投与, 必要時に伏臥位療法という肺保護人工呼吸器管理をしたにも関わらず,
  • PaO2<55 mmHgの治療抵抗性の低酸素血症があり,
  • SpO2<88%であり,
  • pH<7.2である

場合に適応となった。

 ECMO開始の判断は、呼吸器内科医, 胸部外科医, ECMO専門家, 集中治療医を含む多職種ECMOチームにより行われた。Venovenous ECMO管理中の患者には、8時間ごとに未分画ヘパリン500 U皮下注射が行われ, ECMO回路流量は3.0~3.5 L/min.≦を維持した。抗凝固薬持続投与は、血栓症が臨床的or画像上認められた場合のみに行われた。

 

④ 肺移植適応の判断など

 肺移植が考慮される前の時期において、COVID-19関連ARDS患者の診療は、全例で多職種チーム(外科医, 感染症専門医, 呼吸器・集中治療専門医, 循環器内科医を含む)が行った。多職種チームが「ARDS発症から4~6週間経過した後も、『肺が回復する』という縦断的なevidenceが無い」と結論を出した場合に、肺移植に関するreferral(=紹介?)が行われた。

 COVID-19の肺移植患者の診療は、肺移植が考慮される前の期間において、全例で多職種チームが行った。肺移植に関するreferralは移植専門呼吸器内科医が行い、患者の酸素需要("patient's oxygen requrement"), または ECMOの必要性を基準に判断された; 患者を肺移植待機リストに載せるか否かの判断は、肺移植に関する評価を実施後に, 多職種チームが行った。

 COVID-19関連ARDS患者に対する肺移植基準には以下の項目が含まれた:

  • 70歳≧
  • 24時間間隔を空けて2回連続して実施した下気道検体(気管内を吸引 or 気管支鏡で採取)PCRがいずれも陰性
  • 臓器不全が1個のみ
  • 不可逆的脳傷害のevidenceが無い
  • BMI≦35

多臓器移植の為に評価を受けている患者は除外された。

 COVID-19関連ARDSへの肺移植は、ECMOを用いて, "double lung transplant"(=肺を両方とも移植する?)という形で実施された。肺移植後の免疫抑制薬投与は、非COVID-19患者・COVID-19患者の双方で共通のものとした。

 

 

(3) 結果

① 参加者について

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Figure 1: COVID-19関連ARDSにより肺移植目的で紹介されて来た患者の転帰

 2020年11/1~2021年12/21の間に、COVID-19関連ARDSにより, 肺移植目的で他院からNorthwestern大学医療センターへ紹介されたのは234名だった(Figure 1)この中で、同院で肺移植を受けたのは21名(9%)であり, この集団が今回の研究へ含まれた2021年12/21時点で評価を終えている or 転院を待っている患者は30名(12.8%)だった。病床不足のため、10名(4.3%)がNorthwestern大学医療センターから他院へ転院搬送された。残りの173名(73.9%)は肺移植の候補でないと判断された。紹介されて来たCOVID-19関連ARDS患者全員のうち

  • 移植前の評価を実施中 or 転院を待機中に死亡したのは36名(15.4%)
  • 肺機能回復の可能性があると評価され, ECMOで管理中に死亡したのは12名(5.1%)

だった(Fig. 1)

 研究期間中、ECMO管理を28日<受けていたCOVID-19関連ARDS患者は49名だった。この中でNorthwestern大学医療センターで肺移植を受けたのは17名(34.7%)であり, この集団が今回の研究へ含まれた。32名(65.3%)は肺移植候補に不適合と判断された。ECMOが長期にわたった患者内で、肺移植を受けた患者とそうでない患者を比較すると、

  • 年齢:  肺移植を受けた患者(年齢中央値: 53歳)とそうでない患者(年齢中央値: 52歳)で同等
  • BMI平均値:  肺移植を受けていない患者(32.1)が受けた患者(27.1)より高い
  • PaO2:  受けていない患者(91.6 mmHg)が受けた患者(153.2 mmHg)よりも重症な低酸素血症を持つ傾向にある

ことが分かった。

 この研究には、2020年1/21~2021年9/30の間に, Northwestern大学医療センターにて肺移植術を受けた102名の連続した患者が含まれている。非COVID-19患者において、end-stageの慢性肺疾患の最も多い原因は間質性肺疾患と, 慢性閉塞性肺疾患だった。肺移植を受けた患者の年齢中央値は

  • COVID-19患者:  53歳 (27~63歳)
  • 非COVID-19患者:  62歳 (22~74歳)

と差があったが、性別の分布は

  • COVID-19患者:  女性は43%
  • 非COVID-19患者:  女性は44%

と差が無かった。

 肺移植術実施直前の時期において、ECMO・人工呼吸器を受けていた患者数は

  • COVID-19患者:  ECMO: 17名(56.7%), 人工呼吸器: 4名(13.3%)
  • COVID-19患者:  ECMO: 1名(1.4%), 人工呼吸器: 2名(2.8%)

だった。術前のKarnofsky Perfomance Status scoreKPS; 全身状態を評価するもの。低いほど身体機能等の低下を示す)の中央値は

  • COVID-19患者:  30点
  • 非COVID-19患者:  50点

だった。肺移植までの待機期間の中央値は

  • COVID-19患者:  11.5日
  • 非COVID-19患者:  15日

だった。移植待機中の死亡率は

  • COVID-19患者:  18.9%
  • 非COVID-19患者:  7.6%

だった。

 

② 肺移植手術中・術後の転帰

 COVID-19関連ARDS患者と非COVID-19患者を比較した。

  • 手術時間:  COVID-19患者: 8.5時間, 非COVID-19患者: 7.4時間
  • 移植臓器虚血時間(ドナーの循環停止〜レシピエントへ移植後の移植臓器への血流再開までの時間):  COVID-19患者: 5.6時間, 非COVID-19患者: 4.7時間
  • 手術中のECMO使用:  COVID-19患者: 96.7%, 非COVID-19患者: 62.5%
  • 血液製剤の術中使用量中央値: 

  赤血球・・・COVID-19: 6.5単位, 非COVID-19: 0単位

  FFP・・・COVID-19: 1単位, 非COVID-19: 0単位

  血小板・・・COVID-19: 0.5単位, 非COVID-19: 0単位

という結果だった。術後経過に関しては、

  • 術後72時間におけるPGD 1~3点罹患率COVID-19: 70.0%, 非COVID-19: 20.8%
  • 人工呼吸器使用期間中央値:  COVID-19: 6.5日, 非COVID-19: 2日
  • ICU入室期間中央値:  COVID-19: 18日, 非COVID-19: 9日
  • 入院期間中央値:  COVID-19: 28.5日, 非COVID-19: 16日
  • 恒久的な透析の使用:  COVID-19: 13.3%, 非COVID-19: 5.5%
  • KPS改善の割合:  COVID-19: 84.8%, 非COVID-19: 11%

という結果であった。

 

③ 肺移植後の生存

 肺移植後のフォローアップ期間の中央値は、

  • COVID-19患者:  351日
  • 非COVID-19患者:  488日

だった。

 2021年11/15時点で、肺移植術後患者の生存率は

  • COVID-19患者:  100%(30名のうち30名が生存)
  • 非COVID-19患者:  83.3%(72名のうち60名が生存)

という結果だった(Figure 2)

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Figure 2: 肺移植後の生存率。黒っぽい線が非COVID-19患者, 黄色の線がCOVID-19患者。

 

 

(4) 考察

 COVID-19が世界中で拡大する中で、肺移植は、最大限の人工呼吸器サポート, ECMO使用, 妥当な内科的治療を以てしても回復しないCOVID-19関連ARDS患者に対するsalvage療法として考慮され続けるであろう。知られている限り、この単施設複数症例報告は、COVID-19関連ARDSの為肺移植を受けた患者の術後生存率を報告している研究で最大規模である。

 肺移植前の時期において、他の病原体による肺炎の患者と比較すると, COVID-19関連ARDS患者の呼吸不全は長期化し、その結果、栄養失調・神経筋萎縮症といった合併症を来すことが多いCOVID-19関連ARDS患者の多くは重度の胸膜癒着と, 侵襲的な院内感染病原体による二次性肺炎を来すこれらの合併症は、こういった重症コホートにおいて、肺移植時の技術的実現可能性と, 術後転帰に関する懸念を生じさせる。

 この研究のCOVID-19関連ARDS患者は全員、重度の肺傷害・高い肺壊死発生率, 気管支拡張症, 多剤耐性病原体による人工呼吸器関連肺炎, 右心室機能不全を伴う肺高血圧症を伴っているので、double lung transplantが行われた。循環-肺バイパス使用は肺移植後の転帰悪化と関連している。しかし、COVID-19関連ARDS患者では右心室機能不全・肺高血圧症の発症率が高く, 胸膜癒着が高度である懸念があるため、術中の循環-肺補助は不可欠である循環-肺バイパス使用によって予想される出血量と輸血量を減らす為に、この研究ではCOVID-19患者ではvenoarterial ECMOがルーチンで使用された

 COVID-19関連ARDS患者は人工呼吸器関連肺炎を起こす可能性があり、多くの場合耐性病原体が原因となる。しかしながら、肺移植術後1, 3, 6, 9, 12ヶ月に実施した気管支鏡検査では、COVID-19患者で院内感染病原体は検出されなかった。加えて、肺移植後の気管支鏡検査でSARS-CoV-2再発を認めた患者はおらず、PCR検査2回(24時間間隔を空ける)によってSARS-CoV-2陰性を術前に評価する方法が妥当であることを示唆している

 COVID-19患者では術中出血量が多く(そのため輸血量も多かった)、このコホートにおける術中操作の難しさが上昇していることを反映している可能性があるPrimary graft dysfunction(移植臓器の機能不全)の割合が高いにも関わらず、肺移植術後にCOVID-19関連ARDS患者のKPS改善は顕著であったこうしたKPS改善は、(COVID-19患者集団で)比較的年齢が若いこと, 及び COVID-19発症前の全身状態/基礎疾患が比較的健康だったことに起因する可能性がある。

 COVID-19関連ARDSで肺移植レシピエントとなった患者で、急性拒絶反応が出た, ないし 新規のドナー特異的な抗体の発生が見られた人はいなかった。しかし、COVID-19関連ARDSにより肺移植を受けた患者における同種臓器拒絶反応発生率を断定するには、もっと長いフォローアップ期間が必要である。更に、COVID-19患者では、重症化による長期的・二次性合併症として腎不全を発症することもある。この研究では、非COVID-19患者と比較して, COVID-19患者で長期的な透析が必要となる患者の割合が高かった。この研究で肺移植後に透析が必要となった患者の腎不全の長期的影響を断定する為に、フォローアップが必要である

 この研究において、COVID-19関連ARDS発症~肺移植までの期間の中央値は104日だった。この長い待機期間を説明しうるものは複数あり、肺機能が回復する可能性を信じて待機したこと, 臓器移植に関するreferralと移植前評価プロセスの遅延, COVID-19感染拡大に伴うICU病床逼迫といったものが挙げられる。臓器移植前の評価の最中 or 評価終了後の転院搬送を待機中に死亡した患者は36名で、肺機能が回復する可能性ありと評価されてECMO管理中に死亡した患者は12名だった。こうした患者へ早期に肺移植を考慮していればbenefitとなっていたかどうかは、断定困難である。

 COVID-19関連ARDS患者にdouble lung transplantを適応とすることは、需要-供給の不均衡を増悪させる可能性もあるものの、今日に至るまで、このような影響は文献で記述されていない。この研究の期間中、Northwestern大学医療センターでは非COVID-19コホートでの待機中死亡率増加は見られなかった; しかしながら、こうした知見は、肺ドナー供給が異なっている他の施設で検証される必要がある

 

 

 以前から日本では、欧米と比べて臓器移植ドナーの不足が少ないことが問題となっていますよね。少なくとも私が医学生であった約10年前くらいから度々話題になっていると思います。自分や家族が死亡, ないし 脳死に陥った後に、臓器ドナーとなる or にすることに対して(心理的? or 社会的?な)障壁が低い欧米だからこそ、『COVID-19重症患者への臓器移植』という挑戦的(?)なことが出来るのかもしれません。パンデミックで医療が逼迫している時こそ、現行の日本の医療を改善させるには何が必要か − とりわけ、臓器移植を必要としている人を救済する手立て, 臓器移植を日本国内の医療機関で円滑に行う枠組み, など - に関する国民的議論が必要だと思います。