Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

COVID-19 vs トシリズマブ Part 2 - イタリアのRCT -

 今日は前回に引き続き、COVID-19治療薬の一つとして推奨されている免疫抑制剤トシリズマブの臨床試験の論文を紹介していきます。今回参考にするのは、2020年10/20にJAMA Internal Medicineへ発表された論文"Effect of Tocilizumab vs Standard Care on Clinical Worsening in Patients Hopitalized With COVID-19 Pneumonia ARandomized Clinical Trial"(Salvarani C., Dolci G. et al.)です。

 

(1) Introduction

 COVID-19患者へのトシリズマブ早期投与の効果, 及び 安全性を評価する為に、他施設ランダム化臨床試験を行った。

 

(2) Method

① Study Design

 本研究は他施設のopen-labelランダム化臨床試験である。2020年3/31〜6/11の間に、イタリア国内の24施設に入院していた患者が対象となった。患者は1:1の比率でトシリズマブ投与群と,標準治療群に振り分けられた(Fig. 1)

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② PICO

1. Patient Selection

 呼吸器検体へのPCR検査でSARS-CoV-2陽性である18歳以上の入院患者のうち、以下の条件を満たす人が登録された。

  • 呼吸不全あり; PaO2/FiO2比 200~300(ベンチュリーマスクor高流量経鼻カニューレ使用中の患者でも登録可能だが、NPPV・人工呼吸器装着中の患者は登録不可
  • 炎症あり; 直近2日間で体温>38 ℃ and/or CRP≧10 mg/dL and/or CRPの値が入院時の値の2倍以上

一方で、以下の条件に合致する患者は除外された。

  • ICU入室中
  • トシリズマブへの過敏症の既往あり
  • ICUへの入室が適応外となる状態(e.g. 高齢で複数の併存疾患あり, 患者が気管挿管を希望していない)

2. Intervention:  ランダム化後8時間以内にトシリズマブを8 mg/kg(最大800 mgまで)IVし, 12時間後に2回目を投与する。(トシリズマブ投与群

3. Comparison:  各施設のprotcolに則った補助的治療のみ。(標準治療群

 なお、両群においてIL-1 blocker, JAK inhibitor, tumor necrosis factor inhibitor投与が禁止された。ステロイド投与は、入院前から使用している場合に限り許可された。

 しかし、悪化を来した場合には("In case of occurrence of documented clinical worsening,")、両群の患者においてステロイドを含むいかなる種類の治療を受けることが可能であり, 特に標準治療群ではトシリズマブ投与が可能であった。

4. Outcome:  この研究では"primary aim", "primary end point", "secondary aim"と表記。

 1) Primary aim; ランダム化後最初の2週間において、トシリズマブ(早期)投与群 vs 標準的治療群 の効果を評価する。

 2) Primary end point; ランダム化後14日以内の悪化

 なお『悪化』の定義とは以下の通り。

  • 人工呼吸器管理を伴うICU入室
  • 死亡(死因は問わない)
  • 最初の血ガス測定から4時間以内の、緊急or予定されていた血ガス測定にてPaO2/FiO2比<150 mmHg

 3) Secondary aim; トシリズマブの早期投与 vs 遅い投与が以下に与える影響の評価

  • 人工呼吸器管理を伴うICUへの入室
  • 死亡率
  • トシリズマブの毒性作用

 

(3) Result

① Randomization

 当初126名の患者が参加していたものの、3名が同意を撤回(いずれも標準治療群)した。そのため123名intention-to-treat analysis(=protocolから逸脱した患者も、元のグループのまま解析を行うこと。ITT analysisとも)に含まれ、うち60名がトシリズマブ群へ, 63名が標準治療群へ振り分けられた(Fig. 1)

 その後の各群の治療内容は以下の通り。

トシリズマブ群; 59名(98.3%)がprotcol通りに治療を受けたが、1名はランダム化直後に消化管出血を来したため投与されなかった

標準治療群;

  • 2名(PaO2/FiO2比がそれぞれ169, 426)が、臨床的な悪化前にトシリズマブIVとステロイド投与を受けた。
  • 1名がPaO2/FiO2比 192と判明した後にトシリズマブ皮下注射を実施された。
  • 2名(PaO2/FiO2比がそれぞれ200, 229)がステロイドを投与された。
  • 1名がPaO2/FiO2比 210と判明した後にcanakinumabを投与された。
  • 他方、14名は臨床的な悪化後にトシリズマブ IVを受けた(うち2名はステロイドも併用)。

全体で8名がprotcol通りの治療を受けなかった。またper protocol analysis=protcolを遵守した集団だけ解析すること)は、2名を除外した結果、113名の患者に対して行うことになった。

② Patients Characteristics (Table 1)

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 患者全体の61.1%が男性で、年齢中央値は60.0歳(range: 53.0-72.0)であった。

③ Primary Outcome

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 ランダム化後の14日以内に悪化を示したのは、トシリズマブ群で60名中17名(28.3%), 標準治療群で63名中17名(27.0%)だった(rate ratio 1.05; 95%CI 0.59-1.86; P=0.97) (Table 2)。悪化の全34エピソードがランダム化後6日以内に起きていた(Fig 2)が、2群においてイベント発生までの期間に差は無かった。

④ Secondary Outcome

 ランダム化後14日以内に11名がICUに入室したが、トシリズマブ群・標準治療群間で大差は無かった(トシリズマブ群 10.0% vs 標準的治療群 7.9%; rate ratio 1.26; 95%CI 0.41-3.91) (Table 2)

 全体で4名が死亡し、うち2名はランダム化後14日以内に死亡し, 1名は15~30日の間に死亡し(Table 2), 1名はランダム化後26日目に死亡した。14日目における死亡率(トシリズマブ群 1.7% vs 標準治療群 1.6%; rate ratio 1.05; 95%CI 0.07-16.4)と30日目における死亡率(トシリズマブ群 3.3% vs 標準治療群 1.6%; rate ratio 2.10; 95%CI 0.20-22.6)は2群間で類似していた。

 123名中117名(95.1%)が退院しており、うち70名(56.9%)は14日以内に, 112名(91.1%)は30日以内に退院したが、2名は61日後, 及び 68日後でも入院していた。14日以内の退院した患者の割合はrate ratio 0.99(95%CI 0.73-1.35), 30日以内の退院した患者の割合はrate ratio 0.98(95%CI 0.87-1.09)と、2群間で同一であった。

⑤ Safety Outcome

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 Serious adverse eventが3名で生じた:  2名が重症感染症を来し(いずれも標準治療群), 1名が上部消化管出血を来した結果、治療薬投与を見送られた(Table 3)。どれも治療と関係なしと判断された。Adverse eventは21件(17.1%)発生し、14件(23.3%)がトシリズマブ群, 7件(11.1%)が標準治療群で発生していた。最も多いadverse eventはalanine aminotransferase上昇と好中球減少だった。

 

(4) Disucussion

 ITT analysisにおいて、primary end pointの複合(=ランダム化後14日以内の悪化)に関してトシリズマブ群 vs 標準治療群の間に有意差は無かったPer-protocol analysisも同様の結果を示した。更に、primary end pointを構成する3つのoutcomeのうち、両群間で差が出たoutcomeは無かった。ランダム化30日後においても同様の結果が見られた。

 この研究における死亡率は低く、ITT populationに含まれる123名中、ランダム化14日後に1名(0.8%), 30日後には更に2名(全体の2.4%)が死亡している。まずこの研究では、状態に関係なくICU入室適応外の患者を除外している。その結果、死亡riskの高い併存疾患のある高齢者を除外できた可能性がある。次に、PaO2/FiO2比<200の患者は登録不可であった。これらの理由から、この研究のpopulationのbaselineの状態は、COVID-19入院患者全体よりも良好だった可能性がある。

 この研究の最大のlimitationは、designがopen labelだったことである。緊急時に後方支援を組織するのが困難であること, そして トシリズマブに抗IL-6効果があることから、二重盲検化pracebo-controlled試験の実施は見合わせられた。この研究においては、倫理的配慮からトシリズマブをrescue therapyに使用することが認められた。それにも関わらず、rescue therapyはprimary outcomeへ影響を及ぼさなかった。しかし、盲検化が無いことがprimary end pointの評価にバイアスを来す可能性もある。これを考慮すると、次の2点が考えられる:  1. primary end pointの評価におけるバイアスがトシリズマブ群を優位にする可能性, 2. 悪化の大半(34名中33名)はPaO2/FiO2比低下の発生であり、これは治療内容を知っていることに影響される筈がない。

 ランダム化にも関わらず、標準治療群ではCRP・フェリチン・D-dimer値がトシリズマブ群より低く, またトシリズマブ群よりも高頻度に抗ウイルス薬治療を受けていた。しかし、これらの差は統計学的に有意でなく, それぞれの数値間の差は小さかった。こうした差は小さなsample sizeによるものと思われる。更に、トシリズマブ群で肥満は少なく, 年齢は2群間で年齢は類似していたため、バイアスの可能性はほぼない。

 この研究のselection criteria及びprimary end pointにより、病態が進行した患者においては、トシリズマブが死亡or気管挿管のrisk減少という役割を果たした可能性が除外できない。この研究で、primary end pointの複合は「死亡・気管挿管・PaO2/FiO2<150の呼吸状態悪化のどれかが発生したこと」と定義した。しかし、PaO2/FiO2<150であったため、34名のうち33名がprimary end pointに達していた。標準治療群においてprimary end pointに達した17名のうち、14名がトシリズマブによるrescue therapyを受けた。30日目において、挿管及び死亡の発生は両群間で同等であった。そのため、トシリズマブは、投与時期と関係なく、30日後の死亡or挿管の予防に効果的である可能性が除外できない。

 

(5) Conclution

 PaO2/FiO2比が200~300のCOVID-19患者への患者へのトシリズマブ投与は悪化のriskを減少させなかった。治療効果を確認し, 異なる病期におけるトシリズマブ適応の可能性を検証する為には、更なる盲検化pracebo-contrilledランダム化試験が必要である。