Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

PPE(個人防護具)の話をします。

 久々のブログ更新です。最近、仕事が忙しかったり, 専門医試験の勉強をしていたりと、なかなかブログを更新する余裕がなく、YouTubeの更新こそすれど短時間の動画に限定されがちです。そんな中でも、どうしても伝えたいことがあるのでブログを書きます。

 

(1)個人防護具とは

 我々医療スタッフはCOVID-19患者(疑い例を含めて)を同じ部屋で診療する時、個人防護具(Personal Protective Equipment: PPE)を装着します。PPEは通常、以下の要素から成ります。

  • 防水性キャップ:  患者由来の体液(病原体が含まれている)等が毛髪に付着するのを防ぐ為に装着。
  • ゴーグルorフェイスシールド:  眼やその周囲に体液等が付着するのを防ぐ為に装着。
  • マスク:  サージカルマスク, ないし N95マスク。口腔・鼻腔内に病原体・体液が入らないように, そしてその周囲に体液等が付着しないようにする為に装着。
  • 防水性グローブ:  手指に体液等が付着しないようにする為に装着。
  • 防水性ガウン:  頸部以下を体液等から守る為に装着。

なぜガウン・グローブ等が防水性でなければダメなのかと言いますと、病原体を含む体液が浸透し, その下の衣服や皮膚・粘膜へ接触してしまうからです。

 

(2)N95マスクについて

 COVID-19パンデミックが始まって以来、N95マスクの存在が一般人にもそれなりに知られるようになったかと思われます。ここで改めて、このN95マスクがどのようなものかおさらいしましょう。

'N':  "Not resistant to oil", つまり耐油性が無いという意味

'95':  「0.3 μmの微粒子を95%以上捕集する」という意味

すなわち、「鼻腔・口腔から、0.3 μmサイズの微粒子の大半をシャットアウトできる」ということなのです。言い換えると、それだけ吸い込める空気の量が制限を受けるということです。加えて、N95マスクの場合、隙間から病原体から病原体を含む微粒子が侵入する可能性がある(理由は後述)ので、顔面に密着させないといけません。実際装着して暫く経つと顔が痛くなってきますし, 脱いだ後は痕が残ります。

 この'μm'という単位が持つ意義を理解するには、「飛沫感染」と「空気感染」の違いを把握せねばならないでしょう。それぞれの違いを以下に挙げてみます。

1. 飛沫感染

 患者の咳・くしゃみ・会話等により病原体を含む飛沫が空気中へ飛散し、他の人の粘膜(口・眼・鼻など)に付着することで感染が成立する。飛沫感染の場合、空気中に飛散した粒子のサイズは5 μm以上と大きめであるので、1~2m程度で地面へ落下する。サージカルマスクを装着することで、このサイズの粒子の口腔・鼻腔内への吸入を防ぐことは可能とされる。インフルエンザウイルスや風疹等の多くの呼吸器感染症の病原体がこの感染経路である。

2. 空気感染

 飛沫感染に同じく患者の咳・会話等によって病原体が飛沫と一緒に飛散するが、飛沫の水分が蒸発した5 μm以下の粒子となって空気中を浮遊し続け、これを吸引等することで感染が成立する。5 μm以下の粒子は長時間空気中を浮遊可能なので、患者を収容する時には、陰圧管理した部屋を使用する等して空気が外へ漏れないようにしなければならない。またこの粒子サイズはサージカルマスクではシャットアウトできないので、N95が必要となる。

 ※: なお1., 2.いずれの場合でも、患者側にはサージカルマスクを付けてもらいます。サージカルマスクには飛沫が口などから飛ぶのを防ぐ効果がありますし, 患者の中には心臓や呼吸器系の基礎疾患を持つ人も居るので、そうゆう人たちへ、既述のような息苦しいN95マスクを装着させる訳にはいきません。

 

(3) PPEを装着した感想など

 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の場合、多くの場合は飛沫感染ですが、空気感染のリスクも指摘されていますし、ましてやCOVID-19の特効薬は依然存在せず, インフルエンザと比べると重症化・死亡のリスクは高いのです。従ってCOVID-19患者を診療する場合、我々医療スタッフは上述のような防水性キャップ・ガウン・グローブとフェイスシールド/ゴーグル, N95マスクを付けて防護をせねばなりません。しかも、ここまでCOVID-19が広まってしまった現状では、特に救急搬送された患者に対して「SARS-CoV-2に感染している」可能性を常に頭に置いて診療に当たらねばなりません。つまり、N95を含めたPPEを装着する回数・時間とも明らかに増え続けているのです。

 既に述べたように、N95は吸い込める空気の量が制限されるので息苦しいのです。それに加えて、キャップ・ガウン・フェイスシールド・グローブを付けていると熱が篭りやすく, 汗も蒸発しにくくジメジメするのです。そして特に患者状態が不安定な場合、医療スタッフ側もアドレナリンが出るので尚更体温が上がって発汗し, 酸素需要も増加します。このザマでパフォーマンスを維持できると思いますか?私の場合、比較的短時間で頭がボーっとして思考が緩慢になってしまいます。ひどい時には、部屋を出てPPEを脱いだ後でも頭痛が長引いて気分が優れず, 仕事を早退したことすらあります。特にこれといった基礎疾患のない30代の私がこのザマなので、妊娠中のスタッフや循環器系・呼吸器系等に基礎疾患のあるスタッフには到底無理です。

 医療スタッフはこのような身体的なストレスに加え、重症患者に向き合うことに伴う精神的なストレスを受け続けているのです。我々医療スタッフとて人間なので、一旦心身が破綻してしまえば離職, ないし 休職します。ただでさえCOVID-19で病床占有率が逼迫しているのに、医療スタッフが居なくなれば…もう言うまでも無いですよね?

 

(4) 最後に

 COVID-19患者とその家族の苦痛・不安は、私の想像を超えるものと認めざるを得ません。「飲み会も旅行も帰省もランチも全部お預け」が辛いのはよく分かります。そして、仕事をテレワーク化するのに二の足・三の足を踏む人が多いことも知っています。でも、「一つの空間に多人数が集まって騒いだり, ああだこうだと話し合うだけで、SARS-CoV-2を人にうつしたり, 逆に人からもらう危険性がある」ということを今一度ご理解下さい。そして、現状の日本ではCOVID-19患者数増加に伴って逼迫しているのは病床数だけでなく、我々医療スタッフ(=労働者・人間)も逼迫し疲弊しているという事実を深刻に受け止めて下さい。あと政府・自治体にも色々と文句を付けたいのですが、長くなるのでここらへんでやめておきます。それではまた。