Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

新興・再興性感染症について(1)

 今回は、今年5月21日に発表されたreview article "Emerging and Reemerging Sexually Transmitted Infections"(Williamson DA., Chen MY. N Engl J Med. 382;21:2023-2032)を紹介してみようと思います。意外と長編だったので、何回かに分けて(雑な)翻訳を掲載しようと思います。

 

(1) Introduction

 21世紀に入り、世界的な性感染症(Sexually Transmitted Infections[STIs])の再興が見られている。1990年代のnadir(どん底, 最下点)以来、淋菌, 梅毒, クラミジア感染症が高所得国において顕著に増加している。特に、男性とセックスする男性(men who have sec with men[MSM])の間で増加している。こういった既存のSTIsに並行して『古典的でない』性感染が可能な病原体の新たな流行やアウトブレイクも増加している。これらの内には、腸内病原体(e.g. shigella, A型肝炎ウイルス), 濃厚接触で拡散するもの(e.g. Neisseria meningitidis), 最近になり性的接触を通して拡散可能なもの(e.g. ジカウイルス)が含まれている(Table 1)。更に、特に淋菌とMycoplasma genitalium感染においては、抗菌薬への耐性の増加が治療選択肢を尚更狭めるのではないかという懸念を高めている。

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 人口におけるSTIsの感染の持続に寄与する因子は複数あり、複雑であり, 尚且つ環境に依存する。原則としてこれらの因子には、感染の可能性, セックスパートナーを変更する頻度, 感染性の持続期間 が含まれている。STIs感染を増幅させる因子には例えば、海外旅行, 及び social networking(出会い系サイト・アプリのこと?) により容易となったかつて無いほどの人と人の繋がりと, HIV感染の曝露前予防手段の使用の増加が含まれる。検査と治療へのアクセスを阻む社会経済学的な大勢と構造的な変数は、治療可能なSTIsの感染持続において重要である。

 

(2) 性的感染が可能な腸内病原体

① Shigella

 Shigellaの性的感染は1970年代、MSM間の都市部(urban centers)におけるShigella sonneiS. flexneriの定期的なアウトブレイクとして報告されている。Shigella感染症(Shigellosis)の症状は自己に限局する(self-limiting)胃腸炎から、重症の血性赤痢と多岐にわたる。性的感染が可能なshigellosisと関連する行動因子は、

 1. 口腔-肛門間の直接的な接触

 2. "chemsex"(性的経験を増幅させるためにドラッグを使用すること)

 3. コンドームを使わないセックス

 4. 複数のセックスパートナー

 5. セックスパートナーと出会いにsocial networking(apps)を使う

 6. セックスパーティに出席

といったものが含まれる。また性的感染するshigellosisはHIV感染とも関連している。これは生物学的因子(shigella感染への感受性 or 感染期間の増加), 行動因子(HIV statusに沿って選択的にMSMを混ぜる[assortative mixing of MSM according to HIV status]), もしくは 生物学的因子と行動因子の両方を反映しているのかもしれない。

 性的感染するshigellosisの主な特徴の1つは、複数の抗菌薬への耐性 ー 特にアジスロマイシンとシプロフロキサシン ー が欧州, 北米, オーストラリア, アジアのMSM間で報告されていることである。2013年以来、MSMと関連する主な流行性の3系統はS. sonnei biotype g, S. flexneri 2a, S. flexneri 3aに特徴付けられ、全ゲノム配列解析ではこれらの系統がMSMの間で世界的に拡散していることを示した。

A型肝炎ウイルス

 A型肝炎ウイルス(hepatitis A virus[HAV])急性で自己限局性の肝炎を起こし、感染者の0.5 %未満で劇症化する。HAVは糞口感染し、HAV感染が少ない国においては小児期の感染が少ないため成人に免疫がなく、大規模アウトブレイクの可能性が増加している。2018年には、欧州で不釣り合いにMSMへ影響を及ぼすHAV感染の増加が報告された。これらの症例由来のHAVの分子学的genotypingは3系統のHAVの存在を示し、これら全てはgenotype 1Aに所属している。系統発生学的な分析により、MSM間に大陸内で拡散した全3系統が明らかとなり、うち1系統は東南アジア, もう1系統はラテンアメリカ, 全3系統は米国内で検出された。これらの系統の急速な世界的拡散は、海外旅行がSTIsの拡散を促進する役割を担っていること顕著に示している。HIVとの重複感染はHAVに感染したMSMに多く, またアウトブレイク症例における他の特徴として、

 1. 出会い系アプリの使用

 2. 複数パートナーとのセックス

 3. 他のSTIs感染

 4. セックス会場(sex venues; 売春宿のこと?)への参加

が含まれる。

 MSM間での最近のHAVアウトブレイクを制御する努力は多様式であり、communityや医療従事者間での意識向上, MSMへのワクチン接種, 性的接触をした全ての人へのhealth serviceを強化することに焦点を合わせている。最近のデータは、HIV感染のある人にHAVワクチン歴があっても、HAV感染・発症の予防にならない可能性を示唆している(Recent date suggest that previous HAV vaccintion in persons with HIV infection may not reliably provide protection against the developement of HAV infection.)。これを受けて、HIVに感染しており、直近でHAVへの高リスク曝露があった人に対してはHAVワクチン接種歴の有無に関係なく曝露後予防策(免疫グロブリンHAV一価ワクチン)の提供が考慮されうる。

③ 他の腸内病原体

 CampylobacterはMSMにおける胃腸炎アウトブレイクに関連しており、それにはカナダのケベックにおいて約10年間持続するエリスロマイシン, シプロフロキサシン耐性Campylobacter jejuniアウトブレイクも含まれている。加えて、英国では9名のMSMにてShiga toxin産生Escherichia coliアウトブレイクが発生した。原虫のEntamoeba histolyticaのMSM間 ー 特にHIV感染例や, オーストラリア・台湾・韓国・日本・スペインと言ったアメーバ症が流行していない国において ー での性的感染の報告も増加している。

④ 性的感染が可能な腸内病原体に感染した患者について

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  腸内病原体の性的感染はよく認識されており、直接的(e.g. 口腔-肛門接触), もしくは間接的(e.g. 糞で汚染された指or物体と接触)な感染いずれも来しうる。MSM間での性的感染が可能な腸内病原体感染のアウトブレイクは、病原体, 宿主, 環境因子の複合に左右され得る(Table 2)。MSMにおける腸内病原体感染の調査, 診断, 管理(management)の大まかなapproachをTable 3に示す。こうした感染症の診断における大きな障壁は、培養に依存しない診断的検査である ー 分離された細菌に、抗菌薬感受性検査を含む追加の特性解析ができない可能性があるからだ(since bacterial isolates may not be available for additional charaxterization, including antimicrobial susceptibility testing.)。臨床医は、性的感染が可能な腸内病原体感染を疑った場合、患者の便培養を確実に行うために、地域の微生物研究所や公衆衛生機関に連絡すべきである。

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 また患者は、感染の拡散を防ぐ方法について助言を受けるべきである(Table 4)。パートナーのmanagementの果たす役割は不明であり、無症状接触者への検査は一般的に推奨されていないHIVのような性感染症との重複感染は多いことから、非腸内・性感染病原体のscreeningを追加の検査に含めるべきである。関連するワクチン接種がup to dateに確実に行われ, 尚且つ 性的なリスクを申告した or STIの診断を受けた MSMとHIV感染に対する曝露前予防策を確実に検討する機会としてもconsultationを利用すべきである。